2020/07/02 のログ
■アルン=マコーク > 「質問だ」
「どうぞ」
研究員は眼鏡越しにアルンの目を見つめた。
「なぜ、『敵対』を選ぶ必要があるんだ。一日に三つも作物があれば、あなたは生きていける」
それは当然の疑問だった。
彼には私有財産という概念が薄いのか。そんなことを、研究員は頭の隅に書き留めた。
「そうだね。作物を余剰ぶん手に入れれば、それだけいろいろなものと交換できる」
「塩とか」
「そう。塩とか。果実とか、肉とか、なんでもいい。それだけ君の生活は豊かになるということだ」
「なるほど」
その割に、アルンはすんなりと納得したようだった。
(異世界でも塩は重要な物資なのかね。もし交易ができるようになったら……塩で大儲けとかできそうだな)
そんな甘い妄想を浮かべながらも、研究員はルールの説明を続ける。
「君は一日に一度、協力と敵対、どちらかを選ぶことができる。君の目的は、豊かな生活を得るよう最大限努力すること。そういうゲームだ。ゲームは五日間続けて行う」
そして、冷めてきたコーヒーをぐいと飲み干して、アルンに向き合った。
「何か質問は?」
「ありません」
本当に理解できているのか、いまいち確かではないが、この少年の知能はそれほど低くはない。
研究員小さく微笑んで、眼鏡のつるに指を当てた。
「それは重畳。それではゲームスタートだ」
■アルン=マコーク > 研究員はアルンに『協力』と『敵対』二枚のカードを手渡した。
「このカードを伏せ、両者が伏せたら私が開く。それで、一日は終了。カードの結果に応じて作物を分配する」
「わかった。相手に見えないようにカードを伏せる」
「そういうことだ。豊かな生活のために、最善を尽くしてくれ」
一日目。
アルンは『協力』のカードを選び、研究員もまた、『協力』のカードを選んだ。
研究員は小さく拍手をした。アルンは喜んだ様子もなく、ぼんやりと場のカードを見つめている。
「おめでとう。これで我々はふたりとも、三つの作物を手に入れる」
チップを三つ、アルンの目の前に置く。
反応の薄いアルンを尻目に、カードを回収し、研究員はゲームを進行させる。
「どんどんいこう。続けて二日目だ。『協力』か、『敵対』か?」
目の前で二枚のカードを素早くシャッフルして見せて、研究員は一枚を場に伏せた。
アルンもそれに習って、場にカードを伏せる。
「さあ、結果はどうなるかな」
研究員は唇の端を歪めた。
さて、このような些細な『悪意』。
からかってやろうというようなそれまで、目の前の少年は見抜くことができるのだろうか?
■アルン=マコーク > 二日目。
アルンのカードは『協力』。研究員のカードは『敵対』。
アルンははっと顔を上げ、研究員を見た。
(存外、素直じゃないか)
まさか裏切られると思っていなかったというわけではないだろうに。
目の前の少年、その精神の在り方について興味を深めながら、研究員は淡々と結果の処理を行った。
チップを五枚。自分の手元に置く。
「これで、私は五つの作物を得た。アルン、君は今日、何も手に入れられない」
「……どうして、」
「質問は、ゲームが終わってからだ」
解説は後ほど。
今は、君の性根を見せてくれ。
「さあ、アルン。次のカードを伏せて」
アルンは唇を真一文字に結び、カードを伏せた。
■アルン=マコーク > 三日目。
アルンのカードは『協力』。研究員のカードは『敵対』。
眉を下げ、落胆した様子のアルンに、研究員は声をかける。
「……ルールを理解できているかい。アルン、今日もまた君は」
「今日も僕は作物を手に入れられない。あなたは五つを得る」
そう言って、アルンは山になったチップを素早く五枚、研究員の手元へとよこした。
その目に剣呑な光が再び宿る。
「わかっています。さあ、次のカードを」
(少し煽りすぎたか?) 研究員はそう思いながら、なおも『敵対』のカードを伏せる。
四日目。
アルンのカードは『協力』。研究員のカードは『敵対』。
■アルン=マコーク > 研究員は左右に首を振った。
わかっていない。
少しでも多くのチップを得たいなら、アルンは敵対を選ぶべきだった。
(それができないのは『勇者』だからか? 無辜の村人に『敵対』はできないと?)
あるいは、チップでは、生活のために必要な、作物であるという実感が足りなかったか……
ロールプレイは、彼には難しかったのかもしれない。
役を演じる、ということを、目の前の少年は、理解できていない――
「……アルン、やはり君は理解していないようだ。君の目的は、ゲームの中で豊かな生活を送るため、多くの作物を得ることだぞ」
呆れの混じらぬよう、そう問いかけると、アルンは研究員の眼鏡の奥底を射抜くような視線を返した。
「わかっています。僕は豊かな生活を送るために、最善を尽くしている」
アルンはチップを五つ研究員の手元へと移動させる。
その目は紅く輝いている。
「わかっていないのはあなただ」
■アルン=マコーク > 埒が明かない。
頑なに愚策を選択しつづける勇者の言葉に、僅かに苛立ちを覚えながら。
研究員は右手に持った『敵対』のカードをアルンに見せるよう突き出した。
「アルン=マコーク。それでは最終日だ。
私は『敵対』のカードを伏せる」
そう言って、左手に残っていた『協力』のカードを肩越しに放り投げ、敵対のカードを机に伏せた。
「よく考えて、最善を尽くすんだ」
「僕の選択は変わらない」
研究員の強い口調にも、まるで揺るがずに。
アルンは『協力』のカードを研究員に見せ、そのまま机に伏せた。
互いに出すものを宣言しているのに、カードを伏せる意味などない。
ゲーム終了。
アルンが得たのは、三枚のチップだけだった。
■アルン=マコーク > 研究員は大きくため息をついて、アルンに隠しきれない軽蔑の眼差しを一瞬送った。
のろのろと立ち上がり、投げ捨てた『協力』のカードを拾い上げると、再びアルンの対面に座る。
「さて。それでは感想戦といこう。
アルン。君は何故『協力』を選び続けた」
「僕が『協力』を選ばなければ、作物は合わせて二つしか得られなかった。畑を荒らしてしまっていた」
アルンは当然のようにそう答えた。
「『協力』を選べば、得られる作物は五つだ」
「しかし、その作物は君のものではない」
やはり、財産の所有という考えが薄いのかね。
そんなことを考えながら、研究員はアルンの目を見た。
「私のものだ。君に分けてはやらない」
「構わない。それでも、そちらのほうが豊かだ」
「村全体が、か? アルン、このゲームは君自身の生活の豊かさを――」
「そうだ。それは僕の豊かさでもある」
■アルン=マコーク > 「逆に尋ねる。なぜあなたは『敵対』を選んだ? あなたが『協力』を選ばなければ、作物は六つ得られたはずだ」
「財産の所有だよ。アルン。私は豊かになりたかった。君が飢えて死のうが知ったことではない」
「それが、僕の滅ぼさねばならない『悪』だ」
アルンはこともなげにそう言った。
それが何を意味するのか。
財産の私有を、彼が許さないというのなら、それは。
この世界、全てを敵に回すということに等しい―――!
■アルン=マコーク > 「あなたの危惧はわかる」
アルンはしかし、研究員に先回りするように言葉を継いだ。
「僕はこの世界について詳しくないが、閂君を通じて、知っています。持っていることが『悪』なのではない。えっと……『敵対』を選び続け、分け合いを拒否する者が『悪』なんです」
「だ、だが、際限なく分けるというわけにもいかないだろう。それでは、持つものが、持たざるものに貪られて、共倒れになってしまう」
まるで心を読まれていたかのようなアルンの言葉。
研究員は額を撫ぜる冷たい汗の感触を感じていた。
アルンは、小さく首を振る。
「僕が言っているのは、あなたは『敵対』を選ぶべきではなかったということです。あなたはなぜ、頑なに『敵対』を選んでいたのですか。僕はずっと、『協力』を示していたのに」
「それは、」
それは、少年を試すため。
合理的な損得勘定が可能なのか。勇者としての倫理がどれほど強固なのかを測るため。
そして、『敵対』を選んだなら、目の前の少年がどんな反応をするだろうかという興味。
言い換えるなら……ささやかな『悪意』。
■アルン=マコーク > たかがゲームでの出来事であったはずなのに。
ほんの悪戯心からの行動を、見透かされていただけなのに。
目の前の少年から放たれるプレッシャーに、研究員は呑まれていた。
「分かち合おうとする者に敵対し、助けを求めるものを拒むのが『悪』です。『悪』には……そういった機能が欠落している」
眼鏡の奥の瞳を見られている。
脳の奥まで見透かされている。
何か、そういった神秘的な魔法、精神にまで根を伸ばす、無形の力。
そういった気配を感じさせるような――
「他人と分かち合えない。『アシェ』……幸せを、命の糧を。『悪』とはそういうものだ。僕は光の勇者。『悪』を許さない」
「わ、わかった」
そう言う他なかった。
■アルン=マコーク > 研究員の男は、震える手でマグカップに手を伸ばし、それが空であることに気がついた。
それから、取り繕うように髪を撫で付け、乾いた口を開く。
「今日はこれでおしまいだ。お疲れ様……ああ、アルン。その手元のコーヒー、飲まないなら私がもらってもいいかい」
「これは、僕のものだったんですか」
とぼけたようにそんなことを返すアルンに、研究員は無言で頷いた。
「ならば、味を確かめさせて下さい。気になっていたんです」
そう言うと、アルンはたっぷり一口コーヒーを口に含んで。
「………………にがい」
一気に飲み込むと、表情をくしゃくしゃに歪めた。
ご案内:「異能学会ポスト大変容文化学派異界文化研究室 ラウンジ」からアルン=マコークさんが去りました。
ご案内:「研究施設群」に劉 月玲さんが現れました。
■劉 月玲 > 常世島にある研究施設の一つ。
一応まっとうな機関の、まっとうな施設。
病院では検査しきれない部分を検査できる場所。
病院からここを紹介され、一日の大半をここで過ごした。
■研究者 > 「さて、結論からいうと異能のせいだね。
魔術というくくりにするには特殊すぎるからそう判断するだけだが」
■劉 月玲 > 「……んぅー」
曖昧な返事をする。
どうやら、異能のせいらしい。
異能がパワーアップしているのだろうか。
■研究者 > 「君は異能の検査の時、『吸血』が異能だと説明されたといっていたが。
それはあくまで君の異能の産物が『吸血』にすぎないからだ。
簡易検査ではそっちが先に反応したから、そうなったんだろうね」
■研究者 > 「君の異能はなんてことはない。
数ある異能の中でも上級、というほどではない。
レアかもしれないけれどね」
■劉 月玲 > 「……えーっとぉ?」
こてん、と首をかしげてしまう。
『吸血』は異能ではないらしい。
検査ミスでもあったのだろうか。
いっていることが少しわからず、反応に困る。
■研究者 > 「うん、結論からといっておきながら結論を言わないのは悪い癖だな。
君の異能は、君という構成ファイルを書き換え、世界にエラーなく適用する能力だ。
君の様子を見ると、それを無意識で行なっているようだから制御しきれていないようだな」
■劉 月玲 > 「………???」
更に首が曲がる。
そのまま椅子から落ちてしまいそうになるのを慌てて戻し。
■研究者 > 「例えば君は今、吸血種として存在している。
でも元は人間だったのだろう?
吸血鬼にでも襲われたわけでもないのに、ある日突然そうなったと聞いている。
それは君が、『自分は吸血鬼だ』とでも思ったからだろう。
それも、強く。異能が勝手に発動するほど。
その結果、吸血種となってしまった」
■研究者 > 「検査の途中でなぜか筆記試験をさせられただろう?
しかも吸血鬼に関して。
あれの結果から君が正しく知識を持っていないことも分かった。
そのせいで、君は正しく吸血鬼になってないのだろうな」
■研究者 > 「さてこの異能だが、名付けるなら……そうだ、【認識固定】。
レコグニションロックとでも名付けるか。
君の中の常識、認識を上書きし、固定化、それを真実として世界に適用させる。
若干魔術に近いものだがそもそも異能と魔術は、私はそれほど区別するものではないとおもっている。
先月行われた会では『異能は病気』と発言したとして批判した輩もいたみたいだが私からすれば、なに、だいたいのことは世界のエラーに過ぎない。
パソコンを触っていてもちょっとしたことでエラーを起こすときがあるだろう?そのようなものだ。
まぁ今回は異能と線引きするためのガイドラインに沿って異能と判断したわけだが。
君が魔術としたいなら、私は特異的に発現した魔術として申請をあげるがどうする?」
■劉 月玲 > 「…………」
途中から早口だったために良くわからなかった。
とりあえず、最後だけは聞き取れたので
「あ、異能でいいです」
とだけ伝えた。
ご案内:「研究施設群」から劉 月玲さんが去りました。