2020/09/08 のログ
ご案内:「研究施設群」に神名火明さんが現れました。
神名火明 >  
夕まぐれ。瞬く間に過ぎた数年間なのに、よく通っていた研究区が随分と懐かしい。

「雑然としてるなあ~、相変わらず」

ある意味では落第街やスラム街よりも『やばい』と見る者たちもいる不思議な区画だ。白衣を着ているからか、あまり浮かずに溶け込めている。いや、多分あまり周囲に興味のないものが多いのかもしれない。

「そして何もかも相変わらずなんだよね~、まいったなあ…」

昨晩に施療院で休憩してから車を飛ばした。マルレーネが戻ってきた、という連絡はなく、研究区の駐車場に車を停め、こうして次の調査場所としてここを練り歩いていた。異邦人を攫う理由がある者が多い場所だ。あえて攫わない理由のほうが大きいという方が普通なのだ。

カフェイン強めの缶コーヒーを飲みながら周囲を伺いつつ、往来を進む。いくらか当たり障りなく聞き込みをしたり。

神名火明 >  
「あ、お久しぶり~。どう?何か変わったこととかあります~?」

ぎっくり腰のお世話をした人を見つけて声をかけたり、同じゼミの学生だった人に声をかけたりする。あたれるデータ的なツテはだいたい当たったが、この辺りに『不審な物資の運搬』などは確認されていないとのことだった。

(確認されていないということになっている。という可能性もあるけどそこを疑っていたらきりがない。今は『日常』の中の解れを探さないと…)

病院に居れば聞こえてくる研究中の事故なんかも、詳細までは担当医にならないとわからない。終わった後に、症例などが共有されて課題となったりするくらい。何よりも『誘拐犯』の目的が、マリーが異邦人だから、という動機だからとも限らない。私怨。あるいは彼女を監禁して独占したいみたいな感情の持ち主という可能性もある。何もかもが徒労なのでは?…ああだめだ、弱気になってる。

「…あ、なくなっちゃった。おかわり買お。 ここらへん、そういえば泊まれるカフェ多いんだよね~」

なんでもカフェの客がそのまま寝ちゃうことが多かったからだそうだ。空き缶を屑カゴに投擲しながら、目についた自販機に近寄っていく。

神名火明 >  
ぐいーっと伸びをしてからデバイスをセンサーに向けて飲むものを選ぶ。指がちょこちょこと動きどれを飲むか考えている。プライベートはハーブティ。仕事中はコーヒー。それだけだったから、違うものを飲んでみようかなと思い立った。今後、コーヒーを飲むことも減るのかな。あんまり好きで飲んでたものじゃなかった。カフェインは働く人の味方であり、やっぱり麻薬だった。

「あ」

指先がみつけた柑橘系のジュースの缶。そうだ、と思い立った。デバイスを手に取る。

「松葉博士。あのひとなら何かわからないかな」

昔ちょっとだけ研究課程で世話になったことがある人だ。精々知人程度、多忙を極める相手が自分を覚えているかもわからない。自分が忙殺されているうちに伴侶を亡くしそれでも学会に籍を置いている男。骨ばった老境の者たちよりも年嵩が近いのもあって話しやすく思えた。話していると不思議な心地よさがある人だった。何故だろう。アドレス帳を呼び出し、医学部からのツテで異能学会への窓口へアクセスしようとしたところで、

「………………………………」

神名火明 >  
――――が―――ってのに、涙さえ―――



――誰の――だったんだかわかったもんじゃない―――


「………………………………」

あの前後聞いた噂話を思い出してデバイスを閉じ、オレンジジュースの缶を買った。「つめた~い」で、気づいたら握りしめていた掌を冷やしながら歩き出す。

大事な人を亡くした経験は未だなかった。自分がいま亡くそうとしているかもしれないことで頼るのは、申し訳無さが勝つ。何よりも異能学会気鋭の男に頼るという『非日常』が、誰かに察されでもしたら大変だ。甘酸っぱいオレンジジュースを飲みながら、そうやって色んな言い訳を胸の中で何度も繰り返した。

神名火明 >  
いまあの男に会ってはいけない。

脳内で響く警鐘の正体もわからないまま、

神名火明は陽が暮れて明けてもなお、修道女の行方を追いかけていた。

ご案内:「研究施設群」から神名火明さんが去りました。