2019/02/03 のログ
獅南蒼ニ > 「………時間だな。」

獅南がひらりと手を翳すと,全ての人工魔石が機能を停止する。
それは非常に単純な術式の複合体…数合わせのキーのようなものだ。
このキーを読み解くような生徒が居れば,大したものだが…。

「集合時刻と場所は今日と同じだ。質問があれば研究室まで来るように。
 ……それと,レポートは来週の試験終了後に提出してもらう。」

言葉数少なく生徒たちに指示を出し,解散を伝える。
生徒らが散れば,獅南は人工魔石を拾い集めつつ,そこに刻んでおいたもう一つの術式を展開する。
記録。
生徒一人一人の,すべての魔術的試行錯誤が,そこに残されていた。

試験は来週だ…だが,試験だけで全てを判断するようなことを,するつもりはない。
記録的な落第者数を叩き出す彼の授業だが,そこにあるのは,魔術学とそれを学ぶ者に対しての,彼なりの誠意なのだ。

ご案内:「演習施設」から獅南蒼ニさんが去りました。
ご案内:「訓練施設」に史乃上咬八さんが現れました。
史乃上咬八 > 「――――っシ!」

どおんっ、と鈍い打撃音と。
鎖が撓み擦れる音と、ぎしぎしときしむ音。

トレーニングウェアの上下肌着、片腕にのみバンテージをして、目の前にぶら下がる白い砂袋へ、

「ッふゥ!!」

――一打、一打。何度も重ねて、打つ、打つ、打つ、打つ。
叩きつけられる度に、少ない照明の光に砂塵が僅かに舞い、拳のめり込んだ砂袋はわずかに浮き上がり、鎖がけたたましく鳴る。

褐色の肌を伝う汗の量からして、もう既にどれだけこれを続けてきているのかは想像に難くない。
それでも、その赤眼に、止めるという選択肢は欠片も滲まず。

「ぁアッ!!」

――――豪快なフックによって、バッグが浮き上がり、勢いのままに一回転した。
体捌きでそれを避け、ポジションを変えると、再び同じことを繰り返す。

史乃上咬八 > ――トレーニングルームの一室で、サンドバッグを一心不乱に殴りつける青年の姿。
人の少ない時間を選んだのは、ひたすらに"片腕のみ"で殴りつける理由にあるのだろう。

包帯によって覆われ、肩の根本から存在しない右腕の分を、左手の殴打がカバーしている。
既にバンテージはボロボロになって、ほつれてきている。

「……ッシ!!」

どおん。

「……ふ、ゥッ!!」

どおん。


……全力の左の拳が、決して加減などなく。労ることさえないままに叩きつけられ続ける。
眼の前の砂袋が、まるで仇のように。
睨みつける眼は凄絶に光り、食いしばった歯は、拳が叩きつけられる刹那に、ぎり、と噛み締められる。
続けていれば、先に体がやられてしまいそうな時間を、どれだけ重ねても。

この青年の闘争本能が消えることはないのだろう。

「……はァッ!!」

全力。全力。全力。全力。全力。
左手。左手。左手。左手。左手。
殴打。殴打。殴打。殴打。殴打。

……まだ止めない。止めれない。止めることはない。
自身を痛めつけるように、終わらない。終われはしない。

史乃上咬八 > 「――ァああ"ッッ!!!」

――初めて、振り抜かれるまで込めた拳。

鎖が鳴る。鳴って、金具が荷重によって外れる。
拳の勢いのままに、殴りつけられたサンドバッグは吹き飛んでいき、盛大に音を立てながら床に落ちていく。

「……ッ、は……はァ……っ、あァ……」
ほつれたバンテージが拳からほどけて落ちる。
握り込まれ続けていた拳、その甲には血が滲み、
皮も擦り切れている。
僅かに赤い視界に拳を翳しながら、汗だくの半身を、ゆっくりと床に横たえる。
煩わしいと上の肌着を脱ぎ捨て、冷たい床からの温度に眼を閉じた。

「…………温ィ、な」

――"昔のお前は、これよりもっと厳しいトレーニングさえ出来ていただろう"


「……足りねェ。まだ、アレに及ぶには、まだなンだ」

ご案内:「訓練施設」にナルミさんが現れました。
ナルミ > 「……ふふ、今日も騒がしいねここは。」

ひょこ、と訓練施設に顔を出す人物が一人。
おおよそそこの空気には合わない、ふんわりとした雰囲気。
華奢にも見える細い体躯。褐色の肌に銀の髪。エキゾチックな美人だ。
そして…右手にはビニール袋。

「みなさーん、お疲れ様でーす。
 こちら差し入れですよー。お好きにどうぞー。」

ごとん、とビニール袋から大きな瓶を取り出す。
その中には琥珀色の液体と、黄色い円盤が何十枚か。

「…そちらのお兄さんも、いかが?」

そっと、咬八に視線を向ける。

史乃上咬八 > 「――――……ぁ?」

……視界の端に、この空間には似つかわしくない姿が見えた。
冷たい床から背を離し、軋みながら起こされる身体を手で抑え、
薄く開いた睨むような眼が、声の主を見遣る。


置かれている琥珀色の液体、そして黄色い円盤。
それが何なのかを、恐らく疲労で理解出来ないのか。

「…………いや、気だけ頂きやす。水、ありまスから」

野放図なぐしゃぐしゃの髪が汗で垂れているのを手で退けて、
ふらつきながら立ち上がる。
鍛え上げられた細い躰に似つかわしくないガタイに汗をかき、汗の不愉快感に顔を顰めて、そうしてようやく。
傍らのベンチに置かれているミネラルウォーターのボトルを取りに行っていた。

ナルミ > 「おにーさん?ダメだよ、オーバーワークは。
 おせっかいかも知れないけど、それで体壊す人何人も居るんだからさ。」

すたすたと、その言葉や目付きに怯むこともなく歩み寄る。
嫌味や説教などではなく、本気で心配している声だ。

近付けば、目以外でもその瓶の正体がわかるはず。
甘く、その中にほのかに香る花と柑橘の香り。
黄金に輝く液体の中に浮かぶ、見覚えのある模様の円盤。
いわゆる、レモンの蜂蜜漬けというやつである。
もちろん使用レモンは国産無農薬。

「変な奴の変な親切だと思って、受け取っときなよ。
 さ、一枚どーぞ?」

細指で楊枝を取り出し、つぷりとレモンを突き刺し、引き上げる。
妙に絵になる動作のまま、それを咬八に勧めた。

史乃上咬八 > 「…………昔から、スから」

視線を一瞬だけ向け、ふいと逸らす。
――心配の声を受け、多少の申し訳無さもあるのかもしれないが、少し距離をおいている。

というのも、半身を裸身で晒し、まして片腕がないのを見られているのは、居心地が悪そうだった。
床に脱ぎ捨てていたインナーを拾いあげて着ると、
そこで目の前に差し出されるレモンを見た。

「…………」

そちらの顔とレモンを交互に見てから、

――――その爪楊枝を傷だらけの手が静かに取って、自分で食べると示すようにレモンを攫った。

ナルミ > 「んもー。まぁ元気があるのは良いことだけどさ。
 …ま、俺はどうこう言える立場って訳でもないから何ともだけど。」

ちらりと片腕…があるべき場所を見た。そこには何もない。
しかし、すぐに目線を外した。何も感じない、というよりは…
それが相手のあり方ならば気にするほどのものではない、といった態度である。

「……ふふ。いかがかな?」

レモンの蜂蜜漬けは、とても良い出来である。
簡単かつ素朴なレシピだが、素人がぱっと作れる味でもない、と言ったところだ。

史乃上咬八 > 「……悪く、ねッス」

口の中の甘みと酸味。疲れに口から染み渡る。
……指先についた蜂蜜と汁を舐め取ると、小さく会釈をした。

「……部活のマネージャーとか、やってンスか」
他愛もない質問を重ねることで、ちょっとでも時間をかせぐ。
というのも、何時までも晒している訳にもいかないその状態を隠すべく、上着を羽織っているのだが。

「……人気なとことかなら、俺に絡むの、止した方が、いッスよ。良い噂、無ェスから」

ナルミ > 「ありがとー。…そう言ってもらえるのが嬉しくてこれやってるからねぇ。
 今度は別のもの持ってくるね?」

にこやかに笑いかけ、おかわりもどーぞ、と囁く。
とても嬉しそうでうきうきしている。
同時に、他の人達にもしっかり配っている辺り手際がいい。

「…ん?ああ、いやいや。俺はただの学生だよ。
 別に何処の部活でーとか、何のマネージャーとかそういうのじゃないんだ。
 料理は趣味だから…趣味の一環的な?」

けらけらと笑い…次に咬八の口から出た言葉には、軽く首を傾げる。

「俺は俺のやりたいことをやってるだけさ?
 頑張ってトレーニングしてる奴に善悪はあっても貴賤はないよ。
 それに、ふふ。
 …いい噂悪い噂に踊らされるような人間なら、その程度って感じしない?」

史乃上咬八 > 「……今度っていう機会に、恵まれたら、スけど」

……どうにも目の前の相手の、柔らかい雰囲気が苦手だ、という顔だった。
先日も言いくるめに囲いこまれ、不思議な縁を結んだものの。

――――もっと世間噂をそのまま受け止める奴が居てもいいと思うがと、眉間の皺が深くなっていった。

「……趣味ってするにァ、殊勝が過ぎちゃいやせンか。あンま、無作為にだって、善意はバラまくもンじゃねェッスよ」

――もう一枚レモンはもらっているが。口に咥えたレモンを噛み切って、奥歯に挟んで。

「……鍛えた手で、他の生徒ブン殴るような奴でも、スか」

――――他の人たちの一部が咬八に向ける眼を厳しくしたような。

ナルミ > 「今度は今度さ。いずれそういう機会もある。」

もう一枚、レモンが口へ消えればそれを見て顔を綻ばせる。
しかし、その言葉には真摯に耳を傾けながら。

「バラ撒く相手くらい選んでるさ。少なくともね。
 …あー、あれだ。これだけ自分を痛めつけられる男がだよ。
 例えば自分の快楽のためだけに、人を傷付けるとは思えないじゃない?」

ぴん、と人差し指を立ててくるくると回す。
細くしなやかで綺麗な指。…しかし、見れば水仕事の手荒れが少し見える。
その指が、ぴしっと咬八の血の滲む手を指した。

「何か理由があればよし。
 何も理由がないのなら、俺の見る目がなかったってことさ。
 だいたい、ここの生徒って言ったってガラ悪い奴も多いだろ?
 風紀委員にだって、実力行使大好きな連中もいるくらいさ。今更だよ、今更。」

…どさくさに紛れて、自分もレモンを食べた。

「…俺は、他人を第一印象や噂で判断するの、嫌いなの。
 少なくともちゃーんと話を聞いて見て話して調べて裏を取って…その後。
 噂言葉なんて、風向き一つでどうとでも変わるんだから。

 …ってのは、お袋の受け売りなんだけどね。」

史乃上咬八 > 「……スか」

……きっと会うだろうな、と予感した。だから、

「……"自分の自己満足の為に自分が不快でも殴る"。それが」
赤い眼を遣った。初めて、素の眼を向けたその顔は、
凶暴な狗のような眼と、犬歯を見せて顔に皺を作る、一人の"仁侠"だった。
「史乃上咬八って、男ッスから」


自己満足だ。それだけの為に拳を痛めつけている。
嗤えと告げて、その眼で睨んだ。
人を恐れては居ない。恐れているのは、自分に関わるという意味へのものだ。
あまり良い思いはしない。少しでもそうなら、そうじゃないほうが良い。
眼の前の奴は良い人だろう。だから嫌な思いなどさせては廃る。
故に突き放す。故に牙を剥く。故に、

「……なら、風紀委員の人に聞いてみてくだせェ」

――きっと多くは自分を酷評する彼らへの訪問を勧めた。

ナルミ > 「………。」

貫くような瞳に、目を奪われる。
目の前の男のあり方が、少し分かったような気がした。

美しい男だ。ストイックに力を追い求める男だ。
今は燻る炭のように煌々と紅い、しかし烈火の如き熱を持つ男だ。
その言葉が本心なのかどうか、力を求める理由は何なのか。
今のナルミにはわからない。言葉の裏など、今は読めない。

だが、少なくとも……

「…ふふ。それじゃあ聞いてみよっか。
 その上でどうするかは俺が決めるけどね。」

『考える』に値する人物であることは、今の姿で理解した。

「あ、レモンもっと食べる?」

史乃上咬八 > 「――――自己判断、スか。まァ、そン時には、自分の身に牙立てられねェような選び方、した方が、いッスよ」

ふ、と眼を伏せた。そこまでで、彼の威嚇にも似た提案は終わったらしい。
最後にもう一枚レモンを食べた後、掌をあわせた。もうこれでご馳走様、とのことだ。

「……あンたの名前、聞いてもいッスか」

名乗ったはいいが、聞いていなかった。
袖を通し、上着を揺らした後、左手で持ったタオルで髪を拭きながら首を傾いで訪ねた。

ナルミ > 「あっはは、気を付けるよ。
 …どうなろうと俺が選んだ結果さ。自業自得と思うから良いよ。」

最後にもう一度笑いかけ、レモンの瓶を締めた。

「……あー、ああ。名乗ってなかったなぁ。失敬。
 俺はナルメル。『ナルメル・セネド=祠堂』。
 まぁナルミって呼んでくれればいいよ、皆長いからそう呼ぶんだ。
 
 よろしくネ、咬八くん。」

がさがさと瓶を袋の中にしまい込み、咬八に背を向ける。
ひらひらと手を振りながら、出口に向かって歩き出した。

「またあったら、次は梅しそおにぎりが良いかな。」

史乃上咬八 > 「……なら、結果に自業自得と言わねェで済むように、して下さいス」

肩を竦める。説得は無理だ。ならば後は、風紀員達の、表向きの評価が届けば分かり得るだろうと、委ねることにする。

「……ナルミ先輩、スか。……まァ、その、ハラ決まった時は、こちらこそ、ッス」

ハラ決まった時、という言い方は語弊があるが、きっと噂を汲んで、一般評価を聞いた上でならば、という事だろう。
出口に向かってあるき出す背中に会釈をし。

「…………酸っぱいもンは、好きッスから」

小さくそれだけを告げて、自分もまた、荷物をまとめていく。
――幾らかの後、彼の姿はトレーニングルームから消えていることだろう。
あの吹っ飛ばされたサンドバッグも、強靭な力で外れた鎖は元通りに、律儀に修理されていたのを見れば、
誰かはきっと、この男への評価を改めた……かもしれない。

ご案内:「訓練施設」から史乃上咬八さんが去りました。
ナルミ > 「……ふふ。まるで一昔前のヤクザ映画みたいなことを言うんだね。
 …あったかいお茶も用意するよ。」

ぱちん、と何かが弾けるような音がする。

その次の瞬間には、ナルミの姿は消えていた。
異能か何かを使ったのだろう。…まさしく、瞬間移動のそれであった。


後日、再びここを訪れたときには、サンドバッグを見て少し笑っていたそうな。

ご案内:「訓練施設」からナルミさんが去りました。