2022/10/07 のログ
レオン >  
「わかってる、十分に気をつけるよ」
「自分を大事にできない人間は、誰も大事にできない」

慌てて謝る少女に微笑んで。

「大丈夫、君は優しい子だ」
「手伝ってくれてありがとう」

お礼の言葉を先払いして、気合を入れ直す。
俺は俺のできることを。

黙々と異界の植物を刈り取っていく。
集中すれば。一本でも多く刈れば。

彼女の負担が減ると信じて。

 
それから、夕暮れ。

「終わったな……」

見晴らしが良くなり、少し寂しくなった地平線を眺める。

「リタ、後の焼却と地下茎の処理は生活委員会の仲間に任せよう」
「俺たちはここでバトンタッチだ」

「お腹は空いてないか? 食事を奢るよ」
「生活委員会も教師も生徒にタダ働きをさせるほど薄給じゃない」

と、言ってから頬を拭い。

「あ、でもあんまり高いところはやめような」
「あと右腕がこうだからドレスコードがあるような店も…」

とまぁ散々に後から条件をつけて。
自分の頬を拭った手に異界のセイタカアワダチソウの花粉がべったりついていることに気付いた。

これが彼女たちの血の色だ。そう感じざるを得なかった。

リタ >  
「……はい、お疲れ様です」

 地面に横たわる、命だったものに。もう一度深く頭を下げます。
 さようなら、皆さん。

 そうして顔を上げて、また先生の方に視線を移しました。

「いいんですか? もしよろしければ焼却もお手伝いしますけど……」

 乗り掛かった舟……というわけではありませんが、ここまで来たら別に大した手間でもないと、そう提案します。
 ……むしろ、嬉々として燃やしそうです。それはもう、大喜びで。

「え、あ、でも、これはわたしがやりたくてやったことですし……その、お食事を頂くようなほどでもないというか……」

 実際、気持ちの問題というだけで、純粋な疲労感という点では大したことはありません――どころか、命を吸ったわけですし、むしろさっきまでよりも疲れは抜けている感覚でした。

「た、高いところなんてっ!? 本当に大丈夫ですよ!?」

 むしろ、普通のところでもあまり食べられるところを見られるのは恥ずかしいというか、その。
 いえ、元の姿だったら別に特に気にしないでご馳走になるんでしょうが、今のわたしは申し訳なさで一杯というか!

レオン >  
「いいんだ、俺たちの仕事はここまで」
「完璧な仕事ができる人が少数で回す社会よりも」
「色んな人が手を取り合って試行錯誤したほうが良い社会の仕組みができる」

「常世学園はそういうものも見ているんだよ」
「後の仕事は生活委員会に任せよう、信頼されることも彼らの仕事だ」

なんて、教師みたいだったかな?とタオルで顔を拭う。
黄色い花粉は、夕焼けに焦げたように見えた。

「なんだなんだ、若いモンが遠慮なんかするんじゃーない!」

と、年寄みたいなことを言ってエッジグレイブに器用に片手で布を巻き。
氷を捨てていくらか軽くなったクーラーボックスの紐を肩に。

「なぁ、リタ」

そしてこれはこの場に捨てていく最後の質問。

「俺たちは正しいことをしたのか?」

それは教師が生徒に放るには。
幾分か曖昧で、少しズルくて、ちょっとだけ呪われた言葉だった。

リタ >  
「……そうですね」

 助け合うのが、人としての営み。
 自然の中での、人としての在り方。

「ひぇええ……」

 遠慮は……しない、と思いますけど。
 それとこれとはまた別の話です。少なくとも今のわたしは、恥ずかしく思っているんです。

 そして、クーラーボックスを肩にかけた先生は。
 最後に問いを投げかけてくるのです。

「……正しいか、どうかは。誰が決められることでもないと、思います。
 ですけど……命がなくなるのは当たり前のことです。命が生きるために、他の命を奪うこともまた、避けられないことです。どんな形であれ。それが自然というものです。
 ですからせめて、その生きるために奪う命のことを忘れないこと、こそが……わたしにとっては正しいと思うこと、なのです……けど……」

 最後の方は尻すぼみになってしまいました。
 うぅん……やっぱりなんだか、年上の人に偉そうなことを言っているようで、申し訳ないというか恐れ多いというか……。

レオン >  
彼女の言葉は。
心に響いて。刺さって。抜けなくなって。
いつか、自分が取り返しのつかないことをした時に

きっと思い出す。そんな気がした。

 
それから俺たちはあれこれと話しながらその場を後にした。
一度だけ、俺は振り返った。

そこには感慨も何もない、ただの刈られた草の山があるだけだった。

ご案内:「転移荒野」からリタさんが去りました。
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