2020/07/07 のログ
レナード > 「………。」

ぽすん、と、背を地に委ねる。
満天の星空を見つめる形で、仰向けに寝転んで。
すぅ…と大きく息を吸って、吐く。
ほんのり青くて爽やかな匂いが、鼻腔を擽った。

「………いい景色だし。
 こういうのも、たまには悪くないし………」

レナード > 辺りに流れる風の音が、心地よく聴覚を刺激する。
こんな夜空をぼんやり眺めているうちに、どうにもその場から動きたくなくなったものだから。
仰向けに身体を倒してしまっては、もう、起き上がる術はない。

落ちゆく瞼に抗うこともなく、少年は眼を瞑る。
久々に、安らげるところでぐっすりと……深い眠りに耽るまで、そう時間は費やさなかった。

ご案内:「青垣山」からレナードさんが去りました。
ご案内:「青垣山 廃神社」にシュルヴェステルさんが現れました。
シュルヴェステル >  
結局、行き場所はあるわけもなく。
当て所なくふらふらと未開拓地区を亡霊のように彷徨っていた。
荒野を抜けて、しばらく歩いた先の森が山だったと気づいたのは、
ようやく人の手によって造られたものの残滓が見え隠れし始めてからだった。

「……家、か?」

青垣山中腹付近。鳥居は崩壊し、境内や社殿は荒れ果てて久しい。
かつては神もそこにいたのやもしれないが、今や見る影もない。
《大変容》を迎え、一種の異界と化してしまった青垣山においての人の名残。
ひび割れた石畳を、薄汚れたスニーカーが踏みつける。

「……」

惹かれるように。
それが魔術的意味合いを持っていたのかも、異界に招かれているのかも。
そのどちらであるか、どちらでもないのかはもはや定かではないが――

《門》に喚ばれるように、歩みを進めた。

シュルヴェステル >  
空を見上げる。
右手側に広がる灯りのない寂れた荒野、未開拓地区。
左手側に広がるのは人工の灯りがちらつく学生居住区。
この山を境目にするように、右と左で様々なものが違う。
常識も、ルールも、住んでいる人物も、見える景色だって違っている。

「……誰のための、家なんだ」

社という概念をシュルヴェステルは知らない。
神社というものがあるというのを、シュルヴェステルは知りようがない。
けれど、そのどちらか――未開拓地区にも、学生居住区にも――にも居られなかった、
中途半端な自分にとっては少しばかり親しみのある場所ではあった。

誰もやってこずに、手入れも行き届いていない。
忘れられたように時間の穴の中にぽっかりと取り残されたような廃神社。
常世島の中で、唯一……すこしだけ、好きになれそうな気がした。

シュルヴェステル >  
7月7日を、人間はなぜか特別扱いしているらしいと聞いた。
酒場にもよくわからない細長い植物が置かれて、更にそこに紙を吊るしていた。
願いを書けば叶うと言われたが、そんなわけがないと一蹴した。

異世界になど、帰れるはずもない。
それだけで叶うのであれば、私の一ヶ月は一体何だったんだ。
そう叫ぶ以外に、できることはない。だから、願いなど掛けやしない。

「……結局、なぜ叶うか、聞きそびれてしまったな」

朽ちた境内。社の傍の石階段に腰を下ろした。
空を見上げる。星々が瞬いている。何千年も前のきらめきが降り注ぐ。
いまこの瞬間には、光を放っていた星はないかもしれないのに。

この地球には、光が届いている。

ご案内:「青垣山 廃神社」に簸川旭さんが現れました。
簸川旭 > ある種のいたたまれなさがあって、逃げるように学園地区から飛び出してきた。

7月7日、七夕。この21世紀よりも前から、自身の生きた20世紀よりも前から続く風習。
「地球」の文化が連綿と生き続けている証だ。
それは、《大変容》の後の世界が、20世紀の自身の世界と連続している証拠で。
懐かしくもあり、同時につらくもあることだった。
だから逃げ出してきた。
七夕前日ならばまだマシだったが、当日ともなれば楽しそうに言葉を交わし、星に願いを託す人々を見てはいられなかったのだ。

学園地区より離れた開拓区。
青垣山は一種の異界と化していると聞いた。異能も何も使えない生徒が夜に行くべき場所ではないはずだ。
しかし、自分は逃げてきた。学園地区にはどこもかしこも人が溢れているから。
比較的安全な登拝ルートを通り、名も知らぬ廃神社へと足を踏み入れた。
この境内ならば誰もいないはずだと思ったのだが――

「あ……」

先客がいた。
朽ち果てた社の石階段に腰を下ろす者がいた。
明かりといえば星と学園地区の明かりぐらいなもので、あまり明確に風貌を認識することはできない。
座ってはいるものの、背の高い人物だというのはわかる。

「……邪魔だったかな」

すぐに踵を返してしまうのもバツが悪く、思わず口から言葉が出た。

シュルヴェステル >  
「…………、」

目を丸くした。人の声が聞こえるとは、思いもしなかった。
常世島の中でも、どこか浮いたような雰囲気の場所に。
当然自分以外がやってこないと思っていたわけではないが、どうしてだか。
自分の居場所のように思っていたが、そんなわけがないと首を横に振った。

「ああ、いや、……邪魔では、ない」

引き止めるように思わず立ち上がってしまった。
190センチメートルを超える痩躯。立ち上がった勢いで、フードが落ちる。
黒いキャップだけを目深に被った、白髪の青年が少しだけ手を伸ばした。
なぜそうしたのかは、青年にもわからなかった。

「私以外、先客はない。……好きにして、構わない」

踵を返すも、廃神社への何用かを済ますも、と。
互いに互いの姿は十全に見えていない。人型と人型が、二人。

「……もし貴殿にとって私が邪魔であらば、私が改めよう」

簸川旭 > 立ち上がった人影は、長身痩躯の男――風貌や声からしておそらくそうだろう――のであった。
やや小柄な自分からしてみれば見上げるほどに高い。とはいえ、身長が高い程度ならばあまりこの島で驚くにことでもない。

フードが落ち、帽子をかぶった青年が星明かりなどに照らされてぼんやりと見えた。
白髪というのは珍しいものの、これもさほど驚くには値しない。
欧米の人間なのかもしれないし、染めているだけかもしれない。
見た目としては、ただ背の高い青年だ。

故に、旭はまだ平然と対応が出来た。

「……いや、別にそんなことは思っちゃいないが。貴殿って、随分と古めかしい言い方だな」

邪魔であれば改めようなどと言われれば、いやいや、と首を横にふる。
実際のところは一人に来たので邪魔といえば邪魔なのだが、そんなことを率直にわざわざ言うほどの豪胆さも持ち合わせてはいなかった。

「なら、好きにさせてもらう。……逃げてきたクチなんでね。今日は七夕だから、こうして星が綺麗に見える場所にいるのもまあ、いいだろう」

そう呟いて、石段を一段二段上がり、倒壊した鳥居のそばに立つと天を見上げた。
天の川が輝いている。

シュルヴェステル >  
「……どうにも、『そうらしい』。
 どうすらばそうならないのか、私には知り得ないが……どうか、寛恕願いたい」

シュルヴェステルは静かに頭を下げた。
ぱさりと白髪が、赤い血色の瞳を隠してから。
この島にやってきたときに掛けられた呪い――地球の言葉として、他者に異世界の言葉を認識させる魔術。
常世学園の誇る異邦人へのアプローチのいち手段は、淡々と古めかしい言葉を選び続けている。

じっと視線を向ける。人間か。
であらば、害さぬように、と再び目深にキャップを被りフードを被る。
これさえあらば、自分が異邦人とはわかるまい。
この世界では、悪しき怪物として扱われている種族だとは思うまい。

「逃げて。……学生街のほうから、だろうか。
 諸事情あるとお見受けした。……ああ、あちらは、」

ちらりと目下に広がる学生街を眺める。
天の星々も輝いているが、地も人を輝かせる技術を持ち合わせている。
地の光は、きっと天の光を掻き消すほどに眩い。そういうものだろう、と頷き。

「あちらは、ひどく眩しい」

曖昧に、口元だけ笑ってみせる。
人の世に「いられなかった」同族であるのならば、少しだけ言葉も柔らかく。

簸川旭 > 「『そうらしい?』」

古めかしい言葉だと不思議がった自分への反応。
何のことかと少し考えたが、可能性も思い至る。

「翻訳魔術か……なら、仕方ないな。意味はわかるんだからそれでいい」

彼の意志で古めかしい言葉を選んでいるわけではないということであれば翻訳魔術なのだろうと推測した。事実はどうであるのかわからないが。
そうなれば異邦人なのだろうとすぐに理解する。
翻訳魔術によって口調には奇妙さが残るものの、見た目は普通の人間だ。
言葉のせいもあるだろうが、かなり丁寧で真摯な態度にも思えた。
だから、異邦人とわかっても、さほどの恐怖は得ることはなかった。
わずかに、身の震えは見せたが。

「ああ……眩しい。耐えられないほどに」

彼とともに学生街の方を見る。
天の星よりも遥かに明るく輝く世界がそこにある。
静寂はなく、光に満ちている。
自分には明るすぎる世界であった。
彼に合わせて笑みを作ろうとしたもののうまく出来ず、少し奇妙な表情になったかもしれない。
暗がりゆえに、ぼんやりとしか表情が覗けないのが救いではあった。

「どうやらお仲間らしいな、アンタも。まあ、こんな日にこんなところにいるんじゃ当たり前だな」

白髪の彼の方を見ながらそうつぶやく。

「まあ別に追われてるとかじゃないんだ。ただ、なんだろうな……皆が楽しそうにしているのに、一向に楽しめないままの自分が腹立たしくてね。楽しそうな笑顔を見るだけで腹が立つ。だから、逃げてきたんだ」

こんな日にこんなところにいるという彼に、ある種のシンパシーを覚えたのだろう。
相手が異邦人であれ――いや、むしろ異邦人だからこそ自分の立場に近い。
だから、聞いてほしくて。心の内を吐露していく。

シュルヴェステル >  
それを一度で言い当てられたのは初めてのことだった。
そういうものがあると知っていることからして、何ぞの委員か、と推測こそするが。
それを確実とするものがない故に、深くは問わない。
これが借り物であると、先に知れているほうが幾分か気が楽だった。

「……仲間ができたのは、この島にやってきて初めてだな」

しんとした廃神社で、ぽつりと呟く。
異邦人。行く宛てを喪ったストレンジャー。無理矢理に片道切符を渡されたもの。
その中でも、大多数はこの世界に馴染む努力を――努力すら必要ないものもいるが――する。
自分の生活を人間の尺度に合わせて、自分のルールを人間の尺度に合わせる。

それを受け入れられない異邦人に出会うことは、今日までなかった。
対面する彼がそうであるにせよ、ないにせよ。
耐えられずに、世界の隅に逃げてくるような人物には出会ったことがなかった。
困ったようにキャップの下で眉を下げる。

「……腹立たしい? それは、何故。
 それは、正しく貴殿の感じたものであるのなら、嘘をつく理由はないだろう。
 ……私は、この世界も、この島も。一度も、楽しいことなぞなかったとも」

静かに、それでいて柔らかく言葉を選んでいく。
言葉が交わせる相手。きっと近いものを見ているだろう相手に。
慣れない冗談すらも口にしてしまうのだ。

「では、笑顔は浮かべないようにしておこう」

簸川旭 > 「ハハ……悪かったよ、そういう意味じゃない。「この世界も、この島も。一度も楽しくなかった」なんて言うお仲間に笑うななんていわないさ。俺が見たくないのは、この世界で生きてる普通の奴らの笑顔だ」

ハハ、と口調してみせる。人の冗談で笑ったのは随分久しぶりのように思える。

「僕も同じだよ。この世界も、この島も。一度も楽しいなんて思ったことがない……ああ、だからアンタと僕は同じだな」

異邦人の多くはこの世界に馴染もうとするものだ。
郷愁に駆られないのかと思うこともあるが、前向きなのか、考えないようにするのか――とにかく、多くの異邦人はこの世界に馴染もうと努力するものだ、と理解している。
ここまで率直に、この世界で一度も楽しいことなどなかったという男に出会ったのは初めてだった。
自分と同じだ。

「……もしアンタが異邦人なら、俺の腹立たしさとか嘆きとか、そんなもの贅沢だと思われてしまうかもしれないが。
 この世界に馴染んで、楽しそうに生きている人間が妬ましいというのかな……この世界をすんなりと受け入れてる奴らが嫌なんだ。俺が、いつまで経ってもこの世界を受け入れられないのを自覚してしまうから」

再び街の方を向く。随分と遠い世界のように思える学生街を。

「俺は「地球」人なんだ。この世界で生まれて育った。だから、異世界の人間じゃないし、言葉も通じるし、常識もそれなりに理解はできるつもりだ。でもね、生まれたのが《大変容》より前なんだ」

《大変容》は今から数十年も前のことだ。だから、自分の年齢が見た目通りではないのがわかるだろう。

「アンタが知ってるかわからないが、《大変容》より前は異能も魔術も異邦人も、存在しなかった……少なくとも、表側ではね。俺は色々あって、そんな時代から現代にいきなり放り出されたんだ。架空のものだと思っていた存在が実在する世界にね……だから、俺も異邦人みたいなもんなんだよ」

「……この世界を現実だと受け入れることが出来ないんだ。皆が当たり前だと思っていることが、理解できない。納得できない。全部、イカれてるように思っちまう。
 アンタも……そうなのか?」

シュルヴェステル >  
「……贅沢だなどと。
 私の絶望も、貴殿の絶望も、それは同尺では計れまい。
 故に、比較自体が無為だ。私も、貴殿も似てこそはいても、別だ」

静かに首を振ってから、旭の言葉を聞いていた。
時折「ああ」、「そうか」と相槌を邪魔にならない程度に挟みながら、
常世博物館の展示にあったものを少しずつ脳裏に思い浮かべていく。

《大変容》によって、地球は元来あった姿を喪った。
超常も、異世界も関係のない――きっと凪いだ水面のような世界だったのだろう。
それが、《大変容》でぐるりとひっくり返された。
あったはずの善悪の価値観も、人間の定めたルールもそこで大きく変容した。
そして、人々は順応していった。この世界にやってくる、大多数の異邦人のように。

「……ああ、すこしは。
 博物館にも、幾度か足を運んだことがある。
 元あった世界はなく、あったはずのものも書き換わり、地図も変わった」

青年にとって、知識としては理解できる。
《大変容》の前に生きていた人物が《大変容》を終えた世界に突如放り出される。
それは彼の言う通りに異邦人のようなものであるのだろう。

だが、知識としてわかるだけだ。
その悲痛さも、痛烈さも、苦しみも理解することはできない。
自分が経験したことがないから。彼の痛みをそのまま経験することはできやしない。

それでも。

「ああ」

短い肯定の言葉を告げてから、フードも、キャップも脱ぐ。
鮮やかな赤の瞳と、人間離れした白髪。そして、その白髪の間から覗く肌角。

「私は、悪夢を見ている。悪夢の中で、こうして、この夢を醒ます方法を探している。
 ……きっと、私は長い眠りの中にいるのだ。そうでも思わなければ、私は正気でいられまい。
 正気のまま、誤魔化さずにこの世界と向き合っているのは、」

オーク種。本来、地球でなど見るはずのなかった種族。
武威に優れ、創造の情熱と活力を司る異世界に居を持つ種族の青年は。

「称賛に値する。……『聡き檻』は、貴殿に敬意を表する」

長身をかがめて、片膝をついてから顔を上げる。
地球にない、オークという種族が『同族』へと敬意を向けるときの所作。
一対の肌角の間に拳を寄せてから、まっすぐに《異邦人》へと視線を向けて。

「正気でいるのは、ひどく、苦しい」

ぽつりと、弱音のように漏らした。

簸川旭 > 青年は静かに相槌を打ちながら話を聞いてくれた。
初めてあった男の身の上話など普通ならば真面目に聞いてなどくれないであろうに。
彼は真摯に聞いてくれていた。

《大変容》によってすべてが変わった世界に放り出された自分。
常識も価値観も何もかもが異なる世界に投げ出された白髪の彼。
きっと似ている。彼には彼なりの悲痛が在ったに違いない。
この世界で楽しいことなど何一つなかったなどというくらいなのだから。

自分も、それを理解することはできない。似ていても、彼の悲しみすべてを理解してやることなどは、とても。
あくまで自分は「地球」に生き続けている。どれほど変わっていても、自分の故郷に生きているのだ。
今この世界が異世界であればどれほど良いか――そう思うこともある。
彼我の境遇は似ているようで異なる。きっと、彼の本当の苦しみを自分は理解できないだろう。

ああ、それでも。

帰ってきた答えは、心を同じくするものだった。
まさに自分がそう思ってきたことだった。

青年がフードを脱ぐ。帽子も取る。赤い瞳と白い紙、角さえも生えている。
彼がこの世界の普通の人間じゃないことがよく分かる姿だ。
自分が恐れる異界――《大変容》後のすべて――の存在そのものだ。
特徴からすればいわゆるオーク。強大な力を持つもの。時として、この世界から拒絶さえされてしまうかもしれない存在。

そんな彼が自分に敬意を表している。
今この世界に生き続けている自分を称賛してくれている。
片膝をつく仕草。正確な意味はわからないが、言葉からすれば敬意を示す行いなのだろう。

「……やめてくれ、俺は、そんなのじゃない。そんな立派なものじゃないんだ」

称賛に値するという言葉に静かに首を横に振る。

「俺はアンタが怖い。異世界の存在が怖い。それが溢れかえっている世界が嫌いでならない。アンタが言うように、これが夢であったらと思うことだって何度もある。
 今だって気が狂いそうなんだ。どうしてこうなったのかって、思わずにいられないんだよ。
 俺だって苦しい。このまま狂ってしまえば……あるいは、死ねばどれほど楽かとも思うさ。《大変容》で死んだ家族も友達のところに行けるのかもとさえ思う」

だが。

「……だけど、やはり死ぬのは怖い。俺がどれだけこの世界のことが嫌いでも、死ぬのは怖いんだ。俺の世界の何もかもがぶち壊されても……過去の遺物の俺が今の世界で生き続けていく。
 これは、そうだな、強がりなんだよ。俺はこんな世界は嫌いだと言い続けてやるんだ。馴染めなくたっていい、それでも生きていけるなら……きっと俺は、狂っていないんだと思えるんだ」

弱音のように言葉を漏らす彼にそう告げる。
世界を受け入れられずとも、ただ生き続ける。それだけでいい。
ただ世界に負けたくないというような、そんな感情だけが自分を支えているのだと。
同じ《異邦人》の彼に、告げる。