2021/09/26 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
……

…………

……………………

常世島電脳世界、動画配信チャンネル。
新しいアカウントが生放送配信を始めた。

チャンネル名は『めらん子チャンネル』。
前情報も宣伝も無いその放送に気付いた人は
どの程度いたか。少なくとも再生数はあまり
伸びなかったようだが……。

めらん子ちゃん >  
ぼやけた画面が揺れる。不快なハウリング音。
焦点の合わないレンズを調整する小さな手が映る。
リノリウムの床とローファーが触れ合うぺたぺたと
した軽い足音、金属が擦れるような音。

ボン、とマイクに雑音が入り、僅かな沈黙。
ようやく焦点が合ったカメラは少し傾いていた。

撮影用の白い背景布の代わりにプロジェクター用の
スクリーンが映し出され、画面端には殺風景な壁が
映り込んでいた。本当は白背景だけが画面に映る
予定だったのかもしれない。

じゃり、と鎖の音が鳴った。

既にカメラが回っていると理解しているのか否か。
奇抜な髪色に反して地味な服装の少女が白背景の
前に立ち、軽く踵を打って靴ズレを直す。

めらん子ちゃん >  
「おはようございます」

真夜中の配信、第一声は目覚めの挨拶だった。
キメラの如く、様々なパーツが縫い付けられた
ぬいぐるみを抱え、女の子が丁寧に頭を下げる。
首輪代わりの手錠がざらりと音を立てた。

顔を上げる。沈黙。沈黙。沈黙。

カメラの奥を見るように一度よそ見をする。
小さく首を傾げ、もじもじとたたらを踏むと
背中がぶつかったスクリーンが大きくたわみ、
ブラウン管の砂嵐のようなノイズが見えた。

「はじめまして、めらん子ちゃんです」

放送事故のような沈黙は、やや舌足らずな挨拶と
自己紹介によって終わりを告げた。しかしすぐに
再びの沈黙が訪れる。

じ、っとカメラに視線を向けていたのも束の間。
所在無さげにゆらゆらりと身体を揺らしながら
視線が虚空を彷徨った。

めらん子ちゃん >  
再度のハウリング。『めらん子ちゃん』と名乗った
配信者はカメラに近付き、カメラ近くに設置されて
いるらしい何かの機材を弄るような動作を見せた。
撮影範囲外で見えないが、恐らくマイクかアンプか、
何かしらの音響機器だろう。

よし、と小さく呟いた声が聞こえた。

薄暗い部屋の中、めらん子ちゃんがスクリーン前に
戻る。照明はカメラ奥にあるのだろう、ぼやけて
映っていた影は彼女の動きに合わせてその輪郭を
取り戻した。

「……」「…………」「………………」

「おしまい、です」

たったそれだけ。名前だけの自己紹介を済ませて
放送の終わりが告げられる。ガタン、とカメラが
ズレる音がした。

めらん子ちゃん >  
別段取り乱した様子はなく、しかしやや急ぎ足で
カメラに近付いてズレを修正する。ほんの一瞬だけ
無地の床と無地の壁、新品のパイプ椅子と白色電球、
黒々とした天井が映った。

「おやすみなさい」

控えめに手を振り、やはり舌足らずな口調で囁く。
終わりを宣言した後だからきっと結びの挨拶だろう。

照明を落としたように、唐突に画面が暗転する。
画面焼けのようにスクリーンの白が残り、薄れて
真っ黒闇と完全な静寂が訪れた。

めらん子ちゃん >  
【この配信は終了しました】

ご案内:「配信チャンネル」からめらん子ちゃんさんが去りました。