2021/10/10 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
……

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『めらん子ちゃんねる』で新しい動画が公開された。
タイトルは相変わらず文字化けしており、今回は
投稿者コメント欄すら空白のまま。

過去作の動画と同様に生放送枠が使われているが、
本当に生放送なのか、事前収録なのか判然としない。
今回は室内からの配信だから判断のための材料は
前回よりもかなり少ない……と思われる。

めらん子ちゃん >  
がり、がり、引っ掻くような音が聞こえる。
どん、ばん、重く叩くような音が聞こえる。

前者の音の正体については分かりやすい。
薄暗い部屋の中、めらん子ちゃんがペティナイフ
片手にがりがりと『何か』をくり抜いている。

手元に置いてあるのがカボチャならハロウィンの
準備をしていると捉えることも出来た……のだが。
それにしては明らかに音が硬い。まるで石膏像を
削っているような、軟石を掘り抜いているような。
どうあれ、あまり耳障りの良い音ではない。

過去の動画もそうだが今回は特に意図が見えない。
まず、作業配信にしてはカメラの位置が悪すぎる。
微妙に距離が遠く何を彫っているかも見えないし、
配信者本人を正面から捉えているわけでもない。

カメラのピントも微妙にぼけていて部屋の様子は
いまいち分からないし、画面に映り込む影から
察するに、カメラ自体何かに埋もれているようだ。

メッシュの入った横髪もめらん子ちゃんの表情を
隠してしまっているから、本格的に耳障りの悪い
音を聞くだけの配信と化している。

めらん子ちゃん >  
配信開始からおよそ1分半経った頃。

きぃん、と長いハウリングの音がナイフの音を隠す。
作業に没頭していためらん子ちゃんはふと顔を上げ、
きょろきょろと周囲を見渡し、カメラと目が合った。

右の手でスカートを払い、左手の手櫛で軽く髪を
整えながら覚束ない足取りで立ち上がろうとして、
たたらを踏む。ずっと正座で作業していた所為で
足が痺れていたらしい。

一度画面外に消えたと思うとカメラのアングルが
大きく揺れる。配信が始まってから位置の調整を
するというのもおかしな話だが……深読みすると
そもそも配信開始時の彼女はカメラの存在にすら
気付いていなかったようにも見える。

一度画面がぼやけ、ピントを合わせ直してやっと
薄暗い部屋の景色が鮮明に映るようになった。

「おはようございます」

カメラ映りの良い位置に座り直したチャンネルの
主が舌足らずな声で挨拶をした。前回までと同様、
配信時間と噛み合わない目覚めの挨拶だ。

けれど、カメラに向かってぎこちなく笑う彼女は
普段と少し、ほんの少しだけ装いが異なっていて。

右側の頬にはサージカルテープで固定された白い
ガーゼ。眼帯や髪も相まって、顔の右半分は殆ど
隠れて……否、意図的に隠されているようだった。

めらん子ちゃん >  
鮮明になった部屋の光景は……どう表現すべきか。
生活感があるような、ないような。いずれにせよ
女の子が滞在する部屋としては快適そうではなく、
お世辞にも住み良い部屋には見えない。

まず、映る壁は打ちっぱなしのコンクリート。
画面端にちらと映るだけの床も恐らく同じ材質。
淡い暖色系の明かりは寒々しい壁と噛み合わず、
床に敷かれた可愛らしいパステルカラーのラグは
何ともミスマッチな印象を与える。

低い木製のテーブルは新品のようにぴかぴかで、
対照的に煤けた色のソファはつぎはぎだらけだ。

窓として機能していたらしい壁の真ん中の凹みは
ガムテープで塗り潰され、更にその上には鉄格子。
画面上部に見切れているのは換気扇だろうか。

総評すると、センスか予算か何かしらが足りない
女の子が改造した独房のような、廃墟に不用品を
勝手に持ち込んで作り上げた秘密基地のような……
どちらにしても、住むための部屋にしてはかなり
無理がある雰囲気。

めらん子ちゃん >  
そして、部屋の様子が見えるようになってはじめて
彼女が彫っていたモノの正体が見えるようになった。

部屋の隅に山と積み上げられている色とりどりの
果実と思しき物体。林檎くらいの大きさの物から
西瓜や南瓜並みの大きさの物まで様々。

一般的に知られた果物、或いは野菜らしきものも
あるが、その大半は見たこともない、存在しない
種類か……それとも単にマイナーなだけだろうか。
どうあれ視聴者から見て見覚えのないものが殆ど。

大量の果実がドアノブのない扉と、扉を塞ぐように
置かれた小型のタンスを覆うように積み上げられて、
めらん子ちゃんはそれをひとつひとつくり抜いて
いるらしかった。

挨拶を終えた彼女はテーブルの前に座り直し──
今度はカメラが回っている自覚があると見えて、
カメラの正面に座り直して得体の知れない果実を
くり抜くだけの作業に戻った。

めらん子ちゃん >  
がり、がり、がり。石を彫るような音を立てながら
ペティナイフで果実の天辺に穴を開け、その中身を
傍らに置かれたゴミ箱に捨てていく。異様に硬い
音を聞くと、それらの果物は全て石膏で作られた
作り物と考えた方が不自然ではないくらい。

中身をくり抜いた果物はまた山に戻して積み上げ、
代わりにまだくり抜いていない果実を手に取って
彫り抜く。延々とその繰り返し。

赤色だったり、青色だったり、緑色だったり。
時には真っ黒な、透明感のない果汁がぼたぼたと
溢れ落ち、絆創膏だらけのめらん子ちゃんの手と
綺麗だったテーブルを絵の具で潰したように汚す。

がり、がり、がり。ばん、ばん、どん、どん。

果実を削る音に混じって、叩くような音がする。
叩く音が聞こえる度、積み上げられた果実の山は
怯えるように揺れ、がらがらと崩れて砕けていく。

果実の山とタンスで塞がれた、ノブのないドアが
脅すように揺れている。叩かれている。

めらん子ちゃん >  
「みなさんは、ご存知ですか」

不意にめらん子ちゃんが口を開く。疲れた手を
揉みほぐしつつ、世間話でもするような調子で。

「この時期は、死んだ人が戻ってくるそうです。
頭蓋を模した明かりを灯し、今日だけは故人も
生きている者として扱おう、と。そんな催しが
行われると、聞きました」

舌足らずな声で、穏やかに話す。
どん、ばん、とドアを叩く音に遮られながら。

「その、お手伝いをしています」

掌サイズの赤い果実をくり抜き終え、山に戻す。
代わりに一際大きな橙色の果実を山から取って、
疲れを誤魔化すように薄く微笑んだ。

どん、どん、ぐしゃり。ドアが震えている。
果実の中身をくり抜くたび、積み上げられた山は
軽くなり、扉を叩く力を抑えられなくなっていく。

めらん子ちゃん >  
がり、がり、ごり、ごり、ぱきん。

大きな果実を彫る最中、ペティナイフの先端部が
悲鳴を上げて折れた。青くどろけた果肉に落ちた
ナイフの破片を拾い上げる。ちくり指先に刺さり、
青黒い果汁にぽたりと赤い雫が垂れ落ちる。

彫り抜いた中身で溢れそうなゴミ箱に刃こぼれした
ペティナイフを放り捨てて、ドアを塞ぐタンスから
箱入りの絆創膏と大振りな包丁を取り出した。

「コメントを、いただきました」

脈絡なく呟き、大きな果実に刃を突き立てる。

「見ています。聞いています。見ています。
見ています。見ていました。聞いていました」

「ありがとうございます」

がり、がり、がり。みしり、ごり、ごり。
どん、どん、どたん。ぐちゃ、ばん、ばたん。

雑音が呟きを遮る。聞き取れないほどではない。
ドアが震えている。窓が揺れている。果実の山が
崩れ、中身をくり抜かれて強度の落ちた幾つかが
砕けて潰れ、真っ赤な汁をぶち撒けた。

めらん子ちゃん >  
ばきん、みしり、めき、めき。
押さえつける果実は徐々に、確実に軽くなっていく。
ノブの無いドアが僅かにひしゃげ、タンスがズレた。

めらん子ちゃんは手元の果実とドアを交互に見る。
作業を続けるべきか少し迷いつつ包丁を握ったが、
大きくタンスが揺れ軋んだのを見て諦めたように
果実を置く。ピカピカだったテーブルは絵の具を
ぶち撒けたようにカラフルに染められていた。

一旦めらん子ちゃんが画面外に消える。
断続的に、引き摺るような重い音が聞こえる。

引っ張ってきたのは大きな木製の本棚だった。
途中までは引き、ドアの近くに辿り着いてからは
押し込んで、ドアを塞ぐタンスを手伝わせる。

ぐしゃり、ばきん、からり、どろり、べしゃ。

積み上げられた果実の山は本棚とタンス、ドアと
壁に挟まれて潰れていく。透明度の低いペンキに
似た色鮮やかな果汁が溢れ、流れ、混ざり、濁り、
パステルカラーのラグと、めらん子ちゃんの白い
ルーズソックスをマーブル模様に染めていく。

どん、どん、どしん、ばん、ばん。

くり抜いた果実も、手付かずの果実も区別なく
壊れて、押し潰されて壁と床を染めてしまった。
脅すように叩かれて震えるドアも、もう開かない。

めらん子ちゃん >  
めらん子ちゃんは途方に暮れたように潰れた果実を
眺めていたが、少し間を置いてテーブルに置かれた
緑色の果実を彫る作業に戻った。

がり、ごり、がり、がり、がり。

石膏を削るような硬くて耳障りな音がする。
赤い果汁が絆創膏だらけの華奢な手を汚す。
潰れた果実の中から無事なモノを探し出し、
まだくり抜かれていなければ刃を突き立てる。

その繰り返し。繰り返し。繰り返し。

どん、どん、ばん。ばたん、ぐちゃり。
開かなくなったドアが恨めし気に叩かれている。

殆どの果実が潰れてしまったから、そう間をおかず
くり抜きの作業は終わりを迎えた。まだ手付かずの
果実はないかと幾つか拾い上げてみたが、どれも
これも砕けていたか、中身が失われていたか。

なみなみ溢れるほどに果肉を詰め込まれたゴミ箱は
溢れ濁った果汁でてらてらと気持ち悪く濡れている。

めらん子ちゃん >  
めらん子ちゃんは休憩しているのか、やることが
無くなって暇になったのか。ソファに座って足を
揺らしていたが、途中でぐちゃぐちゃに汚れた
ルーズソックスを脱ぎ捨て、ゴミ箱に放った。

どん、どん、どん、ばん、ばたん、ばん、どん、
どん、ばん、ばん、どすん、どん、ばたん、どん。

執拗に、ドアを叩く音が聞こえる。

「……おしまい、です」

絵の具に突っ込んだように、様々な色に染まった
人差し指をぺろりと舐めて、結びの挨拶。

どん、どん、がぁん、がたん、ばき、どすん。

「おやす な     」

ばきん。

一際大きな音と共に画面が揺れ、カメラが落ちた。

めらん子ちゃん > 【この配信は終了しました】
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