2021/10/17 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
■めらん子ちゃん >
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『めらん子ちゃんねる』で新しい動画が公開された。
文字化けしたタイトル、未設定のままのサムネイル、
空欄の投稿者コメント、生放送枠での投稿。
予告、宣伝がないのも過去の動画と同じ。
類を見ない配信スタイルは数多の動画投稿者の中で
埋もれないためだけなのか、他に理由があるのか。
ネットワークの片隅、SNSの奇特なファンの間では
様々な考察が繰り広げられるようになりつつある。
■めらん子ちゃん >
真っ暗な画面、微かに聞こえるホワイトノイズ。
『めらん子ちゃんねる』は過去の動画も含めて
撮影前の事前準備にはあまり力を入れていない。
事前収録ならトリミング出来るし、生放送でも
準備すれば映さなくて済むような無駄な時間が
長く続く。投稿動画というよりホームビデオに
近い趣きだ。
ビデオカメラのレンズにはめられていたと思しき
カバーが取り除かれ、一瞬だけ画面が白く焼ける。
光量とピントが調整され、映し出された部屋は
歪な陰鬱さに満ちていた前回とは別の場所だった。
リノリウムの床、清潔だがややくすんだ白色の壁。
白いパイプベッドと安っぽい木製のサイドテーブル。
枕カバーも布団もカーテンも、水を溢したように
しっとり濡れたシーツも白一色で統一されていて、
病院の一室を思わせるような風景だ。
はめ殺しの窓の外は薄雲の白が溶かされた淡い
青空。逆光で影のように暗く映る木々の青葉が
部屋の中に大きく影を伸ばしているのを除けば
爽やかな風景に見える。
カメラのアングルが変わり、見上げるような角度で
投稿者を映そうとして──乱暴にレンズが塞がれる。
そのまま、ぐいと押し下げるように視点が落ちた。
粗雑な角度調整を終えると、絆創膏とテーピングで
ほとんど肌が隠れてしまった華奢な手が離れていく。
■めらん子ちゃん >
「おはようございます」
いつも通り──いや、いつもの舌足らずな声より
更に聞き取りにくい、くぐもった声での挨拶。
例えるなら、熱いスープで舌を火傷したような、
親知らずを抜いた後で頰が腫れているような……
上手く口が動かせない状態で喋っているような。
そんな不自然さのある声だった。
カメラアングルが下げられたお陰で顔は映らないが、
めらん子ちゃんはベッドに腰掛けているようだった。
特徴的なメッシュ入りの髪は真っ白なシーツの上で
乱雑に散らばり、地味な吊りスカートはシワだらけ。
右足は普段と同じルーズソックスとローファー。
ただし肌の大部分は包帯とガーゼで隠れており、
露出した肌にもべたべたと絆創膏が貼られていた。
そして──それ以上に目を引くのが左足。
ギプスよりは緩いが足全体が厳重なテーピングで
固定されており、ローファーの代わりに1サイズ
大きなサンダルを履いている。テーピングが厚く、
ローファーに入り切らなかったのだと見て取れる。
見切れているが、左足側の画面端には松葉杖。
足を怪我したのだろうか。もしそうなら動画の
配信なんてやっている暇ではないはずだが……
めらん子ちゃんは言及すらしない。
■めらん子ちゃん >
風景だけ見ると怪我をして入院したように見えるが、
その場合不自然なのは乱雑に貼られた絆創膏である。
もし病院にいるなら適切な処置がなされているはず。
不器用な子供が貼り付けたような多過ぎる絆創膏が
見逃されるはずはない。
かち、かち、かち。アナログ時計の針の音がする。
ベッド脇のサイドテーブルには目覚まし時計が1つ。
2秒に3回と、7秒に4回の割合で長針と短針が動き、
1秒に1回の割合で針の音が鳴る。秒針はくるくると
反時計回りに動き、平仮名とカタカナのパーツで
福笑いをしたような文字盤をなぞっている。
左足よりは幾分無事な右足を退屈そうに揺らし、
めらん子ちゃんは所在なさげに時計を見ている。
胸から上は映らないがベッドの上で折り畳まれた
長いツインテールが首の動きを教えてくれる。
膝の上に置かれたツギハギだらけのぬいぐるみは
口部分の縫い目が破れて、腑のかわりに白い綿が
溢れ出していた。
■めらん子ちゃん >
文字盤に刻まれた文字は10個と4つ。不均等に
刻まれているから時間を計るには向いていない。
長針が真上のやや左、短針がやや下寄りの左下を
差したところでめらん子ちゃんが松葉杖に触れる。
針の位置だけを一般的な時計に当てはめてみると、
時間は7時の少し前といったところ。
もっとも、日が短くなった昨今の7時といえば
午前中であれ午後であれもう少し暗いはずだ。
窓の外の空の色は真昼に近い明るさなのに。
松葉杖に寄りかかるようにして何とか立ち上がり、
部屋の外へと向かう。白寄りの橙、薄緑、水色で
間仕切りされたカーテンの向こうに、いくつかの
ベッドの足が見えた。やはりここは病院だろうか。
引き戸を開けると、薄暗い廊下が広がっていた。
病室と同じリノリウムの床、ナンバープレートで
仕分けられた個室の扉がたくさん並んでいる。
病室と思しきそれらの表札には顔文字のような
可愛らしい記号が名前代わりに刻まれていた。
あまりに場違いだと可愛く見えるはずの記号が
不気味に見えてしまうのは何故だろう。
■めらん子ちゃん >
かつ、かつ、こつ。不規則に松葉杖が音を立てる。
反対側の手首に手錠で吊られたぬいぐるみの首が
大きく揺らぎ、千切れそうに振り回されている。
窓の外は明るかったはずなのに、廊下の風景は
誰も目覚めていない早朝の風景に似ているような。
照明も点いていないし、人の気配も感じられない。
手摺が完備された廊下はバリアフリーが行き届いて
いるかのように見えて、手摺がある所為で通れない
ドアがあるからむしろ不便さを助長している。
カメラのアングルは、撮影者が後を付いていると
考えるには低すぎる。もう少し視点が下がるか、
距離を詰めたらスカートの中身が見えかねない。
現在は少し距離が離れていることもあり、投稿者の
全身が見えるようになっているが、背後から撮って
いるお陰で、相変わらず表情は見えない。
白一色で統一された廊下は、背後から漏れている
緑色の光を反射している。非常口の灯だろうか。
行けども行けども、病室の扉が続いているばかり。
■めらん子ちゃん >
動画時間にしておよそ5分弱。足を痛めている点を
考慮しても長過ぎる廊下が漸く終点に辿り着く。
開けたスペース、病室より大きなはめ殺しの窓。
窓の外は真っ暗で点々と建物の明かりが見える。
白い長テーブルと、均等に配置された白い椅子。
自動販売機、コーヒーメーカー、洗面台、冷蔵庫、
電子レンジにコインロッカー、金庫、縦置きの棺桶。
幾つか場違いな物品が混じっている点に目を瞑れば
病院の共用スペース、と言い張れなくもない。
一部の席の前には折り畳まれたラップトップPC。
PCの上にはまだ温かく湯気を立てる紙コップ。
壁に埋め込まれ、冷蔵庫に半ば隠されるような
半端な位置にあるテレビ画面は今時の放送では
まず映らない砂嵐が映されている。動画開始から
ずっと聴こえていたホワイトノイズはここにある
テレビが原因だったらしい。しかしどう考えても
此処で発生した雑音が病室にまで届くはずがない。
共用スペース(?)の反対側には、リノリウムの床に
不釣り合いすぎる駅の改札。更にその先には硝子で
作られた二重扉。その向こうは硝子に光が反射して
見辛いが、エレベーターがあるようだ。
■めらん子ちゃん >
一通り部屋の風景を写してから、カメラが反対側
……今まで歩いてきた廊下があったはずの風景を
映し出す。部屋2つか3つ分しかない短い廊下と、
飛降り自殺が戯画化された非常口のピクトグラム。
廊下のど真ん中には錆びた鉄製のワゴンが1つ。
時計の文字盤に刻まれていたような、存在しない
言語が書かれたビニールテープが貼り付けられた
磨り硝子の蓋を開ける。中にはお盆に乗せられた
食事が数人分用意されていた。
メニューは食パンが1枚、味噌汁、目玉焼き、
スクランブルエッグ、割られていない生卵。
まだ緑色が濃く残るプチトマト、魚の目玉。
色付きの粘土と、キシリトール入りのガム。
幼い子供が使うような、パステルカラーの
先割れスプーンが食器として付属していた。
窓際、隅っこに近い席に座って軽く手を合わせる。
カメラアングルは正面。しかしやはり角度が低く
めらん子ちゃんの顔は映らないままだ。
ひび割れたプラスチック製のお盆の上に並んだ
メニューを眺めつつ考える。キシリトールガムを
幾つかつまみ上げ、食パンの縁を固めるように
積んでいく。
■めらん子ちゃん >
食パンの耳部分にガムを並べ終えると、生卵の殻を
テーブルに軽くぶつけてヒビを入れる。かつ、かつ、
2度、3度の軽い音の後、白身が垂れてテーブルを
少しだけ汚した。
卵を割ると、ややゆるい白身と色鮮やかな黄身、
赤黒くどろけた液体が食パンの上に広がった。
ガムを並べておいたお陰で、卵は溢れていない。
混入した殻を指でつまんで除き、電子レンジを
借りて軽くトーストする。卵が乗せられたパンは
レンジの庫内で青緑色の光を浴びて回っている。
席に着いてからカメラの視点が固定されていた為、
一時的に席を離れためらん子ちゃんの顔がようやく
一時的に映ることになった。
基本的には前回とほぼ同じ。顔の右側をガーゼと
眼帯で覆い隠している、が……異なるのは左側。
酷く殴られたように、青紫色に腫れていた。
■めらん子ちゃん >
焼き上がったトーストを皿に乗せて席に戻る。
半熟気味に焼き上がった卵は赤黒い内臓のような
液体が混入している点に目を瞑れば美味しそうだ。
「いただきます」
改めて手を合わせ、食事を始める。
トーストを一口齧り、きちんと噛んで飲み込む。
……卵が溢れないように並べていたキシリトール
ガムは、一口食べた後全部取り除いて捨てた。
目玉焼きに、スクランブルエッグ。卵の比率が
妙に多い食事だがめらん子ちゃんは気にしない。
スクランブルエッグにはやや多過ぎるくらいの
ケチャップをかけたが、目玉焼きは味付けなし。
食パンをトーストしている間に味噌汁は冷めて
しまったけれど、合間合間に口を付けていたら
他のメニューより早く飲み終えてしまった。
次いで目玉焼き、魚の目玉を食べ終える。
スクランブルエッグはあまり口に合わなかったのか
食が進まなかったが、きちんと残さず食べ切った。
逆にトーストは気に入ったようで、美味しそうに
焼けた部分を最後まで残しながら食べていた。
デザート代わりの未熟なプチトマトを食べ終えて
一息。余韻を楽しむようにだけぼんやりしてから
丁寧に手を合わせた。
「ごちそうさま、でした」
添えられていた色付き粘土は最後まで手付かず。
■めらん子ちゃん >
空になった食器をトレーごと洗面台に返却して、
非常口に1番近い病室に帰る。行きはあんなにも
時間がかかったのに、帰りはたったの数歩。
戻ってきた病室は概ね最初と同じ風景。
窓の外は相変わらず白みかかった柔らかい青空。
逆光で影になった青葉がさらさらと風に揺れる。
サイドテーブルに置いてあった目覚まし時計は
ハンマーで叩かれたようにぐちゃぐちゃに壊れ、
組み立てるには過剰な量のネジと、歯車の中で
暮らしていた蟻の死骸をぶち撒けていた。
食事に出ている間に誰かが整えてくれたのか、
ベッドのシーツと布団だけは出かける前よりも
綺麗になっていた。枕カバーはそのまま。
少し膨れたお腹を押さえながら整えられたベッドに
腰掛ける。はぁ、と疲れたような深呼吸の音がした。
「……おしまい、です」
■めらん子ちゃん >
窓の外で木々が揺れる。別れの挨拶を真似たように
手を振っている。空は俄に白味を増し、さらさらと
霧雨を降らせて窓を濡らした。
「おやすみなさい」
結びの挨拶はいつもと同じ、就寝前の言葉。
絆創膏だらけの手でカメラのレンズに蓋をする。
真っ暗になった画面の奥で、細く怯えたような
吐息と、ベッドに潜り込む衣擦れの音が聞こえた。
■めらん子ちゃん >
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