2021/10/26 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
……

…………

……………………

『めらん子ちゃんねる』に新しい動画が投稿された。
生放送のタイトルは相変わらず文字化けしたまま、
サムネイルの設定もされていない。

投稿者コメント欄には『ごはんをたべました』と
書き添えられている。

めらん子ちゃん >  
「おはようございます」

薄暗い画面の端でツートンカラーの髪が揺れる。
閉じ瞼を模したパステルカラーの眼帯が右眼を覆い、
左の頬にはサージカルテープで貼り付けたガーゼ。
薄い靄がかかった灰色の街の中で小さく手を振った。

縦横無尽に横断歩道が描かれた交差点。
あちこちに設置された信号機は言い争うように
赤と黄色の光を点滅させている。辻の真ん中で
ぽつんと立ち尽くすガス灯は萎縮するかのように
ゆらゆらと燈をちらつかせていた。

めらん子ちゃんは縁石ブロックの上に腰掛けて
信号が青になるのを待っている。抱えているのは
大人用の黒い折り畳み傘。スカートのポケットが
膨らんでいるのは何か詰め込んでいるのだろうか。

信号は赤と黄色を行ったり来たり。点滅したり、
しなかったり。めらん子ちゃんは所在なさげに
それを眺めていたが、やがて飽きがきたようで
かりかりと傘の先端で道路を引っ掻いていた。
剥がれて割れた路側帯が風に飛ばされていく。

めらん子ちゃん >  
やがて、待ちぼうけの少女を哀れに思ったのか
1つの信号がじんわりと青い光を灯してくれた。

退屈そうにしていためらん子ちゃんは、ぱっと
顔を上げると、右を見て、左を見て安全確認する。
左手を大きく掲げながら駆け足で横断歩道を渡り、
青色に光る信号機に小さくお辞儀した。

「今日は」「ごはんを食べに行きます」

思い出したようにカメラに振り返り、囁く。

交差点の先には雑居ビルの立ち並ぶうらぶれた
大通り。ぽつぽつと途切れ途切れに灯る街灯が
物寂しさを感じさせる。

からん、からんと砕けたアスファルトの欠片を
蹴りながら歩き、ときどきくるりとステップを
踏んでカメラの方を確認する。

踊るように不規則に歩く配信者は、外出の目的は
口にしたものの、行き先には言及しない。

めらん子ちゃん >  
からん、ころん。かつん、からり、からん。
舗装路を転がるアスファルトの欠片が不規則に
音を立てている。くるり、カメラに振り返って、
同じように欠片を蹴ろうとしてつんのめった。

蹴ったはずの欠片はぴたりその場から動かない。
ぐんにゃり折れ曲がった街灯、育ち過ぎた街路樹。
眠ったように身動ぎひとつしない錆びついた踏切。
一定のリズムで電気が点いたり消えたりするビル。

めらん子ちゃんはしゃがみ込んでアスファルトの
欠片を覗き込み、踏切に一歩近づく。一歩、二歩、
くるりと踵を返してまた欠片のところへ。

とん、とんと舗装路を爪先で叩いて靴の履き心地を
確かめる。それから大きく後ろに足を振り上げて、
思い切りアスファルトの欠片を蹴り飛ばした。

開きっぱなしだった踏切は断頭台のように下がり、
轟音と共に通り過ぎた電車は欠片を跳ね飛ばした。
ぱらぱら、黒い礫の残骸が足元に広がる。

めらん子ちゃんはアスファルトの残骸を一粒
摘み上げ、飴玉のように舌の上に乗せた。

「迂回します」

めらん子ちゃん >  
ゆっくり上がった踏切は再び寝たふりを始めた。
めらん子ちゃんは横断歩道を渡ったときのように
左右の安全を確かめ、踵を返して走り出した。

めらん子ちゃんの後を追いかけていたカメラは
一度だけ彼女を追い抜き、人気のない街並みを
先導して映す映像が10秒程度続いた。

先んじて走っていたカメラは急停止。
頑なに背後を映そうとしないまま、後ろ歩きで
一つ前の曲がり角に戻って左にカメラを向けた。

「こっち」

黒く粘ついた液体を溢す倒れたゴミ箱、砕けて
粉状になりつつある陶器製の空き缶の残骸の山。
黒いペンキで丁寧にラベルだけ塗りつぶされた
瓶はまだ中身が半分ほど残っている。

ゴミだらけの路地をするすると猫のように器用な
足取りで走り抜けると、住宅街らしき場所に出た。
直線と円だけの組み合わせで描かれた路面標識と
彩度の低い景色の中で怖いほどに目立つ真っ赤な
道路標識。まるで素人が積んだかのように不規則な
ブロック塀には点々と覗き穴が空いている。

めらん子ちゃん >  
かん、かん、かん。踏切のなる音が聞こえる。
住宅街の四つ辻を右折しながら折り畳み傘の
柄を伸ばし、取っ手部分の返しをブロック塀に
ぶつけて折り取る。

2つ角を曲がった先にあったマンホールの縁に
壊れた傘の金属部分を引っ掛け、梃子代わりに
して蓋を持ち上げて中に滑り込んだ。

一瞬、画面が暗転する。

下水道の中には申し訳程度の照明が備えられて
いたけれど、撮影の明かりとしては頼りない。
暗がりの中、汚泥のような塊が水路を堰き止め
薄明かりを反射してぬめぬめと光っていた。

びた、びたとローファーが水溜まりを踏みしめる
湿った音がする。壁には黒く濁った油が滲んで、
淀んだ水路には人の手に似た形の萎びた木の枝
らしき何かが引っかかっている。

分かれ道はなく、左に2回、右に1回曲がった地点で
地上に繋がるマンホールを見つけた。黄色の塗装が
施された金属製の梯子を昇り、白いバンデージで
ぐるぐる巻きにされた左手で蓋の裏を二度、三度と
殴りつける。

白い包帯に赤い血が滲んだ。

めらん子ちゃん >  
ぼこ、と重い音がして蓋が外れた。

下水道から這い上がると、飲み屋街のような風景。
赤黄橙の薄明かりと、偽物の簡体字で塗り潰された
看板がそこかしこにぶら下がっている。

お店の数こそ多いものの、人の姿は見当たらない。
立ち並ぶ店にしても、明かりが灯されているのは
3〜4軒に1つという有様。埃を被っていたらしい
ぼんぼりのひとつが発火して地に落ちた。

「ここです」

めらん子ちゃんはその中の1軒の前で立ち止まる。
明かりは点いておらず、営業中の看板も準備中の
告知もない。木柵と曇りガラスで拵えられた扉は
裏側からガムテープで目貼りされていた。

入り口隣に設置されていた植木鉢から柄の長い
両口ハンマーを引っこ抜き、軽くよろめきながら
反動をつけるように振りかぶる。

がぁん、ぱりん、ごき、めしゃり。

三度叩き付けると、ガラスは粉々に砕け散って
木柵は折れて扉はひしゃげてしまった。

ぐ、と足に力を込めて扉を押すと、扉が店の中に
倒れ込む形で入り口が開いた。

めらん子ちゃん >  
店内は薄暗く、埃が被っていた。

使われた形式のない木製の新品のカウンター。
使い古されて所々破れた合成皮革の丸椅子は
床に固定されていて動かない。

カウンターの向こうには人影らしきモノが1つ。
人に近い形の流木を探してきてコールタールを
塗りたくったか、炭になるまで丁寧に焼いたか。
そんな見た目の、光沢のない真っ黒な置物が
白い小判帽と左前の白無垢で飾られていた。

「よろしくおねがいします」

めらん子ちゃんは、舌足らずな声で黒い人形に
挨拶すると、深々と丁寧にお辞儀をした。

人形は何も答えない。

煤と油で汚れたキッチンは使い込まれているようで、
白磁の丼や銀製のカトラリーは新品同様。しかし
どれもこれも埃を被っている。

唯一綺麗に掃除されているのは底の抜けた中華鍋。

めらん子ちゃん >  
店の奥には真新しい真っ白なテーブルクロスで
飾られた長テーブルがあった。手前3/7くらいの
位置に赤錆びたクロッシュとフィンガーボウル、
生理用ナプキン、バターナイフと幼児用フォーク、
粒胡椒が目一杯詰め込まれた牛乳瓶が置いてある。

めらん子ちゃんはクロッシュの正面──高級そうな
赤い繻子織の生地で飾られた椅子にそっと腰掛ける。
背もたれの大きさも椅子の高さも、小柄な彼女には
明らかにそぐわない。テーブルの下はカメラ外だが
床に足が付いていないのは想像に難くない。

錆びついたクロッシュは見た目より重いらしく、
一度姿勢を整え直してようやく持ち上げられた。
内側には4品目の食事が並んでいる。

1つ目は小さめのスープカップ。ミントが乗った
白い液体はスープのように見えるが、散らされた
カラースプレーと溶け残った塊から判断するに
アイスクリームだったものだろうか。

2つ目は金で縁取られた白い小皿。アーモンドと
赤い粒状の何かが散らされたクロワッサン。

3つ目は無地の白い大皿。ハンバーグのように
整形されているのは生肉だろうか。ぬめぬめと
光沢があるのは味付け用のソースがまぶされて
いるからか。それとは別にチョコレートに似た
黒に近い焦げ茶色のソースでお飾り程度の線が
引かれていた。

4つ目はガラスのコップ。淡い青〜赤紫に色付いた
氷と、水らしき透明の液体。底にはぶよぶよした
質感の球体が沈んでいる。

カメラはめらん子ちゃんの真正面。

めらん子ちゃん >  
「いただきます」

丁寧に手を合わせ、バターナイフとフォークを
握るように持つ。……が、並ぶメニューは概ね
フォークで食べるには向いていない。

一度戸惑うように周囲を見渡し、一旦フォークと
バターナイフを手放してスープカップに手をつける。
口周りにクリームが付かないように気をつけながら、
直接カップに口を付けて溶けきったアイスを啜る。
二口分ほど飲んだ後、飾られていたミントの葉を
フォークでつついてクロワッサンの皿に避けた。

その流れで次はクロワッサンを食べ始める。

絆創膏だらけの指先でゆっくり生地を千切ると
ふわり白い湯気が立ち上った。他のメニューは
とても温かそうには見えないが、パンだけは
焼きたてだったらしい。

同時にめらん子ちゃんが食事を摂っている部屋は
パンから昇る湯気が見える程度に寒いと分かる。
季節は10月下旬。俄に冷え込んで来たとはいえ、
そこまで気温が低いものだろうか。

めらん子ちゃん >  
ふと、気付いたようにクロワッサンを大きく千切る。
それから、スープカップの中で溶けきったアイスに
千切ったパン生地を浸してフォークで掬い上げた。

その食べ方が気に入ったのかは言及がなかったため
不明だが、残るクロワッサンは全て溶けたアイスと
一緒に食べきった。アイスよりパンの方が少しだけ
早く無くなったので、残りのアイスは普通に飲んだ。

「ご心配を、おかけしたそうなので」
「快気祝い?……と、いうやつです」
「元気に、なりました」

食事の合間、球体が沈んだ水を一口。
ぶよぶよとした白い球体には薄く細い赤の筋が
入っているようだが、画質が悪くて断定できない。

水で口を潤し、メインディッシュと思しき生肉の
塊に向かう。フォークと一緒に、出番のなかった
バターナイフを握りしめた。

めらん子ちゃん >  
フォークでつついて崩してみると、生肉の塊は
薄切りを集めて形作られていたのだと判明する。
掬って食べるか刺して食べるか、考えあぐねて
いるかのように肉の塊を崩していく。

ぽつり、たらり。

天井から光沢も透明感もない青い液体が滴り落ちる。
料理の仕上げとでも言うように、赤くぬめった肉が
青一色に塗り潰されていく。飛び散った青は真白い
テーブルクロス、めらん子ちゃんの服にも点々と
跡を残していた。

つられるかのようにカメラアングルが
天井を見上げようと角度を変えて──

身を乗り出しためらん子ちゃんがカメラを掴んで
抑えつける。がぁん、とカメラがテーブルに当たる
重い音がして画面が揺れた。

めらん子ちゃん >  
弾みでめらん子ちゃんの肩にも青い液体が垂れて
染み込んでいた。汚れた布地は幼児が絵具遊びに
興じた後のようだ。

めらん子ちゃんは天井に目もくれない。

絵具のような青い液体に塗れた生肉を口に運ぶ。
必要のないバターナイフも肉を切るように添えて、
テーブルマナーを意識しているような所作。

形だけ見れば美しくマナーが身に付いているように
見えなくもない。しかし、握り込むような癖の強い
食器の持ち方が全てを台無しにしている。

深くどろけた青で口元を汚さないように、慎重に
生肉を胃の腑に落としていく。食べ終えたパンと
アイス、2品を食べるより時間をかけて食べ切った。

「ごちそうさまでした」

舌足らずな声で呟き、丁寧に手を合わせる。

めらん子ちゃん >  
食事を終え、店舗入り口のカウンターに戻る。

店に入った当初は人間らしい大きさをしていた
店主の置物は3倍以上の長さまで伸びて、人間に
例えるなら肩甲骨の下辺りで天井に突き当たって
へし折れていた。

「ありがとうございました」

ぱらぱらと黒い破片が散るカウンター越しに挨拶。
頭を下げられた店主の置物はとうとう完全に折れて
めきめきと音を立てながら崩れて落ちた。

カウンターに山盛りの100円玉を置いて店を出る。
ポケットが膨らんでいたのは小銭が詰め込まれて
いたからだったらしい。

店の外はどしゃぶり、かんかんとやかましいほどに
踏切の音が鳴り、赤いランプが灰色の街を血の色に
点滅させていた。周囲の建物、街灯、灯りという
灯りが全て眩しいほどに点灯している。

めらん子ちゃんは一歩店の外に踏み出し、折れて
使い物にならなくなった傘と雨降りの空を交互に
見つめていた。

「……おし い、…す」

雨と踏切の音に遮られて聞き取りにくいが、
今回の放送はこれで結びとするようだ。

「おやす…な い」

カメラのレンズにキャップを嵌め込み、画面が
暗転する。映像が途切れる直前までずっと踏切の
音が鳴り続けていた。

めらん子ちゃん >  
【この放送は終了しています】

ご案内:「配信チャンネル」からめらん子ちゃんさんが去りました。