2021/11/11 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
……

…………

……………………

『めらん子ちゃんねる』に新しい動画が投稿された。
生放送枠、文字化けしたタイトル、未設定のままの
サムネイル。今回は投稿者コメント欄も未設定。

めらん子ちゃん >  
画面に映し出されるのは無人の洗面所。
大きな鏡と洗面台の前には生活感があるような
ないような、雑多な小物が山と置かれている。
打ちっぱなしのコンクリートで作られた壁だけが
やや不似合いな印象の部屋。

ドライヤー、ヘアアイロン、ハサミ、フォーク、
歯磨き粉のチューブ、スマートフォンの充電器。
ハンカチ、タオル、ウェットティッシュ、剃刀。
消臭芳香剤、体温計、爪切り、ヘアブラシ、櫛、
髪紐、褐色瓶、白のビショップのチェスの駒。

プラスチック製のコップは2つ。透き通った水色と
透明度のないピンク色。前者には子供用歯ブラシが
3本、それに筆記用具がぎちぎちに詰め込まれて
ヒビが入っている。後者は中身こそ見えないものの
恐らく空っぽで、ハートや星を象った女児用シール、
絆創膏で飾られていた。

さらさらと淡いノイズに似た音が聞こえる。
画面内の鏡には撮影者の姿もカメラも映らない。

画面外にあるらしい窓から日光が入ってきて
いるが部屋は薄暗い。その光さえ度々何かに
遮られて部屋に陰を落としていた。

……人の気配はない。変化といえば、時間が経つに
つれて少しずつ自然光の角度が変わることくらい。

アーカイブで視聴した場合のみ動画時間何分目から
変化があるかが視聴者コメントで補足されている。

めらん子ちゃん >  
音声に変化が現れるのは動画開始から約8分後。
映像にまで変化が現れるのはその更に3分後。

とん、とん、ぺたり、不規則な足音が聞こえる。
誰かが木製の階段を裸足で降りているような音。
犬の吠える声と鈴か鎖が鳴るような高い金属音。
どすん、重く柔らかい物が壁か扉にぶつかる音。
這いずるような音、何かの息遣い、唸り声。

がらり、引き戸を開くような音がした。

誰かが部屋に立ち入り、足を止めて引き返した。
画面外だが軽い足音から察するに当該チャンネルの
配信者だろうか。

とんとん、さっきよりは幾分規則正しく階段を
駆け上る音がフェードアウトしていく。

めらん子ちゃん >  
かつかつ、次に階段を降りてくる足音は固い。
さっきまでの足音は裸足だったが、今の足音は
靴を履いているようだ。洗面所の扉は覗いた際
開けっ放しにしていったらしく再入室のときは
開ける音の代わりに閉める音だけが響いた。

「おはようございます」

普段にもまして舌足らずな声で挨拶したのは
チャンネルの主、めらん子ちゃん。

普段と異なるのは髪を下ろしているところ。
櫛も通していないと見えて、桃色と水色の
髪は乱れて混ざってしまっている。

服装も普段と比較するとややだらしなくて、
吊りスカートの左側が肩からずり落ちそうに
なっていたり、シャツの端がスカートから
はみ出していたりする。普段首元にあるはずの
紺色のリボンは右手の中に握られていた。

めらん子ちゃん >  
さっきの足音、乱れた服装から察するに寝起きで
あるらしい。配信に相応しくない服装なのは自覚
しているようで、しきりに手櫛で髪を整えながら
逆の手で服装の乱れを直している。

取り繕ってもどうにもならないと判断したのか、
途中からは開き直ったようにのんびりと身なりを
整え始める。衣服のだらしない部分だけは最低限
直し、鏡とカメラのどちらに目線を向けるか一瞬
悩むような素振りを見せた。

「みなさんは」「朝、お忙しいですか?」

起き抜けで乾いた声、普段以上に回らない舌。
カメラに目線を向けたまま洗面台に近寄ると、
ガン、と足をぶつけたような音が聞こえた。

よそ見は危ないと判断したのか鏡台に視線を移し、
鏡越しのカメラ目線で妥協したようだ。

めらん子ちゃん >  
持ちっぱなしだった紺色のリボンはポケットに。
眼帯に手をかけ、思案するように動きを止める。
蛇口を捻って水を出すと、鏡に映らないように
屈んだ姿勢で眼帯を外して顔を洗い始めた。
湯気が立っているので温水を使っているらしい。

顔を洗い終え、手探りでタオルを探している最中
うっかりコップに手が当たって中身が洗面台に
散らばった。がしゃん、と耳障りな音が響く。

先に散らばったコップの中身を回収するべきか
悩むような仕草を見せたが、結局後回しにして
マイペースにタオルを探し始めた。

屈んだ姿勢のまま顔を拭くと眼帯を付け直し、
ようやく顔を上げて、はぁと小さく吐息を零す。
画面外の窓から差し込む自然光が表情に陰を
落としていた。

めらん子ちゃん >  
顔を洗う際、右手に縛り付けられたぬいぐるみは
巻き添えを食ってずぶ濡れになっていた。

ピンク色のプラスチックコップを手に取って、
もう片方の手を彷徨わせる。探していたのは
歯ブラシのようだが、それはさっき文房具ごと
洗面台にぶちまけてしまっている。

一度ピンクのコップを台に置いて、ヒビの入った
水色のコップに中身を詰め直す。全部入れてから
歯ブラシだけ引き抜き、水色のコップとピンクの
コップを持ち替える。握り込むような歯ブラシの
持ち方はあまり磨きやすそうではない。

それから今度は歯磨き粉を探して……歯ブラシと
コップで両手が塞がってしまっていると気付き、
また一旦コップを置いた。どうにも容量が悪い。

「学校は、楽しいのでしょうか」
「お仕事は、憂鬱でしょうか」
「それとも、今日はお休みの日でしょうか」

粘度の低い真っ黒な歯磨き粉を絞り出しながら
めらん子ちゃんは呟く。ぱち、ぱちと紫水晶色の
瞳が眠たげに瞬いている。

めらん子ちゃん >  
歯ブラシを水で濡らしたら歯磨き粉が殆ど流れて
しまったので、またもコップを置き直して改めて
絞り出す。何か話そうとして口を開いたものの、
その間にも真っ黒な歯磨き粉はぼたぼたと溢れて。
結局諦めて歯を磨く方を優先した。

握り込むような持ち方では角度の調整が上手に
出来ないと見えて、歯磨き中のめらん子ちゃんは
頻繁に顔を傾けている。

やり方こそ拙いものの時間をかけてしっかり歯を
磨くと、赤色混じりの白い泡を洗面台に吐き出す。
温水で口を濯ぎ、洗面台を軽く流す。

さっき全部拾ったつもりでまだ残っていた物が
あったらしく、洗面台の中から濡れたサインペンを
つまみあげると、水色のコップの中に突っ込んだ。

めらん子ちゃん >  
「私は」 「今日、おやすみでした」

過去形での言及。真意に言及しないままコップに
水を溜める。溢れた温水が絆創膏だらけの手を
静かに濡らしていた。

コップを口に運ぶのではなく、顔の方をコップに
近付けるようにして水を口に含み、うがいをする。
からからと音を立てて、吐き出しての繰り返し。

2回、3回、4回、5回、6回。水を注ぎ直す。

少し多過ぎるくらいに繰り返して、9回目。
上を向いた瞬間にがくんと身体が前に倒れた。
けほ、けほと咳き込む声。誤嚥したらしい。

ひとしきり咳き込んで、やや涙目で顔を上げる。
咳き込んだ弾みか、未だ縛られていない髪を
数本巻き込むように咥えていた。

残ったコップの水を飲み干し、さっき顔を拭くのに
使ったのと同じタオルで口元を丁寧に拭き取った。

めらん子ちゃん >  
うがいを終えて、ピンクのコップを丁寧に洗う。
それからヘアブラシと櫛の前で少し手を迷わせて、
悩んだ末に櫛の方を手に取った。すぐ側に置いて
あった黒い髪紐2本はポケットに捩じ込んで。
代わりに取り出した紺色のリボンタイを襟元に
着用して整えた。

めらん子ちゃんはカメラを振り返って手招きする。
ずっと固定されていたカメラはめらん子ちゃんに
追従するようにアングルを変え始めた。

洗面台だけが映っていた部屋はあまり広くなく、
別の部屋に繋がっているらしい曇り硝子の引戸が
あった。湯気で曇っている点から察するに浴室か
シャワールームだろう。動画開始時からずっと
聞こえていたノイズに似た音はシャワー音だった。

シャワールームの硝子扉にはべたべたと手形が
ついており、明かりの向こうで動く影が見えた。
めらん子ちゃんはそちらを見もせずに照明を消す。
同時にシャワーの音がぴたりと止んだ。

めらん子ちゃん >  
浴室に繋がる扉の側には脱衣籠が置かれた棚。
古ぼけた二層式洗濯機と乾燥機、背もたれ付きの
木製の椅子。脱衣籠の中身は空だが洗濯機の上に
拙く畳まれた女児用の服と下着が積まれていた。
サイズから考えると投稿者のものらしい。

洗濯機の上に積まれた衣類が画面端に映った直後
画面が暗転する。映像が回復するとカメラは再び
洗面台を映していた。さっきと比べてアングルは
やや傾いている。咄嗟にめらん子ちゃんがレンズを
塞いでカメラの向きを戻したのだろう。

画面内に戻ってきためらん子ちゃんは木製の椅子を
引きずってきていた。椅子に座ってヘアアイロンを
手に取る。一度立ち上がれば良いものを、横着して
精一杯手を伸ばしてコンセントを繋いだ。

めらん子ちゃん >  
椅子に座り直し、髪に櫛を通し始める。
華奢な指でバラバラに混ざった桃色と水色の髪を
丁寧により分けつつ、寝起きで乱れた髪を梳く。

めらん子ちゃんは何も喋らない。

丁寧に、丁寧に。乱雑に混ざっていた髪の色は
見慣れた桃色と水色のツートンカラーに戻っていく。
壊れものを扱うような手付きで、時間をかけて。

綺麗に整うまでには10分以上の時間を要した。

椅子から立ち上がり、鏡と向き合って最終調整。
満足いくまで整えると、ヘアアイロンで仕上げ。
頭頂からストレートに伸ばすようにアイロンを
かけて、ようやく一息。

再び鏡に向かい、ポケットから取り出した髪紐で
ツーサイドアップになるように左右の髪を括る。

めらん子ちゃん >  
たっぷり30分近い時間をかけて寝起きの少女は
見慣れためらん子ちゃんの姿になった。

ぐ、と鏡の前で伸びをして、頰にかかる髪を払う。
それからくるりと踊るようなステップで振り返り
カメラに目線を向けた。

「……おしまい、です」

結びの挨拶の声は未だ乾いていて、舌足らず。
いつの間にか、ノイズに似たシャワーの音が
復活している。その音は最初より少し大きくて。

「おやすみなさい」

寝起きでもやはり就寝前の挨拶で〆るのだった。
カメラのレンズに蓋をして足音が遠ざかっていく。
何故か足音は部屋の入口方向へ消えるのではなく、
浴室の方へと向かっていた。

めらん子ちゃん >  
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