2021/11/22 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
……

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『めらん子ちゃんねる』に新しい動画が投稿された。
普段と変わらず生放送枠で投稿されているものの、
本当に生放送なのかは判然としない。

投稿者コメント欄には『探検をしました』とだけ
短く記載されている。

めらん子ちゃん >  
がりがりと耳障りなノイズの音がする。
撮影環境にはあまり気を使わない投稿主だが、
今回は普段にも増して画面が暗い。真っ暗だ。

途切れず続いていたノイズはやがて切れ切れになり、
代わりにこつこつと固い足音、ぺたぺたと柔らかい
何かが触れる音にすり替わっていく。

ぱちん、控えめな音と共に画面に光が灯る。
電池式のカンテラを片手に、チャンネルの主が
控えめに手を振った。

「おはようございます」

舌足らずな声での挨拶。カンテラに照らされた
灰色の景色の中、パステルカラーの髪色がよく
目立っている。

めらん子ちゃん >  
めらん子ちゃんが立っているのは線路のど真ん中。
枕木も朽ち果て、錆び付いた線路は電車が通れる
状態には見えない。

カンテラ以外の光源はどこにも見当たらない。
トンネルの中だろうか。それとも地下鉄だろうか。
灯が弱くて分かりにくいが上方には確かに天井が
存在している。コールタールめいた生々しい光沢、
ぽつぽつと滴り落ちる粘度の高い液体。

枕木の下、バラスト材も殆どが黒い液体に濡れて
藻にも似た緑色のナニカがこびりついている。
湿度の高そうな景色に反して画面は水滴ではなく
砂埃のような曇り方をしていた。

「上に、向かいます」

めらん子ちゃんはそう呟くと、枕木の上を渡って
歩き始めた。横断歩道の白い部分だけを踏んで歩く
子供のように、とんとん不規則なのにリズミカルな
足音を立てている。

めらん子ちゃん >  
めらん子ちゃんが小柄なため錯覚しそうになるが、
この空間は一般的な電車用トンネルよりやや狭い。
それを踏まえると、地下鉄の路線である可能性が
高いだろうか。

壁際には不自然なほど多いコードが張り巡らせて
いるものの、大半は破断している。切れ目から
ぼたぼた黒い液体を垂らしている一部のコードは
まるで生き物のようだ。

「皆さんは、鬼ごっこをしたこと、ありますか」

振り返っためらん子ちゃんが呟く。
揺れるカンテラに照らされた壁にはちょうど指が
すっぽり収まりそうな穴がいくつも開いていて、
好奇心に駆られた獲物をじっと待っている。

「かくれんぼをしたこと、ありますか」

ひとつ飛ばしで枕木の上を渡る。

ヒビの入っていた朽ちた枕木は無視されたのが
不満だったのか、その場でみしりと音を立てて
割れた。下では黒々とした水溜りが口を開けて
役目を終えた枕木を飲み込んでいる。

「危なくなったら、おしえてください」

めらん子ちゃん >  
非常口と思しき緑色の灯に彩られた鉄扉は錆びて
逆側から殴られたかのようにひしゃげていた。
頭の欠けたピクトグラムは、足元の目玉に躓いて
今にも階段から転げ落ちようとしている。

赤色の消火栓と非常ベルは叩き割られ、腑の如く
こぼれ落ちたホースは丹念に、執拗に切断されて
ラベンダー色の液体を黒の中に混ぜ込んでいた。

照明として使うには長過ぎる間隔で設置された
安っぽい蛍光灯はその全てが割れ砕けていて、
舌に似た質感の内部配線をぶらり垂らしている。

黒と灰色で彩られた真っ暗なトンネル。排気ガスか
スモッグでも滞留しているような嫌な曇りがある。

繰り返し、繰り返し。ループでもしているように
同じ壊れ方をした設備が定期的に顔を出してくる。
黒く濡れた枕木に足跡がないから初めて通る道と
分かるものの、そうで無ければ後を振り返りたく
なってしまいそうな単調な景色。

5分ほど歩くと、遠くに光が見えた。

めらん子ちゃん >  
見つけた光は地下鉄の駅のようだった。
朽ち果てたホームに残っている案内板は意図的に
塗り潰されて読めなくなっていた。植物にしては
生々しい質感の、血管か根っこのような物体が
鋭角に見えるそこかしこの隅から侵食している。

壊れたエスカレーターの側には更に地下へ降りる
階段が併設されており、カンテラで照らしても
見通せるか怪しいほどに澱んだ空気を吐いていた。

ホームを見上げ、めらん子ちゃんは逡巡する。

ギリギリ手をかけられそうな高さではある。
しかし手をかけても身体を引き上げられるか、
足をかける場所があるかとなるとまた別問題。
登れなくは無いが、やや骨が折れそうでもある。

めらん子ちゃん >  
一応、ホームも所々朽ちているので場所を選べば
足をかけられそうでもある。楽に登れそうな所を
探すように割れて出来た窪みの何箇所かを蹴って
頑丈さを確かめてみる。

刹那、明らかに音量設定から外れた音割れノイズ。
画面も一瞬歪んで存在しない色が映る。地下なのに
風が吹いたかのように煙った空気が大きく流れた。

めらん子ちゃんは左を見て、右を見て。
とん、とんと数歩退き、軽く助走をつけると
するり猫のように器用に駅のホームに登った。
労せず登りたかっただけで、別に登れなくは
なかったらしい。

そのまま壊れて動かなくなったエスカレーターへ
駆け足で向かう。上り際に一度躓きそうになったが
スムーズに駆け上がり……追走するカメラの角度が
際どくなった辺りで急停止した。

めらん子ちゃん >  
はぁ、とごく僅かに上がった呼吸を整える。
駅のホームに登る際に掛けた手と、擦れた服の
前面は墨を零したように黒く汚れていた。

エスカレーターを上りきると辺りを軽く見回し、
くすんだ白いタイルの壁にぺたりと手を当てて
擦れた手形を残していく。

一般的な地下鉄の駅ならホームから上れば改札口に
辿り着きそうだが、めらん子ちゃんが着いたのは
またしても駅のホーム。今度は上り階段すら無く
左右両方に線路があった。

どちらにも比較的新しい型のドア付き落下防止柵が
設置されており、経年劣化でボロボロになっている。
右のホームにはペンキのような赤い塗料で真新しい
バツ印が描かれており、左のホームは巨大な獣が
引っ掻いたような爪痕で柵が一部へし曲がっていた。

めらん子ちゃんは再び右を見て、左を見て。
真っ黒に汚れた手で申し訳程度にバツ印を消して
右のホームから飛び降りた。

めらん子ちゃん >  
線路の構造自体は下の階と大差ない。しかし澱んだ
空気が薄くなった分画面はクリアで相対的に映りが
良くなって見える。明るさが足りないのはご愛嬌。

とんとん、たんたん、歩き慣れてきたお陰なのか
枕木を叩く靴の音は少しだけテンポを上げている。
一度だけ戯れにレール上に足を乗せてみたけれど、
滑って転びそうになったので以降は避けている。

点在するトンネルの設備は、下の階では全てが
壊れていた。今の階では時々壊れていない設備が
見つかるようになった。半開きの煤けた非常口、
今にも眠ってしまいそうに弱々しく点滅している
消火栓の赤ランプ、バチバチとショートする音が
耳障りな照明。

代わり映えのない風景の中を数分ほど歩いた後、
めらん子ちゃんは何もないところで唐突に足を
止めた。耳を澄ませるような、息を殺すような
短時間の沈黙があった。

めらん子ちゃん >  
「少し戻ります」

ぱちん、音を立ててカンテラの電源を落とす。
急ぎ足で、しかし極力足音は立てないように。
狭い通路を抜ける猫のような器用な足取りで。

ただでさえ暗かった画面はカンテラの明かりを
失って、光源は殆どが壊れた乳白色の蛍光灯と
点在する赤ランプ、非常口の緑色だけになった。

引き返す道のりでは枕木の一部が割れていた。
朽ちて果てる寸前の枕木はたかだか女の子1人分の
体重にすら耐えられなかったと見える。

足りない灯に照らされるめらん子ちゃんの輪郭は
壊れていない非常口の前で止まり、ぎぃぎぃと
軋む扉を無理やりこじ開けて中に滑り込んだ。

後をついてきたカメラも一緒に扉の内へ避難して。
トンネルの向こうから伸びる無数に枝分かれした
大きな影を遮るように扉が閉まった。

めらん子ちゃん >  
暗闇の中、押し殺しためらん子ちゃんのか細い
呼吸が聞こえる。扉の向こうから聞こえる音は
およそ擬音や擬態語で表現出来るものではなく、
辛うじて生物的な不規則さが感じ取れるだけで
日常的に聞くどんな音にも似ていない。

異様な音がめらん子ちゃんの呼吸音を掻き消し、
通り過ぎて消えるまでに2分ほどの時間を要した。
扉の外が静寂を取り戻すにつれ、少し早くなった
押し殺した息遣いがマイクで拾えるようになる。

ぱちん、と音を立ててカンテラの光が灯る。

「かくれんぼは、見つかったら負けなのでしょうか」
「それとも、見つけてもらわないと寂しいですか?」

非常口は万が一の際にトンネルから逃げるための
設備。辺りを照らすと狭い通路、トンネルよりも
輪をかけて多いコード類、上方に向かう階段が
カメラに映し出された。

めらん子ちゃん >  
千切れたコードの一部からは透明な水が漏れ出て、
コンクリート製と思しき階段に触れた直後に黒く
濁って流れ落ちている。ぴた、ぴたとローファーが
濡れた階段を踏みしめる音だけが響いている。

分かれ道のある複雑に折れ曲がった階段は明らかに
避難用には不適。右、左、右、右。気まぐれに道を
選んでは別方向から合流してきた階段の下を覗く。

トンネルの外に逃げるための非常口のはずなのに
辿り着いたのはまたしてもトンネルの中。ただし
今回は目視できる距離に駅のホームがあった。

違うところと言えば、壊れていない整った設備。
照明はきちんと機能しているし、ホームの床も
割れていない。今にもアナウンスが流れそうな
様相だから、人っ子1人いない風景が不自然に
見えてしまう。

赤字で文字化けした案内が表示される電光掲示板。
ノイズ混じりのブルースクリーンが映るモニター。
所々の不自然さに目を瞑れば電車が来てもおかしく
無さそうな風景。それ故にめらん子ちゃんも線路を
横切るのを躊躇うように掲示板を注視していた。

めらん子ちゃん >  
ひたり、濡れた裸足の足音に似た音が聞こえた。
しゃがんだ姿勢で電光掲示板を見ていた配信者は
ぱっと立ち上がり、後ろ手で乱暴に非常口の扉を
閉めた。がぁん、と重い音が響く。

さっきまでの迷いは何処へやら。一直線に線路を
横切って反対側のホームへするりと飛び乗った。
下りしかないエスカレーターを駆け上って逆走し、
無人の改札口の前で立ち止まり肩で息をしている。

電車が止まらず駅を通過する音が聞こえた。

無人の改札は客を迎え入れるように扉を開いていて、
けれど周りの床や壁には手にペンキをつけて描いた
かのようなバツ印が無数に重なっていた。

灯がついていて、しかし誰もいない駅員窓口。
めらん子ちゃんは切符代わりにクッキーを1枚
置いておずおずと不慣れな様子で頭を下げる。

それから改札口両脇の定期券認証パネルに手を
付いて、平行棒の要領で改札の向こうに飛んだ。

ばちん、と背後で改札が閉まる音が聞こえた。

振り返らずに駆け出して、駅の外へと走る。
カメラは改札の自動扉の下を潜り抜けるような
アングルでめらん子ちゃんを追いかけていた。

めらん子ちゃん >  
駅の外、靄がかかった曇り空の街。
灰色の色彩の中、所々目に痛い原色の看板と
靄を赤く染める信号機の灯が目立って見える。

ごちゃごちゃとした賑やかな街並みはまるで
文化も習俗も異なる街が境界で混ざり合って
いるかのよう。ひっくり返した玩具箱に似た
無秩序な積み重なりの中、独自に主張し合う
混沌とした様相を呈している。

そんな賑やかそうな街なのに、人の気配はない。
配信者1名だけが異物のように駅前で佇むばかり。

はぁ、とやり遂げたようなため息ひとつ。

「……おしまい、です」

とん、とん。不規則なステップを踏みながら
駅前交差点の横断歩道の中ほどで振り返る。
明るく見える街の頭上、薄い雲の向こう側に
欠けた月が輝いて見えた。

「おやすみなさい」

めらん子ちゃん >  
【この配信は終了しています】

ご案内:「配信チャンネル」からめらん子ちゃんさんが去りました。