2021/12/20 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
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『めらん子ちゃんねる』に新しい動画が投稿された。
未設定だらけの投稿項目はシリーズ動画としては
杜撰も良いところ。しかし投稿本数が2桁近くに
上ってなお変わらないそのスタイルは、個性として
視聴者層に受け入れられ始めている。

文字化けしたタイトルの下部、投稿者コメント欄。
未設定のまま投稿されることも珍しくないそこには
『お祭りはお好きですか』と短く書かれている。

めらん子ちゃん >  
『めらん子ちゃんねる』の動画はしばしば真っ暗な
画面のままスタートする。カメラのレンズカバーが
外されていなかったり、照明が機能していないまま
真夜中の映像が始まったり。

今回の放送はそれに近いような、真逆なような。
画面全体が薄く白い煙か靄によって覆われている。

とん、とんと軽く弾んだ足音。
画面右側からめらん子ちゃんが顔を出す。

「おはようございます」

白いワイシャツに暗褐色の吊りスカート、鼠色の
カーディガン。一見地味な装いは首輪の代わりに
右手の手錠で繋がれた突飛な見た目のぬいぐるみと
特徴的なツートンカラーの髪型で相殺されている。

白く煙る靄で分かりにくいが、動画内の時間は
夜らしい。周囲を照らす為に電池式のカンテラを
持ち込んでいる。

めらん子ちゃん >  
カンテラ内部に埋め込まれた蛍光灯の真っ白な光は
靄の中で乱反射し、却って周囲の景色を見えにくく
している。辛うじて伺えるのは樹木らしき影が枝を
伸ばしていることと、木製や鉄製にしては角の丸い
人工物が点在していることくらい。

「月の、中頃くらい。お祭りがあったそうです」

ローファーの靴底が鳴らす音は硬く、それでいて
冷たく湿っている。石畳の上にいるのだろうか。

「少しだけ、出遅れてしまいましたね」

とん、とん。不規則な足音。
めらん子ちゃんの姿が靄の中に紛れていく。

白く煙った景色に隠れた階段をひとつ、ふたつ、
音を立てて上る。カメラアングルは動かなくて、
離れためらん子ちゃんの上半身が見切れている。

めらん子ちゃん >  
立ち止まって、小首を傾げて。表情こそ見切れて
映らないが、ツーサイドアップの長い髪のお陰で
顔の動きはよく分かる。

一度しゃがんで、幼子かペットに促すような仕草で
カメラに向けて手招きした。固定されていたのかと
見紛うほどに動かなかったカメラアングルは徐に
動き出し、めらん子ちゃんに追従する。

しかし、ここでひとつ問題が発生する。
カメラの視点位置が少しばかり低すぎるのだ。

『めらん子ちゃんねる』では今回の投稿に限らず
カメラ位置が妙に低い傾向にある。定点で撮影され、
画面が動かない回は適切な高さを保っているのだが、
追従する場合はその問題点が浮き彫りになってくる。

普段の撮影ではやや見上げるようなアングルが
多かったり、距離を空けて全身を収めたりして
いるが、長い階段ではそれも難しい。

めらん子ちゃんは一歩上の段に足を退いたり、
戻したり。しばらく悩むような様子を見せて、
一度画面の外に消えた。

めらん子ちゃん >  
画面が大きく揺れ、カメラアングルが変わる。
明らかに『持ち上げられた』動きだった。

画面揺れが安定した後は、さっきまでとは逆に
めらん子ちゃんをやや見下ろすようなアングルに
変わった。カメラは階段横の斜面、配信者より
少し上の位置に移動させられたらしい。

「お祭りは、済んでしまいましたけれど」

とん、とん。石造りの階段を踏み締める音。
普段と同じ、ステップを踏むような不規則な
足音は階段だと少々危なっかしく聞こえる。

ふと、立ち止まってカメラを見やる。

「もう少ししたら、クリスマスで」
「それも終わったら、お正月」

「走り回るほど忙しいから、師走」

「……でしたっけ?」

小さく首を傾げて、また階段を上り始める。

めらん子ちゃん >  
白く煙る景色、乱反射する電池式カンテラの白い灯。
不規則な足音に合わせて揺れるツーサイドアップの
髪だけが色鮮やかで、靄の中に溶けていきそうで。

はぁ、と時折ひと休みを兼ねて漏らす寒々しい
吐息の白も靄に飲まれて、溶けて、消えていく。

淡々と階段を上って、休憩を挟んで、また上る。
繰り返し、繰り返し。変わらない景色の中では
時の流れすら止まっているかのよう。

そんな中で、時間の進みを感じさせるのは
めらん子ちゃんが休憩に使う時間の変化。

初めは時々立ち止まり、大きく息を吐いて、吸って、
冬の外気に触れて白くなった吐息を靄の中に溶かす
だけだった。

途中から、殆ど袖に引っ込めるような形で寒さから
守っていた指先に息を吹きかけて揉むようになった。
未だ遠い階段の天辺を見上げて、物憂げに視線を
落としていた。

数回の休憩に一度ずつ、膝を手で押して腿を伸ばし
ほぐすようになった。段々とその頻度も増えていき、
足を休める時間が呼吸を整える時間より長くなった。

元々不規則だった足取りは普段にも増してリズムを
崩し、それにつられるように呼吸も不規則になった。
一度蹲るような姿勢で休もうとしてバランスを崩し、
それ以降は石段に座って休憩を取るようになった。

めらん子ちゃん >  
冬の寒気に晒された頬は赤く染まり、対照的に
カーディガンの袖から覗く指は色を失っている。
何度目かの休憩、抱えるような姿勢で膝に顔を
埋めた際に見えた頸には汗が滲んでいた。

休憩を済ませて立ち上がるのも億劫な様子で、
バランスも危うい。ふらり、ふらりと左右に
揺れつつ、踏み外さないようにだけ注意する。

とんとん、ローファーの爪先を階段の一段上に
打ち付けて履き心地を調整して、また歩き出す。

延々続く変わり映え無い光景に変化が現れたのは、
階段を登る時間より休む時間の方が長くなった頃。

先んじて階段脇からめらん子ちゃんを見下ろして
撮影していたカメラの角度が平坦になっていく。
階段の終わりに辿り着いたようだ。

めらん子ちゃん >  
燻る靄の中、淡い橙色の灯が霞んで見える。

めらん子ちゃんが階段を登り終えた頃には
カンテラの白い光に塗り潰されてしまった
その光源はカメラの裏側にあると思しい。

蹲るように呼吸を整える彼女が立ち上がっても
全身が収まるように、カメラが引いていく。

まるで塗られたばかりのような、朱色の鳥居。
めらん子ちゃんが休んでいるのは丁度その手前。

温かい色合いの薄明かりは炎にしては揺らぎが
少なく、人工の照明にしては不安定。近いのは
提灯あたりだろうか。

ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
たっぷり時間をかけて呼吸を整えたチャンネルの
主はふらふらと左右に傾きながら立ち上がる。
左足を庇うようなぎこちない動きでゆらゆらりと
首を傾げてみせた。

辿り着いた階段の天辺は、鳥居から察せるように
神社の境内のような趣だった。参道の脇には疎に
屋台が立ち並んでいる。

鳥居も石畳も造られたばかりのように真新しく、
しかし立ち並ぶ屋台は片付けられないまま何年も
放置されていたかのように朽ちていた。

階段を登る間も漂っていた白靄は濃淡を増して、
水墨画に描かれた河川の如き流れが捉えられる。
靄の流れの中、銀色と橙色の金魚が気まぐれに
宙を泳ぎ、淡い橙色の蛍に似た灯が飛んでいる。

めらん子ちゃん >  
誘蛾灯の光に誘われる蟲のように、ふらりふらり。
めらん子ちゃんは屋台を覗きながら参道を歩く。

ひらがなを真似たような曲線とカタカナを分解
したような直線で構成された実在しない文字で
綴られた看板を見上げ、漂う灯に視線が逸れる。

朽ちて傾いた屋台の中には新品同様のヘラと、
チョークで落書きされた焦げついた鉄板がある。
落書きさえなければ、直前まで鉄板の前にいた
店員が前触れなく失せたような、そんな雰囲気。

顔の前を横切った灯を手で払うと、川の流れに
枝を差し込んだように靄が揺れる。淡い暖色の
灯は流される落ち葉のように靄の流れに乗って
めらん子ちゃんの手を避けていった。

めらん子ちゃん >  
表情こそ変わらないが、ムキになったのだろうか。
同じ灯を追いかけて触れようとしたり、掴もうと
試みたり。その度にふわり、ゆらりと逃げられる。
捕まえようとした蝶に逃げられる幼子に似た様。

ちゃり、しゃらんと手錠の鎖が鈴のように音を
建てている。振り子時計のように一定の間隔で
揺れるぬいぐるみの首は今にも千切れそう。

躓いて朽ちた屋台に倒れ込みそうになったり、
鼻を掠めそうになった灯を避けてよろめいたり。

失敗を繰り返してコツを掴んだのか、うまく灯を
胸の前まで追い込んだものの、すんでのところで
逃げられる。

めらん子ちゃん >  
追いかけ回した所為か近くに漂う灯は見当たらず。
ぐるりと視線を巡らせると、目線くらいの高さを
漂う赤金色の金魚が目についた。

ゆらゆら流されるばかりの灯と違って逃げやすい
金魚は却って誘導もしやすくて。逃げ道を塞いで
追い込んで、目の前まで。

それを、つるりと飲み込んで胃の腑に落とした。

赤い舌で唇を舐めて、絆創膏だらけの華奢な指で
口の端を軽く拭うような仕草。

相変わらず疲れた足取りは少しだけ上機嫌になり、
不規則なステップを踏みながら参道を歩んでいく。

狭すぎる間隔で並ぶ苔むした石灯籠はテクスチャが
バグを起こしたかのように不均等なズレが生じて、
石畳の隙間からは黒い水が漏れている。

めらん子ちゃん >  
拝殿に近付くにつれて漂う灯は姿を消していき、
辺りを照らすのはめらん子ちゃんが手に持った
カンテラだけになっていく。

ひたひたと濡れた石畳を踏み締めるたびに波紋が
広がって、参道の端で反響するように返ってくる。
靄の薄い部分から垣間見える木々には陰が差して、
見える景色は彩度を失ってしまったかのよう。

モノクロ調の景色の中、揺れるツートンカラーの
髪と、首を吊られたぬいぐるみは異物に見えた。

珪化木の鳥居の下、真中に立たないように立ち止まる。

遠目に光の届かない拝殿が見えた。
鈴に添えられた紅白の縄だけが異様に目立つ。
両脇の石像は阿吽の形に口を開いた獣を象り、
7本の足と2対の翼を折り畳んで座している。

めらん子ちゃん >  
拝殿を覗くように首と身体を何度も傾けて、
しかし鳥居の真ん中には近付かないように。
半端な位置を保ちながらじぃっと奥を眺める。

それから一歩足を踏み出して、退いて。
何度か同じ動作を繰り返した後、諦めたように
白く曇った吐息を漏らして振り返った。

「今日は」「これでおしまいにします」

「おやすみなさい」

やや急ぎ足でカメラに近付き、レンズに蓋をする。
映像がブラックアウトする直前で配信は終了した。

めらん子ちゃん >  
【この配信は終了しています】

ご案内:「配信チャンネル」からめらん子ちゃんさんが去りました。