2022/01/09 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
■めらん子ちゃん >
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『めらん子ちゃんねる』に新しい動画が投稿された。
文字化けしたタイトルは年を跨いでも変わらない。
当該チャンネルの動画は告知も宣伝も行われない為、
最近はリアルタイム視聴が一種のステータスとして
人気を博しつつあるらしい。
動画サムネイルはやはり未設定、短くコメントが
入ることもある投稿者コメント欄は空欄だった。
■めらん子ちゃん >
カメラに映る景色は、燃えるように赤かった。
霞むほど遠く、ビルの陰に隠れた太陽が輝く。
日の出か、日の入りか。街を染める斜陽の色。
ロケーションはバスの待合所。
しんしんと雪が降っていた。
逆光に照らされてめらん子ちゃんが眠っている。
閉じ瞼柄の眼帯のお陰で普段は片目だけ開いて
見える彼女だが、今日に限っては露出した左目も
閉じて据わりが良い。
降り頻る雪は水っぽく固まって積もりやすい。
凍結した路面は雪ですっかり隠れてしまって、
事故を起こしたように道路からはみ出した轍に
アスファルトの汚れを混ぜ込んでいた。
部首と旁をランダムに織り混ぜたような偽物の
漢字と、ひらがならしい曲線の特徴を残しつつ
既存の文字からかけ離れた読み仮名。行き先を
教えたがらないバス停の標識は更にその上から
黒い6本指の子供の手形で塗り潰されている。
かん、かん。一定のリズムで甲高い音が聞こえる。
遠く反響するその音は耳馴染みがあるようでいて
どこかに決定的な違和感がある。本能的な不安を
掻き立てる淡々とした音だった。
■めらん子ちゃん >
焼けた空の色が白い雪を染める寒々しくもどこか
郷愁を感じさせる景色。めらん子ちゃんは眠って
動かない。不規則な寝息と共に薄い胸が上下して、
しかし身体が冷え切っているのか、吐息は外気に
触れても白く染まらなかった。
飾り気のない白シャツ、黒茶色の吊りスカート。
ローファーを脱いで、バス待合所のベンチの上で
体操座り。ルーズソックスは雪の所為でずぶ濡れ。
最近身に付けていたカーディガンは着ていない。
ゆらゆらと船を漕ぎ傾く首は今にも倒れそうで、
ぐるりと首の周りを一周する真っ赤な縫い目から
千切れてしまいそうな錯覚を感じさせる。
寒風に晒された耳は痛々しいほどに赤く染まって。
付けっぱなしの眼帯が擦れてしまったのだろうか、
耳の上に接した部分の紐は違う赤色で滲んでいる。
■めらん子ちゃん >
長く身に付けていたお陰で擦れてしまっているのは
眼帯だけではない。首輪代わりにぬいぐるみを繋ぐ
手錠と接する右手首もまた痛々しい。
眼帯の紐より硬い金属製の手錠、凍り付くほどに
冷え切った空気。お陰で手錠には剥がれた皮膚の
名残が張り付いて、代わりに右手首は瘡蓋だらけ。
白シャツの手首も赤い色が混じっていた。
その癖、手錠に繋がれたぬいぐるみは眠っていても
大切そうに手放さない。布地にシワが寄るほど強く
爪を立てて握られたぬいぐるみは、いくつかの糸が
ほつれて補修が必要そうだ。
宝物を握りしめて眠る表情は見た目相応に幼気で
あどけない。名前以外は何も明かさない彼女だが、
外見通りの年齢なら10代前半だろうか。
そんな少女が、雪の降る中、屋外で眠っている。
異常な状況にも関わらず、その画はまるで一枚の
絵画のように美しく映っていた。
■めらん子ちゃん >
かくん、と首が大きく揺れたのをきっかけに
めらん子ちゃんの喉奥で小さく呻くような声が
鳴った。長い睫毛がぱちぱちと瞬いたものの、
まだ眠りから覚めたというには夢心地。
微睡みから覚めるのが惜しいのか膝を抱え直して
再び目を閉じる。しかし、雪が降る寒さの中では
もう一度寝付くのは簡単ではなかったようだ。
悪足掻きをするようにベンチの上で何度も体勢を
変え、その度に目を閉じ直したものの、どうにも
眠れなくて諦めたように瞼を開いた。
行き先も教えてくれないバス停の標識を見つけ、
物憂げに目を伏せて。赤く傾いた太陽から目を
逸らして、逃げるように道路に視線を落とした。
ベンチの上で縮こまる姿は、小柄な体格とは
無関係に小さくて、寂しくて、孤独に見える。
■めらん子ちゃん >
痛む手首に手錠がぶつからないように袖を引っ張り、
ボロボロにほつれたぬいぐるみを持ち上げて日光を
遮る。ボタンで出来た目を、縫い目で模られた口を
優しく指でなぞり、千切れて腸の代わりに綿を吐く
腹に指をつっこんで軽く弄って。
「なぁぐ」「なぁぐ」
語りかけるように、あやすように。
存在しない言語、誰も知らない唄を紡ぐ。
「なぁぐ なぁぐ すなびぁる なぁぐ」
「れむ ぁ めぁぬす ねずぇるる なぁぐ」
「ゔぃぃ んゔゃ いす いぇな りる=り・らら」
■めらん子ちゃん >
「りぃ ぁ えゔめる めるるく つぇれ」
「りぃ ぁ まりきと めるるく つぁな」
瞬きひとつせず、目線より少し高く掲げた
ぬいぐるみに唄う。語る。願う。祈る。
ただ、そこに感情は込められていなかった。
礼拝に飽いて倦んで、祈り信ずる時間でなく
退屈なルーチンにすり替わってしまった教会の
朝のような。歌詞よりもこれから始まる1日の
授業の憂鬱さを思う小学生の合唱のような。
淡々とした声で、意味の定かでない言葉を。
「なぁぐ づぁめる ゔ・かーなぅ=ゔぇず・か」
「なぁぐ づぁめるな ぬぁぐことん ゔぃ──」
唄が、途切れた。カメラと目が合った。
■めらん子ちゃん >
息を呑む音が聞こえたような気がした。
めらん子ちゃんは反射的にスカートを整えつつ
ぱっと立ち上がる──今の自分の体勢も忘れて。
直前まで、彼女はベンチの上で膝を抱えた姿勢で
眠っていて。急に立ち上がったら、どうなるか。
濡れたルーズソックスが木のベンチの上で滑り、
尻を、背を、後頭部を強かにに打ち付けた上で
滑り台から投げ出されたように路面に尻餅をつく。
いっそ心配になるほどの鈍い音が鳴ったが、
めらん子ちゃんは間を置かずに立ち上がる。
ふらふらと頼りない足取りではあったものの、
カメラを認識していたからか背は向けなかった。
もし背を向けていたら、白シャツの背面は雪と
泥で酷いことになっていただろうけれど。
■めらん子ちゃん >
「……おはよう、ございます」
目覚めの挨拶。普段と同じ、配信始めの挨拶。
もっとも、今日のそれはいつもと比べて些か
複雑そうな、醜態を見られた自覚がある故の
渋い声音だったのだが。
申し訳程度に雪で濡れた髪を整え、バス待合所の
ベンチに座り直す。転んだ拍子にぐちゃぐちゃに
なった靴を揃え直して、泥と水気で冷たくなった
靴下をベンチの背もたれに乗せて乾かす。
他にバスを待つ乗客が来るかもしれない場所を
私物化するような扱いなど出来るはずもなくて。
彼女は此処に人が来ないと知っているようだった。
■めらん子ちゃん >
雪の冷たさで痛々しいほど赤くなった足の指を
ひとつひとつ握って、温もりを得ようとする。
この景色の中ではそれも焼石に水だろうけれど。
しばしの沈黙の後、めらん子ちゃんが口を開く。
「年初めの夢は、縁起物を願うそうです」
足を温める過程で冷え切ってしまった手にはぁっと
息を吐きかけ、体温を逃さないように身体を丸める。
自分の膝に頭を預ける姿勢で横を向き、寝起きで
やや焦点の合わない瞳をカメラに向けた。
「皆さんは」
「うさぎがしぬゆめを見たことがありますか?」
■めらん子ちゃん >
「夕暮れのバス停で目を覚ましたことはありますか」
「灰色の街で霧の上の空を見上げたことはありますか」
「電信柱の裏で黒猫の目玉を拾ったことはありますか」
「誰かの畑にくらげの骨を植えたことはありますか」
「冷たい日の光に目を焼かれて泣いたことはありますか」
「同じ夢を何日も続けて見たことは、ありますか」
薄く笑みを浮かべて、瞼を閉じる。
「もし、無いのであれば」
「その喜びを大切にしてください」
「 からのお願いです」
顔を背け、喉の奥で痰が絡んだような咳をする。
ひゅうひゅうと細い呼吸の音が聞こえた。
■めらん子ちゃん >
「今日は」「これでおしまいとしましょう」
ポケットの中を探りながら足を伸ばす。
でも、ローファーも靴下も濡れてぐちゃぐちゃで、
撮影を止める為にカメラまで歩くのも億劫な様子。
おまけに、ポケットを探ってもカメラのレンズが
見つからない。
ポケットを裏返したり、きょろきょろと辺りを
見回してみたり。それでも目当ての物は何処にも
見つけられなくて。
諦めたようにため息を漏らし、濡れた雪を踏んで
寒さに震えながらカメラに近付いてくる。
「おやすみなさい」
カメラを持ち上げると同時、何かを引き抜くような
生暖かく柔らかい音がして……映像が途切れた。
■めらん子ちゃん >
【この配信は終了しています】
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