2022/01/24 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
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『めらん子ちゃんねる』に新しい動画が投稿された。
文字化けしたタイトル、未設定のままのサムネイル。
今回は投稿者コメント欄も未設定のままだった。

投稿本数が増えるにつれ、当該チャンネルに関する
『考察』の材料は増えているように見えて、その実
明確な根拠となる情報は数少ない。

めらん子ちゃん本人の目撃情報をはじめとして
ネット上では様々な『噂』が流れているものの、
信憑性は怪しい。

逆に当該チャンネルを取り巻く真偽の定かでない
噂の数々が想像を掻き立てるお陰なのか、コアな
ファンは日々推論を交わし合っているのだとか。

めらん子ちゃん >  
画面に映ったのは異様な光景だった。

壁も床も天井も、色とりどりの手形で塗り潰された
小さな部屋。手形は人間のモノと思しいが、向きも
大きさもバラバラ。指の本数すら間違っている物も
散見される。

何十人、何百人の人が1人ずつペンキに手を浸して
元の色が分からなくなるまで部屋中を余さず彩った。
そんな有様。

「おはようございます」

目が痛くなりそうな彩色の部屋の片隅。
木製のステップチェアの天辺に腰掛けた
めらん子ちゃんが舌足らずな声で挨拶する。

手形で彩られているのは彼女も例外でなく。
白いシャツに、露出した足に、縫い目のついた
首元に、黒い手形で掴まれたような跡があった。
色が近くて目立たないが、黒茶のスカートにも
きっと手形が残っているのだろう。

めらん子ちゃん >  
光源はステップチェアの足元に置かれた電池式の
カンテラだけ。天井にまで伸び上がった長い影は
手形の一部を切り取ったように黒く潰している。

カンテラの近くには鉛色のバケツが複数個。
絵具と思しき乳白色の液体で満たされており、
刷毛代わりに穂の細かい箒が刺さっていた。

めらん子ちゃんはじぃっとカメラを見つめたまま
動かない。首を傾げる動作は油を差し忘れた機械か
関節が錆び付いた人形のようで、上手く動かせて
いない自覚があったのか、すぐに元に戻した。

「今日は」「お掃除を任されてしまいました」

しばしの沈黙の後、そう呟いて。普段にもまして
ぎこちない動きでステップチェアから降りてくる。

めらん子ちゃん >  
バケツに突っ込まれた箒を手に取り、正方形の壁を
少し離れた位置から眺める。ぽつ、ぽつりと滴った
乳白色の絵具が床に大きな水玉模様を作る。

さながら、キャンバスを前に考え込む画家のよう。

しばしの沈黙の後、めらん子ちゃんは部屋の角に
箒を当てて、床に沿うように壁を白く塗り始めた。
絵筆代わりの箒は黙考の時間の所為で少し乾いて、
反対側の角に辿り着く前に擦れた跡を残していた。

掠れた白で半端に隠れた手形を見て、また小首を
傾げて。ざぶ、じゃぶ、びちゃり。ぬめぬめした
白い液体に箒を浸しなおす。

今度は反対側の角、辿り着いたばかりの部屋の隅に
穂先を当てて、逆の側へと線を引くように塗り潰す。

とん、とん。箒を壁に当て、引きずりながら
たたらを踏んで。歪んだ白線はさっき引いた
線と重なった。

塗り切れず、手形の色を切り取ったような線が
残ってしまったので、穂先で軽くつつくように
その跡を消し直す。

めらん子ちゃん >  
「みなさんは」「お掃除はお好きですか」
「どれくらいの頻度でやるのでしょうか」

ぐちゃ、びたり。じゃぶ、ぐちゅり。
箒でバケツの中身をかき混ぜながら呟く。

「やるとしたら」「範囲はどのくらいでしょう」
「自分の部屋だけ?」「それとも家の中全部?」
「同居人がいるのなら、分担するのでしょうか」
「それとも、当番制で順番にやるのでしょうか」

さっき引いた歪んだ線の上部に重なるように箒を
壁に当てて、またぐらぐらと不安定な線を引いて
白の面積を増やしていく。塗りそびれて断続的に
残った手形の名残は穂先で軽く撫でて眠らせる。

「自分の居場所と無関係な所が汚れていたら」
「どうするのが正しいのでしょう」

白い線が3往復。正方形の壁はまだ2割ほどしか
塗れておらず、居場所がなくなるのを厭う手形が
責めるようにカメラを見つめていた。

めらん子ちゃん >  
「横断歩道の白線が割れていたとき」
「本屋さんの棚の順番が崩れていたとき」
「駅のお手洗いの床が汚れていたとき」

「キレイにしておけば良かったのかも」
「ときどき、私はそう後悔するのです」

4往復め、カメラに背を向けないように後ろ歩きで
線を塗っていたら、大きくバランスを崩してしまう。
尻餅をつきそうになったが、丁度壁に背中が当たる
位置だったお陰で辛うじて転ばずに済んだ。

めらん子ちゃんの足取りは元から不規則で、
コメント欄でも転ばないか心配されるほど。
しかし今日は普段にもまして足取りが怪しい。

直立しているときすら足に負担がかかるのを
嫌うようにゆらゆら不安定に体が揺れているし、
歩いている最中、地面に片足しかついていない
タイミングではぐらりと姿勢が傾いでいる。

めらん子ちゃん >  
往復を繰り返すように壁を白く塗っていく。
掠れ、塗り残した跡から手形に覗かれないように
ぴったりと隙間なく、上から壁を作っていく。

天井の高さは一般的な部屋と比べればやや低め。
小柄なめらん子ちゃんでも精一杯手を伸ばして
背伸びするか、ジャンプすれば箒の先端が天井に
届きそうなくらい。

壁の下部分を概ね塗り終え、今までと同じように
往復して塗るのが少しばかり難しくなってきた頃。
めらん子ちゃんは天井を見上げて考え込む。

試しに背伸びしながら手を伸ばしてみると、
箒の穂先が天井に届く前にバランスが崩れた。

二度、三度と試して結局諦める。配信開始時に
座っていたステップチェア、その周りをぐるり
囲むように置かれた鉛色のバケツをひとつずつ
順番に画面外に運び出す。

めらん子ちゃん >  
ステップチェアの1番上の段に座ってみると、
労せず天井にまで箒の穂先が届くと分かった。
何度か引き摺りつつ位置調整、手形だらけの
壁上部から下に引っ張るように白く塗っていく。

程なくして、ひとつ目の壁を真っ白に塗り終えた。

無地の白は手形だらけの壁と比べれば珍しくない
はずだが、有機的なぬめぬめとした光沢の所為で
逆に異物感、虚無感が目立って見える。

次に、めらん子ちゃんは天井を白く塗り始めた。

初めは横着して椅子をあまり動かさずに塗ろうと
していたが、一度バランスを崩して落下しそうに
なってからはこまめに位置を変えている。

乳白色の塗料は一見絵具かペンキに見えていたが、
壁一面に塗られた質感、天井から糸を引いて滴る
粘ついた雫から明らかに別物だと分かる。

めらん子ちゃん >  
天井の塗りは壁より時間がかかる。箒を天井の隅に
くっつけて、壁と平行になるように線を引いていく。
手の届く場所まで引いたら、危なっかしい足取りで
椅子から降り、手が届く位置まで引きずって移動。
そうしてまた塗り始める、忙しなくも短調な作業。

ぽつ、ぽつ、ぬるり。ぴちゃり、ぐちゃ、ずるり。

天井から滴るぬめぬめと粘ついた白は手形だらけの
床に毒々しい斑模様を作っていく。無秩序な模様は
覆い隠されていくのに、まるで汚しているかのよう。

濁った白は部屋の中にいるめらん子ちゃんにも
例外なく滴り落ちて。シャツの肩部分に残った
黒い手形を疎らに染めていく。じんわり濡れた
白いシャツが肌に張り付くのが見えた。

めらん子ちゃん >  
塗る順番が悪かったと自覚しているのかいないのか。
目に入らないよう、嫋やかな手を庇代わりに天井を
見上げて、塗り残しがないか確認する。

天井に手形が残っていないと分かると、再び壁を
塗り潰す作業に戻る。最初に塗った壁を基準に、
反時計回りの順番で残り3箇所を白に沈めていく。

ひとつ塗り終えた分の慣れがあるから作業効率は
上がっても良さそうなものだが、めらん子ちゃんの
手付きはむしろどんどん不器用になっていく。

もっと正確に言うならただでさえ不規則だった
足取りが時間をかけるにつれてなお不安定さを
増している、と表現するべきか。

例えるなら、足を怪我していて長く立てないのに
長時間の作業を続けているような、そんな雰囲気。

めらん子ちゃん >  
本人も作業効率が悪化している自覚はあるらしい。
2枚目の壁を塗り終え、3枚目の中頃に差し掛かり、
明らかに塗り残しが増えた壁をじぃっと見つめる。

結局、休憩が必要だと認めたようで。物憂げな
ため息を漏らすと、ステップチェアの下の段に
ぎこちなく腰を下ろした。

ぽつり、ぽつり。雨が降るように天井から
白く濁った雫が糸を引いて垂れ落ちる。

髪にかかるのは嫌がっているらしく、ときどき
手櫛で髪を梳きつつ、白く汚れた手を椅子の足に
拭いつけている。

反面、服が汚れるのはあまり気にしていないようで。
服が濡れて粘ついた糸を引こうが我関せずといった
態度。黒い手形が痣めいて残る脹脛を揉みほぐして
目を伏せるばかり。

めらん子ちゃん >  
壁を半分塗れるくらいの時間を休憩に費やして、
めらん子ちゃんはまたふらふらと立ち上がる。
刷毛代わりの箒を手に、今や手形のある面積が
生物的な白に負けている部屋を塗り始めた。

4枚目の壁に差し掛かり、今更この部屋の異常が
明らかになる。この部屋には扉も窓も存在しない。

知ってか知らずか、めらん子ちゃんは気にせず
部屋を侵食する乳白色の手伝いを続けるばかり。
最後の壁を塗り終えれば雑多な色合いの手形が
残されるのは床だけ。

バケツの中に箒を浸し、部屋を横切るようにして
床を掃いて、塗っていく。居場所を失った手形の
悲鳴なんて聞こえようはずもないが、虚無的な白に
部屋が染まるにつれて、失ってはいけない何かが、
目を逸らすべきではない何かが無に帰るような……
そんな寂しさとも恐怖ともつかない雰囲気が部屋を
満たしていく感覚があった。

めらん子ちゃん >  
白く塗られた部分を踏まないように塗り広げると
めらん子ちゃんは、部屋の隅へ追いやられていく。
気付けば彼女が立つ部屋の角以外は全て生々しい
乳白色に沈んで、彼女の足元だけに手形の残滓が
取り残されていた。

首を傾げて、辺りを見渡して。白の海へと足を
踏み出した。真っ黒い足跡が点々と彼女の軌跡を
示すように残った。めらん子ちゃんがいる限り、
この部屋には真っ白にはなれないのだと誰かが
嘲っているかのようだった。

ぽつり、ぽつり。粘ついた雫が涙のように彼女の
髪を濡らしていく。白い筋が頰を垂れて首に落ちる。

めらん子ちゃんは首を傾げて、部屋の隅に残った
手形を一瞥して。ふらつきながら鉛色のバケツを
小さな両手に抱えて持ち上げた。

めらん子ちゃん >  
そのまま、バケツを部屋の隅まで運んで。
ざぶり、音を立てて中身を床にぶちまけた。

また別のバケツを持ち上げて、中身を床に空ける。
繰り返し、繰り返し、全部のバケツが空になるまで。

びちゃ、ぬちゃ。ぐちゅ、ぬとり。どろ、どろり。

粘ついた白の上に残った黒い足音はあっという間に
飲み込まれて、彼女が歩く後に残るのは波紋だけ。

ぽつ、ぽつ。無音だった部屋で雨垂れのような音が
断続的に歌い出す。ぬめぬめとした白い壁、粘つく
雫を垂らす天井。濁った白で満たされた床。一面の
手形は今や影も形もなく、部屋はまるで白い怪物の
腑の中に似た様相を呈していた。

めらん子ちゃん >  
「今日は」「これでおしまいです」

呟くめらん子ちゃんの服装も一部白に染められて、
いっそ溶けて消えてしまいそうな錯覚を感じさせる。

彼女自身は、それを気に留めた様子すら無くて。

「おやすみなさい」

普段通りの結びの挨拶と共に、白く斑になった
蓋でカメラのレンズを閉じ込めるのだった。

めらん子ちゃん >  
【この配信は終了しています】

ご案内:「配信チャンネル」からめらん子ちゃんさんが去りました。