2022/03/28 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
■めらん子ちゃん >
……
…………
……………………
『めらん子ちゃんねる』に新しい動画が投稿された。
文字化けしたタイトル、未設定のままのサムネイル。
投稿者コメント欄には『お花見をしました』とだけ
短く書き添えられている。
当該チャンネルは宣伝も告知も全く行なっていない。
お陰でSNSで日常的に話題に上ることはほぼ無いが、
投稿が行われた日だけは俄に盛り上がる。
そして、またひっそり話題から消えていく。
コアなファンの議論はネットの片隅で密やかに。
■めらん子ちゃん >
とん、とん。一定の間隔でリズムを刻む低い音。
鈍色に曇った空を背景に淀んで霞む黒い街並みは
まるで影絵のよう。点々と薄白く混ざるノイズは
過ぎ去った冬を惜しむ名残雪。コンクリート壁に
擦れて削られ、つぅと涙のような水滴の筋を残す。
「おはようございます」
灰色の路地裏に不似合いな横倒しのクローゼット。
朽ちかけた木製のそれに座っためらん子ちゃんが
控えめに手を振りながら挨拶した。
溶けた雪の水滴で滲む画面の中、めらん子ちゃんの
特徴的な髪色が目立つ反面、ほぼ灰色で統一された
路地裏の景色はモザイクがかかっているかのよう。
■めらん子ちゃん >
「少し け」「温か なりまし ね」
ぎぃ、ぎぃ、がりり、回した傘の骨が狭い路地の
壁に引っかかって呟きをかき消す。露先が外れて
大きく骨が露出した紳士用の黒い傘はメルヘンな
髪色と対照的に無骨な印象。
やり過ぎなくらい包帯が巻かれた左手は傘の重さを
軽く支えるだけ。右手でくるくるりと重たげに傘を
回すと、散らばった水滴が壁に曲線状の模様を描く。
「 」「 ぁ 」
くるり、カメラの正面に立とうとステップを踏んで。
サドルの外れた大人サイズの三輪車を蹴飛ばした。
がしゃんと大きな音と共に取り付けられたライトが
路地裏を照らし出し、めらん子ちゃんの呟きを隠す。
■めらん子ちゃん >
うっかり蹴飛ばした三輪車から離れたところで
ベニヤ板で作られた薄い木の箱を踏み抜いた。
ばきばきと音を立てて砕けた箱からは粘度の高い
ピンク色の汁が溢れている。
ゴミ捨て場の如く雑多なガラクタで溢れかえった
路地裏は、どちらに足を踏み出しても何かしらを
倒してしまいそうな混沌とした模様。
割れた側面から真っ黒な液体を垂れ流すポリタンク。
壁に抱き付くような姿勢で放置された巨大なくまの
ぬいぐるみの首が折れて真後ろを向いている。
逆さに置かれたパステルカラーのミニコンポからは
一定間隔で心臓の鼓動じみた低い音が鳴っている。
縦に3つ重ねて置かれた空調の室外機のファンには
中の金属線が剥き出しになったコードが幾重にも
絡み付いていた。
■めらん子ちゃん >
路地裏を抜けた先は片側一車線の狭い道路。
車道と同じくらい広い歩道が両脇を挟んでいる。
ビルより高い青一色の信号機が見上げる程の高さで
絡み合って、赤信号を溶かした色の涙をぽつぽつと
垂らしていた。
赤茶色とクリーム色、鉄紺色の3色で彩られた
煉瓦柄の歩道は大人の歩幅ほどの間隔で錆びた
マンホールの蓋が並んでいる。
車道を挟んで反対側の歩道、斜め45度に傾いた
電信柱の脇にある歩行者用信号機の押しボタンに
浄水器付きの蛇口が巻き付いていた。
くるり、くるり。路地を抜けたから傘を回しても
引っかからずに済む。飛び散った水滴は煉瓦模様の
歩道に黒い斑点を残していく。
■めらん子ちゃん >
「 」「 」
ふらふらと落ち着きなく動くお陰でマイクには
めらん子ちゃんの声が届かない。本人もそれを
自覚しているようで、躓き引っかかりながらも
無理やり路地裏から抜け出す。
室外機からはみ出したコード、赤白黄色3色を
三つ編みにしたケーブル、黒く細い6本指の手、
緑色に塗られた有刺鉄線が引き止めるかのように
絡まって、一緒に路地の外に顔を出した。
ぱり、ぱり。薄く氷が張った水溜まりを踏み締める。
割れた氷の隙間に波紋を作る霙混じりの水溜まりは
青空を溶かしたような淡い水色を反射した。
街に覆い被さるような灰色の空は比較的明るく、
遠くに見える紅い空だけがいつか別の時間から
覗きに来ているように思える景色。
■めらん子ちゃん >
車2〜3台分が収まりそうな広さの横断歩道。
めらん子ちゃんは途切れ途切れの白線の隙間を
縫って、黒いアスファルト地の路面で作られた
あみだくじを辿って反対側の歩道へ。
此方側の歩道は逆側ほどマンホールは多くなく、
代わりにどれもこれも蓋がない。地の底へ繋がる
黒々とした口はぱっくりと開いたまま。
漢字の一部を切り取って作られた福笑いじみた
文字列が歩道いっぱいに落書きされていて、
書き手が落っこちたようにマンホールの手前で
途切れていた。
白かったらしい歩道柵の塗装は殆ど剥げ落ちて、
内側の透き通った青い金属部は錆が目立っている。
蓋のないマンホールで足を踏み外さないように
めらん子ちゃんは車道に寄って、指先で歩道柵を
時々なぞりながら歩みを進める。
■めらん子ちゃん >
とん、とん。ぴちゃり、ぱきん、ぐしゃ。
踊るような足取りは一歩踏み出す度に違う音を奏でる。
ガタが来たタイルが割れる音。薄く張った氷の下に
溜まっていた泥濘を踏み締める音。歩幅も不規則な
黒い足跡が車道に沿って揺れている。
ひとつ道路を左に曲がると、広々とした歩道は
ハサミで切ったようにすっぱり途切れていた。
カタカナとひらがなの合いの子に似た文字で
描かれた路面標識はまだ乾き切っていないのに
路側帯は割れて擦れてボロボロのまま。
ただでさえ殆どが欠けた白い線は黒い足跡で
塗り潰されて、アスファルトの黒に溶けていく。
カーブミラーをべったりと覆う大木な手形は
人の顔を掴んでしまえそうなくらい大きくて、
塀に張り付いて歩いたような足跡は対照的に
小人を思わせる小ささだった。
■めらん子ちゃん >
めらん子ちゃんの不規則なステップ、踊るような
足音はここにきてますますリズムを外していく。
割れた路面に絡みつく深い青の蔦を踏まないように。
ぽつぽつり、断続的に降り頻る雪は落ちた側から
溶けて流れて。傘を叩く音はしないのに、道路に
滴る音はまるで雨のよう。
一本道の途中で、爪先を起点にくるりとターン。
黒く汚れたルーズソックスに水滴が跳ねて染みる。
踵を返して、見覚えのない道路を真っ直ぐ歩く。
道路標識には赤黒黄色で描かれた幾何学的記号と
それを覆い塗り潰すような緑色の読めない文字列。
同じ標識を3つ貫いている白いポールは捻くれて、
鋒がじぃっとカメラを見つめている。
■めらん子ちゃん >
階段の代わりに急角度のスロープが設置された
歩道橋の前、めらん子ちゃんがはたと足を止める。
お風呂の温度を確かめるように、爪先でひび割れた
スロープの斜面をつついて、引っ込めての繰り返し。
灰色の街に不似合いなパステルカラーの歩道橋は
何年放置されていたのか。ひび割れから赤錆びた
液体を垂らして、青い蔦に侵食されていた。
再び踵を返し、やはり見覚えのない街を歩く。
右に2回、左に1回、また右に2回曲がって、
不明な文字列の看板がかけられたお店の中へ。
ちりん、ちりんとドアベルが囀る。
不規則に歌う足音はドアベルが鳴り止むまで
休符を挟み、きぃきぃと軋む木製の床と共に
ハミングを奏で始めた。
■めらん子ちゃん >
開けっぱなしの入り口から漏れる明かり以外は
光源すらない暗いお店の中。めらん子ちゃんは
バーカウンター奥にある階段を最初の1段だけ
飛ばして登り始めた。
払うように叩いた滑らかな手すりからはらはらりと
厚く積もった埃が落ちる。13段昇って踊り場に着き、
左に曲がってまた13段。再度左に曲がって13段。
4回、5回と繰り返した頃にはとっくにお店の
天井を突き抜けた高さになっているはずなのに、
変わらず辺りは薄暗いまま。
カメラは手摺に重なるような高さ。斜め後ろから
ゆらゆら揺れるパステルカラーの髪を映していた。
■めらん子ちゃん >
左に曲がって何度目か、くるりと後を振り返ると
昇ってきたはずの階段はなく、代わりに上に続く
紅い絨毯の斜面があった。
ぎぃ、ぎぃ、みしり、ばきん。背後で階段が
崩れる音がした。めらん子ちゃんは振り返らず、
のんびりとした足取りで紅い斜面を昇る。
天辺には曇り硝子で飾られた引き戸がひとつ。
開け放つと強い風が吹き込んできた。
靡いてはたはたと音を立てる髪とスカートを
それぞれ手で押さえながら外に出る。
淡い青紫の花びらが暗い木製の建物内に散らばった。
■めらん子ちゃん >
扉の先はコンクリート造りの建物の屋上。
貯水タンクを抱え込むような大木があった。
花の形は桜に近く、しかし色はネモフィラに近い。
青空に溶けてしまいそうな満開の華は曇り空には
よく映えて見えた。
花木の下には安っぽいプラスチック製の踏み台と
朽ちて千切れそうな麻縄の束が置いてある。
ふらり、ふらり。めらん子ちゃんは誘われるように
3歩足を踏み出して、2歩引き戻して振り返った。
距離を測るように花を見上げ、また1歩退いて
落下防止柵にもたれかかる姿勢でため息ひとつ。
「今日は」「これでおしまいです」
「おや な い」
強い風が結びの挨拶を空に拐っていく。
舞い散る花びらが画面を隠し、映像が途切れた。
■めらん子ちゃん >
【この配信は終了しています】
ご案内:「配信チャンネル」からめらん子ちゃんさんが去りました。