2022/05/10 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
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『めらん子ちゃんねる』に新しい動画が投稿された。
告知も宣伝もなく、投稿間隔も短いとは言い難い
当該チャンネルの活動は以前ほど話題に上らなく
なりつつある。

物珍しさ故の小規模な話題性と、独特の世界観に
魅せられた固定ファンの考察。コンテンツ周りの
活動は概ねその辺りに落ち着いたようだ。

ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
かち、かち。暗い部屋の中で音がする。

部屋の明るさはカーテンを閉め切った黄昏時か、
それとも蝋燭を灯した真夜中か。光源も曖昧な
薄明かりは仄かに赤みを帯びて、紅茶を溢した
写真に近い趣き。

聞こえる音それぞれは聞き取るのに苦労するほど
微かで、しかし各々明確な特徴を孕んでいた。

等間隔に聞こえる音が2つか3つ。短い間隔で
聞こえるのは時計の秒針の音か。それにしては
やや間隔が長く、3秒近く空いている。

長い間隔を空けて囀るのは、金属の弦を弾くような
震えて後を引く音。音程の異なる似た音がいくつか
入り混じって分かりにくいが恐らく同じ音程の音

同じ間隔で鳴っている。

機械的に正確なはずのそれらの音が入り混じって
不規則に聞こえる錯覚。統率の摂れていない乱れた
行進が奏でる足音のよう。

めらん子ちゃん >  
統率の乱れた音を覆い包むのは白色雑音。
不定期の間隔で甲高い電子音に遮られるノイズは
画質の悪さと連動しているような、いないような。

ひとつひとつは無個性で、聞き逃しかねないほど
微かな音。それらが集まって、騒がしくはないが
耳障りで、妙に不安を掻き立てる合唱を織り成す。

部屋の風景はまるで影絵のよう。

額に飾られた絵は黒と、部屋が暗くて分からない
もう1色だけで描かれた抽象画。直線と曲線だけで
構成された面を隣り合わない色で塗った簡素なもの。
額の上辺を壁のピンに引っ掛けてあるのに、重力を
無視して斜め向きで安定している。

壁紙は恐らく模様付きだが、薄暗くてわからない。
半開きのカーテンは二重だが、あまり厚くはなく
窓の外の赤黒い空の光が透けていた。

めらん子ちゃん >  
画面中央には暗い暖色系と思しきソファ。
真ん中に座っている女の子はぴくりとも動かない。

泥に塗れたローファー、6本指の黒い手形で汚れた
ルーズソックス。綿埃のような、白カビのような
煤けた汚れが目立つ暗褐色のプリーツスカート。
暗い色の液体でしとどに濡れた白シャツ。

概ね当該チャンネルの配信者と一致する装いだが、
首を絞めるように幾重にも巻かれたリボンの長さは
普段より遥かに長い。

顔の部分に生乾きの洗濯物らしき布地が積まれて
いたり、特徴的な色合いの髪がソファの後ろへと
流れているらしく確認できなかったり。体格含め
恐らく本人だが、断定し難い不自然さも感じられる。

未だ女の子はぴくりとも動かない。

めらん子ちゃん >  
部屋の中に変化がないまま、動画再生時間を示す
画面下のスクロールバーだけが伸びていく。

強いて変化を上げるなら、ソファに座った少女を
中心にじんわりとソファの色が濃く染みになって
いくこと、時々窓の外で半透明のクラゲが風に
流されていることくらいだろうか。

『めらん子ちゃんねる』の過去動画ではかなりの
長時間画面に変化のない回は度々存在している。

そういう動画はアーカイブ視聴の場合コメントで
何分から変化があるか言及されていたりするのだが、
今回はそれすらなく無為に時間が過ぎていく。

変化があったのは動画開始時刻から 分後のこと。

殆どが規則正しく、統率が取れていないがために
不規則に錯覚していた音の中に、明確に不規則な
音が混じり始めた。

めらん子ちゃん >  
くぐもって聞こえるそれは足音のようだ。
しかしどうにも平常なものには聞こえない。

徹夜明けの社畜がベッドに向かって這いずるような。
水を求めて砂漠を彷徨う旅人の今際の際のような。
折れた足を庇って手摺に寄り掛かる怪我人のような。

近付く足音は水音が混じっているようにも聞こえた。
土砂降りの雨に降られ、濡れた靴下を脱ぐことさえ
億劫になった帰宅時。それともバスタオルを忘れて
濡れたまま取りに行く風呂上がりだろうか。

画面外のドアが開き、淡い暖色の灯りが差し込む。
光に怯えたようにホワイトノイズが薄れて逃げ出す。

画面中央の女の子に光は当たらないまま。

めらん子ちゃん >  
暖かい光は暗く紅い部屋の中で際立って異質に
映える。それとも外の光が正常で、この部屋が
おかしいのだろうか。

画面端に白く華奢な脚が映る。

漏れ聞こえた足音の印象通り、荒い画質でも
分かる濡れた脚。部屋の暗がりに尻込みして
おずおずと一歩だけ足を踏み出した雰囲気。

足音の主が、一瞬画面端に半身を現して、
殆ど飛び退くように、慌てて引っ込んだ。
がたん、ばたんと乱れた足音、転んだ音。

暗い部屋を基準に調整されたカメラが写したのは
白く焼けて輪郭しかわからない少女の姿。特徴的な
ツートンカラーの髪色だけが鮮明に。

再び画面は沈黙を取り戻す。

変わった点は画面右側から差し込む明かりと
少し弱くなったノイズ音、濡れた裸足の足跡。

めらん子ちゃん >  
部屋の外で慌ただしい足音が聞こえる。
階段を登ったか降りたか、一旦フェードアウト。
しばしの間を空けてから、忍び足で戻ってくる。

足音の主は猫のように器用な足取りでするりと
部屋の中に入り、カメラの死角に姿を消した。
水色と桃色の入り混じった髪、継ぎ接ぎ色の
ぬいぐるみ、暗褐色のスカート。見慣れた色彩。

ぐるりとカメラアングルが平行に回転する。

カメラは至近距離で壁を写している。
焦点は合っておらず、模様があるらしい壁紙は
ぼやけて滲んだ紅色しか分からない有様。

カメラの背後で聞こえる音は、さっきの足音より
更に慌ただしく。急な来客に慌てて始めた掃除を
思わせる。

めらん子ちゃん >  
数分間続いた音が止み、僅かな沈黙の時間。
ぱちんとスイッチの音がして、照明の光が部屋を
満たす。同時に規則的な不規則によるささやかな
合唱が静寂に溶けて消え去った。

ゆっくりと慎重にカメラの視線が部屋へと戻る。

「おはようございます」

このチャンネルでは親しみ深い舌足らずな声は、
痰が絡んだように掠れていた。カメラに程近く
部屋を隠すように立った配信者は、胸の前で
固く抱き締める形でぬいぐるみを抱えていた。

画面を占有するぬいぐるみの首がぐらぐらと
揺れている。めらん子ちゃんの顔は映らない。
画面端ギリギリ、首元の紅い線ばかりが目立つ。

顔も、部屋も、わざと隠しているかのよう。

「今日は」「これでおしまいです」

初め挨拶から1分と経たず、結びの挨拶。

「おやすみなさい」

カメラに蓋がされ、画面が暗転する。
喘鳴に似た、荒く速く、弱々しい呼吸が聞こえた。

めらん子ちゃん >  
【この配信は終了しています】

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