2022/09/12 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
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『めらん子ちゃんねる』に新しい動画が投稿された。
告知もなく宣伝もなく、発信当初のような話題性も
今やない配信が変わらず続いていることを知るのは
一部のコアなファンばかり。

不定の周期で投稿が成され、SNSのトレンド欄の
下の方に名前を覗かせてまた消えていく。

その在り方はまるで旧世紀の『怪異』のように。

めらん子ちゃん >  
雨が降っている。

「 は う  いま…」

雨音を縫って、歌うような挨拶の声がした。
大粒の水滴が奏でる泣き声を誇張して反響させる
薄い金属質な屋根はトタンか何かだろうか。

白い灯りが薄暗い空間を照らしている。

ガレージと子供部屋の間に生まれたような暗がりに
敷かれたブルーシートの上で、配信者が手を振った。
電池式のカンテラの反対側、ぬいぐるみと工具が
一緒に暮らす棚を大きくなった影が覆い隠す。

「  く で  しま…  た 」

「 た   …は  と   い す ?」

濡れた長い髪が引き寄せた左の膝の向こう側、
伸ばした右脚の上に折り重なって垂れる。

画質の悪さ、画面の暗さのお陰で千切れたように
消えて見えた足の輪郭が髪のお陰で浮き彫りに。
今日は黒いタイツを身に付けているらしい。

雨は止んでいない。

めらん子ちゃん >  
雨が降っている。

「こ… に   ふっ  る 、
   し  え…  か   も     ね」

「 つ  おん…  だ  」

手探りでブルーシートの上に広げられた工具を
引き寄せる。伸して広げられ、乾くのを待つ
白いソックスと、底の抜けたローファーたちが
軍手に押されて居場所を追いやられてしまった。

「き… な から  うに  せ こと 
   の か   ま…ん」

「わ… は っと  ない  に  さな  
 …け  から き  るん  、そ  …の」

うっかり手をぶつけられた車輪が、がしゃんと
抗議の声を立てた。それさえ大雨の合唱と比せば
随分大人しく感じられる。

「   」

「とど… い も、  た いっ 、
 …か て  …すよ?   で 」

雨は止んでいない。

めらん子ちゃん >  
雨が降っている。

録音機材にまで声が届いていないのを知ってか
知らずか、油か煤かもよく分からない何かで
黒く汚れた軍手の指をひとつ立てて唇の前へ。

それから、さっき音を立てた車輪を引き寄せる。

自転車ほどの大きさの三輪車。しかし妙に細い
フレームを抜きにしても『足りない』のがよく
分かる風体だった。

大きさの違う3つの車輪は並行な軸の上にあり、
しかしどれかが浮くこともなく路面に付いている。

本来サドルがあるべき場所からやや画面手前側に
偏った位置に大きな籠と前方を照らすための照明。
籠の底面にぴったりくっつくペダルは踏もうにも
踏めず、それ以前に身動きひとつ取れない位置。

雨は止んでいない。

めらん子ちゃん >  
雨が降っている。

「  にも  …い、  しと そろ  …ね」

めらん子ちゃんはペンチを手に取り、それぞれが
異なる凹みを頭に刻んだネジをひとつひとつ順に
挟んで引き抜いていく。

捻れ、曲がり、時には返しさえついている歪んだ
それらは、全てがまっすぐにするりと抜けていく。
抜けた直後はとろりと赤黒い雫が流れ落ちるけれど、
どれも程なくして琥珀色の粘ついた膨らみによって
塞がれていく。

「み…さ  は、  る  ょ あ…  す  」

「   ぁ」

全てのネジを引き抜いてからは紙やすりを使って
琥珀色の膨らみを撫でていく。点々と透き通った
それらは錆びの浮いた銀色のフレームには如何にも
不釣り合いに見えた。

雨は止んでいない。

めらん子ちゃん >  
雨が降っている。

一通りネジ穴周りの手入れを終えたチャンネルの
主は、サドルの代わりに我が物顔で陣取っている
歪んだ籠の中に黄ばんだポリタンクを設置した。

蓋を取り、溶接の跡だらけの折れ曲がったパイプを
ホース代わりに近くの蛇口とポリタンクの口を繋ぐ。

それから、手を伸ばしてカメラの位置を整えつつ
危なっかしい足取りで立ち上がって一度画面の外へ。

ごぼごぼと不快な音がした。

黒い液体と、それより重いらしい黄褐色の半固体が
薄く透けたポリタンクの中に降り積もっていくのが
伺えた。8分目量を超える少し手前で流入は止まり、
パイプ先端には布の塊が詰められ、ポリタンクの
蓋はきつく閉められた。

雨は止んでいない。

めらん子ちゃん >  
雨が降っている。

一仕事終えためらん子ちゃんはゆっくりと息を
吐きながら、変わらず危なっかしい足取りで
ブルーシートの上に腰を下ろした。

ぐちゃり、と気持ちの悪い音がした。

破れたブルーシートの隙間から、濁った白と、
不透明な赤と、透き通った淡黄色が混ざらずに
流れ込んできて、スカートに染みを残す。

めらん子ちゃんはほんの僅かに目を伏せて、
乾かしていたソックスを少しだけ端の方へと
避難させる。それだけしかしなかった。

「…  は、   おし い   す」

「お  み さい」

雨は止んでいない。

めらん子ちゃん >  
【この配信は終了しています】

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