2022/12/04 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にめらん子ちゃんさんが現れました。
めらん子ちゃん >  
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『めらん子ちゃんねる』に新しい動画が投稿された。
アーカイブが残るとはいえコンテンツは生放送限定、
しかも生放送の強みのひとつであるリアルタイムの
コメント反映もない配信。人気常世Tuberたちとは
真逆の路線が今なお続いている。

物珍しさ故か、コアなファンはアーカイブではなく
リアルタイム視聴に拘るらしい。お陰で配信の度に
SNSトレンドの下の方にひっそりと名前が載っては
また消えていく。

めらん子ちゃん >  
「おはようございます」

やや低く、配信者の全身が映るように離れた
カメラアングル。灰色の景色の中、特徴的な
ツートンカラーの少女が挨拶した。

黒茶色の吊りスカートに白シャツ、ルーズソックス。
髪と目を除けば全体的に彩度の低い彼女の色合いが
今回配信に限っては妙に眩しく見える。

理由は背景が見渡す限りの灰色だから。

曇り空、白灰色の幹が連なる雑木林。
自然にあるべき緑も紅葉も見当たらず、地面を
覆い尽くす落ち葉さえ黴が生えたような白灰色。

「今日は」「山に来ています」
「紅葉狩り、と」「言うのでしたっけ」

繰り返しになるが、紅葉は画面の何処にも無い。
上機嫌にくるくるとステップを踏む少女と手錠で
繋がれた、ツギハギ縫いぐるみの色彩が目に痛い。

めらん子ちゃん >  
目印になりそうな物もない森、めらん子ちゃんは
時々くるりとカメラを振り返りながら進んでいく。

転びそうな不安定さ、猫を思わせるしなやかさ、
壊れかけた玩具の不規則さ、踊るような上機嫌さ。
ひとつの動作に同居しづらそうなそれらが互いに
手を取り合う彼女の所作は、歪にして愛らしい。

振り回されるぬいぐるみは時折木の幹にぶつかり、
じゃらじゃらと鎖を鳴らして抗議しているかのよう。

「寒くなると、木々は葉を落としてしまいますけど」
「雪が溶けて春が来れば、また芽を出すそうですね」

「葉が無くなって、枝だけになっても」
「みんな、みんな生きています」

白い幹を撫でると、ぼろぼろと樹皮が崩れる。
ふぅと息を吐きかけ、指先に残った樹皮の残骸を
冷たい風に乗せた。

めらん子ちゃん >  
「枯れて、死んでしまった木と」
「生きて、またいずれ芽吹く木」
「みなさんは、見分けられますか?」

「私には、違いが分からないみたいです」

さくり、落ち葉を踏み締める音がする。

めらん子ちゃんの目線を追ってか、カメラワークは
彼方へ此方へ行ったり来たり。辺りの木々は1枚の
葉すら残さず落として、枯れ木と見分けが付かない。

分厚く地面に積もった葉はモノクロ写真のような
白灰色。楓に似ているが、エッジが弱くて丸みを
帯びている所為か、八手以上に人の手を思わせる。

手に準えるなら指は4本から7本と安定していない。
赤子の手より幼い葉もあれば、大人の顔を鷲掴みに
出来そうな大きな葉も、虫に食われて萎びた老人の
枯葉までもが一揃い。

めらん子ちゃん >  
めらん子ちゃんは緩い傾斜の道無き道を下り歩く。
カメラアングルは斜面の上から彼女を捉えており、
不自然な低さが却って収まり良く見えた。

登山とは逆で窪地に降りようとしているのだろうか。
何処まで行っても灰色の景色。時折漏らす白い息が
枯れた景色の中で場違いなほど無垢に映る。

くるくると不定期に、不安定な足取りでカメラを
振り返る。時には器用に体勢を立て直し、時には
転びそうになってぐらぐらと傾ぐ。

乾いた落ち葉を踏み締める軽い音はいつしか鳴りを
潜め、腐葉土混じりの地面がふわりとローファーを
包み込むようになった。

土から染み出した水に濡れた葉の灰色は失せて、
転々と残る足跡が赤く染まっている。

めらん子ちゃん >  
一歩間違えれば転んでしまいそうな足取りのまま、
下る、降る。仮に体勢を崩しても転がり落ちる程の
急勾配ではないし、落ち葉と腐葉土が厚く積もった
地面のお陰で怪我はしないだろう。

或いは転んだ方が撮れ高的には美味しかったのかも
しれないけれど、奇妙なバランス感覚を保ったまま
めらん子ちゃんは窪地の底へと辿り着いた。

赤い。紅い。赫い。

落ち葉だけでなく、木の幹までもが赤一色。

塗料で塗り潰したような均一な赤色ではなく、
質感も陰影も灰色だった景色と何ら変わりない。
ただ、白灰色が赤に置き換えられた風景。

色相だけを弄ったような、或いはデジタル画に
オーバーレイを掛けたような、乾いた墨の絵に
血を溢したような、現実味のない赤い雑木林。

それは、紅葉と表現するには、あまりにも──

めらん子ちゃん >  
「今日は」「これでおしまいです」

薄い青と、桃色の髪。明るい紫色の瞳。
鮮烈な赤の中、くすんで見えるほど淡く儚い
めらん子ちゃんの色彩は異物感に満ちている。

「おやすみなさい」

カメラの前にしゃがみ込み、レンズに蓋をする。
映像が途切れる直前、白く染まった吐息に曇る
レンズは真白い画面を映し出した。

めらん子ちゃん >  
【この配信は終了しています】

ご案内:「配信チャンネル」からめらん子ちゃんさんが去りました。