2019/02/16 のログ
ラフェニエレ >   
異邦人街というのは意外と宗教にまつわる建物が多い。
やはり国や故郷が異なれば信じる神もまた変わる。
生活圏内にそれを崇める場所が欲しいというのは想像に難くなく
小規模のものが無許可で建てられていたりする。
宗教の自由という観点から見逃されている事が多いが……
それらの中には管理者を失い風に晒されたままになっているものも数多くある。

「……」

そんな建物の一つである教会の屋根に小柄な姿がすとんと降り立った。
それは暫く屋根のてっぺんでじっとあたりを伺った後
麻袋のようにぐにゃりと入り口に飛び降りる。
そのまま扉を開けるとするりと入り込んだ。

「……むぅ」

祭壇を囲む様に並ぶ椅子の中央に焚火の後を見つけて眉を顰める。
この場所は鍵すら誰も管理していない為基本はいりたい放題。
静かな場所を探す者、一泊風雨を凌ぐ場所を求める者
そう言った者達が迷い込むことはたまにある。
別にこの建物の所有者という訳でもないのだから
暖を取る事自体を咎めるつもりはないが……

「けむぃ」

何かを焼いたようなにおいが鼻につく。
匂いの感触では数日前と言ったところ。
これは……何らかの薬品だろうか。
僅かに鼻の奥を刺すような刺激臭が残っている。

ご案内:「廃教会前」に暁 名無さんが現れました。
ラフェニエレ >   
宗教的に見た場合、異邦人というのは基本孤独だ。
その多くが何らかの不測の事態によってこの島に来ている事が多いことから
同じ世界の出身であるという事すら珍しい。
仮に同じ世界であっても時代が違った……なんていう話もあるらしい。
世界の壁を超えるのだから時間の壁を越えていても何ら不思議ではないのだが……
結果として同じ神を信じる者というのはとても少ない。
だからこそ住民の多くは共同教会という形で
同じ場所にありながらそれぞれの神に祈るという形式が一般化している。

それにこれはあくまで私感だが、どうも世界の壁を超えるものというのは
宗教に一定の距離を置く者や宗教感覚が薄い者が多いという感触を受ける。
ある意味その世界とのつながりが薄いとも言えるだろうか。
そう言った事情で個別の教会ともなると、前任者がよっぽど裕福であったか
偶然居た数少ない敬虔な使途でもなければ望むべくもない。

「……はぁ」

なので、まさかこの像がこの島にあるとは思わなかったと
ステンドグラスから差し込む光にに照らされる純白の女神像を見上げる。
自身の翼で腕の中の幼子を抱くそれは慈悲を体現するような柔らかな笑みを浮かべている。

暁 名無 > 折角だから帰る前に教会群を眺めていたところ。
ふと鼻につく臭いに、名無は足を止めた。

「火の不始末……って程じゃないが、何を焼いた匂いだ、これ。」

ただの焚火にしては異様な焦げ臭さ。
訝しげに眉を顰めながら、名無はそっと教会へと足を踏み入れる。
先刻居たのとはまた異なる趣の、それでも教会と判る教会。
そして其処には──

「……ラフィー?」

予想だにしなかった姿があった。
こんなところをほっつき歩いてたのか、と思わず目を瞠る。

ラフェニエレ >   
島に来たばかりであればこのまま蹴り壊していたかもしれない。
見上げている彼女にとって、”これ”には良い思い出がない。
これは彼女が最も敵対していた種族の掲げる主神であり、
その経典と主義主張には到底同意できない。
何せ魔なるものを討ち滅ぼし世界に安寧をもたらすとかいう曰くをお持ちの女神様なのだから
討ち滅ぼされる立場そのものの彼女が相容れるわけがない。
しかもあの時には教えに従うほどの余裕が無かった。
あの時に見つけなくて本当によかったと思う。教えに背くことにならなくて。

「……」

ある意味忘れられる訳の無い存在の写し身をただじっと見上げる。
これを作ったのは随分腕がいい石工だったのだろう。
一目見た時にそれであると判った。
以来、祀られているのが”あれ”ではあるものの、
故郷の世界の神を祀っているこの場所に何度か訪れている。

「…――」

僅かな唸り声に近い音が喉から漏れる。
これは間違いなく、自身の世界に有った神を模ったものだ。
それがいくら自身にとって相いれないものであるとはいえ、神前であることは間違いない。
その場所で生きる為なら兎も角、持ち込むべきでないものを燃やすというのは正直気に入らない。
まぁ言っても仕方がない事ではあるけれど。
溜息に苛立ちを紛らわし、その灰を払おうと身を屈め

「……ななぃ」

入り口に感じる気配にぴたりと動きを止め、振り返る。
視線の先の人物の名前を呟く声には普段一本気の彼女にしては珍しく苛立ちが滲んでいた。

暁 名無 > 「どーした、怖い顔して。」

他人が見れば普段の鉄面皮っぷりと大差無いように見えるだろう。
しかしそこはそれ、住まいを共にしている名無のなせる技だろうか。
声音から不機嫌を読み取り、言葉の上ではからかっているものの、その声はどこか心配そうだ。

「ああ、焦げ臭かったのはソレか。」

ラフィの足元、燃えカス溜まりを見て軽く肩を竦める。
確かに寒かったとはいえ、屋内で焚火だなんて、と思ったが……ただの焚火じゃない事をさっき察したばかりだ。

「やれやれ、俺が言えた義理じゃないが、とんだ不信心者もいたもんだよな。」

ラフェニエレ >  
「らふぃ、コレ、きぁい」

不機嫌なままぼそりと呟く。
そのまま視線を戻し足元の燃え殻を少々乱暴に爪先で山に寄せる。
恐らくこれはアッパー系の違法薬物だろう。
何らかの理由で処分する必要があったため此処で燃やしたといったところか。

「……」

刹那、青い業炎が立ち上る。
……どうせなら完全に燃やし尽くしてやろう。
燃えさしと共に黒く縮れた塊のようになっていたそれは
その炎に触れると瞬く間に白い灰になっていく。
それらが燃えるに任せて純白の女神像を見上げる。
踊る様な炎に照らされたそれは濃紺を濃くしながら静かに佇んでいる。
その足元には胸を剣で貫かれ、地に伏す異形の石像。
その周囲にも小さな異形が横たわっているデザインのそれは
ヒトから見れば素敵な姿に見えるのだろう。

「きぁぃ」

それが何を指すのかは、はっきりしないかもしれない。
何方も不機嫌になる原因ではあるのだろう。

暁 名無 > 「そっか。」

ラフィの言うコレがどれのことかは名無には判断つき兼ねたが。
それでもまあ、ラフィが嫌いだというのなら、名無には頷くより他はない。
灰燼となった焚火跡も、女神像も、言ってしまえば名無にはあまり興味の無いものだ。
だから、ラフィが好こうが嫌おうが、そうか、と言うしかないのである。

「……ま、そういう事もあるだろ。」

うんうん、と頷いて。
少しは機嫌を直してくれるだろうか、と淡い期待も込めてラフィの頭をそっと撫でようと試みるか。

ラフェニエレ >   
「みんな、きぁぃ」

じっと見上げたままそんな言葉をつぶやくと
腕が延ばされる気配にピクリと耳を震わせると
触れるか触れないかといったところでするりと腕の下から抜け出ていく。

「……」

判っている。此処で不機嫌なままでいる事に意味はない。
そもそも不機嫌になる必要すらないとも言える。
誰が何をしようと私には関係のない事なのだから。
これは八つ当たりに過ぎない。
そんな冷静な声が頭のどこかでつぶやく。

「……ごめん」

彼が悪い訳ではないのだからこんな態度が間違っているのは判っているのだけれど。
それでもどうしても声が硬質になってしまう。

暁 名無 > 「……ふむ。」

逃げられてしまった。
ということは、ラフィーが今抱えている感情は有耶無耶にはしたくないものなのだろう。
そう考察して、名無は小さく溜息を零す。

「別に謝る事じゃないだろ。
 誰だって虫の居所が悪くなってる時くらいあるさ。
 けどまあ、そうだな……

 家に帰る頃には多少は機嫌直しとけよ。」

家に帰ってもそのままなのは少し困る。
いや、特にこれといって困ることは、実際のところ無い。
無いが、何となく、本当に何となく困るのだ。

「せっかくお洒落して外出て来てるんだし、いつまでもそんな顔してたら台無しだぞ。」

ラフェニエレ > 「……」

じっと顔を見つめる。
このヒトは本当によくわからない。
……自分なんか放っておけば良いのにね。

「……ばかなの?」

我ながら面倒だと思う。
というより……
わざと突き放すべきなのかもしれないとも思っている。
いつまで囚われているつもりなのだろう。

「……ななぃ、も、じゆーに、すぇばいーのに」

女神像を見上げる。
炎はすでに消えており、また穏やかな表情を浮かべているように見えるそれは
何だか哂っているように見えた

暁 名無 > 「言うに事欠いてそれか……
 俺は思う存分自由にしてるっての。
 流石に仕事の外でまであれやこれや自分に無理させる気はさらっさらないでーす。」

やれやれ、と首を振ってから溜息を一つ。
ラフィーが何に対して苛立っているのかは判らないままだ。多分聞いても素直に答えてくれるとも思えない。
かと言って白状するまで問い詰める気にもならない。
だからこうしてつかず離れずの距離くらいに留まっているのだが、
それを馬鹿だと評されるのは、流石の名無も納得がいかないようだ。

「お前を拾ったのも、一緒に住んでるのも、俺が勝手にやった事。
 見捨てる義理も無ければ道理も無いの。やりたくてやってるの。
 この点はお前さんがどう思おうと変わらんからね。」

近くの椅子の背に軽く腰掛けて、軽く腕組みをしてラフィーを見遣る。
ラフィーも中々に頑固だが、名無も相当に頑固者だ。本人も自覚があるからなお悪い。

ラフェニエレ > 「むー……」

頑固だと本当に思う。
同じところをぐるぐるとお互いの手の僅かな先で。
外から見れば馬鹿に見えるんだろうなと本当に思う。

「ここ、しぉと、そと。
 ……かわいーこ、さぁぃに、いけば?」

つん、僅かに拗ねる様に視線を外す。
結局の所これ以上言ってもお互いに変わらない。
……変わらないではいられないとも思うけれど、
きっとそれでも頑なに変わらまいとするのだろう。

「ななぃ、は
 なに、しぃきた、の?
 らふぃ、かまう、ちがう、でしょ」

だからこそ、静かに問いかける。

暁 名無 > 「可愛い子ならここに居るだろ。」

何を拗ねてんだ、と言わんばかりに肩を竦める。
ここのところ構ってやれなかったからだろうか、と見当はずれな事を考えながら、溜息を一つ零して。

「何しにって、帰る途中の寄り道。
 そしたらお前が居たんで、そりゃあ構うだろ。
 ほら、そろそろ帰るぞ。飯作んなきゃ。」

静かに問われれば、同様に返して。
幼子を宥めるように、努めて優しく語りかける。
語尾と重なる様に腹の音が響いたが、どうにかポーカーフェイスを保ちつつ。

ラフェニエレ > 「……ざつぅ」

灰を爪先でかき回すと巻き起こった風でそれらは散っていく。
残るのは床の焦げ跡だけになるとぱたんと倒れこむ様にいくつも並ぶ長椅子に取れこむ。

「なな、ぃ、は」

彼は何も聞かせてくれない。
中身を見せているような顔をしながら
何時もやんわりと押しのける。
……そうしないといけない事情があるのかも、語ってはくれない。
聞き出したいかと言われるとそうでもないかもしれないけれど。

「そーぃぅ、こと、ちがぅ、もん」

いつか道が違う時、違う方向に歩む時、
このヒトの立ち位置は何処なのだろうと思う。
……自分に向ける言葉は何だか恐怖に似ていると思う。
その向こうに誰かを見るようで。

「べつーに、いーけ、ど」

自分を見ろとは言わないけれど。
その視線の先になにを求めているのか、自分にはよくわからない。
ある意味、この石像を眺めているヒトと同じようなものすら感じる気がする。

暁 名無 > 「何が雑か。
 まったく、下手に出てれば言いたい放題だな。」

何度目か分からない位に呟いた、やれやれを口にする。
口を突いて出るのだから仕方ないが、名無はあんまりこの言葉を口にはしたくない。
ライトなノベルの主人公格っぽいし。とは本人談。

「違うんなら違われないようにちゃんと言いなさいっての。
 別に相手の思考を読み取れたりするわけじゃないのよ俺は。
 一応、伝える事くらいは出来るけど。」

前にやった事あるよな、と思い返しながら。
一体何を考えてるんだろう、とラフィーを見つめて名無は考える。
多分、今は機嫌を損ねているからいつも以上に解りにくいだけなのだろうとは思うのだが。
ひとまず、今はこの不貞腐れてるのか拗ねてるのか分からない状態のラフィーを家まで引っ張っていくことが最優先だ。

「ほーら、そろそろ機嫌直せー?」

ラフェニエレ >   
「ざぅ、だ、よ」

椅子に倒れこんだまま肩をすくめる。
広がった髪を手で梳きながら天井を見上げる。
傷んだ天井に描かれている絵画はきっと、この国で見られない生物ばかりで埋まっている。
……高い天井なので意識して見上げなければ気が付きもしないだろうけど。

「……だって、らふぃー、なか、なぃもん
 ななぃ、なか、にし、か、なぃ、よ?」

自分達は何処まで行ってもこの世界の異邦人である事は間違いない。
こうして自らの世界の鱗片に触れる度、
自分の在り方を思い出す。
押し付けられた在り方もまた。

「ごまか、ぅ、もん、なな、ぃ
 らふぃー、しってぅ、もん」

それはきっとこのヒトの中にも眠っているのだろうと思う。
なにかこう在らねばならない。こう為さねばならない。
そんな何かに何時もやんわりと手を振り払われてしまう。
言葉を伝えるのが苦手であることもある。
自分でも面倒な性格をしていると思う。
けれど……

「……ななぃ、のかみさ、ま、はドコ、にいぅの?」

捻じ曲げる位なら見捨ててくれた方がましだと思う。
そんな事はとうの昔に慣れている事だから。

暁 名無 > 「また神様、か……」

今日だけで二度も口にする機会があるとは思わなかった。
出来る事なら暫くは考えたくも無い、ところでは、あるけど。

「俺には神様なんていらないの。
 まあでも仮に居るとしたら頭ん中、だな。
 都合が悪い時に神様の所為にしたり、そんな程度だ。」

自分の外側に絶対的な存在を置くこと自体、名無には共感がしづらい。
別に他人の信仰までとやかく言う気はないが、結局のところ無信心な名無には意識するような事でも無い。

「それより中がどうとか何を言ってるんだ?
 せめてもうちょっと頑張ってくれ。前より喋れなくなって無いかお前。」

少なくとも年が変わる前はもう少し明瞭な言葉遣いだったと名無は思う。
元来喋るのが苦手だとしても、それでも以前より衰えてるのは何かと問題な気もしないでも無い。

ラフェニエレ >   
「……いけず」

鈍感なのかはたまた判っていて誤魔化されているのかは判らないけれど
結局なにも、教えてはくれないのだと思う。
……無理もない。そんなに深く、自分達は繋がってはいないのだから。

「らふぃー、は、らふぃーのことば、で、しゃべってぅ、よ?
 ほんゃく、きっと、つたわらな、い、おもぅから」

考え事をしていたという事もあるけれど、それ以上に
何も聞かされていない事にどうしても不安を感じてしまう。
秘密を作るなという訳ではない。全てを言葉にしろという訳でもない。
けれど……このヒトの事を、私は何も、教えてもらっていない。

「……ばか、だから、らふぃ、わかんない、よ」

何時も飄々として、何も執着しないように振舞って
軽いように見せて壁を作って……
懐に入れてもやんわりと押し返すように、そこに溝を作っている。

「……らふぃ、じゃ、だめ、なんだ、ね」

……それも仕方がないと思う。
ぽつりとつぶやくと横に転がりとんっと立ち上がる。
結局の所、そこまで手を伸ばせない。
ただそれだけの事。

「帰ぅ」

そのまま距離を取るように数歩歩くと跳ね、開いている窓の枠へと飛び乗る。
僅かに眼下の青年へと視線を向けると俯き……

「……ごはん、いらな、い」

トンっと軽い音と共に夜の闇へと紛れていって。

ご案内:「廃教会前」からラフェニエレさんが去りました。
暁 名無 > 「うーん、そりゃ、確かにそうなんだよな。
 ラフィーはちゃんと喋ってるんだろうけど、けどな……。」

はたしてどういえば良いものか。少しばかり、本気で悩む。
折角一緒に住んだりしているのだから、もっと知ろうとしてくれても良いだろうに。
あるいは、知ろうとしても良いだろうに。
そんな事を言いかけ、少し己惚れが過ぎないかと自重する。

結局のところ、自分はラフィーにとって異世界の人間だし、
ラフィーがこちらの世界に来た時に、たまたま居合わせただけの人間でしかないのだ。
ただそれだけの、何でも無い、異邦人。

「あっ、おいラフィー……!」

一足先に教会を後にしようとするラフィーに声を掛けるも、すんでの所で間に合わなかった。
独り残された名無は、しばしその場で立ち竦む。
彼女が本当に言いたかったこと、いや、聞きたかったことは何だったのか。

それをかみ砕くように、ゆっくりと考えながら、暁名無は独り教会を後にしたのだった。

ご案内:「廃教会前」から暁 名無さんが去りました。