2019/05/06 のログ
アリス >  
「はっ」

しまった、力説してしまった。
そして親友になら当然わかることだけど私にも彼氏はいない。
コホンと咳払いをして雑踏に進んでいく。

「なに、大丈夫。私にドーンと任せなさいっ」

アマジンの大迷宮なら大得意。
今まで二回も挑戦している。
クリアはしていない。

ポケットにブザー。左手に麦藁帽子。右手に親友の手。
大丈夫。大丈夫。大丈夫……大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。

震える自分の足にじっくりと言い聞かせて、迷宮を進んでいく。

「えー、謎解きが新しくなってる……こっちの銃は途中で出てくるミイラを倒すのに必要だから持っていきましょ」

笑いながら。作り物の銃と。チープな謎解きと。迫ってくる脅威に。
知らず知らずに心が追い詰められていた。

アガサ > 「んふふ、ありがとう。それじゃあ今は存分に頼らせて貰うとも」

繋いだ手はソーサーの酔いから解放されたのか頼もしいもので、私は先日知り合った後輩の言葉を思い出す。
心に橋を想起する。
己の恐れるものを半分相手に押し付けて──ああ、でもこれは相手が何も知らない人だからこそ。
きっと押し付け合いになってしまって……それならそのまま、橋から二人分突き落としてしまえばいい。
私はアリス君の体温を確かめるようにしながら迷宮を進む。

「………」

左手に親友の手
右手に玩具の拳銃。
現れたるは誰が見ても判り易いミイラの衣装に身を包んだ係員の人達。
彼方此方で楽しそうな悲鳴が聞こえる中で、私は声も上げずにミイラを撃った。
カラフルなナーフ弾がポコポコと命中し、彼らは呻き声を上げて煙のように消えていく。
係員かと思ったけれど、どうもそういった虚像を顕す魔術か、異能の産物であるらしい。

「け、結構本格的だね……その、アリス君。大丈夫?顔色……悪いけど」

ふと、アリス君が銃を撃っていない事に気付き、傍らを視ると入口での様子が幻であったかのような様子の親友が居た。
理由は、判り切っている。でも口に出すには憚られる気がして言葉が濁った。

「あ、あれかなあ。やっぱりソーサーで酔っちゃった?」

迷宮の曲がり角を曲がると小さな扉があった。恐怖を煽る演出なのか、血の跡を思わせる赤い塗料が付いていて──

「……べ、別のにする?ほら、スペースエリアとかも行ってみたいし。無重力体験も出来るって書いてあるよ、ほら」

私は何も見なかったかのように次の提案をする。
橋に居座る恐怖はそう簡単には下に落ちてはくれない。

アリス >  
今までも心を騙しながら迷宮を進んでいたけれど。
壁に塗られた赤い塗料を見た瞬間。

私は、その場に座り込んでしまった。

「もう」

小さく呟く。

怪物が来る。
怪物が来る。
怪物が……来る。

「やめて」

許して。お願い。殺さないで。助けて。パパ。ママ。もうやめて。お願いだから。もう……

アガサ > 私の親友は綺麗で、強くて、頼もしくて、意地悪な相手にも絶対に屈しない精神の美しさがある子──だと、思っていた。
でもそれは私の勝手な思い込みで、惨劇の館の最後に私を鮮やかに助けてみせた行動の全てがギリギリだったのだと、
今こそ理解する。

「……アリス君。出よう?大丈夫、此処は銀色の鍵が無くても出られる。此処にはきっと、何も居ないから」

座り込むアリス君に手を差し出していると、目の前の扉が開く音がした。
するとそこから眼窩に瞳の無い、血に塗れた女生徒の姿が──

『あの、大丈夫ですか?』

──無い、ある訳が無い。何度も見た顔は其処に無く、ただ扉を開けてきたのは参加者の男性だ。
後ろに女の子を連れているから、きっと親子かと思った。

「えっと、ちょっと気分が悪くなってしまったみたいで……」

私は男性に事情を説明し、係員を呼んで貰って迷宮から出た。
外は相変わらずの心地よい五月晴れで、見上げると視界に観覧車が入り込む。

「……ね、アリス君……やっぱり、その、あれから色々見たり、するのかな」

例えば有り得ないものを視たりとか。
園内に設えられたベンチに座って私は漸くに事件の事を口にする。

アリス >  
今にも叫びだしそうだった。
嫌悪感に顔を掻き毟りそうだった。

何も終わってはいない。
私の中にあの館は在り続けている。

アガサの前でこんな姿を見せたくなかった!!
だから、強がって!! 震える手を隠して!!
きたのに!! どうして!! どうして!?

差し出された手を握ろうとした時。
扉を開けて来た男性を見るアガサは。
私と同じ怯えた表情を一瞬だけ浮かべた。
 

何もかも茶番に思えた。

 
ベンチに座って。
事件の事を切り出されると、私は観覧車を指差した。

「ねぇ、アガサ」

弱々しく笑って、質問には答えない。

「二人であれに乗りたい」

アガサ > アリス君は答えてくれない。
まるで■んでしまったかのように動かない。
遠くに聴こえるパレードの音楽が、まるで夢の世界の出来事であるかのように遠い。

「……うん、勿論だとも。断る訳がないだろう?」

最初に乗ろうとしたのは私だぞ。なんて茶化すように笑顔を象る。
此処でもし断ったら、これまでの出来事こそが全て夢で、またあの薄暗い地下室で目覚めるのではないか。
そんな恐怖が心の隅に蠢いていた。

「夕方には早いし、定番の素敵な彼氏とやらでもないけれどね。ふふん、親友の頼みなら承ろうじゃないか!」

正視してはいけない。
そう心に決めて私は観覧車を指差す親友の手を取る。目の前には悠然と巡る大観覧車。
先程まで居たミニパレードの姿は遠く、アリス君の言葉通りなのか、この時間帯は空いているらしい事が人の量から見て取れた。

アリス >  
私の手を取って歩き出してくれる彼女に。

「ありがとう、アガサ」

私は、ようやくお礼が言えたんだ。

観覧車に乗ると、ゆっくりと二人を乗せてゴンドラは空へと向かっていく。
テーマパークが一望できるそこで、私は。

「私、見えるわ。色々と、あの時の記憶がフラッシュバックする」
「どこにいても血の匂いがするし、怪物が見える」

「アガサも……よね?」

決定的な一言を切り出す。
もう、どうしようもない。
私の小さな世界はこの罪悪感に耐えられない。

「ごめんなさい……ごめんね…」
「私がトラブルばっかり呼び込むせいで……」
「私が……運がないから………」
「私が、恥ずかしくて、消えちゃえばいいくらいに」
「どうしようもない子だから……アガサを不運に巻き込んでしまった…」

私はこの優しい親友の人生に消えない傷を残した罪人だ。
死んで詫びれるのなら、今すぐそうしたかった。

「もう、友達じゃないよね……私を………恨んでるよね…」

涙が止まらなかった。

アガサ > ゆっくりと、でも確実に。
何時かの暗い路を歩いた時のように私達は歩く。歩いて、ゴンドラに乗る。
係員のお姉さんが、私達の顔色を視て幾つか言葉をかけてくれた。
そうして私達の足は地を離れて空へを上がる、ゴンドラによって。

「……私も見えるよ。あ、でもアリス君と違って匂いは無いかな。……その代わりに音が」

怖い物を視るような顔をする親友に、私はどうすればいいのかが判らない。
ただ、心の傷にも差異があるんだなあって、少し間抜けな言葉が薄い抑揚で返ったのと、
アリス君の独白が続いている間、ずうっと黙っていたのは確かだった。

「──もしかしたら、頑張れば他にも助けられた人がいたかもしれない」

アリス君の言葉が終わってから私の口が開く。

「そんな事も思うよ。生意気な事に、まったく私は弱っちいのにね。
でも、もしかしたら、その過程でアリス君は死んでいたかもしれない。
あの時、銀の鍵を拾ってから扉を選ぶ時、私が君より先に扉を選んだのは……
その『もしかしたら』が凄くね、凄く、怖かったから。
だから出口への扉を開けた時に、私が怪物に掴まれた時に思ったんだ。これはきっと他の人を見捨てたからだろうなって。
でも、君だけでも逃げられて良かったなって」

何処か遠くを見るように、紫色の瞳をゴンドラの外に投げるようにして言葉ばかりが次々に落ちていく。
そうしてあの時の正直な感情。を落としきった所で、私は視線をアリス君の、サファイアのような瞳に向ける。

「とはいえアリス君があんなに鮮やかに射撃が上手だーっていうのは、予想していなかったけれど。
おかげで悲劇のヒロインになり損ねてしまったね。私がもうちょっと美人だったら良いシーンになったと思うんだけど──」

アリス君の手を取る。指を絡めるようにして親友の手を取る。

「それはほら、私じゃ無理そうだから、せめてカッコイイヒーローになりたいと思うんだ。……君みたいに。
私を助けた時のアリス君、すっごく恰好良かったよ。君が親友で、私のそう高くはない鼻も高々というものさ!」

ここできちんと言えたならもっと恰好良かったに違いないのに、釣られて目端に涙を浮かべてしまうのだからサマにならない。
せめて笑って誤魔化そうかと思ったから、そうする。
私はちゃんと、笑えただろうか。

アリス >  
――他にも助けられた人がいたかもしれない。
その言葉に、ビクッと肩を震わせた。
あの事件は10名以上の未帰還者を出してしまっている。

その事実に震える。
私が生き残るために吹き飛ばしたものは。
それは。それは。

でも、続くアガサの言葉は優しかった。
私を責めたりしなかった。
心のどこかで、恐れていたもの。
それはアガサの口から出る怨恨の言葉。

ゴンドラが頂点に上る頃、私はアガサを抱きしめた。
抱きしめて泣いた。

「アガサは……ちゃんと綺麗だよ………」
「私をかっこいいと言ってくれるのは……アガサだけなんだよ…?」

「うっ……ああああああ! あぁぁ!!」

自分のことながら、全くカワイクない泣き声だなんて。
親友を抱きしめながら、遠く思っていた。

アガサ > 「……そう?ありがと。それなら次、観覧車に乗る時には君より先にステキな彼氏が同乗しているかな。
いやあ、でもアリス君の恰好良さを判っているのは私だけかあ。まあ、親友だもの。当然だよね?」

抱き締められてゴンドラが揺れても少しも怖く無かった。
泣き声を上げる親友を抱き締めて、言葉数が多いのは釣られないようにする為の懸命な言葉。
──やがて、ゴンドラは地上に戻る。私達の足が地に着く。

「……ね、アリス君。悪い空想なんてものは文字通りに飛んでいるもので、地に足の着いた私に言わせるなら"飛ぶものはいつか
落ちるもの"だよ。現実は此処、私達の足元にあるのさ」

目端が熱い。誰がどう見ても泣いた後の顔だって判る。
ほら、ゴンドラに乗る時に声をかけてくれたお姉さんがまた、心配そうな顔をしているじゃないか。
でも、私は彼女に今度はきちんと手を振って大丈夫と言う事が出来た。

「君の心がどうしても空想に囚われて浮かんでしまうなら、こうして繋いだ手を紐帯にして私が歩くよ。
無理だと思うかい?でも、私の異能は『道往独歩《ルールブレイカー》』。独りでも道を往く事が出来る。なんだからね。
ルールなんて無視して、アリス君一人分くらいは何とかしてみせるさ!」

泣き腫らした顔を隠しもせずに雑踏を歩く、私達を心配そうに見る顔の中に、もう■■の顔なんてものは無かった。

「……ただ、時々私の足が浮いてしまいそうになったら……その時はほら、君が重しになってくれると丁度いいだろうし」

言い切ってからの後添えはどうしたって存分に恰好悪い事。でも私はめげずに、有名な童話に出てくるチェシャキャットみたいに笑う。

「と、言う訳でお昼ご飯を食べに行こうじゃないか!……体重が増える理由も、今、出来た事だし!」

空想の恐怖になんて負けない。現実的な恐怖は明日の自分が体重計と戦ってくれる。
今は、夢の国を親友を楽しむ事が何より大切な事。私は心にどすんと大きな意思を乗せ、隅に蹲る何かを粉々にした。

アリス >  
「ふふ、負けないわよ。私だって素敵な彼氏を作るし」
「うん……親友だからね」

その言葉が心に温かな灯火を熾す。
この灯を守りたいと思った。
闇を削るにはまだ小さな火だけど。
いつか……いつか、暗闇を克服するまで。

「飛ぶものは、落ちる?」

鸚鵡返しにそう聞き返すと、私も笑顔でお姉さんに手を振った。
泣き腫らした目が恥ずかしい。

「ふふ、なんかアガサ……本当にヒーローみたいなことを言うわね」

そう言って、AAの刺繍がしてあるハンカチで目元を拭った。
おそろいのハンカチ。足元に絡みつく何かを蹴飛ばして歩く。
もう、血の匂いはしない。

「おなかすいちゃったわ、ハンバーグでもがっつり食べちゃう?」

そう言って笑えば、ほら。
明日からも妄想と戦っていこうって気持ちになるじゃない?

アガサ > 「……改まって言われると照れるよ。あんまり私を虐めないでくれたまえ」

笑うアリス君を正視出来ずにそっぽを向いて唇を尖らせる。

「──……」

──すると、視界の隅に誰かを視た気がした。
鮮やかな金髪を颯爽と流して歩く白衣の子と、金縁のケープを羽織った紫髪の子が手を繋いで雑踏に消えていく。

「……うん、いいとも。ハンバーグにパフェもつけてしまおう!
確かほら、今ならGW特典でマスコット人形のどれかが付いてくるっていう凄いのがSNSで話題に──」

気のせいかな。
そう唇を歪めて私は親友の手を取り、素晴らしい誕生日を楽しもうと心から思った。

ご案内:「常世ディスティニーランド」からアガサさんが去りました。
ご案内:「常世ディスティニーランド」からアリスさんが去りました。