2019/07/24 のログ
人見瞳 > 「ふだんはそういう風に話すんだ。さっきまでの君はさしずめ借りてきたキャット! というわけだね!!」
「…………ねこ……貸します………ねこ屋…さん……楽し…そう………」
「見た目も齢も、学年にゃ関係ねェのさ。よくある話だろ?」

一人一人の私が思い思いの言葉を交わす。上も下もなく、自立した個が七人。
どうしてこうなったのか、理由は誰にも判らない。超常の異能ひしめく学園都市でも、私のそれは極北に位置している。

「異能でなければ奇跡……でしょうかね。誰が呼ばれてもいいんです。全員同じ私ですから」
「こんなに大勢で集まることもあんまりないしね。困ったことある人手ーあげて!」
「助かることの方が多い?ってゆーかさ、そんな感じ?」

うんうん、と統一感にかける動きで私たちが首を振る。
私自身もそう。誰か一人に言ってくれれば全員に伝えられるから。
でも、こうしてプールに集まったのは、わざわざたくさんの私が集まったのは。

―――思いつくかぎり、あんな水着もこんな水着も着てみたかったから。ただそれだけの理由で。

「それより美味ェじゃねえかロコモコ」
「マーサーラーダーーー!!」
「…………………マラサダ……」
「意外に重たくないですよね。揚げものなのに」

ホイップクリームが挟まっているマラサダはパン屋さんのあんドーナツみたいな味わいで。
カロリー爆弾みたいな甘味がトロピカルなフレーバーティーと相性抜群だった。

「ひとつ貰うぞ」
「あっ私じゃーん。お疲れサマー。今日はもういいの?」
「やるべきことはやった。あとは野となれ山となれだ。甘いな?」

味覚の好みも同じだから、きっと気に入っているはず。ひと仕事終えた後なら尚更のこと。

アガサ > 「ええ~猫被りだなんて酷いなあ。先生とか上級生には誰だって言葉が改まるものだろう?
瞳君は意図的に分けているみたいだけど……やっぱり分けていないと不便……でもないんだ。すごいなあ」

経緯からして瞳君の異能は後天的だと予想されて、
そうであるなら、ある日突然自分が増える──なんてとんでもない事態に遭うのだから、
その時の瞳君の混乱が想像するだに難くない。私だって突然壁を歩けるようになった時は少なからず驚いたんだもの。
ただ、今見る限りの瞳君はそれぞれがそれぞれの個性を確立し、その上で理路整然と自己の統一をしているようにも見える。
思考が矛盾なくマルチタスクされて、滞りなく処理されるのはそれそのものは素晴らしい異能なのかもしれない。
少なくとも勉強は凄く捗るだろうなあ。なんて頷く瞳君達を見ていると、早速とマラサダの名称が混線していてついつい笑っちゃうんだ。

「あはは、全員同じなのに混線するなんて面白いなあ。もしかして好きな食べ物とかも違かったりするのかな。
それとも、そういうのは大本の瞳君と同じなのかい?」

新たに増えた瞳君も加えて喧しく賑やか如くのおやつタイムはそれなりに人目を引くのか視線を感じる。
屋台の店員さんも驚いたような顔をしているし、明らかに此方を指差して会話しているお兄さん達もいる。
瞳君曰く、大勢で集まる事が余り無い。というのも目立つのを避ける意味では必要だろうなあと心裡で頷いた。
何しろ壮観といっても良い光景なんだもの。

「あとはー…………」

もしも異能が使えない場所に居たならば、彼女達はどうなるのか。
そんな疑問が口から出そうになって、甘やかなイチゴクリーム味が押し留めた。

「あとは、そうそう。クロサダなんてのもあるんだよ此処。クロワッサンドーナツみたいな奴で──」

代わりに出るのは更なるカロリー爆弾的な甘味。指差す先には四角いクロサダの絵看板の屋台があって
見るからに乙女の体型に危機を齎す事が予想できる。

人見瞳 > 食べ物の好みが違うことはあるのか。
言い換えれば、12人がそれぞれ独自の個性を発揮し始めることはあるのか。
理屈の上ではあり得ないことではない。けれど、そうなるほどに長い時間を孤立して過ごすことがなかった。
だから、今のところはない、というのが答えになるだろうか。

「難しいことを考えるんだな。僕らは等しく自立している。あえて言うなら、一人一人が大本だ」
「見たこととか、聞いたこととか……情報の共有ができるんです」
「考えることは同じだし、好きな食べ物も一緒だよ」
「いつか誰かを好きになったとして、別々の誰かを愛してしまうというのは……ちょっと考えづらいけれども」
「無ェよ。多分な。俺たちに限ってそいつぁ無ェだろうさ」

考えたこともなかった。私は私の思考を逸脱したのだろうか。
たぶん、そうではなくて。そういうことは……普段あまり考えない様にしているだけなのだ。
私なりに、無いと言い切れるだけの理由もあった。

「さすがに少しくたびれた。僕も少しはいい思いをしたっていいんじゃないか?」
「あ、じゃあ私が」

私が。小さく手をあげると、競泳水着の私が近づいてきて身をかがめる。顎を持ち上げ、迎えて。
唇を重ねる。どちらからともなく唇を割り開き、甘ったるく糖分に染まった舌を絡めあう。
時間にしてわずかに一瞬の粘膜接触。手を伸ばし、目をつむる私の頬にそっと触れて。

二人の私がひとつに溶けあう。初めから一人しかいなかったかのように、二人の私が完全なる統合を果たす。
どちらか一方が消えたのではなく、どちらの私も切れ目なく「続いて」いるのだ。
そして私は、ふたたび二人に分かたれる。二つの時間軸を生きた記憶を、体験を継承した二人の私がそこにいた。

「………ああ、アガサ・ナイト。君はアガサというんだな」
「お腹が空いちゃいましたね。まだ入りそうな人、他にいますか?」

私たち二人だけが手をあげ、顔を見合わせる。一口だけならと誰かが言って、他の私もその声に続いた。
人見瞳はよく食べ、よく寝て、よく遊ぶ。そういう生き物なので。

アガサ > 瞳君の説明は判ったようで解らない。思考が全て統一された分身。なんてものを得たことが無いから当然で、
同時に視点だけ別の自分が居るようなものなのだろうか?とマラサダを頬張りながらに首が傾いだ。

「うーん、何だか忙しそうな異能だなあ。そうなると皆寝る時間も同じだったり?」

全が一で一が全。私の予想とは裏腹に本体が存在しない在り方をする瞳君の言葉は哲学的な悩みを齎す。
休息や空腹の有無はどうなるんだろう。思考は兎も角として体験の差はどうなるのか。
そう訊ねた矢先で、私の目の前で答えが披露された。

「ちょっ……え"っ!?」

瞳君と瞳君が唇を触れ合わせる。親愛を示すもの──ではなくて情愛を示すかのように艶めいて、
次には珈琲と牛乳が混ざり合うかのように溶けて、混ざって、一つになる。

「……………」

異能だ。全き異能だ。
上手くは言えないけれど、私や私の知る範囲では見たことの無い異能。異なる変異に言葉を失う。
そんな私を他所に瞳君は瞳君達になり、分かたれた片方が私の名前を読んだ。

「……う、うん。私はアガサ。アガサ・ナイト……だけど」

私は今、どんな顔をしているんだろう。
心臓が半鐘のように鳴っているのは判って、胸元を抑えるように手をあてた。

「ごめん、ちょっと、凄い吃驚しちゃった」

厭う訳でも無いけれど、突然の凄艶な光景は恐怖に近い感情を起こさせる。
深呼吸をし、呼吸を整えて、それからはきっと、長閑な交流が続いた筈さ。

ご案内:「どきどき☆常世ランド」からアガサさんが去りました。
ご案内:「どきどき☆常世ランド」から人見瞳さんが去りました。