2020/07/13 のログ
■『シエル』 >
建悟の様子を見て、シエル――『エルヴェーラ』も感じるものがあった。
この男の身体は既に限界に近い。
あのような大規模の修復を行ったのだ、それも当然だろう。
直すことこそが、この男の矜持。
方向性は違えど、彼もまた自らの信ずる道を征く者なのだ。
故に『エルヴェーラ』は目の前の男の精神の在り方に、敬意を抱いていた。
謝罪する建悟の言葉は、娘の顔をくしゃりと歪ませてしまう。
そして再び響く嗚咽。
『おかあさんは……なおせないの……? なんで――』
その時、彼らから少し離れた所から、鐘の音が鳴り響いた。
それは落第街にある、小さな時計塔。
先程までコンクリートが突き刺さり、醜く歪んでいた大時計は、
再び動き始めていたのだ。
誰かの命が失われても、時は止まることなく流れていく。
その虚しさを感じたのは、はるか昔。
その感情はどんな色だったろうか。
エルヴェーラには、思い出すことができなかった。
建悟による、遺体の修復作業が始まる。
その様子を、シエルは見守っていた。
彼の背を見つめる虚ろな瞳の奥には、
少しだけ、あたたかいものが宿っていた。
シエルは娘の小さな手を取って、ただただその頭を不器用な細指で、
優しく撫でながら、彼の『施し』の行く末を見守る。
建悟が一通り力を行使し終えれば、すっかり元通りになった母親が、
そこには横たわっていた。
それは魂の無い、容れ物ではあった。
それでも。
「……見て」
母親の顔へと視線を向けたシエルは、そう二人に声をかける。
すぐに、娘は泣きながら――しかし先程とは全く色の異なる涙を
ぼろぼろと流しながら、母親へと抱きつき、先程までは『無かった』
その表情に、頬を擦り寄せた。
それはきっと、気の所為だったかもしれない。
それはきっと、そう在って欲しいという願いが見せた幻想だったかもしれない。
それでも。
その場に居る3人が見たその母親の顔はとても穏やかで、
満ち足りた表情をしているように見えた。
そう、見えたのだ。
■角鹿建悟 > 未だ発展途上とはいえ、これだけの規模を直せば能力の限界まで使い果たしたと言える。
少なくとも、今日一日…下手すれば2,3日はまともに能力が使えないかもしれない。
それでも――仕事は果たす。何より”約束”した少女が見ているのならば尚更だ。
(…まぁ…正直…つまらない…男の意地を通しているだけ、なんだろう…が)
僅かに意識が朦朧としているが、ここで気絶する訳にはいかない。ガリッと、舌を軽く噛んで意識を戻しながら。
こちらの言葉に咽び泣く少女…それはそうだろう。神様と思っていた男から母親は救えないと断言されたのだから。
――こういう時、何時も彼は思う。それだけ直す力を極めても、人の命と心は救えないのだと。
そこに、響き渡る鐘の音色。小さな時計塔――先ほど、己の能力で修復した建物の一角。
その音色を聞きながらも、彼は今彼に出来る事を彼なりに全力でやった。
――もう、ここが正真正銘の限界だ。角鹿建悟という人間の。
無力感と仕事を終えた達成感がごちゃ混ぜになる。分かっては居た事なのに。
けれど――
「………?」
白髪の少女――シエルの言葉に、そちらへと瞳を向けた。己の手で綺麗に修復された母親の遺体。
――そこに浮かんでいたものを見て、男は…僅かに何かを堪えるように上を向いた。
幼子の泣く声を聞きながら、ぽつり、と男は白髪の少女に一言だけ問い掛ける、
「シエル――ー俺は…少しはこの母娘を救えたんだろうか?」
建物は幾らでも直そう。けれど人の心は直せない。それでも――少しでも”誰か”を救えるんだろうか?
■『シエル』 >
男の問いかけに、人形の視線が向けられる。
美を追い求めた職人が、何度も何度も試行錯誤を重ねて作り上げたような、
そんな無機質な美を備えた口を、彼女は小さく開いた。
「救われたかは、まだ分かりません。
きっとそれは、何年も、何十年も後になってから分かること。
ですが――」
輝く白い髪が靡く。
落第街に吹く風は冷たくも、どこか優しかった。
「――きっと、無駄ではなかった。私は、そう思っています」
そんなことは、この場に居る者が決められるものではないのかもしれない。
そんなものは、幻想なのかもしれない。それでも。
肩口から流れる血が、床へと落ちる。
それを気にせず、シエルは建悟の方を見て、そう口にした。
そうして。
少しだけ、ほんの少しだけ頬を緩めた。
それはどこまでも不器用な笑み。
零れ落ちる感情を必死に掬い上げているような、薄氷の笑み。
それでも確かに、彼女は笑ってみせたのだった。
■角鹿建悟 > 白き”人形”へと”直し屋”は緩やかに視線を向ける。
視線が交錯し、彼女がその口を開く――その言葉に、ただ一言だけ男は答えた。
「そうか―――無駄じゃあ…無い、か」
そう、その一言だけで充分だ。それが――今回の仕事の報酬だ。
直すだけの力しか持たず、誰かを守る事も、守る為に壊す力も持たない。
――いざとなれば、誰かを殺す程の鮮烈な覚悟すら己には無いのだ。
(けど――直す力は…俺の力は…”無力かもしれないが無駄じゃあない”んだ…)
無力でも、決して無駄ではないのだと。必ず誰かの、何かの役に立つのだと。
角鹿建悟という男は、直す事を貫くために――これからも、無力に苛まれながらも前に進むのだと。
そして、何か口を開こうとした男の言葉は、彼女のその笑みに――見蕩れた。
「―――アンタは…そんな風に綺麗に笑えるんだな…シエル」
ぽつり、とそんな言葉を思わず呟いて…彼は笑った。珍しく、はっきりと。
「ああ、そうだ――すまん、その肩の怪我――…ぁ?」
そこで男の体がグラリ、と斜めに傾いで倒れ付す。そう、矢張り限界が来ていたのだ。
それでも、身を起こそうとするが急激に意識が遠退いていく…むしろここまでよく意識を保っていたもので。
「シエル――すま、ん…誰か…呼んでおいて――それ、と……その子を…頼む――あと…。」
意識が途絶する瞬間、最後に男は白髪の少女に願った。
「また――何処かでアンタに会えたら――歌を聞かせてくれ」
そう、願いながら男の意識は闇へと落ちた。その顔は…何処か満足そうで。
■『シエル』 > 『そんな風に綺麗に笑えるんだな』。
そんな彼の言葉を耳にして、シエルの耳がぴくりと揺れる。
そうして、自分の顔にその手を添えて、不思議そうに、
目をぱちぱちとさせる長耳のエルフ。
「ええ、後は私に任せてください――」
彼の頼み事はしっかりと聞き届ければ、
彼女はその目を閉じ、深く頷いた。
そうして、雲の隙間から現れた陽光に
その穏やかな顔を輝かせながら、最後に口にする。
「――ええ、歌いましょう。いつかまた、何処かで――」
そしてこの落第街も、広い。
どうしようもないほどに。
怒りも、悲しみも、絶望も、
影の中に呑んで消し去ってしまうくらいに。
明日にまた、違反部活が此処を破壊するかもしれない。
明日にまた、この娘の命がある保証など、何処にもない。
繰り返される暴力と破壊、欲望と退廃。
きっと、終わりなどないのだろう。
『エルヴェーラ』は、空《シエル》を仰ぐ。
空は何処までも透明で、輝いていて。
「――ありがとう」
光の射さないこの街でも空を仰げば、
太陽は確かに輝いていた。
ご案内:「落第街 『爪痕』」から『シエル』さんが去りました。
ご案内:「落第街 『爪痕』」から角鹿建悟さんが去りました。
ご案内:「風紀委員会処分資料『トゥルーサイト・個人調査』」に******さんが現れました。
■****** >
――処分済資料――
閲覧は『自己責任』で。
■****** >
『トゥルーサイト』壊滅に際し、最後の構成員『日ノ岡あかね』を残して関係者は一人残らず死亡した。
……委員会は組織としての調査凍結を決定したが、私、*******は納得していない。
業務範囲内の許される限りで、追加調査を行う事にする。
この資料は私にやましい所が無い事をはっきりと示す為に残すものである。
委員会の御歴々も、これを見て「間違っている」と思うならば、堂々と私を拘束して頂きたい。
私は逃げも隠れもしない。
■****** >
まず、『トゥルーサイト』という違反部活はそもそもとして『異様』だった。
カルト系違反部活としてはよくある事とはいえ、彼等は基本的に同一の目的を持っているだけの集団であり、組織ではなかった。
彼等に横の繋がりはなく、彼等に組織への帰属意識はなかった。
彼等全員が個人として『個人の目的』と『願い』を持ち、それぞれが『自らの意志の選択』によって集っていた。
……組織としてはいい加減もいいところだ。
つまるところ、所属する事による『保障』だの『特典』だのはないということで、それは集団で動く利点を失っている。
上が命令しても末端が動くか動かないも『好きにしていい』ということなのだから、統制も何もあったものではない。
委員会が大して警戒していなかったことも道理と言える。
彼等は……第三者視点としてみれば、立派な烏合の衆だ。
少なくとも、委員会の強制査察などを受ければ一溜まりもない。
……それを承知の上で、あの儀式をしたのだとすれば……やはり、私には破滅主義者か何かにしか思えない。自殺も同然だ。
■****** >
落第街での聞き込み調査でも、『トゥルーサイト』の噂は大して聞かなかった。
あまり大きな違反部活ではなく、裏世界で影響力を持っていなかったこともこれで明らかになったといえる。
彼等はどこまでいっても、一介の違反部活でしかなかった。
落第街で影響力があるわけでもなく、有名でもなく、それでいて……多くの人々に興味を持たれない。
ごくごく普通の違反部活。
おそらく、『例の儀式』をしていなければ……こうして私が個人的に調査をすることもなかったのだろう。
それくらいに……ごくありふれた、普通の違反部活だった。
違反部活でなければできない事をするからそうしている……というだけの。
……体制がもし、彼等の活動を許していたら、彼等はきっと学生街で活動していたことだろう。
まぁ、ありえない前提ではあるが。
■****** >
だからこそ、彼等の行ったことは異様だった。
『真理』に挑むといえば、確かに聞こえはいいかもしれない。
だが……彼等が挑んだ『真理』はいわゆる異界の存在だ。
上位次元の存在と無理矢理コンタクトを取り、舞台裏に隠された答えを聞く。
ゲームで例えるなら、開発者から直接コードを聞き出してチート行為を行うということでもあるが……それは開発者とプレイヤーが同じ次元にいるから出来る事でしかない。
ゲーム内のキャラクターが開発者の言葉など理解できるだろうか?
理解したところで実行手段など持っているのだろうか?
いや、そも……それだけ莫大な情報量を受け入れて、生きて正気で居られる人間など存在するのか……?
旧世紀のコンピューターに現在のシステムを無理矢理叩き込んだところで、待っているのはシステムエラーだけだ。
それは……死と同義だ。
実際……彼等は恐らく『それ』で死亡した。
《窓》が開いたことは事実なのだ。
ならば……彼らは《窓》越しに知ったはずなのだ。
人間では到底受け入れられないほどの莫大な情報を。
■****** >
人間どころではない……そもそもとして、この世界の存在が受け入れられるはずがないのだ。
この常世島、この世界、いや……こうして会話が出来る全ての存在に等しく受け入れられるわけがない。
ガラスコップに溶鉄を流し込むようなものだ。
確かにガラスコップは温まるだろう。
だが、もうそれはガラスコップの形を留めることなど出来るはずもない。
当然、ガラスコップとしての用を成すことも出来なくなる。
本末転倒だ。
……彼等が『やった』ことはそう言う事だ。
ただの自殺でしかない。
ただの狂行でしかない。
だから……結果として彼等は死んだ。
それだけの話だ。
■****** >
……じゃあ、何故……『あの女』は『生きて』いる……?
■****** >
――処分済み資料。事情は風紀委員*******に説明したのち、和解済み。――
――当該資料は第三種機密に属するものとする。――
――閲覧は『自己責任』で。――
ご案内:「風紀委員会処分資料『トゥルーサイト・個人調査』」から******さんが去りました。