2020/08/21 のログ
ご案内:「白い巨塔」にとある女生徒さんが現れました。
■とある女生徒 >
太陽の光は痛いほど。
八月も下旬にさしかかったというのに夏の終わりの兆しは見えず、
濃い色の空に分厚い白雲がかかっていた。
それでもあまりに、当たり前に綴られる日常のなか。
その生徒は病院を訪う。
「――まだ眠ったまま、ですか」
幾らかの確認の後、淀みのない足取りで病室へ向かう。
長い黒髪を揺らして、その病棟へのゲートを学生証を翳し、開く。
■とある女生徒 >
薄暗い廊下ですれ違った看護師に、
『よく来てるね』
と優しく声をかけられる。
「まあ」
曖昧な笑みで返した。
頭を下げてそのまま進む。
風紀委員、レイチェル・ラムレイの眠る病室。
この女生徒は、彼女を見舞う人間のひとりだ。
学生証を翳して扉を開ける。
■とある女生徒 >
意識不明の相手を見舞うのは、誰が為のことだろう。
薄暗い病室は冷たさすら感じた。
彼女の生命を見守る機械音を聞きながら、眠る姿は見ぬように。
贈られた見舞い品の花の世話をする。
水を取り替える。看護師は忙しい。そして、風紀委員の多くも。
プリザーブが主流となりつつある今でも、
面倒を見る必要のある生花を見舞いに活けることはある。
「…………」
桃色のガーベラに顔を寄せた。
香りは薄い。ゆえに見舞いに好まれる、そして特定が難しい。
この女生徒が活けたものであり、それを伝える気もないよくある見舞い品だった。
とはいえそれらは味気なくも厳密に管理され、
病院側に参照しようと思えば容易く特定できる。
■とある女生徒 >
眠りの呪いがかけられたこの白い巨塔に、足繁く通う理由としては、
どうしても態とらしく思えてくるそのみずみずしい咲きぶりに、
自嘲の色に染まった溜め息を吐く。
見舞い客用の椅子に腰掛けてその寝顔を見つめる。
尊厳を侵しているのではないかという苦い想いに加え、
何を言おうと届かない距離はひたすらに心を虚しくさせる。
心因性の眠りなのか、それとも。
知る権利もないその事情の裏を思えば身体が重くなる。
「 」
恨めしげに呟いたことばすら、届かない。
怪我人になにをやっているのだか、と疲れた溜め息が出るばかりだ。
――うまくいかなかったら?
永劫の眠り姫である未来を考えれば背筋が寒くなる。
きっと目が醒めるはずだ。花に祈りを託して、深呼吸で落ち着ける。
■とある女生徒 >
新しい同居人との暮らしは存外に気楽で、
この倦怠感と疲労感は別の事柄に因んだものであるのは自明だった。
そうだ。 レイチェル・ラムレイが目覚めるなら。
そのときのために、同居人に花の世話を教えておかなければならない。
立ち上がる。長居をして、誰かと鉢合わせするのも避けたかった。
「また来る」
眠っているうちは。
この女生徒が見舞うのは、その間だけだ。
白い寝所を後にして、病院の受け付けも抜けた。
冷房の優しさから這い出して、炎天のなかに身を踊らせる。
この後にも用事がある。見舞いだ。盆も明けたのに。
■とある女生徒 >
バス停の日陰へ、そしてバスのなかへ。
すいているバスの一番後ろへと、逃げるようにたどり着く。
夏日に疲れ果てた犬のように、端に寄せた身体がずるりと脱力する。
だらしなくたれた腕の先、小さく指を鳴らせば、
髪の毛が根本から、オセロでもひっくりかえしたみたいに黒から白へと脱色していく。
真っ白になった毛先から、ひらひらと光る蒼い蝶が幾匹か現れて、そして光の粒子に消えた。
車窓からの陽光によって、それは目立つこともない。
見るものが見ればすぐわかる、お洒落用の初歩的な魔術だ。
よく見舞いに来る黒髪の女生徒は幻。どこかにいなくなる陽炎。
鎮座する病院の巨大さと冷たさに見送られ、バスはゆっくりと走り出した。
ご案内:「白い巨塔」からとある女生徒さんが去りました。
ご案内:「スラムの一角―”爆心地”-」に角鹿建悟さんが現れました。
■角鹿建悟 > 「―――成程、これは……。」
何とも派手にやったものだな、と。何時もの黒い作業着に青い腕章姿で、そのスラムの一角の惨状を無表情で眺めている。
――やる事は何時もと変わらない。直す――ただそれのみだ。
この規模だと流石に色々と反動がキツいかもしれないが、だからどうした――そんなのは些細な問題だ。
「―――鉄火の支配者と異能殺し…だったか。」
世情に疎い、というか殆ど興味が無い男でも両者の異名くらいは最低限は知っている。
――が、そんな事はどうでもいい。直す事が男の最優先事項でその他は総じて優先順位は下がる。
一歩、瓦礫の惨状へと踏み出しながら、一際目立つクレーターの底へと降りていく。
(――今の俺の状態だと、”全部直す”のはかなり骨が折れそうだが…)
クレーターの中央部に立ちながら一息。
■角鹿建悟 > 「――”この程度”俺が必ず直す」
ご案内:「スラムの一角―”爆心地”-」に龍さんが現れました。
■龍 >
スタッ。クレーターの底にもう一人、誰かが飛び降りた。
建吾の真後ろ、気配を隠すことなくそれは悠々と後ろで歩みを進める。
「おお、確かにこれは派手にやったなぁ。深い深い。
黄泉の穴と良い勝負……は、少し言い過ぎかな?」
嬉々とした声音がクレーターに反響する。
その正体は女。赤い衣に身を包んだ女がそこにいる。
深緑の髪を揺らしながら、小首を傾げて建吾を見た。
「やぁ、こんばんは。こんな危ない場所で君は何をしているのかな?」
■角鹿建悟 > ――よし、始めるか。一息零して上着を脱いで腰に巻いておく。軽く腕をグルグルと回すが、特に肉体労働という訳でもない――いや、体力はごっそり使いはするが。
何時もは右手で能力を発動するのだが、徐にその場に片膝を着いた姿勢で――”両手”を地面に押し当てる。
生じるのは何時もの逆巻き時計――の、更に外側に”もう一つ”。
「――”第二時計展開”…逆算開始―――計測――…」
両手を突いた男を中心に巨大な二重時計の魔方陣のようなものが展開されている。
かなり巨大なそれはクレーターをすっぽり埋めるくらいはある。
急速に長短二つの針が逆巻き徐々に高速回転を始める。更に、今回生じた新たな外側の時計盤が歯車のような音を立てながら、軋みつつも正常な時計回りを始める。
「――計測―――終了―――行けるな、”問題無い”」
■角鹿建悟 > 「――見ての通りだ、”ここを完全に直す”」
突然の声と気配にも全く動じず、両手を地面に付けて能力を展開しながら静かにその女性へと答えよう。
流石に後ろに振り向くほどの余裕は無いが。
■龍 >
女は何気なしに歩き、建吾の正面に立った。
膝をつく建吾に視線を合わせるように、しゃがみ込む。
「へェ、そりゃ凄い。完全に直すって、要するに元に戻すって奴?
ある意味奇蹟だね。君の異能なのかな?」
ただ直すだけではなく、彼は"完全"と言ってのけた。
勿論言葉の綾かもしれないが、それはそれ。
女は彼の異能にも興味が有った。
金色の瞳が、建吾の瞳を覗き込むようにじっとみている。
「これって、誰かに依頼されたお仕事って奴?
どう、やる前に時間位はあるでしょ?ちょっとお話しようよ」
「私は龍<ラオ>、気軽に龍姐さんって呼んでくれていいよ?君の名前は?」
にこやかな笑顔で、名を訪ねた。
■角鹿建悟 > 「――俺が直せるのはあくまで物体とかだけだ。生物は治せないし蘇生も出来ない」
それが最大の弱点であり制約でもある。集中しながらも会話をする余裕は”まだ”あるようだ。
と、こちらの正面に立った女がしゃがみこんで視線を合わせてくる。
女の金色の瞳と、それとは対照的な男の銀色の瞳が静かに交錯する――。
「――依頼は受けている。受けていなくても”勝手にやったが”。
――唐突に現れたかと思えば、こんな直すしか能が無い奴に話を?…物好きだな」
何時もの無表情で淡々と、その瞳を逸らさずに見つめながら一息。にこやかな彼女とは真逆の無愛想っぷりで。
「――そうか。常世学園の1年の角鹿建悟――生活委員会傘下の修繕部隊に所属している。
…それで?龍…アンタはわざわざ見物にでも来たのか?」
龍――また剛毅な名前だ。ただ、初対面の相手に気軽に姐さん呼びする気は残念ながら無い。
■龍 >
「そこまで聞いてないけど、どうも解説ありがとう」
如何やら本当にそう言う異能らしい。
適当言ったけどあってたらしい。堅物と言うか、なんというか。
『馬鹿正直』という言葉がよく似合う。
融和な笑みを崩すことなく、女は軽く肩を竦める。
「いきなりネガティブだなぁ、君。私は、ちょっと聞いただけだよ?
後、『見ての通り』って言ったけどさ、君。今どういう状況かわかる?
傍から見ると、爆心地に膝をついてるヘンな人。わかんないよ、ソレ」
彼の異能を知っていれば分かる事なのかもしれないが
何も知らない龍からすればそんなものだ。
うん、本当に馬鹿正直だ。ある意味一本気が通った男の子らしい男の子。
「物見遊山気分なのは間違いないけど、君と出会ったのは偶然。
私はただ、散歩をしてただけだよ。……それで、ネガティブな建吾君」
「随分と熱心だけど、一人で直すの?疲れない?ソレ。
君の異能って、一人で何でもできる凄い奴?」
■角鹿建悟 > 「―――??」
不思議そうに真顔で小首を傾げる。解説したつもりはないのだが、この少年が気付いていないだけである。
直す事にあれこれを振り切り過ぎてて、色々と投げ捨てているからしょうがない。
馬鹿正直、というより愚直というか――ただの”馬鹿”だろう。
柔和な笑みを浮かべる龍と名乗った女を眺めながらも、平行して脳内で破壊の規模を計測終了。
「――そうか、悪かったな。だが変人に見られようがなんだろうがどうでもいい。
俺にとって直す事が最優先事項で後の事は二の次だ」
堅物、仕事熱心、ワーカーホリック、と。そういう言葉も連想されるだろうが実際はもっと酷い。
「――よく聞かれるが、疲れるとか疲れないとかそういうのは問題じゃない。
目の前の物を”必ず直す”のが俺の仕事でやるべき事だ。
あと、何でも出来たらそもそも生物の治癒や蘇生も出来ているから、それは無いな」
そう言いつつも、計測終了を確認してから修復開始――男が居る場所を基点として、周囲の瓦礫やら何やらが時間を巻き戻すかのように元通りになっていく。
だが、如何せん破壊の規模が大き過ぎるので速度はお世辞にも速いとは言えないだろうか。
■龍 >
「……もしかして、気づいてない?建吾君って、実は天然?」
この状況でそう言う顔をするのか。
完全に気づいてない顔だよ、これ。
先の発言といい、天然と言うよりはもっと何か、重症な気がする。
何と言うべきか、認識の"ズレ"というべきか。
建吾の言葉にそれは徐々に鮮明になっていく。
「別に悪いとは言ってないけどねぇ、君が仕事中毒みたいだけど。
その熱意自体はとてもいいと思うよ?……うーん、いや、熱意かな?
そうやって話を聞いてると、"義務感"でやってるような気も……」
所感ではあるが、仕事中毒にしては随分と"行き過ぎ"な発言だ。
"直す"事が最優先事項と言った、それ以外は二の次。
額面通り受け取れば、それ即ち直す以外に排他的という事になる。
少なくとも普通はただの言葉の綾になるはずだが
どうにも、危なっかしさと言うべきか。
"本気"でそう思っているんじゃないか、と龍には感じれた。
思わず、笑みに苦味が混じる。
「つまり、疲れるんだ?あんまり無理しても、良いことないよ?
君の体が壊れちゃったら、君の大好きな"直す"だって出来ないんだしさ。
君がそれにどんな意識を持ってるかは知らないけど
"ペース"を守らずにガムシャラにやっても返って不都合になるものだよ?何事も」
否定はしなかったから、そう言う事にした。
働き過ぎは、文字通り体に毒だ。
そして、彼の異能が発動したらしい。
成る程、修復と言うより、これは巻き戻し。
周囲のクレーターが徐々に徐々に、本来あったはずの姿を取り戻していく。
へぇ、と感嘆の声を上げれば、不思議そうに小首を傾げた。
「なんで?『物を直す』異能なら、この時点で建築家は皆君に文句言いたくなるし
この規模を既に戻し始めてるなら、何でも出来てるじゃない。
治療に蘇生って……『そういう異能』じゃないなら、出来なくて当たり前じゃない?」
■角鹿建悟 > 「――天然と聞かれても返答に困るんだが?」
と、答える時点で多分自覚が無いのがほぼ確定したかもしれない。
周囲との関わりが薄いのか、それとも生き方を”決めすぎて”真っ直ぐに歪んでいるのか。
色々とそぎ落とし過ぎて大事なものも取りこぼしているような、そんな”ズレ”だ。
「――義務も何も、これ自体は依頼だからな…きっちり妥協無くやるのが筋だろう。
手抜きなんて納得行かないし出来ないと投げ捨てるなんて持っての外だ。
――まぁ、正直…熱意だろうが義務だろうがどうでもいいんだけどな」
そんな、あれこれ理由や理屈を立てる必要も無い。言ってしまえば執念や怨念みたいなもの。
能動的にやっているが、そこに楽しみや生き甲斐を見出ししてはいない。
妥協無くやっているが、そこに合間の息抜きを全く挟むゆとりが無い。
それこそ、仕事が趣味とは違うし中毒とは言えるかもしれないが…。
「――何だ、そんな事か――”分かっている”さ。だが止まるつもりも無いが」
つまり、自分の体がボロボロになろうと――実際なっているが…止まるつもりは欠片も無いと断言する。
好んで死にたがる訳ではない。結果的に直す事に体が付いてこれないだけ。
”約束”もある以上、そう簡単に死ぬつもりは無いが――結果的に自らは死に突き進む滑稽さ。
要するに、直す事に執念を傾け過ぎて色々とチグハグなのだ。狂人であり破綻している。
(修復の速度が遅い―――あと精度が甘い)
舌打ちをしそうになるのを堪えつつ、集中して更に修復速度を引き上げつつも、正確に元の形へと戻していく。
彼女の指摘に、そろそろそちらを見る余裕も無くなってきたのか、視線を地面へと向けて集中の度合いを高めながら。
「――何を言っている?この程度じゃまだまだだろう。もっと精進しなければ」
そこだけは、はっきりと真顔で断言する。周囲からどう見えようが関係ない。男からすれば”足りない”のだ。
■龍 > 「…………」
■龍 > 「建吾君ってさぁ、一から物作ったり、直したりした事ある?自分の手、でね」
■角鹿建悟 > いきなりこの女は何を言い出す?能力の集中に意識を傾けつつも、僅かに疑問符が浮かぶ。
「――当然あ――いや、無いな」
故郷とか家族とか、捨て去ったあれこれを拾い上げそうになりきっちり”蓋”をする。
小さい頃の思い出に”そんな事”もあった気はするが…捨てたものだ、関係ない。
■龍 >
笑みは崩さない。龍は笑ったまま、瞬きもせず建吾を見ている。
「異能<キミ>に聞いてない。私は、角鹿 建悟<カレ>と話してる。……で、どうなの?」
ただ直すだけの異能<キノウ>に"創造"が出来るものか。
凛とした声が戻りつつあるクレーターに反響し、訪ねた。
龍の瞳は、耳は、その言い淀みを聞き逃したりはしない。
■角鹿建悟 > 「――――…。」
僅かに集中が乱れた。規則正しい時計の歯車の様な異能の力の発露でもある二重の時計盤。
その内側…普段力を使うときに現れる逆巻き時計のそれが僅かに軋む音を立てて動きが鈍る。
「―――あるさ。」
宮大工の家系だ。拙いながらも工作に親しんだ事もあった――余計な記憶だ。もう要らないのに。
それが子供の工作でも、ちゃんと何かを作って、壊れた物も自分の手で直した。――気がする。
(――違う、それはどうでもいい。今はここを直す事に集中だ)
軋んだ時計の針が元の状態に戻る。一息――加速―ー精密性は維持したまま巻き戻しの速度を上げる。
”この程度”――まだこの程度だ。もっと早く、速く、正確に、精密に、きっちり直さなければ。
■龍 >
「あるんだ。じゃぁ、知ってるよね。その"大変"さ。
生憎、私は物作りの趣味は無いけどさ、凄いよね。
人間の手でさ、人が住めるようなものから、小さな飾り。
その気になれば、何でも作れる。けど、一朝一夕じゃ作れない」
建吾前で人差し指を立てて、右へ左へと揺らして見せた。
メトロノーム、さながら振り子時計。
「汗もかく、辛い時もある、怪我もするかもしれないけど
君はその時、なかったかな?充実感、って言うか……
まぁ、それは今の話とは違うから、一旦置いとくけどさ、大変なのも、覚えてる?」
人差し指を止め、小首をかしげて尋ねた。
そして、指先が示す先は、元に戻り始めている景色。
「君の異能、勿論使う側は大変なのかもしれないけどさ、疲れるし。
君のやったものづくりと比べてこれは……『この程度』と言える所業かな?
そう言えるというなら、君の思い上がりだな。」
「君が如何にして"そうなってしまった"かは分からないけど
そんな調子で物を直し続けてもさ……何の意味もないんじゃない?
ああ、勿論皆から見ればありがたいけどね?君自身は、どうなのかなってさ」
■角鹿建悟 > 「―――…。」
人差し指が右へ左へ、さながらメトロノームのように目の前で揺らされる。
それを視線で追う余裕もそろそろ無くなって来た…吐き気、倦怠感、微熱、頭痛、胃痛、筋肉痛…それらが綯い交ぜになって圧し掛かってきている。
「―――さぁな。」
今は”そんな事”に悠長に答えている時間すら惜しい。ぎちぎちと体のあちこちが悲鳴を上げている。
だが、その程度で止まるなら最初からこんな馬鹿な修復はやっていないのだ。
「――思い上がりだろうが何だろうが――例え無意味だろうが――」
そんな事はとっくに分かっている。歯車を回しながら、逆巻く時計の力で元の状態へと戻しながら。
■角鹿建悟 > 「――”俺が必ず直す”。それが揺らぐ事は無い」
■龍 >
「ああ、一つ勘違いしないでほしいんだけど、君の仕事を邪魔する気は無いよ?
初対面で申し訳ないけど、君の決意は固い。私は、それに水を差すつもりはないよ。
それに、さっきも言ったけど、君のやってる事は紛れもなく
誰かが『望んだこと』…要するに、『願い』なわけだ。
どんなものであれ、人の為に行動できる事は、美徳だと私は思うよ?
……まぁ、君の場合少し歪んでいる気もするけど……」
それは間違いなく、彼の良い所だ。
世のため人のためは、結局巡り巡って自分の為。
彼の場合は、後者の部分が大部分を占めているような気もするが
彼のやっている事自体に間違いはない。
龍は少なくともそれを認める。
だから、笑っている。君の行動を喜ばしくも思うから。
「それに、邪魔する気ならとりあえず頭から一撃喰らわせて終わりじゃない?
私、拳法家だからさ。"不意打ち"位なら簡単に出来るし、意識がなくなったら
君の異能だって発動はしないだろう?」
ゆったりとした足取りで、建吾へと歩み寄っていく。
抵抗もしなければ、その双肩に両手が添えられた。
どうせ、集中していれば抵抗も出来はしない。
敵意も何もない、暖かな人の手。
「──────大丈夫、無意味では無いよ」
穏やかな声音で、建吾の行いを肯定し意識を集中させる。
巡る己の天氣、周氣、内に巡る生命力。文字通りの命の力。
目に見えない無色の温もりが両手から溢れてくる。
建吾を包む温もりが、体を苛めるあらゆる感覚を和らげる、癒しの力。
■見物していたスラム住人 > 「マジかよ、あのガキ――連中のやらかした爪痕を綺麗さっぱり無くしちまいやがった…!」
■角鹿建悟 > 「――悪いが…”誰か”の『願い』だとか…『望んだ事』だとか…そんなの正直俺にはどうだっていい。」
誰かの為?それって誰だよ?不特定多数の誰かの願いや望みなど知った事か。
俺は直すと決めたからそうしているだけであって、それが結果的に仕事という枠組みを通して美徳や慈善に見えているだけだ。
――そう、だから世のため人のため?冗談じゃない、よしてくれ。ただの自己満足の変人で結構だ。
だから、笑っている龍の名を持つ女性を、既に視界にも影響が出ているのかやや焦点がぼやけてきた目で見据え。
「――そうだな。発動”は”しないが――俺が気絶しても力そのものは継続するように”設定”した」
だから、仮にここで殺されようが今の修復は完全にきっちりと行われる。
もっとも――スラムの修復行為そのものが無駄で無意味に終わる可能性のほうが高いのだが。
だが、無意味だとか無駄だとか、”その程度”で足を止めるほど彼の覚悟は中途半端ではない。
「――無意味だろうが何だろうが、そんなの俺にはどうだっていいと……っ?」
流石にまだ完全に修復は終わっていない。それでも、気が付けばクレーターだった二人の居る場所は元通りの地面へと戻っている。
その周囲も、元がスラムだからあまり変わり映えはしないかもしれないが――きっちり”元通り”だ。
それよりも、こちらの両肩に乗せられた彼女の手から何かが流れ込んでくる気がする。
無色透明の暖かな力――何年も無茶をしてボロボロになっていた肉体を完全に回復させるには至らなくても、今この場を持ち直す事は十分に可能だろう。
「―――何をされたのかは分からないが、少し楽になった…礼を言う、龍」
何をされたのかさっぱり分からなくても、楽になったのは確かなので素直に頭を下げつつ。
だが、まだ修復は終わっていない――妥協は己自身が許さない。細部まで完全に直していく。
鉄火の支配者?異能殺し?ああ、好きなだけ壊せ――どれだけ壊そうが俺が必ず直す。
その、歪ながらも貫き通す意地にて、ここに――破壊の爪痕を完全に直す事に成功する。
■龍 >
「うん、いいんじゃないかな?君の自己満足で救われる人がいる。
それ位は覚えておいてくれていいんじゃない?
異能<キミ>はそう言うだろうと、角鹿 建悟<カレ>は喜ばしい。
人間は何を言おうと、感謝されて不満に思う人間はそうはいない。
いるとしたらそれは……そうだね、"慣れてない"か、"狂人"かな?
君は後者だろうけど、まだ私が見る限り、まだ"人"の範疇ではあるかなぁ」
「初対面で言う事でもないけどねぇ?」
何もそのためにとは言ってない。
そう言う事に結果的になっている、という話だ。
だからこそ龍は笑顔を止めない。
人間、楽しければ笑うものだ。
「……ちょっとそこまでやってるとは思わなかったけど
まるで脅迫概念だねぇ。君が決めたのか、誰に言われたのか……」
「わからないけど、さ?」
そこまでの執念、何が彼を突き動かすのか。
気にならない訳ではない。だが、土足で踏み込むほど無粋じゃない。
両手を上げて、わざとらしい『お手上げ』ポーズ。
きっちり元通りになったクレーター…地面をコツコツ、と足で軽く踏み鳴らした。
「凄い、確かにこれは綺麗さっぱりだ」
文字通りの"元通り"。
但し、彼の体は"よくはない"だろう。
氣の巡りからして、青少年とは思えない程負荷がかかっている。
異能の影響か。ともかくとして、このまま続けていたら何れ─────。
「男の子って、無茶するの得意だよねぇ」
噴き出す様に、呆れた声が漏れた。
「いいよいいよ、お礼何て。君風に言えば、『自己満足』でやった、からね?
お礼の代わりにさ、少しだけお話を聞いてもらえるかな?」
■角鹿建悟 > 「―――…。」
覚える気があるのか無いのか、龍からのその言葉には口を閉ざす。しかし――…
さっきから、言っている”彼”とは誰の事だ?彼女の言い回しは”よく分からない”。
ただ、狂人や破綻者とは仕事の最中や、自分の仕事ぶりを知る人間から偶に言われる事もある。
曰く、『頭がおかしい』『狂ってる』『人のフリをしたロボット』。他にも色々ある。
まだ人の範疇という事は、結果次第でそこから外れる可能性も低くは無いという事だ。
「――別にどう言われようが、俺がやる事に変わりは無い。
だから、初対面がどうだのというのは大した事じゃない」
楽しげな彼女に比べて、男はにこりともせずに仏頂面のままだ。笑顔がゼロではない。
…無いのだが、意識的に笑うことはないし、そもそも楽しいという感覚があまり無い。
「――俺が決めた事だ。直すと言ったら俺がどうなろうが必ず直す。気絶しようが死のうが変わらない」
そして、真顔で頑固にそう言い切るのだ。ただの強がりなら可愛いものだろう。
が、この男は”本気で”やる…言葉だけの覚悟に何の意味も無いのだから。
「――言っただろう、俺が必ず直すと」
勿論、能力の有効範囲や諸々の制約があるとはいえ、それでもきっちり直した。勿論無茶をして。
そもそも、無茶を平然とするタイプでもあるので、さもありなんという肉体の状態だ。
彼女のお陰で持ち直したとはいえ、どのみち先は長くは無い。死にはせずとも体が”壊れる”。
精神の歪みのせいもあるのだろうが、根本的に無茶を無茶と思っていないフシもある。
「――むしろ無茶して直せるなら…それをしないほうがどうかしているな」
真顔で言い切った。誰しもそう出来る訳ではないのだが、この男にそんなのは関係ない。
「――そうか。で、話を聞くのはいいが…俺は何も助言とかは出来ないぞ」
■龍 >
金色の瞳が、建吾の顔を覗き込んでいる。
相変わらず、一切の笑顔は崩れない。
相も変わらず笑わない彼に、余りにも不愛想だなと内心呆れてはいる。
「まぁ、とりあえずなんだけどさ。話をする前に一言。
君は、どんな物でも『直したい』、何があっても全てを『直したい』
その為にはどんなこともする……という考えで良かったかな?」
■角鹿建悟 > 「――言いたい事が見えないが…間違いではないな」
とはいえ、生活委員会の傘下という”枠組み”があるから、非道な手段などには手を染めていない。
狂人の類とはいえ、そもそも彼は”直す者”なので、そういう裏との繋がりは一切無いのだ。
「――で、その前置きだと俺に何かさせるつもりなのか?」
そういう意思確認をする、という事は何かをさせたいようにも思えるが推測しようが無い。