2020/08/31 のログ
ご案内:「レイチェルの病室」にレイチェルさんが現れました。
■レイチェル >
清潔感溢れる白の病室。
暮夜が漏らす薄暗がりを、
外から射し込むぼんやりとした光が照らし出している。
誰も居ないその病室に、
がらりと扉を開ける音が静かに響き渡った。
「……ふぅ」
口から漏れる小さな吐息は、僅かばかりの疲労の色を感じさせる。
それを病室を覆う沈黙の影に染み込ませながら、
レイチェルは飾り気のない茶色のスリッパを踏み、
ベッドへと歩み寄っていく。
ベッドのすぐ横には大きな窓があり、
そこからは美しい星空が見えた。
天から注ぐ白の光が、オレンジ色のガーベラに静穏の煌めきを
分け与えている。
「流石に、身体も動くようになってきたか」
そんな様子を横目に見ながら、レイチェルはそのままベッドに
腰かける。そうして自分の掌を胸の前に出すと、小さく開いたり
閉じたり動かせば、その感触を確かめた後に、ぽつりと口にした。
夕方から、リハビリも兼ねて病院の周囲を散歩していた。
医者と十分に相談した上で、無理のない範囲で
退院前のリハビリを行っていたのだった。
ゆっくりと、一歩一歩を積み重ねる。ただ、それだけの
散歩だったが、随分と心の余裕ができたように思えた。
ご案内:「レイチェルの病室」に橘 紅蓮さんが現れました。
■レイチェル >
ベッドの上で、棚の上に置かれた銀色のノートパソコンを
手に取れば、それを膝の上に置くレイチェル。
彼女が流す金の川が、外界から顔を出す僅かな光を受けて輝いていた。
彼女が膝の上に置いたのは、
いつも風紀の仕事で使っているノートパソコンだ。
開くのは、スケジュールカレンダー。
一日の殆どを、予定を示すブロックが食い尽くしている。
そこには、微塵の隙間もありはしなかった。
久々に見たその予定表を、レイチェルはただ静かに見つめていた。
そうして予定のブロックを一つずつクリックして内容を確かめれば、そこに隙間を作り出していく。
その隙間は、彼女の時間と精神に余裕を与えるための、
自分勝手な空白だ。レイチェル・ラムレイのための空白だ。
キッドを始め、刑事課の同僚たちが彼女の負担を軽減しようと
頑張ってくれているのだ。
おかげで、レイチェルはこうして隙間を作ることができる。
「ほんと、感謝してもしきれねーな、みんなには」
思わず言葉を漏らしてしまった自分に対して、
困ったように笑ってしまうレイチェル。
本当に、ありがたいとレイチェルは心底感じていた。
彼女はもう、無理をする訳にはいかないのだから。
そして――
■橘 紅蓮 > 「失礼するよ。」
ノックもそこそこに生徒の居る病室に入る白衣の女。
紅い髪に、紅い瞳、手袋だけが黒く、その手にはワインボトルが握られている。
病院の関係者、というわけではないらしい。
下げているのはゲスト用の立ち入り許可証だ。
「あんたが『時空圧壊』のレイチェル・ラムレイで間違いないね?」
無遠慮に室内に入り込むと、見舞客用の椅子にどかりと音をたてて座り込んだ。
睨みつける様な眼光で、レイチェルの事を見ている。
その目には隈ができているのが見えるだろうか。
その真紅のまなざしで、上から下までじっくり観察する様に、目線を動かした。
■レイチェル >
足音の気配。
担当医だろうか、それとも見舞い客だろうか。
いずれにせよ、このドアを開くのならば見知った顔だろうと、
レイチェルはそう思っていた。
しかしその扉の先に居たのは、彼女が見たことのない女性だった。
どこか安堵感を覚える落ち着いた赤色に、白の衣を纏ったその
女性を見て、レイチェルは眉を潜めないまでも、首を傾げる。
「……ああ、間違いねぇぜ」
傍若無人な見舞客が居たものである。
目の前の女性の立ち居振る舞いに対して思わず目を丸くする
レイチェルであったが、彼女の睨みつける視線にすぐに気付け
ば、自らもまた目を細めて、その下に疲労の濁りを見せる
尖った紅の宝石を、ただじっと見つめ返す。
「……で、あんたは誰なんだ?」
■橘 紅蓮 > 「年齢は19歳、異邦人、混血児、吸血鬼、ハーフエルフ。
異能は『時空圧壊』だが、現在は使用不可能。
風紀委員会刑事課に所属、主に重火器を使った戦闘を得意とする。
しばらく前まで第一線を退いていたが、唐突に現場復帰。
そして、伊都波 凛霞との模擬戦中に事故によって負傷。
入院するに至った、と。
ガキの癖にずいぶんと頑張るじゃぁないか?
ま、そのせいでボロぞうきんになってちゃぁ世話無いけどねぇ。」
持ち歩いていたトランクを踏みつける様にしてロックを外し、弾ける様にして蓋が開く。
中にはワイングラスと、いくつかの銀色の中身の見えないパックが詰め込まれている。
ワイングラスを丁寧に取り出し、レイチェルには銀色のパックを一つ投げ渡した。
「わたしか、あぁ、そうだね。 ガキ相手とはいえ名乗らないわけにもいかないか。
橘紅蓮。 しがないこの学園の心のお医者さんってやつだ。
カウンセラーって言っても今のガキには通用するのかな?
まどっちでもいいがね。」
いいながら、病室という事にかまう事もなく、ワインボトルのふたを開けてグラスに紅い液体を注ぎ込んだ。
病室にアルコールの匂いが充満する。
そのままグラスに口をつけて、ごくりと喉に流し込んだ。
「まずい。」
■レイチェル >
「よくもまぁそんな、ご丁寧に調べてくれたもんだぜ」
初対面の相手に自らの詳細なプロフィールを述べられれば、
警戒心を抱くのが当然の反応だろう。
しかし、彼女の纏う雰囲気がその気持ちを深い所まで抱かせない。
――不思議な奴だな。
僅かな警戒心は残しつつも、自然と身体を彼女の方へ向けて、
レイチェルは話を聞く姿勢をとっていた。
そして紅蓮から銀色のパックが放られれば、
軽く右手を閃かせてそれを受け取った。
そのパックと紅蓮に交互に視線をやりながら、
レイチェルは話を継いでいく。
「……へぇ、スクールカウンセラーって訳か。
納得したぜ。そこまで詳細にオレのことを調べているのなら
……知ってるんだろうな、異能の事故の原因も」
レイチェルが起こした異能の不発、そしてその消失。
幾つかの要因が絡み合っていたが、それでも根底にあるのは
『精神』の問題であると既に診断結果が出ている。
故に、この場にスクールカウンセラーを名乗る女性が現れた
ことに対して、レイチェルはひとまずの納得を得た形となった。
「……病室で酒飲むなよ、ったく。ほんとに『お医者さん』かよ」
呆れた顔を隠しもせず、じとっとした目で紅蓮を見やるレイチェル。
■橘 紅蓮 > 「投げられたものを受け取れる程度には回復したようでなにより。
いや、ご愁傷さまと言ったほうが良いかね。
私としてはそのまましばらく病院に縛り付けられていてほしいものだが。
回復したところで、お前に出来る事なんてたかが知れているからね。」
銀のパックはやわらかく、握れば水の様な液体が入っているであろうことが感じられる。
完全に密封されているそれは開けて見なければ中身は分からないだろう。
紅蓮はその動きから多少の肉体的回復は見られると判断した様だ。
しかし、だからと言って何かをメモする様子もなければ、変わった動きをすることもない。
ワイングラスを片手にくるくるとまわしながら、レイチェルをじっと見つめている。
その一挙手一投足を見逃さないとでもいうように。
「調べている、と言うより報告に上がってくるのさ。
まぁ、多少わたし自身でも遡ったのは否定しないけれどね。
患者になるかも知れない奴を調べるのも仕事の内だからね。
この島には数多くの年若い妙な力を持った奴が集まる。
10代半ばっていう精神的に最も不安定な奴らがね。
それを放っておいたらどうなるか、分からないほどこの島を作ったやつらはバカじゃないってことさ。」
多感な思春期の少年少女、様々なことが彼らの精神的問題になりえる。
それはこの島の外の平穏な生活を送っている、『異能』を持たない人間たちでさえそうなのだ。
唐突に『異能』に目覚めてしまった者、見も知らぬ異世界に来てしまった者たちの精神的負担は推しはかるにあまりある。
だからこそ、それらが引き起こす問題を事前に防ぐのが紅蓮の表立った仕事という事になる。
一見、まじめに仕事をしている様には決して見えないが。
「まぁ、多少なりとも想像はつくがね。
こればっかりは決めつけるわけにも行かないのさ。
心因性のものだっていう事だけははっきりと言える。
まぁ医者がそう言っているっていうのもあるが――」
紅蓮はここで一度言葉を止めた。
そのまま残っているグラスの中の紅い液体を飲み干す。
如何にも不味そうに顔をしかめて、今度は胸元から煙草の箱を取り出した。
『Marlboro』そう書かれた紅いパッケージの目立つ箱は、旧時代からある女性が愛好する煙草の一つとして有名だった。
「あんたも吸うかい?」
箱から一本だけ、振る様に突きださせてレイチェルに向ける。
白衣のポケットからジッポライターを取り出した。
■レイチェル >
「ちっ、言ってくれるぜ」
彼女が放ったその、一言。
『お前に出来る事なんてたかが知れている』。
それはレイチェルの耳を通してただの音ではなく、
確かな呪いとして胸に染み込んでいく。
――言われなくても知ってるさ、そんなことくらい。
その言葉に内心胸を突かれつつも、レイチェルは表情を
崩さずに相手に顔を向ける。
「……ま、そうだろうな。
未成熟な――オレ達みたいな学生が持つには、
重すぎる力なんだろうよ、この異能《きせき》は」
彼女が口にしたその考え方は、レイチェル自身も
常々感じていることだった。
不安定な精神と、過ぎた力が共に在る時、行き着く先は
ろくでもない未来だ。特に、病室で目覚めてから今までの
間は、何度も頭の中で考えを巡らせたものだった。
「……そうかよ。ま、心因性なのは間違いねぇ、な」
医者の判断も、この紅蓮という女性の判断も、きっと正しい。
蓄積された身体のダメージは大きな要因だが、あくまでも
一つの要因でしかない。奥底に在るきっかけは、彼女の不安定
な心が作り出したものだった。
――これまで、一度だってこんなことなかったのにな。
「……タバコは吸わねぇ」
はっきりと拒否の意志を言葉で示しつつ、
視線をやるのは手元で弄っている銀のパック。
その中身を確かめるように指を押し込む。
これは、やはり――。
その疑念を確固たる認識へと改めようと、レイチェルは密封
されたそれを開ける。
■橘 紅蓮 > 密封されたパックの中からは、鉄分が多分に含まれた液体の匂いがする。
見なくてもわかる、その液体は紅い、人体に流れている血液そのもの。
人の体から離れたソレは、パックの中で波打つように揺れている。
「きせき……ね。 まぁ、奇跡なんだろうさ。
一定数存在する不幸な奴らを例外にすれば、ね。」
異能を『奇跡』と称する彼女の言い分は大方にして間違ってはいない。
しかし、人間が自由に起こせる奇跡なんていうのは危険極まりない。
それは増長を招き、時に人を滅ぼしたりもする。
「チッ……。」
小さく舌打ちをして、わずかに過った思考を排除する。
「ほう、そりゃいい心がけだ。 ……副流煙も遠慮したほうが良いかい?」
煙草を咥えて、火を点けようとした所で思いとどまった。
未成年の前で喫煙する時は、本人の許可を取るのが紅蓮の中でのルールだ。
年齢以上の図体のでかさについ忘れそうになってしまうが、彼女もまだ未成年だ。
年齢にサバを読んでいなければだが。
■レイチェル >
「血液の差し入れとはね、なるほど『医者』らしいぜ。
この血……何処から仕入れてきたんだ?」
すぐに口に含むようなことは決してしない。
まずはこの血の出どころを、せめて彼女の口から聞かねば
レイチェルの気が済まなかった。
「仰る通り、だろうぜ。例外はいつだって存在する。
奇跡は人を救うこともあるが、
時に人を取り殺すかのように、呪う。
オレだって、綺麗な面だけを見てその言葉を使っている訳じゃ
ねぇさ」
それでも、この奇跡《のろい》に何度命を救われてきたことか。
だから、レイチェルは己の異能を信じていた。
信じていた、筈だった。
「……別に、少しくらいなら構わねぇさ」
そう返して、レイチェルは手首を軽く振って頷くのだった。
気にならないと言えば嘘だが、かといって断るまでのものでもない。
病室で酒を飲んでいる人物である。そこに少々のタバコが加わろうが、
何の違和感もなかった。
そうして少し俯いて考え込むこと暫しの間。
「スクールカウンセラーっていうなら……
ここで悩み、聞いて貰ってもいいのかよ?」
レイチェルはそう口にして、紅蓮の方を見やる。
■橘 紅蓮 > 「疑い深いやつだね。だがこの島ではそれぐらいでちょうどいい。
安心しなよ、そいつはこの街で地道に献血活動してるやつらから買い取った代物さ。
吸血種や、血液を媒介にする魔術も少なくはない。
そう言った生きて行くのに必要な連中の為に動く奴らもいる。」
この島にはそう言った慈善団体も中には存在する。
レイチェルの様なハーフの存在だけではなく、中には純粋種≪オリジン≫の姿も認されている。
血液を思たる食糧としている彼らは、人間からしてみれば、自分達を食料としてみているに等しい。
それは万人には受け入れがたく、忌避されがちだ。
そう言ったモノに手を差し伸べるモノもまた、居てもおかしくはないのだろう。
人間とは偽善で成り立っている生き物だ。
「異能ってのは万能じゃないが、基本的には本人に有益をもたらすものが多い。
異能ステージ説っていうのがあってね、異能は成長するって言われている。
成長する原因はわかっちゃいないし、明確にそれが立証されているわけじゃなぁないが。」
「異能って奇跡はね、本人が望んだものを引き寄せる力。
それを持つ者の根本たる『願い』や『祈り』が表出したものだと私は考えているよ。
だからこそ、ステージを超えていくやつらには、そのきっかけが存在する。
あいつを殺したい、とか、誰かを守りたい、とかね。」
くだらない仮説だ、とこぼしてから、許可された煙草に火を点ける。
煙草の先端が燻るのを見届けてから煙を肺まで吸い上げ、レイチェルとは別の方向に顔を向けて煙を吐き出した。
何処か甘さと酸味の混じった香りが漂う。
「私は聞くだけだよ。 その悩みを解決するのはあんた自身だ。
解決の糸口ぐらいなら一緒に探してやらないでもないけれどね。」
隈のついた眼を細めたまま、紅い瞳でレイチェルを見ている。
優しさなのか、厳しさなのか、その瞳は何を語るわけでもなく。
ただ、鏡の様に少女を映すだけだ。
■レイチェル >
「生憎と、そうなるように育てられてきちまったんでな」
紅蓮が説明をしっかりと行えば、レイチェルはそれを真摯に
受け止める。そうしてパックに口を添えれば、そのまま中身を
一気に飲み干した。
彼女にとってはほんのりと甘い香りが、口の中に広がった。
人の身体を離れた血に温かさなどある筈もなかったが、それでも
彼女は確かな温もりを感じたのだった。それがたとえ偽善の味だとしても、
今この瞬間、彼女の心を満足させるには十分だった。
そうしてすっかり空になったパックを、
レイチェルは手近なゴミ箱へと捨てる。
雑に投げ捨てるのではなく、
静かにゴミ箱の上で手を離すようにして、捨てる。
「望んだものを引き寄せる力……願いや祈りの、表出……か」
彼女の持つ力には、そのくだらない仮説に思い当たる節はあった。
あったからこそレイチェルは、彼女の言葉に何度か頷いて
見せてから、そう繰り返したのだった。
「……良い。それで、良い。解決はオレ自身がしなくちゃ
ならねぇ。ただ、さ。
あんたが、心の医者だって言うなら、オレは一つ、
あんたの考え方を聞きたいんだよ、紅蓮先生」
そう口にするレイチェルの眼差しは、真剣そのものだ。
確かに、態度こそ医者らしくないのかもしれない。
それでも彼女の語りを聞いている内に、彼女に胸の内の
疑問を投げかけてみたいという思いに、レイチェルは
至ったのだった。
「オレ、親友だと思ってた奴が居たんだ。
そいつ、女の子なんだけどさ。
気づいたらオレ……そいつを好きになっちまってた。
特別な存在になりたいって、思っちまってた。
ずっとずっと一緒に居たいって、そう願うようになってた。
それで、疑問に思ったことがあったんだ。
『親友』と『恋人』の違いって、何なんだろうってな。
それはただの、性別の違いなのか?
それとも、想いの強さか?
あるいは、もっと別の所に違いがあるのか?
オレ以外の人間の答えを、どうしても聞いておきたくて、な」
■橘 紅蓮 > 「それはそれは、苦労が多かったんだろうさ。」
飲み干す姿を見る。
吸血種にとって生命線のそれが、彼女に必須な物かどうかまでは調べていない。
ハーフである彼女にとって、生きるために必要なのか否か、それは分からない。
だが、おそらく彼女はしばらくそれを取っていないだろうことは想像ができた。
少しでも吸血鬼としての血が流れているのならば、それが無駄になる事は無いだろう。
紅蓮もまた、銀のパックを一つ取り出して、開封しては飲み干した。
決して、紅蓮は吸血種などではなく、この世界出身の普通の人間だった。
それももうずいぶん昔の事のように思えるが。
「言うに事書いて恋愛相談とは、いや、思春期らしい悩みと言えるんだろうね。
まぁ、いいさ。
ガキはその位で思い悩んでるのがちょうどいい。
しかし私の意見、ね。 それ、本当に重要なのかい?
私がどう答えたところで、お前の想いが変わるわけでもないだろうに。
変わったとしたら、それはもはや恋とか愛じゃないけどね。」
患者に対して自分の意見を述べるというのは、あまりしない事だ。
カウンセラーと呼ばれる自分たちの言葉は重く、相対した者への影響力は大きい。
ときに、その価値感すら変えてしまうこともある。
故に、あくまで聞き手役に留まることが多い。
だが、少女の真剣なまなざしに答えないわけにもいかない。
「『親友』と『恋人』の違い、ねぇ。
そいつとガキを作りたいって思えば、そりゃ恋してるってことなんじゃないかい?
親友相手に性欲を催したりしないだろって話さ。
思いの強さとか、性別とか、そんなものどうとでも言える。
恋人より大事な親友が居たっておかしくないし、親友より大事な恋人が居たって不思議じゃぁない。
そこを分けるのは、結局どう在りたいかだろ。
まぁ、私から言わせれば、『恋人』だの、『親友』だの、形にくくっちまう事こそ馬鹿らしい。」
溜息を吐く様にして。
「好きなもんは好き、でいいんじゃないのかい?」
ごく当たり前のようにつぶやいた。
■レイチェル >
「『形にくくっちまう事こそ馬鹿らしい』……か」
紅蓮が口にした言葉を、レイチェルは飲み込むように繰り返す。
それは、まさに自身が抱いている感情、思いを言葉にした
ものだと感じた。
「『好きなもんは好き』……ああ、そう、だよな」
『親友』だの『恋人』だの、そんな枠をすっ飛ばしてしまう
くらいに、ひたすら相手のことが好きなのだ。
どうしようもなく、好きなのだ。
一緒に居たいと思う。心配させたくないと思う。
傷ついてほしくないと思う。誰よりも傍に居たいと思う。
紅蓮の言う通り、彼女がどんな言葉を返したとて、レイチェ
ルの気持ちが変わる筈がなかった。
それでも、レイチェルは知りたかったのだ。
自分以外の者が出す答えを、聞いてみたかったのだ。
「……悪ぃ、変な質問だったかな。
それでも、どうしてもオレ以外の考え方を、
聞いておきたかったんだ。
それじゃあ、紅蓮先生。もうひとつだけ、聞いていいか?」
■橘 紅蓮 > 「変な質問だとは言ってないだろう。 多くの人間が通ってきた道さ。
それを馬鹿にするようなことはないよ。
あんたにとっては大事な事なんだろう?」
自分短くなった煙草をフィルターぎりぎりまで吸い上げてから、口の中で存分に煙の香りを楽しんで、輪っかになる様に吐き出した。
甘ったるい会話に、少しだけ苦いこの煙草は心地が良い。
「質問の多いガキだね、今度は何だい。」
それ以上吸えない煙草を携帯灰皿に落して、向き直る。
■レイチェル >
「……そう、だな。オレにとっては、本当に大事なことだ」
口にされれば、レイチェルはそう返す。
そう、自らの在り方を変える為に答えが欲しかったのではない。
それでも、目の前に居る相手の答えがどうしても欲しかった。
「オレさ。その、本当に大切な人を……裏切っちまった。
どうしようもなくなる前に相談しろって言われたのに、
自分も気づかない内にこんなことになってて……
自分の気持ち、身体のこと、どちらもちゃんと気づいて
なくて……それで、そいつのことを傷つけちまったんだ。
改めて、相談はするって、約束はしたんだ。
それを裏切りたくはねぇ。
でもさ。このオレの想いが……この重みが、
もしかしたら、あいつを傷つけちまうんじゃないか、
傷つけちまってるんじゃないかって。
そう思うと、どうしていいのかわから、なくて……。
気持ちは伝えた。この気持ちは、誰にも負ける気はしねぇ。
揺らぐことはない気持ちだ。それは、間違いねぇ。
けど……けどな。
親友を超えたこの想いって、オレの独りよがりでしか
なくて……そいつは、恋愛のことが分からないって言う、し
……」
深くにある内心を、目の前の相手へ吐露する。
相手は困ってしまうかもしれない。そう思いつつも、
この気持ちを誰かに受け止めてほしかった。
その一心で、レイチェルはその悩みを口にした。
「オレ、この想いを持ち続けてていいのかなって。
あいつに伝え続けてもいいのかなって。
本当に、全部を相談していいのかなって。
『好きなもんは好き』、そりゃそうだ。
けどさ。
それでも、やっぱりちょっとだけ、怖くなっちまったんだ。
……ごめんな、先生。こんなこといきなり相談されても、
何も言えねーかもしれねぇけど……」
■橘 紅蓮 >
「このアホタレが」
■橘 紅蓮 > レイチェルの額にデコピン一つ。
椅子から動かなかった白衣の女は初めて足を動かした。
思い悩む少女の前で腰に手を当て溜息を一つ。
「その思いを持ち続けるかどうか、それはお前が決める事だ。
他人が決める事じゃぁないだろう。
持っていいとかいけないとか、そんなものはないんだよ。
あるものはあるんだ、お前自身がそれに押しつぶされていてどうする。
相談するって約束したんだろう?
おまえ、その娘が同じように隠し事をしていて、いい気分するのかい?
打ち明けられるのと、我慢していられるの、どっちがいいんだ。」
元の位置に戻って、膝に肘を置いて、頬杖をつく様に。
「おまえ、また同じ過ちを繰り返すのかい?」
其れだけを告げた。
■レイチェル >
「……痛ぇっ! この……!」
突然のデコピンに、額を押さえるレイチェル。
先ほどまで弱々しい色を見せていたその顔に、
その一言とデコピンで、彼女『らしい』色が戻った。
凄まじい破壊力だった。
しかし紅蓮が言葉を紡ぎ始めれば、レイチェルはすぐに
視線を彼女へと戻す。真剣な眼差しが、再び戻る。
そうして、沈黙を幾らか続けた後に、彼女は口にした。
「……そうだな、そうだよな。
このオレの気持ちに、偽りはねぇ。
そのことが分かってるんだったら」
紅蓮の口から紡がれる言葉を、受け止めた。
ただしっかりと、受け止めた。
そうして自分の気持ちと改めて向き合えば。
胸の内から闇――泥の残滓が次第に払われる。
今、彼女の胸の内から消えていくもの。
それこそが、彼女の胸に残った最後の陰りだった。
「ぶつかり続けるしかねぇ……『オレ』らしく。
このどうしようもないほど大きな気持ちを、
自分自身が真正面から受け止めて……
そして、あいつと向き合って……」
あの日の、彼女の顔が過る。
もう二度と、彼女の曇る顔は見たくないから。
だから、自分の顔も、もう彼女の前で曇らせない。
曇って、たまるか。
オレは、あいつを照らしたいんだ。
――どんな障害があろうが、必ずオレが、あいつを幸せにしてみせる。
それは、大それた我儘で。どうしようもないほど身勝手で。
しかし、どこまでも純粋な『恋』の感情だった。
「……オレの『恋心』、ほんとどうしようもねぇんだな」
思わず、笑う。初めから、分かりきっていたことだった。
相手を想い、ボタンを掛け違えてしまうのは、既に通った誤りの道。
ならば、二度目は通らない。
紅蓮を見やる。
それは、先程までの彼女とは全く異なる、
微塵の陰りもない、真っ直ぐな心で。
■橘 紅蓮 > 「ふん……、もう私の手助けは必要なさそうだね。」
くぐもっていた顔は、過去の資料にあったような自信に満ちた顔に少しだけ戻った気がする。
まだまだ本調子には程遠いだろうが。
愛やら恋やらは人をよくよく濁らせる。
目の前に見えているはずの物を見落として、後悔してしまいがちだ。
「まぁ、お前らしい答えが出たならそれでいい。
あぁ、それでも一つだけ忠告しておくよ。」
持ってきた手荷物、トランクを片付けて、担ぎ上げる様にして扉に歩いてゆく。
「さっき、異能は願いの表出、そう言っただろう?
お前の異能は、時の進行を妨げ、自己のスピードを速めている。
それは、もっと早く駆け付けたい、駆けつけたかった。
そういう過去に描いたものが形になった物じゃないかと思ってる。
あぁ、もちろん推測だ、本気にしなくて構わない。」
「レイチェル、今あんたは。
過去ではなくて、未来を見ている。
駆けつけるのではなく、共に歩もうとしている。
時間を止めていては叶わない願いに、あんたは今『変わっている』
その意味をよく考える事だね。
その恋っていう感情と、その娘とどう向き合うのか。」
手をひらひらと振って、扉のノブに手をかけた。
■レイチェル >
「……お陰様でな。確かにあんた、立派な『心のお医者さん』
だぜ。ありがとな、本当に」
目の前のスクールカウンセラーを改めて見る。
酒は飲むわ煙草は吸うわ、全くもってカウンセラーなどといった
職の人間に思えぬ行動の連続だったが、それでも最後にこんな
自分の気持ちに向き合ってくれた。
『馬鹿』な自分を目覚めさせてくれた。
だから、満面の笑みを彼女に向ける。
それは、太陽のような笑みで。
「……」
去っていく彼女の言葉を受けて、思い返す。
そう、分かっていた。
あの日、自分は大切な人たちを救うことができなかった。
もう一歩速ければ、あと一歩が届けば、救うことができた
筈の、命。伸ばしても届かない手は、眼前で起こる惨劇を
秘するように、自分の視界を覆い隠すことしかできなかった。
それから、ああ。
いつだって。
救いたいと、手を翳《のば》した。
いつだって目の前へ、翳《のば》してきた。
認めたくない結末を覆い隠す為に。
救いたい者を、救う為に。
だけど、今は。
「……駆けつけるのではなく、共に――」
感じる。鼓動を。
聞こえる。胸の声が。
応えてくれる。心が。
自らの胸に手を置く。
既に沈黙した、消失した筈の、自分の奇跡。
その大それた奇跡の波動が。
「――歩む……」
今その形を、確かに変えて、
彼女の内に、新たに芽を――
――ドクン
■橘 紅蓮 >
「次に会う時を楽しみにしているよ。
もう、時を壊す必要はない。
お前はお前の時を歩みな。」
煙草を一本だけ咥えて、ゆっくりと扉を閉めた。
次に会う時の彼女は、『時空圧壊』ではなくなっている事だろう。
さて、今度はどんな奇跡が彼女に起こるのか。
「……なに? 敵に塩を送るのかって? 馬鹿を言うなよ。
碌に戦えない奴なんて敵ですらないさ。」
どこからか聞こえる言葉に、らしくない言い訳をした。
ご案内:「レイチェルの病室」から橘 紅蓮さんが去りました。
ご案内:「レイチェルの病室」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「山のバンガロー」に烏丸 九郎さんが現れました。
ご案内:「山のバンガロー」に雪城 氷架さんが現れました。
■烏丸 九郎 > 夏も終わりに近づき、山の中は少しだけ早った虫の声が聞こえる。
音界覇道爆進部(総勢2名)の合宿地であるバンガローでは
この夏の間、楽器や歌声が聞こえていたが
最終日である今日は午前中にあっても比較的静か。
「ふあぁぁぁぁ…氷架、おきてっかー…」
ちなみに昨日は夜遅くまでゲームをしていた。
烏丸九郎は音楽馬鹿ではあるがそれ以外の娯楽も年相応には嗜む。
いかに才を持っていても音楽にもインプットは必要なのだ。
■雪城 氷架 >
「起きてるよ、何だ」
タオルケット1枚を被って寝っ転がる年端も行かぬ少女…に見えるだけの華奢な少女
スマホを充電ケーブルに繋いだままうつ伏せで何やらゲームをしていた
夜遅くまでゲームをしてたにも関わらず、またゲームをしている
返ってきた声はほんと少しだけかすれ気味
連日歌に付き合い、ゲームで騒いで
普段友人も多くない少女にとっては結構喉を酷使した日々だった、かもしれない
■烏丸 九郎 > 「朝飯……」
隅っこに転がってる荷物を漁って
ブロック型携帯食の箱を二つ取り出し
一つを少女の背中にぽいっと投げる。
フレーバーはチョコレート。
学生で男女二人と言うのに何のイロケもない毎日であったのは
この男が歌バカであったからに他ならない。
ついでにと冷蔵庫からペットボトルのアイスコーヒーをグラスに注いで
■雪城 氷架 >
「あー、起きるかー…」
朝飯を投げられ、ゆっくりと身を起こすと両手をあげてぐーっと背を伸ばす
寮と違って開放感はあるものの、山の過ごしやすい気候もあってかついついだらける
…もっともこの少女は寮でもだらけているけれど
「今日はもう帰るんだろ?」
なんか一生分ぐらい歌ったりなんだりした気がするし
帰るなら帰るで、楽器なんかもあるから身支度にそれなりに時間がかかりそうだ
投げられた朝飯の箱を開けて一つ咥えつつ、手櫛で髪を整える
結局、母親や括流が心配していたことなんて何もなかった
当たり前といえば、当たり前だが…この男に何を心配するんだ
■烏丸 九郎 > 「そーだな。夕方には帰ってーってとこだ
朝からバタバタしたくねーしな」
氷架と同じように箱をあけ一つ咥えつつ
頭をガシガシ。
こいつは初めからボサボサ頭なので別に髪型を気にした様子もなく
立ったままもぐもぐとブロックを咀嚼しコーヒーで流し込む。
お互いが学生であるためか
行儀だ何だを言う人間がいないせいでヒジョーにだらだらとしている。
「歌はもとから俺が認めるくらいだからいいけどよ
ギターの方はどうだ?
短期間で詰め込んだにしちゃ良く出来てるほうだとはおもうがよー」
とはいえ歌バカ。目的は見失っていない。
■雪城 氷架 >
「弾くことには慣れたけど、譜面通りに…ってのはどーかな…」
指サックを使っているとはいえ、連日にギターの弦を触っていると指が少し痛む
もっとも、チューニングの仕方すら知らなかった当初と比べれば上達はしただろうか
せっかく自分でバイトまでして買った最初の楽器、というのもあって、意欲だけは一人前である
「ていうかやっぱ人たんねーって。
いくらお前が色々楽器やれるったって…
新学期はじまったら本格的に探してみたら?」
自分が探す、とは言わない
なぜなら友人を作るのも苦手なくらいに人との距離感がわからないからである
■烏丸 九郎 > 「そいつはおいおいでいい。
とりあえずは歌えて弾ける様になってりゃジョートーだろ」
意欲的な少女の心意気を買うように、少女の上達を素直に褒める。
ともに歩んでいく相棒にやる気があるというのは喜ばしいことだ。
しかし、彼女の言う通り二人三脚では流石に音楽活動を行うにあたっては無理が生じるのもまた事実。
「俺たちについて来れるやつがいりゃいいがな。
ゴタゴタで俺たちの歌が歌えなくなるってのが一番めんどくせえ。
俺だって夏休み前に復学したばっかだから当てもねぇ。
とりあえずできそうなやつを探しちゃ見るがな…」
彼女に歩み寄りつつ
おまえもコーヒー飲むか?とグラスをさしだし。
メンバーを増やすことに異論はないが
人が増えれば面倒事が増える。
音楽性、色恋、メンバー間のいざこざ
それらで解散を迎えるバンドは星の数だ。
■雪城 氷架 >
「まぁそれに、男女二人ってのは、色々あるしな」
今回の合宿の経緯だって、振り返ればひどいものだ
母親にはあらぬことを心配され、括流には余計な気を効かされ
年頃の男女が二人きりで出かける、というのは特別なことなのだと思い知らされた
「まぁいいじゃん。ゆっくりで」
学園祭なんかがあるなら、それもまた彼にとっては意欲を激増させる要因となるだろうが
…あの学園、そのへんの催し物はどうだったっけ…なんて考えながら、珈琲の入ったグラスを受け取る
■烏丸 九郎 > 「?そうか?」
彼女の言葉に首を傾げる。
男女二人で音楽の練習をすることに何の問題があるのだろうか?
首を傾げつつ箱からもう一つブロックを取り出して咥えた。
男女間に何があるかわからないでもないが
そういう間柄ではない自分たちにそういう事が起こるのでは?
と思われることに理解が及んでいないのだ。
「それもそうか。
つか、メンバー集める前にもうちょっと仕上げておきてーしな」
特に氷架の技量の向上は最優先。
音界覇道爆進部はツートップの部活だ。
自分一人ができるというだけでは片手落ちだ。
■雪城 氷架 >
「そーだよ。
私やお前が何も思わなくても」
「周りはそうは思わないだろ」
手串で整えていた髪をいつもどおりの二つ結びに、くるんとリボンでまとめて、いつもの髪型
「お前は周りのことなんか気にならないのかもしれないけどさ」
やれやれ、とため息を吐きながら、ふと気にかかって…
「九郎って家族はどうしてんの?」
■烏丸 九郎 > 「そういうもんか?
よくわかんねーな」
ブロックをサクサクと咀嚼してから
彼女に手渡したグラスをヒョイッと取ってコーヒーを一口のんでから返す
「そうでもねぇぜ?俺は俺の歌を聴かせるし、俺の歌を圧力で変える気はねぇが
オーディエンスの反応ってのはテンションに関わってくるからな。
アガんねーよりアガるほうがいい声が出るってもんだ」
そういうことではない。
話が家族の方に向くと少し不思議そうに
「あー?本土にいるけどそれがどーしたよ」
■雪城 氷架 >
「そういうもんなんだよ」
手に戻ってきたグラスを少し回転させて口元へ
「いや、周りってそういう意味じゃなくてだな…
ああいいや。お前と話してると疲れる……」
わざわざ説明してまでどうこうという話でもない
相変わらずの音馬鹿というかなんというか。わかりきってたことだけど
「ん…心配とかされねーのかなって思って」
■烏丸 九郎 > 「他人のそういうことに口出しして疲れねーもんかな
そういうときは歌ってりゃ気も紛れるってもんだろうによ」
スカッとしねー話だなとやや不満げ。
アナーキストではないが抑圧を嫌う
そういうところはアーティストらしい気質かも知れない。
「疲れてんのかよ。
メシたりねーか?
ま、昼飯にゃ余ったもん全部食っちまおうぜ。
もったいねーしよ」
ちがう、そうじゃない。
だが彼自身は素知らぬ顔で
「さーな。家は出たからよくわかんねぇな」
■雪城 氷架 >
「皆が皆お前みたいに能天気じゃないんだって…。
いや、だから……もういい…飯は食うけど」
これだから音馬鹿は…と呆れ果てる
きっとこいつの頭の中には歌のことしか詰まっていないのだ
「家を出たって、何でだ?
イヤ、別に言いたくなきゃいいけど」
自ら家を出る…つまり家族と離れ離れになる
生まれたときから、暖かい家庭にいた少女にはそれがよくわからなかった
■烏丸 九郎 > 「能天気ぃ?
馬鹿野郎おまえ、脳天気なだけじゃ人の心に響く歌は作れねぇだろうが
明るい歌だけしか歌えねぇってんじゃ音界の覇者の名折れだぜ」
一応人間としての機微は持ち合わせているし
感情、思考、さまざまな部分を汲み取る事はできる。
作詞、作曲を手掛けるにあたってそれくらいは可能だ。
だが、それらを汲んだ上で自と他を完全に切り分けている。
歌しかないのは事実だが、歌を歌うために人として必要な部分をなくしているわけではない。
常識的とはいい難いが。
寝間着につかってたシャツを脱ぎ捨てて新しいものに袖を通し
「なんでってそりゃ…
家族だろうとなんだろうとな
俺の歌は止めらんねぇってこった」
■雪城 氷架 >
「フツーのヤツは歌ったぐらいじゃ気は晴れないんだよ。お前は晴れそーだけど」
相変わらず、人とはズレた位置にいる少年を見上げて、ため息
そういう話じゃねー、と言ったところでよくわからないだけだろう
「…ああ、うん、なんとなく想像ついた」
勢いだけで合宿なんかまで立ち上げるヤツだ
きっと勢いのままに家を出たんだろう
その行動力は驚嘆に値する
「不安とか、ねーのな」
この年齢で、自分を守るであろう親元から離れるというのは、怖いこと…だとも思うのだが
■烏丸 九郎 > 「ふぁっふぁらおえおうはひはへてはりゃひゃいーらろ」
流し台の前で歯ブラシを口に突っ込んだまま
またズレているであろう返答を少女に返す。
ガラガラとうがいをおえて、口元をタオルで拭きつつ少女のもとへ戻ってきて
「ねーよ。そんなもん
俺はできるし、俺はやる。
いや、俺にしかできねぇ
俺にしかできねぇなら失敗はねぇ
なんせ、俺以外のやつにはできねぇんだからな
家にいたらそれができなくなるなら
出てくのがあたりめーだろ?」
根拠のない自信だと人は言うだろうし、実際そうなんだろう。
だが、迷いはない。
■雪城 氷架 >
「何言ってっか全然わかんないぞ」
まぁ、どうせまたズレた回答が返ってきてるんだろう
「お前のそういうトコはちょっと羨ましい気がする」
根拠のない自信かもしれないが、それを持てる人間は少ない
人によってはそれを馬鹿だと笑うだろう
しかし行動を起こすそれは、行動を起こさないそれに比べれば、遥かに───
「たまには連絡とかしてやれよ。心配させてるかもしれないんだし」
まぁ余計なお世話だろうと思いつつ、ようやく立ち上がって
■烏丸 九郎 > 「だーから、歌って晴れねぇなら
俺の歌でも聞かせて晴らしてやりゃいいだけだってこった」
大きく伸びをすると
体がゴキゴキと鳴った。
「ばぁか、そんで…
そのためにはおまえが必要なんだからよ。
おまえも自信もっていいぜ?
いや、もてよ」
羨ましいという少女。
できると叫び続ける自分が認めた少女だ。
羨ましいではない。おまえもそうなのだと鼓舞するように。
「萎えることしか言われねぇだろ。今なんか言ってもよ。
俺の名が、世界に響き始めた時、やってやったぜ見てやがれとでも言ってやるさ」
顔洗えよと、少女にタオル投げ。
■雪城 氷架 >
そういうことは馬鹿にしか考えられないし、こいつは馬鹿に違いない
光と闇の馬鹿がいるなら、こいつはきっと光の馬鹿
「はいはい
まったく変なやつに目をつけられたもんだな」
タオルを受け取って流し台へ
着替えは…後で良い
さすがにこの場でするほど常識欠けていないし
男ってそういう時便利だよなと思う
「──ま、そうかもな」
勉強しろ、まともに働け
音楽なんかで食っていけるわけがない
そう考えるのは当然で、そういう心配はもっともなのだ
自分は、どうだろうか
この馬鹿と一緒に本気でそんなステージを目指せるだろうか
学生時代だけの道楽だと思っているかもしれない
本気の夢に付き添うなら、それなりの……───
顔を洗って、薄く化粧水を叩く
タオルで水分を拭き取って戻れば、まぁすっぴんだが普段から薄化粧なので大差はない
「まぁ、私がお前についてくかどうかは、在学中に決めるよ。
自分が将来やりたいことも…見つかるかどうかわかんないし」
■烏丸 九郎 > 「目をつけられたってな…しかたねーだろ
俺は俺が歌えりゃよかった。
けどな、お前にあって、おまえの歌も聴きてぇって思ったんだからな。
見つけたって言うよりも、おまえがそんだけ光ってたってこった」
彼女には再三言っていることだが
彼女の声に惚れ込んだ。
だからこそみとめ、だからこそともに進もうと誘うのだ。
カーテンをあけると朝日が眩しい。
眩しいが、日差しは合宿をはじめた頃に比べれば柔らかく感じる。
少女が戻ってくるまでに
軽くゴミを拾っておく。
帰りになって慌てるのもめんどうだ。
というか、長期滞在中ろくに掃除もしなかったもんだから結構散らかってる気がする。
氷架が隣に戻ってくればニヤリと笑って
「おう、そーしろよ。
お前がやりてーこともそういや聞いてねぇしな。
お前が別の道に行きてぇってならそういうのもありだろーしよ」
不意に傍らにおいてあったアコースティックギターを拾えば大きくかき鳴らし
「でもな、たまには俺にも付き合ってもらうことにはなるぜ?
なにせ、覇王の椅子に一人ってのもあじけねぇしな」
■雪城 氷架 >
「やりたいことなんてない。だからお前に付き合ってやろうって、今ここにいるんだよ」
よいしょと座り込む
山の中なのもあって、夏の緑の香りが強い
「でもこれから見つかるかもしれない。
ていうか…学生のうちに将来やりたいことが決まってるヤツなんてレアなんだよ」
そう、隣のコイツみたいなやつは希少だ
大体の学生なんていうのは、学生でいるうちに時間に追われるようにして、狭められた道を選ぶ
自分の能力を知り、限界を知り、得手不得手、向き不向きを知るために在るのが、学生という時間だ
「だからそれが見つかるまではお前に付き合ってやる。
別のものが見つかったら、別の道を行くことになる。
それでもまぁ…思いもしなかった道を示してくれたことには、感謝してる」
ずっと思っていたことを、口にする
そして隣のこいつはわかっているのだろうか
誰か一人の生き方を自分に付き合わせる、ということの意味を
「でもそうなったら」
「ちゃんと責任とれよ」
■烏丸 九郎 > 「たりめーだ!!」
少女の言葉に笑みを深くすれば
隣に座る少女をまっすぐに見据えて
「お前にやりてーことが見つかんなくても
みつかっても
俺と同じ道を行くにしても
別になるにしてもな」
道を違えてしまったとしても、一緒に進んだとしても
今ここで過ごしている時間は偽りようのないこと。
自慢させてやる、誇らせてやる
この時間を、この学園で過ごした時を
そう、俺が
「お前を、一番景色のいい場所につれてってやるぜ!!」
■雪城 氷架 >
「お、おう……じゃあ、よろしく頼むわ…」
即答、かつ、断言
熱量の違いにちょっとたじろいでしまうが、
今後こいつに付き合って行くとしたらこの程度でひいていてはきっと身が持たない
「さて…そんじゃあ…どうする?
まだ出るまでは時間はあるだろうし…」
荷物を纏める時間は必要だろうから、楽器類は兎も角として…
外へ出て山へ向けて歌うくらいなら、できるか
■烏丸 九郎 > 「まかせろ。方舟にのった気分でな」
たじろく氷架の肩を軽く叩いて
吹き込む風に目を細める。
耳に聞こえる葉鳴りは山の奏でる音楽めいて
「復習がてら歌ってくか!
いこうぜ」
ギターを肩に担げば、テラスに出る窓を全開にして
山に向かって叫ぶ
「いくぜぇ!!音界覇道爆進部!!!」
■雪城 氷架 >
大船じゃねーのかよ
泥舟よりはマシだけど
そんなことと思いつつ、やれやれと立ち上がる
ギターを担いで先を征く背中を眺めながら、思う
やっぱり部活の名前もうちょっとまともなやつに変えたがよくない?と
「…超こっ恥ずかしい」
周りに誰もいない山の中で良かった
今後のことを考えるとやや先が思いやられると共に、
本気では音界の覇者なんてものを目指そうとするこのバカの行く末を見るのも、
それはそれで楽しそうな学園生活かもしれない
そう思うのだった
ご案内:「山のバンガロー」から雪城 氷架さんが去りました。
ご案内:「山のバンガロー」から烏丸 九郎さんが去りました。