2020/09/18 のログ
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」に神名火明さんが現れました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」にマルレーネさんが現れました。
神名火明 >  
風紀委員からの厳重注意を受けて数日。落第街施療院の様子を見たり、ひたすら眠ったりという日を過ごした。本当は即日駆けつけたかったけれども、訪い人の多いという彼女の病室に押しかけて疲れを溜めてしまうことは避けたかった。

「なんですぐに来てくれなかったの~、とか言ってくれたり…はしないよね~、なんて」

抱えているのは花束や果物という見舞い品ではなく、共通の友人に話を聞いたがゆえに用立ててきたお気に入り。たくさん読んで今も読むものを、彼女に渡そうと思ってきた。いかがわしい本ではない。

「マリー。私、私ー。入っても大丈夫?」

眠っているかもしれないし、不在かもしれない。曰く、もう外を歩いているという話は聞いた。元気ならばいいことだ。

マルレーネ >  
「………………。」

しばらくの間があった。 その上で。

「……あ、大丈夫ですよ。鍵も開いてますから。」

小さな声が響く。
扉を開けば、軽く上体を起こして窓のカーテンを開く、金色の髪をした女。
黒い検査衣は修道服と似たイメージを持つだろうか。

振り向けば、にへ、とゆるく笑った。
 

神名火明 >  
「おや~…?」

らしくない、と言うのはちょっと早計だろうけども。寝ているか、不在なのか。首を傾いでしばし。しょうがないか、と肩を竦めて踵を返したところで、

「っと…!あぶないあぶない、いっちゃうとこだった。はあい~、お邪魔しま~す」

呼び止められたように大げさな挙措で振り向いて、扉を開けた。いつもの微笑が目に入ると、見えざるこわばりが私の気持ちからも取れた気がした。椅子を引いて、ベッドの横につけると、座って、膝の上に本を置いた。

「こんにちは、マリー。具合はどう?ごめんね、お見舞い来れなくて」

その表情から、挙動など。それだけで知れることが多い。朗らかな微笑みで応えながら、嫌味にならない程度に視線で『診察』をして…それでも隠しきれない。彼女が起きて喋ってくれていることに、よろこびの色が表情に出ちゃう。

マルレーネ >  
「ごめんなさいね、ちょっとだけうとうとしていて。」

苦笑しながら返事が遅れた理由を伝え。
目の前で座った相手に、こっちもへへへ、っと緩く笑う。

「具合は、まあ、………隠しても仕方ないですからね。
 ちょっとだけいろいろ、ガタは来てますし。
 1日で1時間くらいしか眠くならないんですよね。」

とほほ、と頬を少し掻いて。

「……でも、来てくれて嬉しいです。」

ほら、と少しだけ身体を動かせば、ベッドの端をぽんぽん、と叩いて。
おいで、と。
 

神名火明 >  
「あ。起こしちゃった? ごめんね~」

添い寝してくれた時はそうやって謝ってくれたかな。会いたいという気持ちで邪魔しちゃったなら申し訳なさが募るけど。

「手も、ちょっと…握力もどってない?うごきが微妙な感じするよね。眠気そのものが来ないとなると、ちょっとつらいかな。心と体が休まるならいいんだけど…治る見込みとかは、きいてる?」

凡そ通常の人体なら余裕で死ねていそうな量の投薬が、あの夜に軽く診た限りでも伺えた。無事に起き上がってくれたことに喜ぶ反面、もう回復の兆しにあることに若干の戸惑いもある。病院が休ませてはくれているのだろうけど、すぐにも出ていってしまいかねないか…という不安。それでも、隣を示されると嬉しそうにしちゃうんだけど。

「………、はい。 主の御心のままに」

では、その御前に、謹んで寝台の一部を拝借。彼女のほうを見て微笑んだ。

マルレーネ >  
「いいんですよ、半分寝て、半分起きてるようなものだったので。」

ああ、………よくわかりますね、と、左手を握ったり戻したりしながら、少しだけ微笑む。
上体を起こしたまま、左手を見せるように。

「握力と目は、ほどなく治るとは聞いてますよ。
 ちょっとだけ、目がぼやけるんですけど。」

焦点が少しだけ合わない目を軽く押さえながら、んぅ、と唸る。

「………まあ、大人しくはしていますからね。
 今は身体も休まっているとは思います。 ……不思議と、眠くならないんですよね。
 まあ、最初の方は眠ってもいろいろあって起きちゃう、って感じだったんですけど。」

はい、ととなりに座る彼女を抱き寄せながら、自分の膝の上にころん、と転がして。

「ただいま。」

改めて、見下ろしながら笑った。
 

神名火明 >  
「本を読んでいるときに、ちゃんと集中できるとか。内容をちゃんと覚えていられるとか…そういうのがあるなら。ふふふ、ちょっと前までの私を考えると、無理してでも寝なさーい!とは言えないからね~。…それがちゃんと治るまでは、今まで寝てた時間だけでも、おとなしくする時間は取るように、ね…わっ」

休まなくていい分たくさんお仕事が出来てお得!とか、元気になったら言い出しそうな危うさがある。それでもお小言というには声は優しくなっちゃうし、転がされちゃうと驚いた風な声を出すけど、その膝の上は…やっぱり心地よくて。眩しいものを見るように目を細めて、もたげた手で彼女の頬を撫でる。

「………、おかえりなさい」

その言葉で何かが緩んだ。うわ言のようにつぶやいた。涙が滲んでしまうのをどうにか耐えた。

「ほんと、すごいタイミングでいなくなっちゃうんだからさ…」

困ったような笑顔でそれをごまかそうとする。ちゃんと此処にいてくれることが嬉しくてしょうがなかった。

「あなたをみつけた、あの後から、二日くらい家でずーっと寝ちゃってた。あなたが眠れてないときなのに。ちゃーんと休んだよ。あなたを探して、いろんなところにいった」

マルレーネ >  
「そういうのは、あんまり。
 一生懸命読んでますからね。集中も出来てますし、長い時間起きてられるだけで。
 ただ、どこかで反動で眠くなるかは、ちょっと怖いですけどね。」

大人しくすると言われれば、てへ、と笑う。
やることたくさんあるし丁度いい、と思ってた顔だ。

「そうだったみたいですね。
 ……あんまりよく覚えてはいないんですが。」

相手が、自分が何をされたかを知らないのはなんとなく、分かった。
だから具体的には口にしないまま、目を細めて頭を撫でる。

「でも、がんばって探してくれたって、聞きましたから。」

うん、うん、と頷きながら、額を撫でる。
 

神名火明 >  
「………そっか」

よく覚えていない。その追及を避けるような言葉をあえて口にしたことの意味に、なんとなく感づけないほどには鈍くはない。話してくれないことも、こちらのことを考えてだろうとは思う…けどちょっと複雑そうにした。でもそれは、彼女を担当する医者の役目。自分はそれを訊く権利は、ない。撫でられると居心地がよくて、目を細めた。

「うん。休めって言われてすぐは休めなかったんだ。最初はね、歓楽街のすみっこのほうを歩き回って…そうそう、ここ何日か、施療院も見てる。荒らされたりはしてないみたい。お掃除もしたりした。これから過ごしやすくなってきそうだけど、夏はたしかに暑そうだったね」

冷房もないとは言われていた。思い出して苦笑しながら、ちゃんと場所もわかってますよ、なんて笑って。

「実習区のほうでさ、クロエちゃん…不思議な女の子と会ったの。弟くんに会ったらよろしくー、って。そのあと、開拓村のところで回診したりしながら、焚き火をたくさんの人と囲んで、野菜がごろごろしてたシチュー食べさせてもらったんだ」

旅のお話。彼女があの時、浜辺で聞かせてくれたよりも遥かに短い時間の話。

「荒野も山も空がすごく高く、広く感じたよ~。キャンプなんて実習でやったきりだったけど」

それでも明かりがあった旅路の話をしていると、ふにふにと彼女のほっぺを指で押した。

「こういう旅を。もっと激しく途方もない旅を。あなたは、してきたのかなって…考えてました」

マルレーネ >  
「………そりゃ、まあ。」

すぐには休めなかった、を指摘することはできない。

「逆の立場なら、私も休んでませんしね。
 ………ありがとう、でも、落第街の施療院は危険だから、一人ではあまり行かないようにしないとダメですよ。」

言いながら、苦笑をする。
私に言えた義理ではないですね、と苦笑い。

相手の言葉に、うん、うん、とゆっくりと頷きながら話を聞く。
必死に歩きながら、いろいろな経験をしたんだろう。


「………でも、私は。
 焦燥と不安で塗りつぶされるような旅は、あんまり経験が無いから。
 ごめんね。」

「もっと楽しい旅を、最初にさせてあげれたらよかったなって。」

頭を撫でながら、そっとその頭を抱く。


「………私の旅は、そりゃあもう。
 もっともっと、長くて平坦ですよ?」

にひ、と笑いかけながら。
 

神名火明 >  
「ふふふ。 お医者さんは強いんだよ? 腕っぷしなら負けやしません。でも、それならそうだ。あなたの言うとおりにします。必要ある時に、だけ。…あ、でね!輝ちゃんが凄かったんだ。空飛んだのも、はじめてだった。あの子のお顔、すごく可愛らしくてね」

ぐっと握りこぶしを見せちゃうけど、そうだ。言うことは聞きます、と言ったんだ。妄りに足を踏み入れることはありません、と肯いた。そういう約束。


「……………、もう」

抱かれながら、軽く頬を、ぷにっと引っ張った。

「そういうお話をしなかったのも、あなたでしょ」

辛いことは、あえて伏せていた。あの浜辺の話はそういうものだった。ただ、楽しかったと、そう笑っていたのに、狡いよ、って笑って、その震えた声は、うん、すこし泣いてしまった。

「不安で、不安で………しょうがなかった。嫌な夢もたくさん見た。医療関係ないとこであんまり泣いたことなんてなかったのに。もう会えないんじゃないかって、手遅れなんじゃないかって考えちゃったこともあって……」

終わらせる選択肢はいつでもそこにあって、そちらにアクセルを切るかどうかだった。私はそれでも膝を屈することなくどうにか進むことができた。

「でも、信じたから、立ってられた………のかな。あなたを信じようとしたから…。そうすることが、大事なのかなって、おもってた。 あなたは…いつ終わるともしらない森も草原も、洞窟の闇も、そうして照らして超えてきたの…?」

なんで逃げずに居られたのかは…正直な所、よくわかってなかった。

マルレーネ >  
「……? そうなんですか? 実際の強さが分からないと、ちょっとばかり不安なんですよね。」

それはそれ、真っ当な不安。
実際に手を合わせたことは、無かったはず。
それでも、輝の顔に話が及べば。

「ちょっとだけズルい? 私もまだ見たことないのに。」

くすくすと笑う。


「………。
 うん、ごめんね。 すごく、不安にさせちゃった。」

 辛かったよ。
 旅も、今回も。 たくさん辛かった。
 貴方にはつらい話も、全部するって言ったのにね。
 嘘ついて、ごめんね。」

抱きしめる。泣いてしまった相手を上から包み込むように、ぎゅ、っと。


「………私は。」

言葉に詰まる。
神はいない。 その言葉が頭に引っかかって。
すらすらと、まるでそれが当たり前かのように出てきた言葉が出てこないまま。

「……怖いと思うなと、教育されてきたので。
 旅に出て、少しでもお金を稼げと。
 有名になれと。
 そのためなら、危険を冒すことも当然なのだから。
 怖がって戻ってくる人間は必要ないと。

 だから、暗闇であっても怖がらないんです。」

神の試練だと思って、という言葉は出てこない。
そんな彼女の口から語られるのは、真実のみ。
  

神名火明 >  
「………いいの」

入院患者に気を遣わせてしまうなんて、いよいよ末期だなあ、なんて思う。主の愛にすがるように、それでも身を擦り寄せて、首を横に振って。

「だれかに、それをいわない理由だって、わからないほど…ばかじゃない、と、おもう」

参っていた自分が、その話をまっすぐにされて、マリーのほうに心を砕いていたら。きっと休めないと、思ってくれたのかもしれない。知りたいという気持ちはわがままで、彼女は自分を見てくれていたはず。

「偽ることなかれ、って、私欲のためにはってことでしょう…。
 私が、あなたに信じてもらえるほど、強くなかったんだ。あなたになにも返せてなかった。小さい子供みたいにみえてたのかなって、思った。謝らないで…ください。頼ってもらえるように、うんとあなたを信じるから…。いまも、あなたは辛いのに、こんなで…ごめん」

すぐに甘えて本音がでてしまうなんて、いよいよだめだ。ぐずるように鼻をすすり、どうにか呼吸を整えた。けれど。視線は…す、と向いた。

「マリー…?」

それを。 おかしい、と。思うほどの聡さは、あった。言葉を疑うことはなく。ただ剛健なる心身の裏付けが端的に語られること、それそのものが可笑しいと感じた。『大事なものが足りない』。『あえて排除されている』。うでのなかで、彼女を見上げた。

なんでそんな言い方をするの…?

マルレーネ >  
「ふふ。 なぁに、失敗ばかりしてきましたからね。
 そうそう、すぐに話すと恥ずかしいじゃないですか。」

ころりころり、と笑って。

「だから、私欲のために嘘をついちゃいましたから。
 いいんですよ。 私はずっと一人旅だったから。
 人を信用するの、苦手なんです。 本当、ダメですよね。 信じてほしいって言いながら、人を信用できないんですもん。」

甘えて、鼻をすする相手の頭をよしよし、と撫でる。


「………もうちょっとわかりやすく言った方が、いいかな。
 神の名のもとに、死んでこい、って教育しか受けてないんです。

 だから、何にも怖くない。 それに慣れちゃって。

 しばらくして、おかしいことには気が付いたんですよ? でも、………うん、慣れちゃって。」

ダメですよねー、って、苦笑する。
神はいないと言われて、必死に隠していた本音がぽろりぽろりと漏れていく。

「………それでも、真っ当に頑張る姿を見てもらっているって、信じているんです。」

困ったような顔。 自分でも、あまりに滑稽だと思う。
 

神名火明 >  
「裏切られるくらいなら、最初から信じないほうがいい…とか」

呟いたのは、なにも彼女の言葉を代わりに次ぐ、という意味ではなくて。

「生命の神秘…活力、生きようという意志は私も信じたい。けれど心の善性というと、どうかな…。私自身がさ~、やっぱり、悪い子だから。よく知らないだれかを心から信用できるかっていうと、ちょっと自信ない。こっちは本気で治したのにって、浜辺でちょっと言っちゃったアレ、ね。
 信じてもらうほうが、痛くない。信じて期待すると裏切られた時、いたいもん。なまじひとりで立っていられるなら、むりに相手を信じる必要がないのは確かかな。
 でも…どうなのかな…マリーは『信じたい』とは思う?」

もっと人を信じなさいなんて、どの面さげて講釈垂れられたものか。いつか彼女に、知ったふうな口をきいたこともあって、それが恥ずかしい。
あんなことをされても…とは、さすがに言えなかったけれど。他人に寄りかからずに立ち上がれる強靭と卓越の持ち主に、すこし不躾な問いだったかな。

「私はあなたのことを信じてる。でもこれは、私が勝手にしていること」

なにかがあっても…裏切ったな、と声はあげない。

「……………、マリー…」

おかしい、という言葉に、目が細まった。信仰の…否、『信仰を広めている組織』に対しては涜神ともいえる言葉に、思い至った。頑強すぎる肉体の持ち主に『耐久試験』を行う場合の責め苦が、『薬剤投与』と『身体的な拷問』だけに限っているはずがない。

少し考える。

「もし…………」

「いかにも神々しくて、すごく立派なことをいう、ひと…。たぶんなんかそうなんだと思えるひとがでてきて、『私があなたの神様です』とふるまう人に対してさ、マリーは、そのひとを、いままで信じてた神様とおなじものだと…信じられる?」

ものすごく、変な問いかけになってしまったけど、まっすぐにあなたを見上げて。

マルレーネ >  
「………私はいつだって信じています。
 でも、そういう意味なら、私はきっと"期待"はあんまりしない、のかもしれないです。

 期待しないから、自分がやらなきゃ、って思っちゃうのかも。
 人に信じろって、なかなか言えなくなっちゃいそうですね。」

苦笑をしながらも、それでも目を細めて。


「………それは、とても素晴らしく尊敬が出来る"人"だと、私は思いますよ。」

信じない、とすこしだけ首を横に振って。

「それでも。」
「神ではなく、助けてくれたのは貴方や、この島の人です。」
「私は、そんな人のために動きたい。 そう思えたんですよね。」

見上げられながら、神を失った女は、それでも穏やかに微笑んだ。
 

神名火明 >  
「難しいこと、だよね…。一方的な期待は、負担とか、相手のことをみていないともいえる。せめて信じて、期待して、っていうほうが、かんたんなんだ。…甘やかしちゃうわけじゃないんだけど。
 もしそれでも、期待したいって思った時に不安があったら…相談してね?」

イエスマンになるつもりはなかった。けれどもそうして自分より長く活きてきた彼女の姿勢を、たかだか繰り言ひとつで変えてしまっていいわけがない。
 
「そう、それ。会話ができて自分がこうやって認識できてしまう相手はどれだけ異能が強かろうが大きい魔術を使えようが、きっと私も『ひと』としか思えないと思うんだ~。それが神様を名乗ろうと、同じ『ひと』でしかない。同じ枠組みにとらえられる存在じゃないんだよね、神様って…きっと、高次の存在だ」

思ったとおりのこたえが返ってきたことに、嬉しそうに笑ってから、一拍の間を置いて。

「偽ることなかれ、というなら…ごめん、はっきりいうね。

 私は、神様なんていないと思ってた」

それは、医者、という、医師会のほんの隅っこにいただけだとしても、わずかばかりその肩書を背負わせてもらっていた自分の価値観だった。

「ううん、実際に居るか居ないかなんてどうでもいいってのが、正しい、かな。
 私にとってはさ~、信仰とか宗教とかは、『それがいかに人を活かすか』、そこに価値のある、『道具(ツール)』だった…私たちはマンパワーと、多くの人がしてきた研究、実証、協力、支援、患者さんの生きようとする心とかで、奇跡と呼べることを、何度かしてきた。その生きる意志を助けるなら、それはきっと価値があるもので…私があの修道院にお祈りに行ってたのも、『よし、がんばろ!』って願掛けだったんだよ」

こうした告解は彼女への冒涜だろうか。見上げた視線にすこし不安そうな色が混ざったけども、ここで口を閉ざしてはいけない気がした。まっすぐに笑う彼女の言葉を全肯定するべきではなかったか。違った。違うとは言わないまでも、言わなければならなかった。

「……………『それでも』、神様がいるとしたら、どこだと思う?」

正解のない問題を、ぶつけてみた。色々教えてと言ってくれた彼女への最初の質問にしては意地悪だったかもしれない。

マルレーネ >  
「………ふふ、その時にはね。
 でも、未だに私は自分でやろう、って思ってるんですよね。

 ………やりたいことが、たくさん、たくさん。
 とってもたくさんあるんですよね。」


「うん。
 ………分かるよ、分かります。
 神は、何もしてくれない。 見ているだけの存在です。
 人を救うのは、貴方のような人です。」

全く怒らなかった。むしろ、それに同意する。
うん、と静かに頷きながら、相手の言葉を噛むように。


「………。」

少しだけ、困ったような顔で首を横に振った。
神はいない。 それが刻み込まれてしまって、目を伏せる。
 

神名火明 >  
「それなら。しっかり元気にならないとね。お目々も手も、ちゃんと治して。畑仕事の疲れでぐっすり眠れるようになって。
 これから先にもたっくさん時間は残ってるんだから。一個一個、やってこ~!私は勝手についてっちゃうから。いうことはちゃんときくけど」

にこにこ笑って、肯いた。退院を控えた入院患者には、静養と、リハビリと、前向きな心が必要だった。言葉が栄養になるなら、こうしていくらでも会話をしよう。

「…………………。
 そうだね。なんもしてくれないね。そして神の教えを広めるひとたちは、きっと暴利を貪り、欲得のためにその尊い神名を使うことも普遍的なものでしょう。
 でも餓えた時代にその辛い人生をせめても来世に期待を託し、善行をかさねて徳を積む希望を与えること、多くの罪をして清らかに遵法し生きよと示すことは、多くの人を救ってきたはず」

でなければ宗教が今日まで続くことなどなかったはずだ。たとえ道具でしかないなれど、それはとても便利なものであるはずだった。

「認識できる存在として神は在らずに、天にましますこともなく、救いの御手すら差し伸べてくれないという存在が、どこに『在れる』のか………どこなら存在し得るのか、神の居場所とはどこなのか」

腕をうごかして。
胸に。 うごいている…まだ動いてくれている、彼女の鼓動を感じる場所に、指を押し当てた。たしかめる。活きてくれている。また会えた。ただいまと言ってくれた人の命の在り処。

「……ここ」

それは問いかけだった。

「信仰が、神を産む」

神名火明の結論だった。
マルレーネという女性を神と信じた、あまりに未熟な信徒のひとつの帰結だった。
たとえどんな『ことば』に、彼女が揺るがされていようとも。
マルレーネという女性が『そんなこと』をしていいのかという疑問はぶつけたかった。

何を問いかけたのか。


シスター・マルレーネ自身の手で。
彼女が信じてきた神に対して。

『神殺し』を行うのか?

そう問うていた。
まっすぐに見上げた。

…………『それでいいの?』

大鷲のたくましい力と、這いずり回る蛇の智慧。
神の死んだ世界での超人の有り様に、信仰という名のカミは介在し得ないのか?

マルレーネ >  
「………………。」

相手の言葉を聞いて、目を伏せて。
ただ、ただ。
自分の心の内にあるものと信じて、ずっとこの世界で過ごしてきた彼女。

そんな彼女が失った事実は、それはとても重く。

相手の問の意味は、言葉の意味は、理解できた。
理解できたからこそ、口を開けない。


「………もう少しだけ待ってね。」

囁く。

「情けないところ、見せちゃいましたね。」

ほんの少しだけ笑って。
そっと手を組んで、祈る。

それでも神を感じることはできないけれども。
 

神名火明 >  
「……………うん」

もしも、いなくなってしまったのなら…それは、また。『仕方がない』ことだと思う。時間が彼女を癒やすなら、それでも良い。それでも…私が胸のなかにいた貴女に救われたのは、確かなことだったからこそ問わねばならなかった。
待つ時間はいくらでもあった。だからいくらでも待とう。彼女の言葉に首を横に振りはしなかった。そんな資格はない。罰のような言葉を与えておいて私も苦しかったんだよなどと恩着せがましい言葉を吐くわけもなく、ただ微笑んだまま。

その祈る手に、手を重ねて、包み込む。

「情けないとこ、もっと見せてほしい」

体を寄せて、自らの胸に。鼓動を聞かせた。ここには神名火明の神がいた。だから、そう在れるように信じて…強くならなければなかった。

「私が信じているのは、あなた」

祈りの言葉の代わりに、失われなかったことへの感謝を込めて、額をそっと重ねる。

「……おかえりなさい」

言葉をかさねた。神の去った心に来訪するのが、虚無であっても、それはまた彼女を超人たらしめる福音となるかもしれない。どうあっても自分はついていく。

マルレーネ >  
神を感じられなくなった。
それは、聖職者である彼女にとっては存在意義を失うに等しい。

それでも、彼女は自分で理由を見つけて。
届かぬ神に祈りながら、立ち上がって歩き始めて。


神への思いではなく。
人への思いだけで、自分を駆り立てるように歩くその女は。


「………信じられているのなら。」

「カッコつけたくなりますけどね。」

へへへ、と微笑みながら。
 

マルレーネ >  

戻ってきて、初めて。
ぽろり、と泣いた。

 

神名火明 >  
「私にはきっと、ばれちゃうけどね~」

微笑んで、彼女の手を解放すると。神の愛の名のもとに、多くを包んできた敬虔であった女性を。
抱きしめた。ぎゅっと包み込んで、頭を撫でた。そうされる側に、なっていいんじゃないかと勝手に思った。一時そうして、多分私の気が済むまで、そうしていたと思う。

「いまは、休もうね………マリー」

言ってもらったことばをひとつ、その手に握らせるようにして。ひとつの挫折からでも、いくらでもやり直せると希望を与えてくれたあなたに対して、せめてもなにかできることを探しながら。

ご案内:「常世学園付属常世総合病院」からマルレーネさんが去りました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」から神名火明さんが去りました。