2021/01/31 のログ
神代理央 >  
少女の言葉に、ほんの一瞬だけ沈黙が訪れる。
時間は、数秒も無かっただろう。
一秒、二秒。それくらいだったかもしれない。
けれど、二人しかいないこの拘束室では――それは随分、長い沈黙に思えるだろうか。

「……そうか、笑わぬのか。意外という程でも無いが、少々驚きでもある。
私はてっきり、罵詈雑言の類を浴びせられると思っていたのだがね」

少女に投げかけられる言葉から、喜色、或いは愉悦の色が消える。
感情が消え失せたかの様な、事務的な声色。
まるで『愉悦』という感情は使い終わったかと言う様に。

「それならそれで良い。聞かれたら答える、と言うのであれば"その間は"此方も貴様に過剰な尋問を加える事は無い。
だから其処まで自分の有用性を訴える必要は無い。第一、殺せば死体の処理が面倒だ」

金属と布地が僅かに擦れる音と共に、硝煙の匂いが遠ざかる。
腰のホルスターに拳銃を仕舞ったのだが…流石に其処までは、少女に知覚出来るかどうか。
その後、がしゃ、と何かが動く音。そして、ぎし、と少女の目の前に何かが腰掛ける音。

「だから、私は貴様を殺さない。貴様が従順である間はな。
こうしたつまらぬ茶番にも動じぬ貴様が従順であるのは、それすらも疑わしいものだが」

少女に投げかけられるのは、きっと落第街で良く耳にする声色。
尊大で傲慢で、己の存在に絶対的な矜持を持った、風紀委員としての、声。

「さて。組織や貴様の上司云々について聞いても良いのだが…。
貴様自身の事を、教えて欲しいものだな。
名前、年齢、此の島へ至った経歴と、捕縛されるまで何をしていたか。既に他の者に答えた事もあるだろうが、それでも構わない」

「貴様の口から、貴様自身の事を語ると良い。
"長い付き合い"になるのだ。親交を深めようじゃないか」

> 私にとって重要なのは生き残ることが第一である。
そのことを再度思い出しながら、1つ息を吐いて呼吸を整える
唾液でのどを潤してから…

「勘違いしてる。あそこの住人が皆、恨みを持っているわけではない
私は、特に。『仕方ないな』って思ってるだけだから」

諦観したような、少し感情の薄い声。
拘束衣を着ているとはいえ、身体を揺らす程度はできるだろうが、それもしない。

「従順。うん、そうかも。
だって、こんな状況で歯向かっても、それこそ仕方ない
それとも、泣いたらあそこに帰してくれるの」

そんなわけはないとわかっている質問。
もし本当に…鉄火の支配者ならば、例え自分が十全でも敵う道理はない。
ならば、生き残ることが最優先であるから、従順であろう。

頭の中では常にボスと通信できることもそんな態度がとれる理由だ。
確認を取るまでも無く、罠に嵌めるための虚偽の情報をばらまけるのだから。

「私自身のこと?…いいけど。聞いても、意味がないと思う」

どうせ、鉄火にとっては取るに足りない相手なのだからそれを知って何になるというのだろう。
けれど、従順であるなら命は奪わないと宣言されたものだから。
一応は従うしかない。
羅刹と連絡を取り、『過去との繋がり』はもう消してあることを確認すれば。


「四蔓 奏。17。普通に学校に来てた。でも、家庭崩壊してからお金が無かったし頼れる人もいなかったから連鎖的に蛇に。
捕まるまでは蛇に居たよ。」

あまりにも単調な、質問に答えるだけの回答。
名前については調べてみれば、既に退学として抹消された生徒の名前が見つかるだろう。

神代理央 >  
「仕方ない、か。……唾棄すべき感情だ。諦めは、諦観は、人の尊厳を奪う最初の一歩だ。
だから、私に刃向かう連中は、まだ気概があると褒めてやっても良い。蛮勇ではあれ、今の現状に立ち向かおうとする様は、素直に感嘆に値する。それが例え、無益で無駄な行為であってもな」

諦観を匂わせる感情の薄い声に応えるのは、僅かな侮蔑を滲ませる声。
少女とは――落第街の住民達とは、真逆に位置する立場。生まれも育ちも、何もかもが正反対に位置するからこその、傲慢な侮蔑。
それを、己自身が理解しているからこそ、それ以上言葉を続ける事は無いのだが。

「賢く、賢しい選択だ。その判断が出来るのなら、さぞ組織でも重用されただろう。
……帰して欲しいのか?貴様が望み、我々に協力するなら、再び『表』で暮らしていけるように手配するのは容易いが。
現に、特務広報部の隊員達は大半が元違反部活生だ。貴様一人くらい、どうとでもなる」

仮に此処から釈放されたとして。
再びあの薄暗い街へ。薄汚れた街へ。暴力が支配する街へ帰りたいのか、と不思議そうに問い掛ける。
それは、少女に小さな『選択』を問い掛けるもの。

「意味はあるさ。質問する相手の事を知らねば、此方もマニュアル通りの事しか聞けぬからな。
貴様達は、仮に私を捕らえたとしても私の生い立ちだのなんだのには興味がないかもしれないが…私は、十分に興味深い内容だと思っているよ」

応える言葉からは、僅かに尊大さが消えている。
本当に、純粋な興味の対象であると告げる様な、事務的ではあるが穏やかな声色。

「四蔓 奏…か。良い名じゃないか。コードネームを名乗るより、其方を名乗ったら良いのではないかね?
しかし、資金面の苦難から違反部活入りとはな。珍しい理由ではないが、今後我々が対処すべき課題だろう」

単調な答にも、気を悪くする様子は無い。
寧ろ、少女の名を褒めそやし、特に調べる事もせず、その答えに満足した…かの様な空気を、感じ取ることが出来るだろうか。

「しかし『蛇』は戦闘を主とする組織だろう。幾ら貴様が異能持ちとはいえ、最初からそんな組織に入るものかね。
他にも、命の危険の少ない違反部活は多々あったろうに」

> 「そう」

無益、無駄、などと言われても特に反応は見せない。
ただ短く、頷くだけに留める。
傲慢な侮蔑にも…まるで感情が死んでいるかのような反応だ。
…その程度の嘲りで心を乱すなら、私はもうとっくに死んでいる。

男に媚び、弱さを装って。
ほんの少しの慈悲を願うだけの生活も、役に立つということか。

「要らないよ。表には戻りたいと思わない
綺麗なところに住めない生き物だって、居るでしょう」

違反部活生。なるほど
それなら、建物を利用して不意を突いてきたのもうなずける。
情報を共有しながら、表には戻る意思がないことをはっきり告げる。
これは単なる意見であるため、従順かどうかには関係ないだろうという考え。

「ふぅん。…従順にはするけど、別にアドバイスを聞きたいわけじゃない。
あなたが質問して、私が答える。それだけでしょ。逆に、特務広報部、なんて組織のことを聞いても教えてくれないだろうし」

こほん、とまた咳払い。
先程から間を作っているのはもちろん、羅刹にこの会話を伝えるためだ。
でなければ無意味にそれをする意味も無い。

「…攻撃に向いてる異能持ちは少ない。落第街で喧嘩していたところに、ヘッドハンティングされた。
それに、『蛇』のリーダーは共感できる人だったから。それだけ」

…意図的に嘘を吐く。
娼館勤めのことは…言ってもいいと言われていたが、言うのは憚られた。
組み敷かれ、殴られ蹴られ、火を押し付けられ、わざと関節を外され。
小さな体を文字通り『使われた』記憶は…簡単に口を突くものではない。

「実際、あなたにも効いたでしょ」

そこに関しては実績がある。
初見殺しに近いとはいえ、一瞬でも気を逸らせたことは、効いた、と判断してもいいだろう。

神代理央 >  
「そうか。表に戻りたくはないのか。……成程、"分かった"」

戻りたいとは思わない。
その言葉への返答は、不思議なものだったのだろう。
理解や、共感や、侮蔑ではない。
強いて言えば『承諾』に近い声色だった。
しかしその声色は、続いて発した言葉によって直ぐに掻き消える事に成る。

「ふむ?特務広報部について知りたいのかね。教えてやる分には構わぬよ。別に大袈裟な秘密組織という訳でも無ければ、秘匿情報を抱えている訳でも無い。風紀委員会の公的な部署なのだ。隠し立てする事は、そんなに無いさ。
貴様らに情報が行き届いていないのは、特務広報部が単に比較的新しい部署であることと…『調べようとしていた組織』が、情報を得る前に焼き尽くされていたからだ」

「だから、私が貴様を気に入れば答えてやるさ。
その情報を持ち帰りたいのだろう?貴様達のリーダーに、伝えたいのだろう?」

咳払いした少女に、じっと視線が向けられている。
目隠しされ、拘束された少女を観察する様な、そんな視線が。

「ああ、成程。流石に、自ら志願した訳では無いのだな。まあ、そうだろうなとは思っていたが。
共感、共感か。ごろつきの兵隊を抱えた違反部活のリーダーに、果たしてどんな高尚な思想があるのか首を傾げたくなるがね」

まあ、ごろつきの兵隊を抱えているのは此方も同じではあるのだが。
侮蔑、というよりはむしろ疑問符を多く交えた様な言葉が少女に投げかけられる。

「ああ。其処に関しては否定せぬよ。私に限らず、貴様を捉えた隊員にも随分効いたみたいであるし。
有用な異能であることは認めよう。誇ると良い。此の私を、『鉄火の支配者』の意識を逸らせ、味方を救ったのだとな」

事実を否定する事はしない。
少女の異能は、素直に己にも効いたのだと。
その力を認め、評価し、誇れ、と告げる。
懐柔する様な声色ではない。本当に純粋に、少女自身の力を認めている――と、思わせる様な、雰囲気の言葉だった。

> 「……情報を持ちかえるのは、当然。…だけど、気に入る…。普段私たちを溝鼠だと言っている人が、気に入るなんて考えられない。
…そもそも、その『元』溝鼠で部隊を作っているのも、よくわからない」

どうにも、矛盾しているように感じる。
彼は、こちらを助ける旨の言葉も出している。
しかし、証拠さえあれば違反部活を消し飛ばすのが鉄火の支配者。
ならなぜ、わざわざ表の人材ではなく『溝鼠』を使うのか。
…まあ、反旗を翻したとしても鉄火なら何十人程度なら軽くあしらえるだろうが

その溝鼠を拾うかどうかの基準。
なぜ彼らを罰しないのか、消し飛ばさないのか。
それは気になるところだ。

賢い選択肢…情報を得るためにはここで特務広報部とやらに所属することを願い出ることだろうが。
いきなりそこまで『従順』になっても不自然だろうと。

「それにただのごろつき集団なら、もう鉄火の力で蛇は終わってる。
…それもわかってるくせに、煽るのは逆に滑稽よ」

わかっていないということはないだろう。
感情を動かそうとされているのは、薄々わかっているが…やはり、響かない。
尊敬する人物を暗にこき下ろす言葉には…怒りを確かに感じるが…、どうにもならないのだから怒りを露にしても『意味がない』

拘束された状態で姿勢を正しているのが疲れたから、軽く背を曲げつつ。

「鉄火<お前>も同じだと思うけど。使えるものを使っているだけ。
…お前に認められても嬉しくない。何がしたいの?」

質問はされていないため、ある程度好きに話す。
きちんと受け答えはしているし、反抗もしてない。
ただ、思った事を伝えているだけだ。

しかし、この相手からは私が感じる限り、同じ匂いがする。
娼婦として働いていた時に見た…同情をちらつかせ、金と暴力を盾に人を食い物にする獣の匂い。

気に入れば、などと言うが…結局はそれも相手の匙加減次第だ。
個人的な恨みはほぼ無いと言っていいが、疑いは強めていく。

相手にこちらを解放する気はなく、ここから出す気も無い。
その前提で話をしていく。
彼らが行った事を考えれば当然だろう。
最近、二級学生や違反部活生が『慈悲』を与えられたことなど、とんと聞かないことも後押ししている。

神代理央 >  
「そうかね?私はこう見えて、従順な駒にはそれなりに慈悲をかけるものだよ。刃向かう者は溝鼠。従う者は駒。それだけの事だ。其処に可笑しなことがあるかね。
……しかし、『溝鼠』を使う理由、か。それは少し、長くなる話だ。機会があれば、また教えてやろう」

それは、まだ茹だる様な暑さが訪れる前の話。
特務広報部の母体となる組織を作った、とある元風紀委員の話まで遡る事になる。
思い出話をする場所でも雰囲気でも無かろう、と。少女の疑問には言葉を濁すのだろうか。

「滑稽、か。……ふむ、随分とそのリーダーとやらに忠誠を誓っている様だな。それに、貴様の異能は蛇でも重用されるものだろう。
私を襲撃した際に。貴様が捕縛された夜に。貴様は、前線に立っていたのだ。特務広報部の襲撃に駆り出される程の有用な人材。或いは、数少ない異能持ち。先程、貴様自身が言ったものな。
『攻撃向けの異能は少ない』と」

「であれば、貴様達のリーダーは何時までも貴様を此処に留め置かぬだろうな。
そう信じているから。或いは、此処から出られぬと分かった時の指示を受けているから――貴様は、そうやって余裕を得ているのだろう?」

少女を、何時までも拘留所においてはおかぬだろう、
救出の手段があるのか。或いは、救出出来ぬ際の手立てを考えているのか。それを、少女も知っているのか。

此処迄、一見意味のない会話を続けたから、分かる。
少女には、此方の無意味な問い掛けを『無意味』だと告げる度胸がある。
或る程度情報を流しても、解放された時それが罰せられない立場にある。
此方の誘いに乗らないだけの忠誠心か、それに類似したものをリーダーに抱いている。
己の三文芝居に『滑稽』だと告げる余裕がある。

ならば『敵』はきっと。この少女を救いに来る。
或いは、救う為に何らかの行動を起こす。
もし、この少女に何かあれば――

「ありがとう。私が知りたい事は、大体知れたよ。
…ああ、ついでに。何がしたいのか、だったかな。
貴様が『優秀』であるかどうか知りたかっただけだ。
…いや、優秀という言葉では語弊があるかな。敵にとって、危険を冒して行動しても救いに来る価値があるかどうか、知りたかっただけだ。
そして私なら。私が貴様達のリーダーなら、必ず貴様を救う為に動く。知りたかったのは、それだけだ」

かたん、と動く音。
少女の目の前に置かれていた椅子から、少年が立ち上がる音。

「……それ以外の情報なら、別に私以外の者でも聞けば答えるだろうし、答えられない事は意地でも黙っているだろう?
だから、尋問に意味はないと言ったのさ。私が知りたかったのは、本当に『四蔓 奏』という個人の事だけだったんだからな」

そっと、少女の頬を撫でる様に手を伸ばす。
その手つきは、戦利品を吟味する商人の様でもあり――気に入った玩具に触れる幼子の様でもあった。
尤も、直ぐにその手は離れていき、少女から一歩、遠ざかる足音が響く。

「貴様"達"は優秀だ。だから、どれ程の速さで動き出すのか。我々の行動を何処まで知っていて、どのタイミングで動くのか。
それが分かるだけで、十分だ。無能な味方より、優秀な敵との方が相互理解が深まるとはよく言ったものだと思わないか?」

くすくす、と笑いながら響く足音。
次第に遠ざかるソレは、少年が部屋の出口へと向かっている事を示している。

「ではな、四蔓。……ああ、今後とも、従順でいてくれよ?
隊員達は"飢えている"。私は、貴様を隊員達の福利厚生の道具として使いたくはないのでな?」

最後に、朗らかな声で少女に言葉を投げかけた後。
重々しく開く扉の音。そして再度、閉じる音。
がしゃん、と錠がかけられる音。

その音を最後に、再び少女の周囲からは音が消え去るのだろう――

> 「……そ」

短く答えて、頷く。
戦力であることには違いない。
ただ、あくまで戦力の一つ、というだけ。
最悪の状況になれば…見捨てられることも、私は考える。
…ボスはきっと、完全に見捨てはしないだろうけれど。

戦利品のように撫でられても、逃げることはできない。
ただ、ぞわりとした嫌悪があるだけだ。

――やはり人間ではない。
姿かたち、という話ではなく。
話してわかったが…単純に精神性が、私から見れば狂っている。

それはそれとして…噓発見器のようなものが仕掛けられている様子も無いが、疑われないため意見を率直に言い続けたつもり。
敵地である以上、どこから嘘がばれるかわからないから。
それに、戦力については伝えておいても構わない、とも言われている。

だから今回告げたのは、焔にとっても伝えて問題の無いことばかり。
けれどそれでも…支配者の指針を決める『手助け』にはなったらしい。


そしてやはり、『こいつら』も同じだった。
脅すためという可能性もあるが、最後に鉄火の言葉から示唆されるのは『そういうこと』だろう。
別に、性的な意味で身体を使われることは慣れている。
逆に痛いのは嫌だが、この状況ではどうしようもない。

特に言葉を返さず、足音が遠ざかり、扉が開き、また閉じて。

ほんの微かな音も届かない場所で、一つため息を吐く。


「……ああ、やっぱり。表になんて居なくてよかった……。
それにしても、おなかすいたなー…」


ボスの考え、言うことはやはり正しかった。
裏であろうと表であろうと…少女のように見える少年であると、もうこの島は腐っている。
『あんなもの』が我が物顔で居る時点で、落第街も表も大差はない。
むしろ、取り繕っている分、表の方が『気持ち悪い』


(ねえ、ボス。…最悪、助けに来なくてもいーですからね。もし、『福利厚生』なんてされるなら、むしろ歓迎です。
痛いのよりは、ずいぶんマシですから。精々情報収集しますよ。ああ、それより…礫はどうしてますか)


また、退屈な時間だ。
食事の時間は決まっている。
大好きな本も読めないのだ。
それまではゆっくりと…何でもない世間話や、情報の共有で時間を潰そう――

ご案内:「拘留所」からさんが去りました。
ご案内:「拘留所」から神代理央さんが去りました。