2022/10/20 のログ
ご案内:「常世病院・廊下」に神名火 明さんが現れました。
神名火 明 >  
……『神名火さんはもうお医者さんではないでしょう?』

その線引きを前にしてあまりにも無力だった私は、こうして治療中の彼女を何枚もの壁の向こうに待合い用のベンチに座るしかなかった。貧乏ゆすりと足踏みで地震を起こしてしまいそうなほどで、相当に色んな気合が漏れ出ていたらしく、ついに見かねた古馴染みの先生に注意されたのだが……見かねられるほどだったことに言われて気づいたのである。

この島の医療体制を信じていないわけではない、異能疾患をはじめとする病理に立ち向かうものたちは私とは少し畑違いだが、この世界における最先端と極北が集中しているから、心配はしていない。私の中にあったのは、かつての拉致事件のことを踏まえて、異世界人を切れるだとか、いい感じの鎮痛薬の治験を色々理由つけてやろうとするとか、そういう助平心を持つ奴にマリーの肉体を弄り回されたくないという、これまたエゴでしかなかったのだが……。

「はぁ~~…っ」

頭を抱える。心配はしていないのだけども、大丈夫ですよという言葉を本人から聞きたい。元から強いわけではないけど、ずいぶん弱い人間になってしまったと思う。

神名火 明 >  
件のテロ事件については噂で聞いている。
噂でしか聞いていなかったし、こんなことになるなんて思ってなかったなんていう怠慢もしてた。

そういう事が起こると、こっそり私に執刀医としてのお鉢が回ってくることもある。たとえば手が足りない時もそうだし、公に治療できないような身分の人のためにだとか。技術職はそうそう食いっぱぐれないのもまたこの島の懐の深いところでもある。

けれど今回は自分の出る幕はなかった――回収された彼女と――それだけ……

「あの人達が、彼女が何をしたって……」

常世学園を破壊する、とその男は言っていたらしい。理解できない……とは言わない。

自分にとって許せないものを眼にした時、それを破壊してやりたい、滅茶苦茶にしてやりたい、そして 『思い知らせてやりたい』 という欲動に支配された時に人間は悪の坂道を転がり落ちることを、神名火明は自分の身をもって知っている。テロリストを責め苛んでいい理由などなにひとつないのだった。

だから 『どうして彼女たちなんだ』 という身勝手な疑問が絶対に解決されないまま胸の奥をぐるぐると渦巻いている。彼女が助かって良かったと考えても、そうじゃない、そうではない……その事実は彼女にずっと残り続ける。

神名火 明 >  
彼女は治るだろう、そして立ち上がるだろう。信頼している。だからこそ恐いのだ。彼女は自分の周りで誰が死のうと立ち上がれてしまう人だから、これ以上の業を背負わせたこの事実が憎かった。肉体が元通りになっても、見えない場所は本来の彼女からどれくらい変質してしまっているのだろう。骨折と治癒を繰り返して歪に繋ぎ合わされたような、そこにさらなる鞭をくれられる罪を彼女が犯したとでも言うのか。

「はぁ……」

言っていても仕方がない、と割り切れてしまうのが前職から引きずった病でもあった。

在職時よりは随分手入れの行き届いた髪をかき混ぜて、むかむかとカフェインを欲しがる内臓を撫でて、猫背をぴんと起こした。とりあえず最初に見舞おうというのもまたエゴイズムだった。

「自分の子供に少しくらい慈悲をくれてあげてよ」

自分の中だけでぽつりと呟いた、彼女も聞いた風なことは言ってほしくないだろうから。

試練に対する見返りを何一つあげていないような彼女の崇める『偉大なる父』に対して、彼女を信仰する私からすれば、恨み言のひとつも言ってやりたくもなる……

手術中のランプが消えるまでどれほどの時間が必要だろう、すぐに動き出す脚に肩にを追い出されない程度に咎められてしまうが、私にとってはそれどころではなかったのだ。

ご案内:「常世病院・廊下」から神名火 明さんが去りました。
ご案内:「薬草屋『ノイバラ』」に小鳥遊 日和さんが現れました。
小鳥遊 日和 > 「いらっしゃいませー、 お席あちらにどうぞー!
 あっ、いらっしゃいませー、お席あちらにどうぞー!」
ノイバラのカフェはいつも人でいっぱいだ。
異世界のハーブを使ったお茶と上質なスコーンは、
小腹を満たしたり、じっくり話をしたり、はたまた読書するのに最適なのだろう。
それはわかる。 わかるのだが。

「カフェ店員じゃない……」
ひっきりなしに訪れる客が途切れたのを確認してから、人知れず小さくため息をついた。
植物と苔類は近い分類にある。 ここにいるだけで色々な知識も入ってくるはず…。
そう思っての手伝いであったが、どうも様相が違ったらしい。

「苔茶はあんまり注文入らないし…」
ハーブティというと人気だし、冬虫夏草といえば滋養強壮に良さそうな印象がある。
しかし、苔茶だけはあんまり人気がない。 馴染みがないからだろう。
蘚苔学を専門としている立場としては、若干寂しかった。