2020/09/13 のログ
神名火 明 >  
「ごっめーん輝ちゃん、我慢できなくてさあ~って聞いてないか~」

銃弾が四丁…のはずが撃たれたのは三丁だった。一本はリーダー格の男の腕が『見えないが、たしかにある』力に拉げさせられる姿を見ただけ。激発したのはこちらも二丁。しかもほぼ同時。残念ながら拳銃というほど生易しくないものだが…さて、彼らの中に異能者がいなければ良いな、と冷静に考えている。

怒りながら冷静に考えている。銃を向けられても平然としている。ヘッドライトが描く明の影が、更に歪に変化する。

「それもだめ。たかだかいくらか命のやり取りしただけの子たちがさ。こっちは毎日『命懸け』で戦ってたっていうのに。そんな『お医者さん』にだけは、銃向けちゃだめでしょ。まあ、輝ちゃんよりはかわいいもんだと思うけど~」

左の肩甲骨あたり、背面から現出した『左の翼』は、金属の光沢を持ちながら枯木の枝のように歪な、複数の骨。それらすべてが輝く糸で繋がれて、悪魔の翼の様な全体のシルエットの中央にはくるくると球体が浮かんで回転している…糸巻き。輝に向かった二者の弾丸は、翼が生成した糸の網によって絡め取られている。

もちろん個人差はあるが。

「……………私がどれだけ助けて来たと思ってる」

常世島の『外科医』が、『弱い』ことのほうが珍しい。

ポケットから出した左手が指々に握ったメスが、こちらに向かった一発の弾丸を掴み取っている。命をとりあう、というだけの『ただの戦闘』で、天才外科医が遅れを取るはずが………無い。

「それとも。 『主よあれらを憐れみたまえ。みずからの行いがわからぬだけなのです』…とでも、弁解して欲しいのかな、っ!」

右の腕手。「刃」を備えた白銀の翼が、怒り狂った寄生虫のように伸び上がり、残る三手へ飛びかかる。見た目よりそれは『伸びる』。当てる気はなかった。かすらせるだけでいい。それだけで神名火明の『荊棘』は身体の内部に張り巡らされ、失神必至の痛みを与える。残りの三人。腕を潰された運転手よりも練度は低い『余計なこと』をする連中だが、これが決め手となるや否や。

違反部活生 >  
絶叫が響き渡って、一人の男が転がった。
冷静に語っていた男の腕はまるで玩具のように歪められて。
拳銃を取り落として、呻く。

当然、それとほぼ同時に拳銃を打ち込んだはずの男達は、目の前で起こることが信じられない、といった様子で一歩、後ろに下がり。

その三人の間を、刃で生み出されたかのように翼が伸びて。
予想通りに"掠る"。


それだけで、三色の絶叫が重なって四重奏へと変わり。
意味が分からない声、助けを求める声が無軌道に重なる。

「リーダー、助けて、助けてくれよぉぉ……」
「いでぇ、ええぇえっ、いでぇっ………」

叫び続ける。

明に刺された人間は、意味のある言葉を発していない。
脳がやられたかのように、痛い、か、呻き声しか発さない。
 

日月 輝 > 放たれた銃弾は何処にも届かない。
ヘッドライトの齎す文明の輝きが映す銀糸に囚われて宙空に停止している。
理外の闇から現れた怪物の仕業?いいえ、頼もしい同道者の仕業。

「へーえ、素敵ね!」

あたしは反射で翻した一瞬の内で神名火さんを視た。
異能が力を及ぼすまでも無い一時。あたしは確かに、銀色の天使様を視た。

天使様に好かれるだなんて素敵ね。少し妬けてしまうかも。

「……で、大勢は決した。とでも言えばいい?」

常世学園の卓越した医療技術を用いても、完治に時間を擁するだろう腕となった男。
如何な不思議か、掠められただけで毒虫に刺された芋虫のように蠢く残りの男達。
それらを睥睨すると、自然と重力がかかって彼らの動きも声も大人しくなっていく。
重力は正常に男達を苛み、捩じることなくプレッシャーを与える。
制圧は完了。鼻白むようにだってしてみせるけれど──腕を捻じった男の言葉が気になった。

「……リーダー?何を言っているの。あんたがそうでしょう?
 4人以外に誰が……」

視線を男達から外し夜闇の森を視る。
何も視えはしなかった。

神名火 明 >  
三発の弾丸を払い落とし、左の翼の『糸巻き』が、カイコが繭をつくるようにして、呻いている違反部活生たちを拘束する。縫合糸から結束バンド、ナノワイヤーで切断までできてしまうなんでもござれの便利な翼だ。左右の翼を同時に操ると非常に脳が疲れるため甘いものが欲しくなるし、普通の器具でいいならそちらを使いたいが。

「輝ちゃんも、思ったとおりに可愛いよ。すてき」

間近に見えない三連星だって、美しく気高く思う。結局は在り方次第で獰悪な能力さえ、美しく。そんなふうにじゃれ合っている暇は…なさそうだ。

右の翼は、威嚇するかのように甲高い軋りをあげている。視線を周囲に向けて…蜘蛛の巣のように極細のかよわい『糸』も張り巡らせていった。何か『動き』がそれに引っかかればわかるように。

「まず拳銃をつかうあたり、戦闘異能者じゃないのか隠してるのかわからないけど…要するに『やれる』子がいるんじゃないかな」

油断はしない。いつでも両方の翼で、輝とマリーを守れるように。マリー。彼女は無事だろうか。視線は車の後部に注がれた。輝がいまそちらを『視れない』のでこちらの仕事だ。

違反部活生 >  
男たちは"5人"いた。
助手席がいつの間にか開いている。

呻き声と悲鳴が響き続ける中で、それらを放置したまま動ける奴が、まだいる。


輝の"視線"にも引っかからない。
明の"糸"にも引っかからない。


だが、明らかに何かいる。
気配は、感じる。
 

モグラ >  
「キミは重力使いかなぁ。」

声は唐突。輝の足元、細いその足首をぬるりと撫でようとする手。

「イイネェ、殺気ムンムン。
 わし、そういうの分かるからねぇ。」

おじさんの声。
明から見れば、まるで赤土の地面から、まるでプールから顔を出すように顔と手だけを出している男が見えるだろう。
顎髭を生やした、割とゴツ目の男。
こいつだけは、ヘルメットをつけていない。

「ほ、ほほ。」

輝が察して動く瞬間に、とぷん、っと土の中にもぐる。
 

日月 輝 > 「……綺麗……ううん、でしょ。可愛いでしょ。お気に入りなの」

ともすればコミカルに拘束された男達を横目に神名火さんに応じる。
彼女を視る訳にはいかない。あたしが素顔を皆に出せる日、来るのかしら。
視線ばかりを森に巡らせて軽口を叩く。
怪鳥の如き異音は神名火さんが齎すもの。知らずに聞けば夜の魔物に相違無く、けれども今は頼もしい。

「隠すメリットなんて無いでしょうし、所詮違反部活なんてものに窶すごろつきどもでしょう。
 でも、束ねる首魁がいるのならそいつは特別ってこ──」

最早男達なんてどうでもいい。一瞥だってくれてやらない。
あたしの言葉は憤懣やるかた無しと示し、次には素っ頓狂な悲鳴となって消えた。

「ぎゃああっ!?」

何かが足を撫でた。
思わず飛び上がって下を視たら、地面に消えゆく髭面の男の顔があった。
けれども、視線が効力を発揮するよりも早く消えてしまった。

「なっ、な……なに!?地面からおじさんがセクハラしてったんだけど!?」

あまつさえスカートの中まで見て行かれた。
ドロワーズだから見られても構わないけれど、それはそれで癪!
あたしは口角泡をも飛ばさんと声を張り上げる。

「神名火さん!地面になんか変なのいるわ!!」

神名火 明 >  
「………! 潜航の異能力…! だいじょうぶ!?いやらしいこと以外になんかされてなあい!?」

彼女の悲鳴に対してそちらに『突き入れ』ようとした翼も、既に『おじさん』は居なくなっていた。厄介な異能だ。めちゃくちゃ長く伸びる右の翼『シュミット』も、相手側から居場所を把握された上で振り回したら自殺行為でしかない。

「違反部活生には……………異能者もいるよ。愉快犯もいるし。そっちのほうが稼げるとか、逆にもっと偉い人にそうしろって言われてる人もいる。強い異能者ももちろんいるよ。名前が売れてる人も、名前が売れてない人もたくさん危ないのいる………さて、このまま帰るってのは難しいね、落とし穴でも掘られかねない。セクハラを訴えるのは後にするとして」

ここでふん縛るしかない。しょうがない。ではどうしようか。相手の戦法もわからないまま、彼女を危険に晒すのは避けたい。よし、と一つ手を打って、互い違いの翼がばさりと動く。

「輝ちゃん。えっちなおじさんが次に何してくるかわからないから…このまえみたいにフワーッて飛んでられる?私がその間ひきつける。えっちなおじさんがどうやってこっちを認識してるのか把握しないと袋叩きだ。あのえっちなおじさん…ただでさえ厄介な異能なのに、武装した四人が頼みにしてるってことは攻撃手段もあるはず。えっちなおじさんなのに」

たとえば…地にもぐる生き物。モグラとか…?が察知するもの。匂いとか?音?左手に持っていたメスの一本。右手で取り上げると、左手の中指の先にぷつっと切っ先をふれて血の泡を作り出す。痛みを操ってるから痛くない。後から痛い。それで手を振って、少し離れた所に血の飛沫をぱしゃっ、と飛ばしてみる。

モグラ >  
「ダメだよぉ。神名火さんだっけ。」

血の飛沫が飛び散ったその場所……ではない。
正確に明の足元ににゅるりと手が合わられて、足首を触る。

「ああぁ、こっちはすごく長い距離、歩いてるねぇ。」
「さっきの子は輝ちゃんだっけ。細い割に芯が強かったねえ、骨が丈夫なのかなぁ?」

明の脹脛を撫でまわして、また地面に潜る。

「捨てろって言われた子も、頑丈でみっちり詰まった、長い距離をあるいた足だったねぇ。」

声が地面から響く。
ごぼり、と泡のような音と共に、水の壁を隔てているような、くぐもった声。

「足だけもらおうかなぁ。 こっちの二人ならいいよねぇ。」

舌なめずりをするような。
生理的嫌悪感が背骨を這いあがるだろうか。
 

日月 輝 > 「いやらしいことしかされてないわ!……だからこそ舐められているみたいでムカつくけど!!」

一先ずは無事。
翻り、相手は不意打ちだって出来たのに敢えてしなかった事を示す。
そうしたことをされて、あたしは黙っちゃいない。

「……ふうん、あたしは善良な生徒だから知らなかったわ。
 でも、そうね。このまま帰るわけにはいかないわ」

神名火さんは先日、自分のことを犯罪者だと言った。
恰も真実であるかのように違反部活生について語る言葉に、あたしは然して返す言葉を持たない。
気にはなる。でも、物事には優先順位ってものがあるものだから。
なにより、重ねて、"あたしは黙っちゃいない"

「任せて。……その上での提案。提案というか、神名火さんに無茶ぶりをするわ!」

叫び、"体重をかけず跳ぶ"。それだけであたしの身体は忽ちに無重力下にあるかのように飛び上がる。
未開拓地区に広がる森に荒野。天に輝く望月までもが鮮やかに見えて、視えて、観えて。

──視界が空転する。

「なぁーにが足だけよ!!」

眼下にある神名火さんを見る。視る、観る。
集中し、その方向性を手繰り寄せろ。
重圧のベクトルが下ばかりは通常の話。
今しがた、あたしは男の腕だって捻じることが出来た。
であるなら"みたものを上向きに浮かすことだって出来る"はず
通常ならざる超常を。道理に勝る無理を。
やってみせれもしないならどうして輝くなどと言えようか!

「あんたなんざ、釣り大会で釣った魚にも満たない雑魚も雑魚!
 あたし一人で、十分よ!!!」

神名火明の身体があたしに視られて浮き上がる。
彼女は視ない/注視しない。視界の内の本懐は別にある。
セクハラおっさんが顔を出すなら、てめえもまとめて宙に釣り上げてやろうってハラよ!!

「とはいえ神名火さん!捌くのは!任せるけどね!!」

神名火 明 >  
「ひゃ…! …そういうフェチかっ、気持ちはわかるけど脚だけはだめでしょ…嬉しくないでしょ…」

血飛沫を投げた瞬間に足首を撫でられてぞわり、とした。足元を翼で斬りつけるが間に合わないだろう。骨太なんだ…ってちょっと輝ちゃんの脚も気になっちゃう。うん、マリーの脚は、みっちりと詰まっていましたね。支配、服従、隷属、崇拝。色々な意味合いのある彼女の脚。まだ歩きたい場所。自分も輝ちゃんにもある。

「…ううん、ドロワーズかそっか。可愛いような残念ような、さて私も頑張らないと…って、
 え? え!? えっ!?」

目が合った。…うん、やっぱり綺麗。いや。

「かわいい!」

覗き見したせいで『つぶされて』しまうのかと思ったけど…逆だ。 これは『重力』操作、とはちがう。『指向性』操作の異能か?上に、あるいは下に。身体が浮かぶ…どうやら奇跡を起こすのは輝ちゃんのほうだったみたい。このまま宇宙にでも連れて行かれちゃいそうな浮遊感のなか、背を丸めて…大きく翼が開く。左の翼。骨が大きく開き、ぐるぐると浮かび上がったもぐら人間を拘束し、

「そういうのはできるだけ『合意の上で』ね、おじさん」

それは『生命』を操る異能の一端。痛覚の増幅。もはや意識すら許さない。激痛の後に気絶まで吹き飛ばす『生きている』がゆえの責め苦。本来は苦痛にあえぐ者を助けるための異能…だけれど『言うことを聞かないのが悪い』

「…『余計なこと』、したからねッ!」

ひゅん。

奇跡を一端借り受けて、空に舞う様。振り向きざまに風を切る右の翼。命は奪わない。おじさんの浅く額を横一文字に傷つけるだけ。それだけで足りる。

モグラ >  
「いやあ、二人の足どっちも綺麗だから、ぁ、ぁ!?」

己の力は何処までも強かった。
大地に愛された男は、そこにいる限り、ほとんどの場合は無敵だった。
後は相手の足を地面に引きずり込んで、終わるはずだった。

まるで今まで感じたことが無いような浮遊感。
そのままの感覚なら、落下がやってくるはずの浮き上がった感覚のまま。
今度は上に"落ちる"

悲鳴を上げながら丸太のような手足をばたつかせる男は無様なまま。

「………ぁ、がっ。」

さ、っと額を切られただけ。
本当にそれだけで、声も出せない程に身体を反らせて、喉を指で掻いて、掻いて。

そのまま、悶絶しながら意識を"飛ばし"て、地面に"落ちる"。


もう、今度こそ誰の気配も感じない。

呻く声も、ほとほと力尽きてきたのか、うう、うう、と唸るような声だけ。
 

日月 輝 > 荒野に天使様が望月に照らされること輝かしき。
きっと素敵な光景で、いつかマリーに自慢をしよう。
埒外にそんな事を考えてしまうくらいには、神名火さんは見事にあったのに、
彼女ときたら、視線を合わせて子供みたいに声をあげる始末。
……今のあたし、いわゆる含羞に頬を染めるって奴だわ。
まったくもう。

「……………ふはあ」

奇跡は終わり。
天使様もセクハラおじさんもあたしも、等しく地面に立ち返る。
あたしは、ちょっと脱力して尻餅だってついてしまうのだけど。

「これ以上変な奴出てこないでしょうね……ええと、目隠し目隠し……」

大きく息を吐いて、視線を地面に向けて目隠しを探す。
程無くして幸運にもヘッドライトの下に落ちているのを見つけ、身に着けて事無きを得たわ。

「ざまあ無いわねおじさん。ま、あたしに視られたのが運の尽きよ!」

事無きを得たので、おじさんを足蹴にだってして悪罵の一つも吐いて差し上げて

それから、マリーの居るミニバンを見た。

「…………」

神名火さんをみる。
目隠しで視線は見せないけれど、迷っていると解るかもしれない動き。

神名火 明 >  
「よいせっと」

二本の翼の先端でガツン、と着地してから両足をつく。得難い経験だった。羽先を抜いて羽ばたかせる。

「こんなナリだけど、飛べないんだよね。見た目だけ。 ふっふっふ~、ズルして天使になったみたい。ありがとう、輝ちゃん。素敵だったよ。あなたが輝いて照らしてくれたから、飛べた…なーんて」

奇跡には種も仕掛けもある。案外、それこそが奇跡的だったりするんだ。かわいい女の子がこんなこともできてしまう。いくらでも奇跡は起こる…いや、起こせるはずなのだ。だから。翼を現出させたままで、折りたたみ、彼女が居住まいを正したあたりで、こちらも全員ふん縛り終えた。大丈夫なはず。

「このひとたちは風紀に運んでもらうとして、だ…ほら、輝ちゃん」

彼女の手を取って、引いた。彼らは「楽しもう」としていた。まだ「生きている」…「死んでいない」はずだ。だから。彼女はどうせ、『視』ることになる。如何なる結果でも。だから共に。

「私たちのマリーのところに、行こう」

もう自分は医者ではない。大人のふりをしていた子供だから、彼我の間に差はなかった。マリーとの縁をもつ、それが間違いなく等しく在った。だから迷わずに、ミニバンの後部座席。彼女の顔を覗き込む。

「………マリー」

マルレーネ >  
意識はあった。
記憶もあった。
全て認識していたが、身体が動かない。

脳と身体のつながりが、ぷっつりと途切れたような。
それでも、男たちが服を割いている間は、目を閉じて。
何も見ないようにしていた。

また誰かが入ってくるのを見れば、僅かに目を開く。
うすぼんやりとしたモノクロームな光景の中で、見知った顔が視界の中に入り込む。


それでも、まだ、ぼんやりとしたまま。
焦点の合わない瞳で、二人を見つめているだけ。

ただ、はっきりと"見ている"ことは分かる。
何も見ていない、とは思えない。
 

日月 輝 > 「……そうね。風紀の人に通報……は、山本さん達がしているかもだけど」

冗談めかした神名火さんの物言いに、己の頬を叩いて平静を取り戻す。
そうした所作の折に手を取られて、引かれた。

「あっ」

有無を言わせない手だった。
医療従事者として必要な強制力。
ともすれば、患者に残酷な告知だってしなければならない人が持つ力。
そうした力に引かれて、あたし達は、共にこうある理由を覗く。
マリー。シスター・マルレーネ。異なる世界から来た人。
車内灯に照らされた碧眼が、見返してくれていた。

「マリー……!わかる?あたしよ、輝よ!
 ほら、神名火さんも!あんたが急にいなくなったからあたし達……
 ううん、あたし達だけじゃないわ。山本さんも、あの鉄火の支配者の神代くんだって。
 他にもいろんな人が心配してたんだから!」

自然と目端に何かが滲んだ。
声が湿った。
迷子の子供を漸く見つけた母親が、同じように声をあげていたのを扶桑で見たことがある。
マリーと二人で、そうした様子を微笑ましく見ていたことを憶えている。
自分がそんな事を言う側になるとは、ついぞ思いはしていなかったのだけど。

神名火 明 >  
マリーに声をかける役割は、輝ちゃんに。その顔を視て、痛ましそうに目を細めてしまうけど、まずは外傷。無体を働こうとした輩に、実験……という色々と理央くんや英治くんの連絡にあった気になるワード。ディープブルー。件の連中が施したこと。そして輝ちゃんの声にちゃんと反応できているかどうか。モノクル型のデバイスで彼女のバイタルを確認…それらを丁寧に確認しながら、白衣を脱いだ。もう服がびりびりでいろいろなところが隠せてない彼女を包んであげなければならない。純潔の白とはいくまいが。

「……………、…」

そして。マリーの頬を撫でて…撫でて。撫でて…?

何を言えばいいんだろうか。ああ、だめだ。涙が溢れてきた。真っ先に。再会の喜び。緊張の糸が切れたほつれ。…いや、違う。もっと暗い感情だ。

「起こせる、かな……? 連れて、帰らないと。病院……」

ぐずるようにして、言葉を途切れさせながら。だめだ。少し気丈に振る舞おうとするのに…さっきから、輝ちゃんより先にくずれてしまう。

マルレーネ >  
泣いてる。
二人が泣いている。

輝ははっきりとは見えないけれど、それでも声は聞こえている。
明は、自分の身体を見ては、白衣を被せて、………そのまま、泣いている。



泣いている。


大事な二人が泣いている。


だから、なんとかしないと。



「………泣かないで。」

か細い声で囁きながら、両方の腕を伸ばして、ぽん、と輝と明の頭を、撫でた。

「泣かないで。」

もう一度囁いた言葉が届くだろうか。
彼女の中に自分は、そんなに無い。

「ね。」

そのまま、まだ焦点が合わないままに、微笑んだ。
彼女は、例え朽ちても彼女のまま。
身体はようやく、応えてくれる。
 

日月 輝 > 声をかける傍らで神名火さんが介抱をしてくれている。
手慣れた様子は頼もしく、改めて彼女と来れた事に安堵する。
だって、あたしにはそうした知識は何一つ無いんだもの。

「……」

技術があって、手を引いてくれる気丈な大人を、頼もしく思って──次には歯噛みする。
親元から離れて、清々して、それで今、よりにもよって大人に安心するだなんて!
でも、それは神名火さんにもマリーにも、他の誰にも関係ないこと。あたしだけのこと。
だから今は子供みたいに泣いている場合なんかじゃない。
大人なのに泣いている神名火さん共々泣いていたら、マリーだって困ってしまうでしょう?

「…………」

なのに、マリーはどうしてそんなことを言うの?
あたし、泣いてなんかないわ。

「おばか」

そんな事も判らないだなんて、馬鹿ね。
ただ雨が降っているだけよ。

そういうことにして頂戴。

神名火 明 >  
頭にふれた手に、目を開けて、涙でぼやけた瞳で彼女を覗き込み…また悲哀に目が細められる。
 
「また、マリーはそうやって…、じぶんがくるしいときにも、他人のことばかり…、ああ、わかってる…わかってるの」

なぜ、悪夢をみていた時も、彼女がすべてを話してくれなかったのか。助かったならばと、どこか現金でシビアな安堵がある裏で、それがすべてだった。
ありがとうを向けられず。心配の念を先に立たせた。どこまでもどこまでも、自分は弱く、届かなかった。

「私…、あなたに信じてもらえるわけがないね。何もあげられてない、ね…」

もらってばかりだ。優しさをもらい、救いももらい、新しい未来さえもらって。そんな自分が、彼女を成り立たせていた「信じる」ということ、「信心」というものを、どれほど向けてもらえるというのだろう。どこまでも手間のかかる子供のままで、どこまでいっても対等に見てもらえないような隔絶がそこにあった。信じること。それは崇高なものだった。彼女の手に、自分の手を重ねて、両手で握り込んで、顔の前へ。額を押し当てて、懺悔する。

「だから…、
 あなたに信じてもらえるように…私は、あなたを信じます。いやといわれても拒まれても、これからはずっと信じて信じて、信じ続けます。あなたが神を愛するように、私はあなたを愛している。だからどうか、お傍においてください…主よ、どうか」

どれほど届くかもわからない、ただ未熟な信仰のあらわれを、いまはまだ茫洋にゆらぐ「神」に吐き出して。うなだれる。泣いていない…と、まではいかない。祈りの言葉さえうまく紡げない。いまはただ、お赦しくださいと、魅力にきしむばかり。だからこそ、これからだ。見返りを求めることなく…信じ抜く。マルレーネの信仰の道を、その在り方を崇拝して。

「…ん、ぐ、…ああ、だめ。だめだね。ごめんね。こういう時は安心させてあげないといけないんだけどな、お医者さんは…も、お医者さんじゃない、けど」

どうしても男の子たちみたいに格好はつかないね。そんなふうに輝ちゃんに困ったふうに笑って。

マルレーネ >  
彼女は、壊れているわけでも。
意識を失って無意識でいるわけでもない。


このまま死ぬと正直、思った。 それはそれ。
もう仕方ないと思っていた。いつか起こる未来が、今日だったというだけだ。
悲しいけれども、寂しいけれども、それはそれで仕方ない。
死ぬ予定だった自分が、ちょっとだけ楽しい夢を見ていただけ。

だから。

完全に手放していたから、身体はもう動かなかった。
生きる意志を失っていたから。
もう、全てに疲れてしまったから。
意思のままに身体は全てを"辞めて"いたかもしれない。
 

マルレーネ >  
でも、目の前で二人が泣いているなら話は別だ。
死ぬなら死ぬで、この二人を笑顔にした後だ。
優先順位が一気にひっくり返れば、動く身体。

2人の涙は、自分の生死よりも優先順位は上だった。

だから。


「………ありがとう。」


まだ、何もかも見えない。
身体が持つかもわからない。
今ある意識は、明日無いかもしれない。


それでも。


これだけ照らされたら、何処にだって歩いて行ける。
そう思えたから。

今日はまだ死ぬ日じゃない。
 

日月 輝 > 懺悔とも告解もつかない神名火さんの言葉。
祈るような仕草に伴う言葉は、良くも悪くもあたしの理外にあるものだった。
なんてことはないのかもしれない。
あたしがあたしの心のままであるように、神名火さんの心も、そうであったというだけ。

「……ううん。その……ちょっと安心した、わ。
 御免なさい、狼狽える神名火さんを見て言う言葉じゃあないわね……」

修道院で居合わせたあの日、狼狽える神名火さんに整然と言葉を並べられたのは
つまるところ、そうしたものでもあったのかもしれない。
結局、判然とはしない。

「山本さん達のほうがどうなったかはわからないけど風紀の人達だもの。
 個人として頼っておいて言うのもなんだけれどね。長くこの島の治安に携わる人達だもの。
 ……きっと大丈夫よ」

彼方側の結果は知らない。
けれど、心配はきっと要らないのだと思いたかった。
それが全く間違ったものであり、頼った人達が入院沙汰になった事を知るのは後の事。

今の事

「……どういたしまして。ほんっと、マリーったらあたしがいないとダメね!」

マルレーネは強い人だ。
強い女性だ。
長きに渡り旅を重ねて歩き続けて来た人だ。
その来し方行く末が暗闇にあったとしても、惑わないものを抱える人だ。
そんな人に精一杯強がってみせることをしようとおもったから、そうする。
鈍色の雨なんてもうないわ。

神名火 明 >  
「……………うん」

ありがとう、の言葉に。それだけで、救われるものはいる。けれど、僅か一抹の救いで満たされてはならなかった。ただ頭を垂れて言葉を受けた。
受け取り方も、多種多様だ。また違った姿を、彼女のことばを受ければ人は見せるのだろう。神名火明は、それだ。神託であり、祝福だった。

「うん」

顔を上げた。泣きながら微笑んだ。結局、おねだりしたみたいになってしまったが。まだ、未だ赤子の歩み。信仰は、始まったばかり。彼女のように強靭な慈悲は持ち得ないかもしれないけど、それでも…ただ、"信じる"のだ。マリーの肢体を、そっと白衣で多い包み、そっと自分の車に運び出す。後部座席に、輝ちゃんと一緒にいてもらおう。そろそろ、このふん縛ってる方々を引っ張ってくれる風紀さんががんばってくれるだろう。

「えへへへ、わかる~。他の人が焦ってたり泣いてたりするとね、冷静になるよね。私もそう。輝ちゃんがわんわん泣いちゃう子だったら、そうなったかもね…よし。じゃあ、私もしっかりしてるとこ見せないとな。少し診察して、そっから運ぼう。信用できる先生たくさんいるからさ」

まだ、何も教わっていない。まだ、何も教えられていない。ただひとつ、いま生きていてくれていて、そしてこれからがあることを喜んだ。輝ちゃんや、他のたくさんのひとたちも交えて、美味しいものを食べながら、短い旅の話もしたい。そのためにも。…そうして、滞りなく彼女を然るべき医療機関につれていき、手続きを済ませた。全力でねてしまうかもしれないが…そう、ようやく休める気がした。寝て覚めても会えることをただ祈って。そして、目覚めたら会わなければならないから。

ご案内:「未開拓地区」から日月 輝さんが去りました。
ご案内:「未開拓地区」から神名火 明さんが去りました。
ご案内:「未開拓地区」からマルレーネさんが去りました。