2020/09/20 のログ
ご案内:「常世学園付属常世総合病院・個室」に角鹿建悟さんが現れました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院・個室」に龍さんが現れました。
■角鹿建悟 > 段々入院生活も慣れてきた――否、慣れていいものでもないのだろうけれど。
本日の日課であるリハビリを終えて、今は自分に宛がわれている一人部屋のベッドに寝転んで休憩中。
――とはいえ、趣味などが全く無いのでやる事が無い。時々、テレビを付けたりスマホを弄るがそれも長くはない。
「――こういう手持ち無沙汰の時間をどうしたものか…。」
直す事に全力投球だったのも、精神を圧し折られる前までの事。今は能力も封印措置が取られており仕事も謹慎を言い渡されている。
正直言えば、生活委員…少なくとも、修繕チームをクビにならないだけ奇跡的だろう。
もっとも、退院してもまた同じ事を繰り返しかねないという事で、肉体だけでなく精神もしっかり療養しろと言われている。
(――療養、というかゆっくり過ごすのがどうにも落ち着かないんだが、な)
仕事が出来ないと、本当にやる事が無い。時間の潰し方、余暇の過ごし方が下手なのだ。
窓の外をぼんやりと眺める――肉体は兎も角、精神の問題でまだ退院は長引きそうだ。
■龍 >
「──────鹿を逐う者、山を見ず」
不意に、凛然とした声が病室に響いた。
「向こう見ずな事をしているから、ついに転んじゃった。……って、感じかなぁ?」
何時からいたのかは分からない。
病室の中、扉の前にいたのは中華服の女性が一人。
何処となく涼しい顔をしながら、小首を傾げて建吾を見やる、金の目。
「やぁ、建吾君。この病室であっていたようだね。気分はどうかな?」
ゆったりとした足取りで、女は近づいてくる。
手にはバスケットには、淡く実った桃。
棚の上に、トン、と置いた。
■角鹿建悟 > 「―――!?」
いきなり聞き覚えの或る声が届いた。上半身だけベッドから起こして周囲を見渡す――までもなく、扉の前に見覚えの或る女が一人、何時の間にかそこに居た。
「……転んだ、というか見事に精神を圧し折られた感じ…だな。…しかし、よく俺が入院しているのが分かったな…。」
あと、まさか見舞いに来てくれるとは思わなかった。…以前と違い、生気や覇気が欠けた瞳で彼女を見遣りつつ。
「――気分はまぁ、落ち着いている…肉体的には順調に回復もしているな。
…精神的には…正直、全然…でもないが、まぁどん底みたいなものかもしれない」
初めて精神を折られて、初めて挫折を味わった。前に逃げるようにひたすら直す事だけ追い求めた挙句がこのザマだ。
ゆったりとした足取りで近づいてくる女の姿は、何時ぞや遭遇した時と何も変わっていない。
柵の上にトン、と置かれたバスケットを一瞥する……桃か?
■龍 >
「精神的に?へぇ、あれだけ頑なに狂気にままにって感じだった君が?」
少しばかり面を食らった、と言わんばかりに目を丸くした。
初見ながらに、この少年の『直す』と言う意志はそれこそ狂気と言うべきものだった。
勿論龍はそれに対して何かしら言葉で施そうとも思ったが
生憎そこに踏み込みには、些か躊躇した。
龍自身も人であり、多少なり"遠慮"はする。
何より、その裏側を踏み込んだとして、"あの状態"でまともに会話できるか、怪しいのが大きかった。
「まぁね、人の噂はなんとやら。私も結構情報を集めたりはするんだよ?」
主に"遊び相手"の情報だが、それは彼には関係ない。
そこまでは口にはせず、人差し指を口元に立て
悪戯っぽく、笑みを浮かべてみせた。
その辺りにある備え付けの椅子に腰を下ろし、建悟 を見やる。
「とは言え、君には悪いけど今の建吾君は"悪くない"かな。
これでようやく、君とまともに会話できるわけだしね?
……ああ、ちょっと意地悪な言い方だったかなー?さてはて」
「桃、食べる?これね、常世島で品種改良された奴でさー。
皮ごと食べれて美味しいの。ちょっと手が汁でべたつくのは、ご愛嬌」
温和な雰囲気を崩すことなく、軽く片目をつぶる。
「さて、一応そうなった経緯位は聞いても良いかな?
私にも、相応に知る権利はあると思うけど……それとも
余程のショックで、話したくないかな?それならそれで、構わないよ」
■角鹿建悟 > 「――そうだな…今は…正直、何もやる気が起きない感じだな…あぁ、いや。勿論、リハビリとか肉体面の回復はちゃんと努めているが」
彼女が目を丸くすれば、若干だが視線を逸らしてぼそぼそと。スラムで失礼な態度だったな、という自覚は一応ある。今のように或る意味で”落ち着いた”状態なら尚更に、だ。
「――確かに、気配も足音も無く何時の間にか病室の”中”に居たりとか…諜報スキルがあっても驚かないぞ本当に」
彼女の力や技能は正直、よく分からないが凄いのは肌感覚みたいなもので彼なりに理解している。
――さて、今の自分は相手にどう映っているのやら、と思いつつも彼女の情報収集のあれこれに突っ込むのは止めておこう。
備え付けの椅子に腰を下ろす彼女に体の向きを変えて向き合うようにしつつ。
「――いや、圧し折られてやっと自覚した…俺は周りの人と”向き合ってこなかった”んだって。
…友人やこの病院で知り合った女性と話していて思ったんだ…だから、少しは改めて行きたいと思っている。
――だから、まず一つ。……あの時は失礼な態度で済まなかった、龍。」
そのまま、真面目な態度で静かに頭を下げて謝罪を。彼女が気にしていようといまいと、これは彼なりのけじめだ。
と、桃に付いては少し迷うが…「じゃあ、取り敢えず一つだけ貰おう」と頷いて。
正直、食欲はまだ減退気味だが…ずっと点滴とか栄養食ばかりも味気なさすぎる。
今までは、栄養が取れればいいと大して気にしてこなかったのだが。これも変化というやつだろうか?
「――そうだな。…ある火事現場の跡地で、そこを修復する仕事をしていたんだが…一人の先輩に声を掛けられた。
――最初こそ、会話自体はありふれたものだったんだが…俺の『直す』事への固執をずばり指摘されてな。
…で、まぁ…その先輩の魔術か能力かは分からないが、幻覚を見せられた。
――その先輩は言ってたよ…「オマエはここで”止まれ”」と。…そして、その先輩の幻が俺の目の前で拳銃自さ――…っ…!!」
反射的に口元を押さえる。まだ桃を食べていなくて良かった。その光景がフラッシュバックして吐きそうになる。
だが、彼女には大まかではあるが経緯は伝えねばならない。ぐっと口元を押さえながら吐き気を堪えて。
「――俺は人を直す事は…癒すことは出来ない。それを幻覚で突き付けられた。…俺は…自分でも情けないくらい、あっさりと圧し折られたよ。
…で、俺はそのまま気絶して気が付いたら病院に担ぎ込まれていた。
肉体的にも限界だったからな…精神が折れたのが決定打になったんだろう…最後に、その先輩の呟きが聞こえたんだ…「脆いな」って。」
実際、本当に自分は脆かった。薄氷を踏むような綱渡りの、いや自滅必至の生き方だったから無理も無い。
■龍 >
「成る程ね、君は本当にそれだけ"打ち込んできた"訳だ。
……ああ、いや、私なら気にしてないよ。君位の変わり者なら
きっと、この島にはごまんといるだろうしね?それこそ、私とか」
無趣味人間と言う言葉を聞いたことはあるが
彼もまたその一人なのかもしれない。
にしても、随分な代わりようと言うべきか。
余程"効いた"ものがあるらしい。
あの時の彼からは想像もつかない、気まずそうな態度。
思わず眉を下げて、はにかみ笑い。だから……。
「ああ、気にしてないよ。君を見捨てるのは簡単だしねぇ?
君に付き合ってた人達は、皆好きで君と向き合おうとした訳なんだからさ。
それこそ、お互い様、位でいいんじゃないかな?ほら、そう言う人からしたら……」
「……こうやって、"ちゃんと話せる"だけで十分じゃないかな?とりあえずは、だけど」
人間関係は畢竟、そう言うものだ。
特に、彼自身からちゃんと謝れるなんて
それこそ"人間らしくなった"と、失礼ながら思ってしまう。
軽く手を振って、気にしないでくれとやんわり。
バスケットから手に取った桃を軽く、放物線を描くように投げた。
味は甘く、よく熟れており、果汁がたっぷりのいい桃だ。
「…………」
頬杖をついて、指先を持て余したように軽くクルクル。
彼の言葉を、躓いた石についてしっかり耳を傾けた。
余程、トラウマになっているのだろう。
ある意味根源的で、多分目を逸らしたかった事。
笑みを崩すことなく、龍はただ静かに、言葉を聞いて……。
「君をこかした相手は、相当"悪趣味"なんだなぁ」
第一の感想は、そこだった。
少なくとも、荒療治であれば、この上なく的確だが
そのやり方は悪趣味極まりない。
余程の極悪人なんだろうと、龍は思う。
「大体の事情はわかったよ。辛いのにごめんね?建吾君。
にしても、そうか。それとも、やはりって言った方がいいのかな?」
「……結局、君が直したいのはものではなく人、なのかな?
知りたいな、建吾君の事。君がどうして、ああなってしまったのか……」
「今なら、話せるかな?」
龍は静かに、問いかける。
■角鹿建悟 > 「――そうだな…少なくとも、この島に来てからの6年間はずっとそんな調子だった。
…あぁ、まぁ…そうだな。この島は変わり者の巣窟だったな…俺みたいなのはありふれているんだろう」
圧し折られたのもあるが、矢張り前と比べたら精神の状態が基本沈みがちだ。
――いかんな、と思いつつ軽く両手で自分の頬をパチンッと軽く叩いて気を取り直す。
「――正直、どう向き合えばいいのかさっぱりなんだけどな…そちらは”初心者”だし。
ただ…まずは、相手の目を見て、その言葉をちゃんと聞くという当たり前の事をきちんとやろう、と」
会話の基本すら、きっと自分は何処か蔑ろにしてきたのだろうから。
少なくとも、直す事への固執を言い訳や逃げ道にするのはもうしないようにしなければ。
視線を己の手に落とす――そう、取り敢えずこうして会話が、意思疎通が”ちゃんと出来ている”だけマシだと今は思っておこう。
と、軽くパスされた桃をキャッチする。筋肉や神経も衰えてリハビリ中だが、少しはマシになったようだ。
「悪趣味――と、いうか多分だが…その先輩の”何か”に触れたんだろう、俺の言動や態度が。
…今思えば。…明らかに俺をその時に確実に圧し折る為の言動や行動だったと思う。
…勿論、俺はその先輩の事は詳しくは知らないが――まぁ、悪趣味だとしても。俺の自業自得な所もあるから、な」
――吐き気は落ち着いた。ゆっくりと息を整えながら桃を軽く一口。…うん、甘くて美味しい。
龍の言葉に、桃を齧りながら暫くは沈黙して口だけをもぐもぐと動かしていたが。
「――生まれは宮大工の家系で、俺の周りは能力者も魔術を扱う人も俺以外は誰も居なかった。
…小さい頃から、俺は触れた物を直したり、一から”創る”事が出来た…周りの大人はそれに目を付けたみたいでな。
――子供の頃の事だし、思い出したくもないから曖昧な所もあるが…色々”利用”されたよ。
…ただ、俺の力は物だけにしか働かない…人や生物には何の力も持たない。
――当時の俺は、それを知らなかった…だから、人が怪我してもこの力で元通りに直したり創れると思ってた――――俺は――」
そこで、言葉を切って深い…溜息を零した。これ以上は勘弁して欲しい。ただ…。
「――俺は、”誰も救えなかった”。…アンタの言うとおりだ。俺は”物”じゃなくて”誰か”を救いたかったんだ」
本当はもっと話せればいいのだが…呼吸が苦しい、勝手に冷や汗が出てくる。先輩の自殺する幻の光景が脳裏に浮かぶ。
俺は――…。
■角鹿建悟 > 「俺は――幾ら頑張っても、必死になっても誰も救えない、と。そう、思ったんだ」
■龍 >
「そうそう、奇人変人の集まりさ。十人十色、人間なんて畢竟そんな所」
だからこそ、気にする必要は無い。
それは飽く迄"個性"だと龍は受け入れる。
それは決して、悪いとは言わない。
良し悪しで判断するなんて、愚かな事はしない。
何方も何方で、その人の個性だ。
「…………」
軽く腕を組み、足を組んだ。
生憎服は男物。生足は見えない。
女性らしい色気は、この格好には皆無だ。
だが、温和な態度だけは崩さない。
「何であれ、人を"壊す"以上は『悪』であろうさ」
温和な態度は崩さない。
されど、さもありなんと離れた言葉は何か確信めいた物言いだった。
それもそうだ。その考えは自分の在り方そのもの。
自分自身でさえ、そうだ。
─────何者であろうと、人を殺すのは『悪』である。
そして、龍は彼を見ていた。
もっと彼の事を知りたいから。
それは、人間的な興味に他ならない。
「……それは、災難だったね。子は親を選べないと言うが……
確かに、その異能は便利なものだ。私の言ったように
その手の人間から見れば、ある意味そうもなろうものさ」
初めて会った時に思ったように、口に出したように
物をすぐ直せるなんて異能は、その手の人間から言わせればまさに神の異能だろう。
それを消耗品と考えれば、ある意味正しい使い方かもしれない。
同情を禁じ得ないと言えば、そうだ。
トントン、と軽く自身の方を指先で叩きながら、思案を巡らす。
■龍 >
「────────落ち着いて」
■龍 >
凛然とした声音が、また室内に響いた。
優しく、柔らかい声音。
静かに立ち上がる龍は、建悟の頬へと手を伸ばす。
柔らかく、女性的な質感を持った、暖かな人の温もり。
トラウマに、過去に喘ぐ少年にまずは温もりを。
そして、笑みを崩すことなく言葉を続ける。
「君には誰も救えない、か。……建吾君、君が……
そう、今までこの島では、どんなものを直してきたのかな?」
■角鹿建悟 > 「――そうだな、本当に……俺はどんだけ視野狭窄になっていたんだろうな」
自分でも明らかに”変わった”と、思える程度には…まぁ、未だにどん底だが精神の変化はあったと思う。
それでも、変化があって色々思う所が増えたとはいえ。それをどうするか、どう対処するかは結局、手探りでやっていくしかない。――まずは、一刻も早くどん底から這い上がり、立ち上がらなければ――…。
(――違う、焦りや急ぎは駄目だ。”ゆっくり”と…今の俺はまだそれが出来ていない)
自分の駄目な所は色々見えてきた。だが、それを改めるにはまだ己の精神は貧弱過ぎる。
ゆっくりと…桃をまた一口齧る。甘くて美味しい。そんな当たり前の味も少し前の自分は”他人事”だったから。
彼女が足を組みかえる仕草を一瞥する――そういえば、彼女の服装は男物だった。
特にそこに突っ込みは入れない…と、いうより。この男にファッションセンスやらどうのは全く分からない。
「―――『悪』であろうとなかろうと。圧し折られて…少し落ち着いた今は、結果的には悪くなかったと思えるさ」
あの先輩の善悪は…正直分からない。そこまで考える余裕がまだあまり無い。
それに――発作的に幻の拳銃自殺の光景がフラッシュバックしそうなので、今はあまり考えないようにしている。
「――だから、俺は家族も故郷も過去も捨てた…捨てたつもりになってた。
少なくとも、全く違う環境に身を置けばと思ってた…けど、気が付けばこの有様だ。
――きっと。人を癒(なお)せない事に失望して…その代わりを物を直す事に俺は求めたんだと思う」
思う、と自分の事なのにハッキリしないのは…その辺りも磨耗しているからだろう。
もう、実際に過去の事も一部は本当に記憶から削れ始めている。
…ああ、まったく。自分の”脆(よわ)さ”が嫌になる。…と、龍の言葉に我に返ったように。
冷や汗を軽く袖口で拭って一息…落ち着こう。少なくとも今の自分は昔を省みる事は少しは出来ている筈。
と、頬に手を伸ばされて一瞬だがビクッと反応する。が、直ぐに肩の力を抜こう。
どうにも、無自覚に自分で自分を追い詰めていたようだ…気をつけなければ。
彼女の手のぬくもりに、何処かほっとした気分になるのは何でだろうか?
「――直してきた物?…倒壊した建造物や壊れた機械や調度品、あと細々とした物も色々とだが」
男の仕事に善悪は関係ない。依頼がきちんとしていれば、例え落第街やスラムだろうと赴いて直してきた。
直した物は多過ぎてもう細かい所までは流石に覚えていないのも多いが…。
■龍 >
「まぁまぁ、自分を責めるのはその辺にしておこうよ。ね?」
ちょっと言いすぎ、と付け加えてこれまた苦笑した。
これは間違いなくいい傾向なのは間違いない。
ただ、少しショックが残りすぎとも言うべきか
それほどまでに、行いを恥じているというべきか。
なんであれ、ゆっくりとまた"対面"すればいい。
「……そう、君がそう言えるならそれでいいかなぁ」
本人がそう言えるなら、尚の事だ。
彼の言葉にゆっくり、人差し指を立てた。
「人は、尊厳があれば自棄を起こせる。
人は、飯があれば生きていくことが出来る。
人は、誰かの為であれば何かを成す事が出来る。
これらを生とし、生を護るものは何か?そう、文化だ」
立てた人差し指を、ゆっくりと回し始める。
「君が直してきたものは、人の尊厳を護り、飯を傷めず、誰かの為になる事だよ。
要するに、君が築いたものは、間違いなく人を癒す事には繋がったと思うよ、私はね?」
彼が直していたものこそ、多くの先人たちが築いたもの。
人々の暮らしに安寧を与え、安らぎを与える数々の物々。
即ち是、人々の暮らしを護る文化、文明たれば、彼の行いは間違いなく偉業に違いない。
勿論、表舞台に出るようなものではないだろう。
だが、賞賛されて然るべきものだ。
「雨垂れ石を穿つ。……何、君のしてきた事は、決して"無駄"じゃなかった。
君の行いは、多くの人々の"心"を癒(なお)してみせたとは思うよ」
だからこそ、彼の行いを弱さとも言わない。
彼の行いを間違いとは決して言わない。
「……それにさ、壊れた物を直すのも大変なのに
人一人蘇らせるなんて、余程難しい事だよ?
勿論、君の気持ちはわかる。命は尊ぶべきものだからね」
「けど、"形あるものは何時か壊れる"って言うでしょ?
人も、物も、何時かは朽ちてしまう。そんな中
物だけでも直せる技術も、能力も、私は凄いと思うよ」
それだけで、誇っていい。
だから……。
回した指を止めて、もう片手も頬に添えた。
両手で頬を添える形となって、自らの顔を近づける。
拒否しなければ、互いの額が重なり合う形になるだろう。
確かな人の優しき温もりが、貴方がどんな形であろうと
守ってきた、人の心の温かさが、そこにある。
「君のやってきたことは、"無駄"じゃない。
君が治せなかった事は、君のせいじゃない」
「どうか、自分に失望しないで。どうか、必要以上に攻めないで。
今はさ、ゆっくり休んでいいし、どうせここには私しかいないんだよ」
「もし、我慢している事があるなら、吐き出しちゃっていいと思うな」
今の君には、それが許される。
孤独の道を歩んで、漸く戻ってこれたんだ。
泣いても笑っても、思う所があるなら
今はもう、全てを吐き出してしまうおう。
融和な声音で、その鼓膜を静かに撫でた。
彼に、やすらぎを与えるために。
■角鹿建悟 > 「――ああ、すまん。ちょっと、こう落ち着いて自分を省みる事が出来るようになったら、つい…。」
悪くはない傾向なのだろう。少なくとも、少し前の自分をちゃんと冷静に思い返せる程度には。
ただ、精神的にまだまだ弱りきっているのが、どうにもマイナス思考気味に傾きがちで。
――いや、本当に俺はどれだけ脆いんだろうな、と内心で呟いて一息。
「――本人に直接会う度胸はまだ無いけどな…少なくとも、恨み節を言う気は全く無いさ」
折られた事で今の自分があるなら、まぁそれでもいい…少なくとも、あのまま突き進んだ末路よりは今の方が遥かにマシなんだろうから。
人差し指を立てる龍に、桃を合間に齧りながら不思議そうに彼女の言葉を聞く…と。
「―――そう、か…。」
彼女の言葉に、特に”無駄”ではなかった、というその言葉に…ああ…と、深い溜息のような、何処かほっとしたような吐息を漏らして。
少しでも――愚直に狂的に自分がやってきた事が。報われたならそれで十分だ。
表舞台に出れなくても構わない。誰かに賞賛されたい訳でもない。ただ――そう、全くの無駄じゃなかった、と。その言葉で十分な”報酬”だ。
残りの桃を口へと放り込んで、ゆっくりと味わってから、自分の手を見つめる。
――その左手首には黒いリストバンド―異能封印装置。それを眺めてから、ぐっと掌を緩く握りこんで拳へと変える。
「――…!」
彼女のもう片方の手もこちらの頬に添えられて。気が付けば互いの額がくっ付く程で。
流石に銀色の瞳を僅かに見開いて驚きを示すが、不思議と拒否する気持ちにはならない。
「――その言葉と気遣いで十分…ありがたいさ。けど、そうだな…。」
吐き出したいものは多分色々あるかもしれない。けど、それは言葉にならない。
思考が今は纏まらないし、何時もの無表情も崩れて少し泣きそうだ。
けれど、今はまだ泣かない。弱っていても泣きたいくらいのぬくもりに包まれても。
まだ――泣いちゃいけない。それでも、声の震えは隠し切れなかったが。
■角鹿建悟 > 「俺のやってきた事が――”無駄”じゃなくて良かった」