2020/09/21 のログ
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人と人の温もりがそこにある。
金色の瞳が目の前で、静かに彼を見据えている。
龍はただ、そこにいる。
ただ寄り添うだけでも効果がある事を知っている。
人と言う文字の成り立ちであるように
こういう時こそ、誰かが傍にいるべきだと、龍は知っている。
自分がやるにはこそばゆい、などとは思わない。
自分が彼の為にお見舞いに来ているのも、言葉をかけるのも
彼を思ってやる事なのだから。

「まぁ、そう言う感じ……かなぁ?ふふ、いいんじゃないかな。
 向こうも、恨み言の一つ位言う事を望んでると思うよ?」

それはさておき、と静かに少しだけ、頬を撫でた。
子をあやすのと同じように、ただ彼の心に一抹の癒しを与えるように。

「うん、"無駄"じゃない。なんだかんだ、君のやってきた事は
 誰かの為になっていた。だから、皆君を気に掛けてたんじゃないかな?
 "因果応報"って言うけどさ。それは、悪い事じゃなくて、良い事にも返ってくる。でしょ?」

だからきっと、自分以外の多くの人間が
彼の事を考えてくれている。
声をかけてくれる。これが、人を結ぶ縁と言う。
だから、そう……。

「これは、君が一から"創り上げた縁"、だよ。私も、他の人もね?
 人付き合いとか、人と向き合うなんて、こんな感じでいいんだよ」

どう、上手でしょ?
なんて、ちょっと茶目っ気を付け加えた。

「…………」

今にも泣きそうな顔だけど、彼は堪えている。
ああ、わかるとも。彼も男の子だものね。
だから、何かを言おうという気は無い。
それが強がりだろうと、何であろうと、龍が掛ける言葉はただ一つ。

「"それでいいの"?」

ただ、一言。それだけ。

角鹿建悟 > ――金とは対照的な銀で彼女を見返す。自分は龍でも虎でもない、ただの人だ。
こういうのが母性、というやつなのだろうか?母親の事は正直、半ば望んで忘れつつあるけれど。
勿論、流石に恥ずかしいとか、動揺する気持ちはありはするけれど、同時にほっとするのも事実で。
ああ、悪友といい、シスターといい、そしてこの姐さんといい、自分は――きっと恵まれているのだな、と。

「――言うべき事は言うさ。けれどそれは”恨み”じゃない。その先輩と向き合えるようになれるまでまだまだ掛かりそうだが」

何せ、トラウマじみた光景を叩き込まれたのだから…正直、一生こびりつきそうなくらいだ。
軽く頬を撫でられて、弱った精神にはかなり効くが――やっぱり安心もする。

「…良かった。それが誰かの助けになっているなら、俺はそれで十分だ…。」

人は癒せない、人は蘇らせられない、それでも――物を直す事が誰かの救いになるならば。
歪になってしまったけれど――角鹿建悟の”原点”は、つまり『誰かを救いたい』という事に相違ないのだから

「――そうか、『創る』力はもう失ったと思っていたが…ああ、知らず知らずにちゃんとやれていたんだな…。」

彼の力は『直し』そして『創る』事。その片割れは今は失われてしまったけれど。
こういう形で、『創り上げる』事が出来たのなら…それで満足だ。十分過ぎるほどに満足だ。

「――今はまだ泣けない…俺は…まだ泣くには早いんだ」

ちゃんと立ち直って、今度こそ”正しく直す”道を歩んだその先で泣きたい。
だから、今にも涙が毀れそうで、声を挙げて泣きたいけれど――それだけは、なけなしの男の意地でグッと我慢だ。

このくらいは格好つけたり痩せ我慢はしないと流石に情けない。
だから、ゆっくりと身を離すようにしながら龍を見つめて。

「――だけど、ありがとう。…俺はまだ直ぐには立ち上がれそうにないけど…必ずまた、今度は”全てと向き合って直す”為に頑張るさ」

>  
「それは、かっこいいね?本当にそう言えるなら安心……かな」

それが越えなければいけない壁と言うなら
これ以上、何かを言うのも野暮と言うものだ。
男の子なら、余計に。静かに両手を離し、額を離した。

「人が救われる条件は何も、怪我を治すとか、そう言うのじゃないよ。
 誰かを救いたいなら、その"心"を癒(なお)すことが大事なんだ。
 君が、皆の物を直すように、私が君に向き合うように、ね?」

勿論自信満々に言ってやった。
それだけの自信が成功を呼ぶと龍は思っている。
自惚れさえも、大切な才能の一つだ。
クスリと笑みをこぼして、人差し指を口元に立てた。

「惚れてくれても構わないよ?火傷するけどねぇ」

なんて、冗談も一つ。

「そっか。なら、私はそれ以上何も言わない。
 ただ、『創る』力と言うけどさ、まだ君には"手"があるでしょ?」

「人は異能が無ければ暮らせない訳じゃないよ。君だって、大工さんの技術くらいあるでしょう?
 道具がある、技術がある。なら、君の手でまた『創る』事が出来るじゃないか。異能が全てじゃない、でしょう?」

それでも、彼の異能と比べれば時間がかかるのは違いない。
だが、元より人の文明は人の手により創られてきた。
永い長い、それこそ気が遠くなるような時間。
そこに、自分たちは立っている。
そして、彼もまた、それを築いた人間だ。
静かに一歩、一歩と病室の扉へと向かう。

「そんなに気張ってると、またこけた時が大変だよ?
 少しは肩の力を抜いてもいいのに。……ねぇ、建吾君」

ゆったりと、振り返る。
緑の髪が、淡く揺れた。

「どうかな?少しは"やりたい事"が明確になった?」

角鹿建悟 > 「…悪友や知人や、アンタの言葉で自分を見つめ直す事も出来たからな…このくらいは格好つけないと…な」

気が付けば、銀色の瞳に失っていた生気と覇気が少し戻っていた。まだ、本来の光には遠いけれど。
今までが駆け足で、形振り構わず、そして急ぎ過ぎた。”ゆっくり”するのは正直に言えば――苦手だ。
だが、良い機会でもある――焦った所で、急いだ所でまた似たような事の繰り返しでは意味が無い。

――今の自分に必要なのは、ゆっくり考える事…少しずつ立ち上がる事なのだろう。
体の方はもう大分マシになってきたけれど、精神は悪友やシスター、そして目の前の彼女のお陰で少しずつ改善しているとはいえ、まだその沈みは深い。

――けれど、その言葉は決して無駄にしない。また、必ず立ち上がる為に。

「――心を直す、か。それこそ――物を直すより遥かに難しい気がする」

物に感情は無い、けれど人にはある。だからこそ、人とは正しく向き合わないと…今の自分は特に、だ。
相変わらず自信満々というか、飄々としていて掴み所が無い相手だが…今回は感謝しかない。

「――悪いが、今は自分の事で手一杯でな。それに、惚れたどうだというのはまだよく分からん」

と、ちょっと残念男子な側面が。まぁ、青春も相応に犠牲にしてきたのでしょうがない。
――そう、能力は使えなくとも、工具や技術で直せる物はある。
今までが能力に頼りすぎだったし、彼女と似たような事は先日、とあるシスターにも言われた。

力に頼り過ぎない…それだけが物を直す術ではないのだから。

「――流石に、この辺りは元々の性分だろうから流石に級には変えられないぞ」

手抜きや妥協…と、いうより適度にリラックスするというのが下手なのだ。
やるからには全力投球。甘えも遊びも一切無い。そこは精神を折られても変わらない。

「――そうだな、まだ具体的に何が、とは極まってないが…。」

部屋を立ち去ろうとする彼女が、振り向き際に問い掛けてくる。今の自分の答えは、まだはっきりと形にはなっていないが。

「――”直して創る”…力を、技術を、道具を使って。直接的でなくても、間接的にでも”誰かを助ける”為に。
――そして、誰かの言葉をもう蔑ろにはしない…ちゃんと向き合って、言葉を交えて、考える事を止めない」

後は、まぁ今度こそ休息などはちゃんと取る事も忘れてはいけないか。
一度目標が定まると、どうにも自分はそれ以外が疎かになりあがちのようだから。

「ああ、それと――改めて、見舞いありがとうな、ラオ姐さん」

彼なりの親しみと敬意を込めて。そう呼びながら緩い会釈をしてから彼女を見送ろうと。

>  
彼の言葉に、小さく首を振った。

「それこそ、深く考える必要もないよ。今の君でも出来るんだからさ。
 難しく考えないで、性分と言わずに"遊び心"を覚えればいいだけ」

それこそ難しい話じゃない。
が、この"堅物"っぷりばかりを見ると、まだまだ難儀しそうだ。
とはいえ、若い人生、考える時間はいくらでもある。
不幸中の幸い、彼には丁度いい時間だ。
楽しい事だ。だから龍は、笑みを絶やさない。

「冗談だから、間に受ける事はないよ。それこそ、"考えとく"位でいいよ」

思わず肩を竦めた。
この辺りも、良い青春を送れる事を祈るばかりだ。

「…………」

ひらり、と手を振った。

「どういたしまして。また来るよ?建吾君。
 今度来る時は、ユーモアを覚えてる事を期待しておくね?」

今の答えとしては、十分だ。
まだまだ人間としてぎこちないけど
それこそこれからだ。自分の役目はここまで。
後は友人として、彼に付き合い続けるだけ。
嗚呼、そうそう。だから最後に……。

「今度は一人で無理しないでね?私でも、誰でも、頼る事だよ」

それだけ告げて、振り返る事無く病室を静かに出ていくだろう。

ご案内:「常世学園付属常世総合病院・個室」からさんが去りました。