2020/10/04 のログ
リタ・ラルケ >  
「うぇ」

 つと、視界の外から拍手の音。気付いて周りを見てみれば、皆がこちらを向いて拍手をしていた。
 注目されるのは――特に、手本だとか称賛だとか、いい意味で注目されるのは、全然慣れてない。つい変な声を上げて、視線を逸らす。頬に、少しだけ赤みが散ったような気がした。
 そして。監督してくれていた男の人からの言葉。

「高度を、上げる」

 まさか自分でもここまで行くとは思っていなかったが。いよいよ、高度を上げることとなった。
 高所への恐れはない。むしろ待ち望んでいたことでもある。

 ――この島の皆にこそ、エアースイムの楽しさを知って欲しいなって思う。

 思い浮かぶは、友人の言葉。
 迦具楽が見る景色。それを、ついに自分も見ることになる。

「……いやまあ、あんな風には飛べないだろうけど」

 独りごちて、くすりと微笑む。"空駆ける稲妻"には、まだ到底手が届かないだろうが。

「背中を弓なりにして、上を向く」

 言われたことを反復して、その通りに視線を向ける。
 空が見えた、その刹那。

「――ぁ」

 宙に浮かぶ感覚。高度が上がる。

「飛べた……ううん、"泳げた"、か」

 空を飛ぶというのは、何度だってしてきたはずなのに。
 そう言うだけで、なんだか届かなかった場所に届いたような。そんな心地がした。

杉本久遠 >  
「おおー!」

 下方から久遠の声が上がる。
 自分で見る事は出来ないだろうが、リタの動きは滑らかなもので、初心者とは思えないモノだった。
 もし下を見る余裕があれば、仰ぎ見る久遠の姿が見えるだろう。

「――ようし、彼女みたいにとはいかないだろうが、このS-Wingならすぐに泳げるようになる!
 少しずつでいいから、この体験会で空を泳ぐ楽しさを味わってみてくれ!」

 と、参加者を指導する久遠の声にも熱が入っていた。
 同じ初心者のリタが上手く泳ぐのを見たからか、他の参加者たちもやる気が出たようで。
 次々と、ゆっくりだが確実に泳ぎだせる人数は増えていった。

リタ・ラルケ >  
 空を、泳ぐ。普段とは違う感覚だが、それにもだいぶ慣れた。
 ゆっくりと自由に泳ぐだけなら、多分もうそんなに難しくない。

「ん、だんだん人も増えてきたね」

 周りを見れば、自分と同じくらいの高さを飛ぶ人がぽつぽつと現れはじめる。
 すごいね、どうやってるの、なんて話しかけられるのを、当たり障りのない言葉で躱す。エアースイム以外で飛んだ経験があるから、としか言えないし。

「……楽しい、か」

 多分、エアースイムをする人というのは。こうして、楽しさに目覚めたのだろうか。空を飛べるはずの自分だって、感覚は違えど――あるいは違うからこそ――こうして楽しさを感じられている。
 それなら、元々空を飛べなかった人は。
『身一つで空を飛ぶ』ということに、自分なんかよりも遥かに、感動を覚えたのだろうか。
 迦具楽も、迦具楽を下した"トップスイマー"も。
 そしてもちろん――さっきから暑苦しいくらいに楽しそうな笑顔を浮かべている、あの男の人だって。

「そろそろ、いいか。降りよっと」

 彼に言われたように、腰を落とす。緩やかに、その高度が下がっていって。彼がいる地表近くの低空に、再び落ち着くだろう。

杉本久遠 >  
「――お疲れ様。
 泳いでみた感想は、どうだったかな?」

 リタが降りてくれば、そんなふうに少し親し気に声を掛けるだろう。
 まるで答えはわかっていると言わんばかりに、嬉しそうな笑顔で。
 

リタ・ラルケ >  
 親し気に話しかけてきた男の人に、向き直って。
 そして問われ、

「感想、か」

 一瞬、考える間があった。正直、感想に困っていた節はあった。勿論、悪い意味ではない。一言では、言い尽くせないというのが正しい。
 初めて空を"泳ぐ"新鮮さ。普段飛ぶようにはいかないもどかしさ。少しでも友人と同じ景色を共有できたかと思えた達成感。その他にだってたくさん考えたことがある。色々な言葉が綯い交ぜになる。
 だけど、それら全部をひっくるめて。

「楽しかったよ、とっても……とっても」

 畢竟これに落ち着くだろう。
 そう言って、微笑む。

杉本久遠 >  
 楽しかった、と、その言葉を聞けばまた力強く親指を立てた。

「うむ!
 今の君の表情は、とても活き活きとしているな!
 だはは!
 これで君も今日から『スカイスイマー』の仲間入りだ!」

 そうして、参加者の全員が曲がりなりにも泳げるようになり、改めて地に足を付けた頃。
 体験会終了を知らせるアナウンスが流れ出す。

「――む、そうか、もう終わりか」

 と、見るからに残念そうに久遠は肩を落とすが。
 すぐに参加者の方を向いて快活に笑った。

「みんな、ナイススイムだったぞ!
 良かったらこれからも、時々空を泳いでみてくれ!
 きっとこれまで見えなかったものが、沢山見えてくるはずだ」

 そう久遠が言うと、参加者たちは「これからも?」と疑問符を浮かべている。
 それに、久遠もまた不思議そうな顔をした後、手を叩いてから、やってしまったとばかりに額を押さえた。

「だはー!
 そういえば説明してなかったな!
 今日のその体験会用S-Wingだが、参加者へのプレゼントになっているんだ。
 どうも今回の大会、随分と大きなところがスポンサーになってくれたみたいでなあ。
 だから帰ってからもぜひ楽しんでくれ。

 ああ、でも飛ぶときは海や川とか水の上にするんだぞ!
 安全装置は着いてるが、万一の事故は怖いからな」

 と、久遠が言うと横から少女――妹の永遠がやってきて、参加者にパンフレットを渡していく。

『はーい、これがエアースイムをやるときの注意事項や、S-Wingの簡単な説明書でーす。
 簡単に言うと、街中とか人が多いところや、障害物の多いところでは飛行禁止!
 広くて人の少ないところで飛ぶようにしてくださいね』

 そうして配りつつ、常世島の学生と思しき人には、パンフレットと共にエアースイム部の部員募集を知らせるチラシと入部届を一緒に渡していく。
 熱心だがどこか抜けている兄と違い、妹の方は中々抜け目ないようだった。

『あなたもよかったら、一度遊びに来てみてね!
 あなたくらい飛べたら、きっとすぐに競技スイムも出来るようになっちゃうよ』

 なんて、リタへと小さくウィンクをして、永遠は受付テーブルの方へ戻っていってしまう。

「――よし!
 みんなお疲れ様だった!
 今日はエアースイムを楽しんでくれてありがとう!」

リタ・ラルケ >  
「『スカイスイマー』……」

 鸚鵡返し。なるほどエアースイムのプレイヤーのことなのだろう。
 ならなんでスカイスイムじゃないのかな、なんてどうでもいいことを少し考えたりもした。
 周りの皆も徐々に降りてきたかと思えば、体験会終了のチャイムの音。
 男の人は少し残念そうだった。なんとなく気持ちがわからなくもない辺り、なんだかんだで自分も名残惜しいとは思ってるのだろう。
 直後、

「……これから、も?」

 気になる言い回し。そして間もなく、説明していなかったと言葉を続ける。

「……うそ」

 予想だにしていない言葉に、驚きの声を上げる。貸し出し品じゃなかったのか、という驚きが一番強い。
 はじめに言ってよ、と心の中で悪態をつく。いやまあ、勿論嬉しいけど。

 それから矢継ぎ早に、受付をしてくれた少女が来て、周りの人にパンフレットを配っていく。そして自分にもパンフレットを――エアースイム部の案内と一緒に渡された。

「え、あ……ありがと」

 ウインクを飛ばす少女に向けて、お礼は言っておく。抜け目ないなあ、なんて思いながら。
 さて、少女自身の口で説明してくれたが、ざっとパンフレットの方を眺めてみるとその通り注意事項やS-Wingの取り扱い方が簡単に書かれていた。たまにここに来て、"泳いで"みるのも悪くないだろうか。
 そして案内の方は、部員募集のチラシと、ついでに入部届。いや気が早くないですか。

 そうして、彼の締めの言葉。

「……うん。こっちこそ、ありがと」

 この短い時間で、いろいろなものを貰ってしまったみたいだ。

杉本久遠 >  
 それから間もなく、各グループの受付では参加証の回収と、S-Wing持ち帰り用のスポンサーの名前が大きく入った袋の配布がされるだろう。
 そして、体験会の参加者たちは徐々に立ち去っていき、会場は慌ただしく、今度は撤収作業が始まる。
 リタの指導を手伝った杉本兄妹もまた、その作業を手伝うために――と言うよりは実家の出店の片付けに駆り出される。

 こうして、エアースイム体験会は終わりを迎える事になるのだった。

ご案内:「エアースイム体験会会場」からリタ・ラルケさんが去りました。
ご案内:「エアースイム体験会会場」から杉本久遠さんが去りました。