2022/01/31 のログ
■出雲寺 夷弦 > 「…………なんて、な。俺はもう、その看板背負っていくにはちょっと……」
ぽつ。脱力し、その手はゆっくり広げられ、掌を自分の顔に向ける。
男子にしては色白かもしれない。指はそこそこ太いが、何の変哲もなく。
……先まで滲ませていたものは消え失せ、只佇む、一人の青年。
「……今度着手するのはあっちの方か。まぁ、土台は幾らか出来てきてるし、後は……」
――ただ、ここに縁を持つ人間であるようではあり。
これからそこに何が出来るのかを理解しているように、何も建っていない開けている場所へと視線を遣って、独り愚痴る。
■出雲寺 夷弦 > 「……ん、あ」
そんな折。小さなバイブ音と共に、青年のコートのポケットから小気味良い着信音。
画面を開けば、そこに表示されている名前に、明らかに青年の顔が柔らかく綻んだ。
何度かも鳴らないうちに、その電話に出て。
「――ああ、もしもし。……ん、ちょっと出雲寺のほうに来てたとこだよ。だいぶ出来てきてるけど、これからもっと色々増えるらしくてさ。
……差し入れ?っはは、それいいな。いや、そしたら俺も作るよ、二人で一緒に作って持ってこようぜ、きっとみんな喜ぶからさ」
電話の向こうからの声。
……青年が踵を返す。
「……帰りに材料買ってくよ。ん、ああ。もう少しいるつもりだったけど、声聞いたら、なんだか帰りたくなってきた。
――オーケー。それじゃ、待っててくれよ、すぐ帰るから」
――そう告げた後、短く何かを告げる。
風に遮られた一言の後には、電話の向こうからの言葉に、青年は明るく笑う。
そのまま、彼は寺院に背を向ける。風を切って、帰路に駆けだしていった。
ご案内:「出雲寺院(再建中)」から出雲寺 夷弦さんが去りました。
ご案内:「学生居住区の辺鄙な一区画」に清水千里さんが現れました。
■清水千里 > 自宅のドアを開ける前に、清水は侵入者に気が付いていた。
「焦ってたの?」
清水は目の前の男の方をちらと見て、外した手袋をソファに放った。
「扉に挟んでおいた”木片”を落としたわね」
『君こそ、ずいぶん派手にやってるじゃあないか』
その男は、椅子に座り腕組する。
『地球人に不用意に干渉するべきじゃない』
「追けられてないでしょうね?」
『無論だ』『それに障壁だってあるんだろう?』
■清水千里 > 「不用意な干渉なんて、した覚えはないのだけれど」
『とぼけるな、《トートの詠唱》だ。まったく、よりにもよって魔術の知識を与えるだなんて……』
「あれは地球人の知り得る性質の魔術だもの。彼ら自身が現代まで受け継いできた――」
『その通り、だがいま彼らはそれらを禁書に指定している』
「魔術に対して慎重なのよ」
『どうかな』男は言う。『昔と変わらんさ、彼らの精神には扱いきれんものを、彼らは見ない、それだけだ』
「だから、無知でいさせるべきだと?」
『おい、変なことを言うな』彼は少し憤慨した様子で言った。
『いいか、事ここに至って人類が”幼年期の終わり”を迎えたからと言って、
我々がカレルレン (Karellen)のようにふるまうことは許されない。
悲劇が起ころうとも、極論を言えばこの世界線の人類が滅亡しようとも、干渉は避けるべきだ。
我々は彼らをナコトスに同化するため派遣されたわけじゃないんだからな』
■清水千里 > 「あなたがハインラインを引用するなんてね!」と、清水は笑った。
「無論、庇護者気取りなんて。ただ、どうも――何かあれば世界線を移動すればいいと考えてるなら、ずいぶん虫のいい話だと思ってね」
『聞こうじゃないか?』
「我々が現代から5000万年前に《盲目のもの》から逃げることを?」
『知っている』
「それが必然だとしたら?」
『どういう意味だ?』
「波動関数には特異点が存在するということよ」
男は顔を顰めた。
『どういう意味だ?』
「時間には、数えきれないぐらいの世界の波動関数が、なぜか一点に重なり合う瞬間がある――何故かなんて聞かないでね、ナンセンスな質問よ。そんな形而上学的空疎に時間を浪費するぐらいなら、人間知性相手に《ルーシュチャ方程式》の解説をするほうがマシ」
『つまり、それが我々の敗北の原因であり、今もそれが起こっていると?』
清水は笑った
「だから私が送り込まれたんじゃないの!」
■清水千里 > 『君を信じるべきなのかな』と、彼は言った。『僕は技術者だから』
「お望みのままに」と清水は返した。「けど、ここは重要な時間域よ」
『しかし、僕らの正体が露見しやしないだろうか?』
「まだバレていないと思っていたの?」
『《クライン生命》の人間たちは協力してくれているじゃないか?』
「それは一般に、でしょう。さすがにテレビで放映されたらたまらないけれど、魔術師たちは多くのことを知って、そして一般に隠している」
『――そうだったな、確か《魔術協会》の本部、ミストニック大学の付属図書館には』
「あそこに少なくとも3冊、ロンドンのロジャーズ博物館にも1冊、それからプロヴィデンスにも。《ナコト写本》の……完全なものか分からないけど」
『魔術師たちの結束は彼らの知恵を増やしたということか』
「それが望みだったのでは?」
『そうだな』
男は溜息をついて、清水の方を見た。
『いいとも、君に任せるよ、なにしろ経験豊富だし、こういうことで君が譲らないのは百も承知だからな』
「理解してくれて助かるわ」
『それと……そのアーカムから、《魔術協会》の幹部が来ているとか。査察団だそうだ。《クライン》の連中から、接触するか打診が来ている』
「少し考える時間を」
『いいとも。それじゃ……』
■清水千里 > 扉の閉まる音がして、静寂の音が部屋に響く。
「……己の信義に悖ることは、憚られることね」
清水は瞼を閉じた。
「もし人類のいち運命が、この島のこの時間域での結果にかかっているのなら――」
暫し、清水は夢想した。
ご案内:「学生居住区の辺鄙な一区画」から清水千里さんが去りました。