2022/01/24 のログ
ご案内:「落第街 閉鎖区画外周」に角鹿建悟さんが現れました。
ご案内:「落第街 閉鎖区画外周」に『シエル』さんが現れました。
角鹿建悟 > ――閉鎖区画。一般生徒・教職員には歓楽街の一部で暴動が起こり、該当地区を風紀委員が厳重に閉鎖した――と、されている。
風紀とは無関係の、ただの生活委員会の一員である彼も本来ならその筈だった。
…が、実態はどうやらバイオハザードらしく…実際に閉鎖されている区画は落第街の一角であった。
今は、その閉鎖区画を形成する強固で巨大なバリケードの外周を何時もの作業着姿で男は歩いている。

「――他言無用、まさか中に入らないのに誓約書などを書かされるとは思わなかったな…。」

本来、彼はこの場とは関わり合いなど持たぬ筈だったのだが――バリケードの維持の為の補修と点検。
既に、表裏問わずある程度の実績を『直し屋』と呼ばれる程度に積んでいる男は。
その腕前を買われ、特例として中には入れないがバリケードの点検整備の担当の一人となった。

(――とはいえ、これだけ強固だと俺の出番なんて無さそうなものだが…。)

実際、閉鎖区画の外周をぐるっと回りながら地道に点検作業をしてきたが…これといった”穴”は見当たらず。
また、不審者が閉鎖区画への侵入せぬように風紀委員が定期的に哨戒をしている為か人気は周囲には殆ど無い。
自分はといえば、生活委員会の腕章と誓約書のコピー、名前を出せば相手も事情は聞いているので理解が早い。
お陰で、不審者扱いされずには済んでいる。夜風が一陣、吹きぬけて髪の毛を揺らし。

『シエル』 >  
瓦礫に小さな腰を乗せて、影の少女が唄う。
夜闇に乗ずる旋律は風と共に歩み、
空にまで、舞い昇る。

そうして、染み渡る。
瓦礫の山に。
星に月に。
そうして――

その無色透明な歌声は、男の耳にも届いたことであろう。

凛、とした音。
ひらひらと舞う、冷たき純白が空を踊る様子に音を与えたのならば。
きっと、このような音色なのであろう。
ただ、しんしんと。
言葉を持たぬ純粋な旋律が、一分の狂いもなく紡がれていく。

さて、男が近くまで寄ってくるのであれば。
その音色は、はたと止まる。
そうして、暗闇の中。
薄ぼんやりと下りてきている
朧げな金色の垂れ絹が、
雲の隙間から現れれば、すう、と。
その少女の姿を曝け出すのであった。

白の髪に、紫色の瞳。
幻想の物語の一場面が、儚くも其処に在った。
魂無き絡繰人形の如く、無機質な瞬きと首を傾げる所作。

「こんばんは」

少女が放つ一陣の言葉は、眼前の男にひゅう、と放たれた。
何の色もなく、何の感慨もなく。

「お久しぶり、と言った方がよろしいのでしょうね」

言葉とは裏腹に、その瞳は何の感情も映し出してはいない。
ただ美的空間を演出する為に、作品の一部として
其処に置かれているだけの、人形が持つそれの如く。

然れども紫色の硝子玉二つは、男の方を確かに捉えていた。

角鹿建悟 > ゆっくりと、バリケードの外周を一人歩みながら。今は風紀の哨戒も居らず、他に人気も無い――…

「―――これは…。」

――夜の静寂に染み渡るように、色無き澄んだ歌声がふと、男の耳に入り込んで。
バリケードとは逆の方角。瓦礫や廃墟が立ち並ぶ一角に銀色の双眸を巡らせる。

覚えのある音色、覚えのある歌声、覚えのある――無色透明の旋律。
自然と歩みが止まり、視線はその音色の主へと静かに向けられる…向けてしまう。

前にもこの音色を耳にした事があった。アレは――もうかなり前の事になるだろう。
まだ、自分が我武者羅に直そうと、脇目も振らずにいて――”圧し折られる”前の。

(――そうか、最後に会った時から…結構な時間が経っていたんだな。)

長い年月、とは大袈裟に過ぎようがそれでも長く感じる程度には…彼なりに色々あった。

――あの時の『約束』は今も違えず守り続けている。
――あの母親を助けられなかった嘆きも未だに忘れていない。
――あの頃の自分と今の自分は…何か変わったものがあるだろうか?

ゆっくりと、殆ど無意識に近い動きで足はバリケード沿いから離れて音色の元へ。
…やがて、ある程度の所まで近付いた所でぴたり、とその音色は止まった。

「………。」

夜の暗闇の隙間から覗く淡い光が、その幻想の存在を照らし出して。
片や闇の中でありながら淡い光を受け、片や闇の中未だに暗闇を歩き続けて。

――あの時も、そういえばこんな唐突な出会いだったか。
出会いも唐突なら再会も唐突に。
ゆっくりと…息を零す。知らず呼吸をするのを忘れていたらしい。

「――ああ…久しぶりだな――『シエル』。」

その名を静かに口にする。それが真実であろうと偽りであろうと、そこは大した問題でもない。
白い妖精と黒ずくめの直し屋。未だ彼は彼女の素性も正体も知らず、それでいいと思っている。

相変わらず、人形のような無機質さと美しさ。硝子玉のような瞳がこちらに静かに向けられている。
対する銀瞳は、最初こそやや驚きにも似たものであったが――今は落ち着いた眼差しで。

「……ここでアンタと会うとは思わなかったな……。」

まさかこんな場所で、閉鎖区画から目と鼻の先で。ただの散歩、気紛れ…とは思えない。
だが、そんな事は些細なものだ――少なからず、顔を見れてほっとした自分が居るのを感じて。

「――あの母親を亡くした女の子は……元気か?」

その問い掛けは、己の後悔と嘆きの残滓にも似て。
彼女がずっと面倒を見ている訳でもなかろうに…つい、尋ねてしまった。

『シエル』 >  
瓦礫の人形は、男の言葉を全て呑み込む。
静かにその瞳を向けながら。

瓦礫の山に座ったまま、人形の視線は宙空へと。
其処には、僅かに星が瞬いていた。
人形は、静かに瞳を閉ざす。
何の感慨がある訳でもない。
ただ、かつて抱いていた確かな感情《いろ》をなぞるように。

「元気だった、かと」

たった数瞬の空白。
その後に、少女人形は口を開く。
魔術による監視網で、彼女の姿は何度か見かけていた。
それも、数か月前までのことであるが。

「――今は私にもどうなったかは分かりません。
 何せ、ここ数か月ほど彼女を見かけていませんから」
 
此処は落第街。闇に呑まれる存在は、あまりに多い。
その一つひとつを救うことなど出来ない。
人形はあの時、確かに少女を守った。
守る為に、動いた。
しかしそれは、彼女が手の届く所に居たからだ。

この広い落第街という皿から、
知らぬ間に零れ落ちるものは数が知れない。
ある者は命を。ある者は尊厳を。
あらゆるものが奪われ、失われていく。
この街の一つの姿だ。
何処までも冷たく、何処までも無慈悲に。
零れ落ちていくものを、この街は簡単に手放していく。

「貴方は、続けているのですね。
 守っているのですね。
 『約束』――」

男へ向けて小首を傾げて、少女は目を細めた。
なぞるように。

「――見上げたものです」

角鹿建悟 > 「――そうか……分かった、ありがとう。」

彼女の紫瞳を銀瞳で見据えながら、己の後悔の残滓の問い掛けへの返答は――…嗚呼、まぁそうだろうな、と。
この街はそういう場所で。あの時、確かに守れた命も直ぐに呆気なく失われる。
それが日常で、それが現実で、それが――当たり前だととっくに分かっていた筈だ。

(――そして、結局…俺が彼女とした『約束』ですら、無意味なんだと。)

落第街を守る?直す?――嗚呼、どう足掻いてもそれは不可能で無駄足だ。
どれだけ実績を積んで、どれだけ腕前を上げて、どれだけ直しても…壊れる時は呆気ない。
何かを直す事より、何かを壊す事の方が…何時だって簡単なのだから。

ゆっくりと一度瞳を閉じて…あの時から、ずっと蟠っていたものを吐き出すように息を細く、小さく零す。

――俺には誰も救えない。何かを直す事しか出来ない。

あの時も、そして今も。挫折を得て、仮初めでも立ち直って、少しは己を自覚して。
だからこそ――ああ、じゃあ俺は何の為に無駄で無意味だと分かりながら直し続けているのだと。

「――約束は守るものだ。当たり前だろう。例え、その内容が無意味で無駄に終わるとしても。」

『約束』は『約束』だ。だからこそ、表も裏も関係なく彼は直し続けている。
その約束を違えたらどうなるか、なんて…考えた事も無い。
少なくとも、その『約束』は自分にとって今の生き方の指針の一つとなっている。

だから――…

「――今も、これからも。『約束』は守るさ……無様に朽ち果てて死ぬまで。」

そう、死ぬまで。少しはマシになった、己を省みる事を彼なりに覚えた。
――だけど、根っこは変わっていない。生き急ぐように己を削る無茶は未だにふとした拍子に顔を覗かせる。

『シエル』 >  
「零れ落ちる砂は、容易に止められるものではありません。
 壊れて、直して、壊されて、直して。
 全て全て、何もかも無駄だったとしても――」

人形の口から淡々と紡がれる、滔々たる言霊。
煌めくせせらぎに降り落ちる、雪の音。

それは、嘲笑の唄の様であった。

それは、悲嘆の詩の様であった。

それは、希望の歌の様であった。

然れども人形の胸の内に、一切の色はなく。

清澄な月の如く、
ただ見上げる者の胸に何かを湧き起こす情景には成り得るが、
それ自身が何かを想うことは決して無いのである。

それは、宵闇の風の内に
ひっそりと揺蕩う虚無の幻影《もほう》に過ぎない。


「――それでもまだ、直す道を選ぶのですね」

故に、放たれたその問いかけは、
男が持つ心の色を隠微に映し出す鏡であったろう。
今の彼女の言葉から何かをその内に感じるのだとしたら――
それは、男自身の心の内から来たものなのだ。

少女は問いかける。
そうして。

「無様に朽ち果てて死ぬ」

男が放つその言葉を、少女は静かに繰り返した。

「随分と過激な言葉ですが、
 それでも多少はマシになったのでしょうね。
 以前よりは、幾分か。
 それでも根の部分は変わらず、ですね。
 まぁ、人間簡単に根から変われるものではないでしょうが」

簡単には変われない。それは、事実として知っているからこそ。

少女人形はそこで漸く、瓦礫から小さな腰を浮かせた。
そうして、目を閉じる。
少女自身でなく――彼ならば。
そう、彼女を導いた彼ならば、一体どのような言葉を口にするか。
なぞる、なぞる、なぞる。
そうして、鮮やかな紫色を彼へと向けて口にする。

「『約束』は『約束』です。
 
 それでも、一つだけ。
 そのようなことを口にする貴方のことを
 大事に想う人は、居ないのでしょうか。
 ただの、一人も?」

角鹿建悟 > 「――そして、一度零れ落ちた砂は元に戻る事は無い。」

例えば、己が物は直せても命は治せないように。
物の時間を巻き戻せても、生きている者の時間は戻せないように。

彼女の口から流れる言霊が、通り抜けるように流れ落ちるように己の耳に入り、そして落ちていく。

――嘲笑か、悲嘆か、希望か、いずれにしても――嗚呼、彼女は人形なのだと。
生きてはいる。生きてはいるけれど感情(イロ)が見受けられない。

(――つまりは、鏡なんだろう。)

彼女が感情を発する事は無く、そこに感情が見えるとしたらそれは己の合わせ鏡か、あるいは――模倣か。
だから、彼女の言葉は反響するようにこちらへと響いてくる。
これは、彼女の口を借りた己自身との対話みたいなもの…なのだろう。

「――嗚呼。正直…一度は圧し折られて挫折したけれど。
…でも、人はそう簡単に変われない。生き方も容易には変えられない。
…ある人は周りの人間を見ろ、と言った。ある人は己の原点を思い出せと言った。
それはきっと大事な事で…だから、少しずつ俺なりに変わろうとはしているけど。

――けど、だからこそ。今まで貫いてきた事を投げ捨てる真似は出来ない。」

堅物、糞真面目、遊びが無い、余裕が無い、生き方が不器用、他にも色々と。
それらは、少しずつ良い方向へ向かいつつあるのもあれば、悪化しているものもあって。
全てが全て、正しい方向に向く訳ではない。そもそも、何が正しいかなんて…その人間次第だ。

――嗚呼、そして。無様に朽ち果てて死ぬ。
何で自分はそんな悲観的な言葉を用いたのか…彼女の言葉を聞きながら悟った。

(――角鹿建悟という人間は■■が分からない。■■になる自分が想像出来ない。)

だからこそ、己の末路をそのように決め付けて。■■になろう、■■しく生きようと思っていない。

「……?」

と、気が付けば彼女は瓦礫から小さく腰を浮かせて。
目を閉じて、まるで何かをなぞるように、再現するように…。

「大事に想う――……大事…俺を……大事、に?」

――鏡に亀裂が走るように、ピシリ、と見えない何かが罅割れる様に。
あの時の挫折とはまた違う、軽く顔を片手で覆い隠し、銀瞳を彷徨わせながら。

「大事――…大事って何だ。俺は、ただの一人も大事と想われた事なんて…。」

――気遣い、叱咤激励、友情、説教、色々な会話を思い出し、だけど――”分からない”。」

(――人から大事に想われるって…そもそもどんな感じなんだ?)

ゆっくりと、大きく息を吐き出して。…自分自身、欠けているものを一つ理解して。
ゆっくりと顔を覆っていた手を下ろしながら銀瞳は紫玉を静かに見つめて。

「――俺は、誰かに大事に想われる感覚が分からない…上手く理解出来ない。」

もしかしたら、大事に想ってくれる人も居るのかもしれない…だが、肝心の男がこのザマだ。