2022/01/25 のログ
『シエル』 >  
「ええ。
 貴方は、今の私と同質――ある種の、人形の様なもの。
 まるで何かを修理する為に造られた自動人形《オートマタ》……。
 その胸に耳を当てれば――」
 
こつこつと近づけば、そのまま指先を――首筋から彼の胸板まで。
触れそうな程に、近づけて上から下へなぞる。
触れはしない、ただゆっくりと撫でるように。
そうして左手は自らの、左胸の上へ。

撫でるように動かされていた、白く透き通った右の細い人差し指。
それは、彼の心臓の真上でぴたりと止まった。

「――歯車の音が、今にも聞こえてきそうなものです」

くっ、と最小限の動きで銀の瞳を見上げれば、
人形は続ける。

「けれども貴方は、私とは違う筈です。
 その胸には、まだ色がある。
 分からないのなら、まだ可能性がある。
 全て燃された私とは、違います」

そこまで口にすれば、『シエル』は踵を返す。

「今一度、思い返してみることです。
 貴方の周りに居る方々のことを。
 どんな表情で、貴方を見ていたか。
 どんな言葉を、貴方に送ったのか。
 多くの色が、
 貴方に向けられているのではないでしょうか――」

夜風の中で白髪が優しく、
そしてどこか淋しげに揺れる。

「――私には、最早できることではありません。
 ですが、貴方になら、きっといつかできる筈。
 時間はかかっても、諦めない限りは」

振り返って、紫色の宝石を確かに向けて。
そこには何の色も宿っていないけれど、
それでも、失ったものをなぞるように。
自身を導いた者の色を。
自身が失った筈の色を。
模倣するように、言葉を紡ぎ出した。

「ゆめゆめ、お忘れなきよう」

そうして少女は――闇の中に去っていくことだろう。

男の眼前にあるのは、ただの壊れた欠片。
瓦礫の山のみが、残されていた――。

角鹿建悟 > 「――自動人形……あぁ…成程。」

自分の事の筈なのに、今更気付いたように。
そうか、ただ直す事だけを優先して我武者羅に、脇目も振らず。
少なくとも、過去の自分はそれこそ修理人形で――今は、少し変わりつつあるけれど。

ゆっくりと白い少女がこちらへと歩み寄り、その指先が――首筋、胸板を上から下へなぞるように。
触れそうで触れない、そんな指先が――己の心臓の真上の位置で制止する。

「――歯車……機械仕掛けの心臓、か。」

奇しくも、己の能力は発動時に必ず機械仕掛け、歯車を伴った時計盤が浮かび上がる。
ああ、何だ。自分の能力そのものが。己が人形じみている事をずっと示していたのだと。

(本当に、周りの連中にもこの白い少女にも気付かされてばかりだ)

歯車の音は聞こえない、その心臓は確かに人の鼓動を宿している。
少なくとも――白い少女のように、燃え尽きてはいない…危ういのは変わらずとも。

「――そうだな…俺は…少なくとも”まだ”人形に成り果ててはいないから。」

燃え尽きてもいなければ、磨耗して擦り切れてもいない。
それでも、危うい事に変わりはなくとも――まだ、彼は『人間』だ。

だから、忠告とも言える言葉を残し――踵を返す白い少女の後姿を眺めながら。
ゆっくりと…己自身に問い掛ける。本当に自分は以前よりマシになったか?
挫折して、色んな言葉を貰って、そして仮初めでも立ち直った筈で。

――何より、そんな自分自身を己が一番信じて認めなければいけない筈なのに。

「…自信が無い…怖いんだ、分からないんだ…直す事だけが俺の全てだったから。
色んな人に言葉を貰って、俺なりに理解したつもりで、けど…根っこは全然変わってないと思って。」

去り行く少女にそんな弱音を漏らす――そんなの意味が無いと分かっている。
自分でどうにかしなければいけない、自分が自分が自分がー―…あぁ、また悪い癖が出ている。

けれど、振り返った紫瞳と視線が合えば。その視線と、言葉にピタリ、と言葉を止めて。
そこに彼女自身の色はきっと無いだろう。誰かの模倣でしかないとしても。

「諦めない限りは――…か。」

ゆっくりと…薄く苦笑を浮かべた。嗚呼、笑えるならまだ自分は人形になっていない。
中途半端に人形じみて、中途半端に人間臭くて。だけど、そんな自分を何時か――認めなければいけない。

「――分かった、肝に銘じておく――また何処かでな。」

次は何時会うかも分からないのに、その闇に消えた背中へと言葉を投げ掛けて。
暫く、誰も居なくなった瓦礫の山を見つめてから…ゆっくりと踵を返して。

「…俺は……。」

人らしく在れるだろうか?それとも人形と成り果てるだろうか?
今は分からぬまま、それでも白い少女の言葉は忘れないように。
ゆっくりと――彼もまた闇の中を歩き出す。その先に光は…まだ、見えないまま。

ご案内:「落第街 閉鎖区画外周」から『シエル』さんが去りました。
ご案内:「落第街 閉鎖区画外周」から角鹿建悟さんが去りました。