2022/10/22 のログ
神樹椎苗 >  
 
 視界の四割ほどを、院内の監視カメラの映像で埋める。
 そこには、全身を包帯に巻かれ痛々しい姿で。
 それでも一人、祈りを捧げる見知った姿。

 彼女に残されているものは、あまり多くはない。
 彼女の信仰を唯一繋ぎとめているのは、彼女自身の祈りだけなのだ。
 ――だからこそ、新たに仰げるモノを見つけるべきだと椎苗は思うのだが。

『――――――――――――』

「適性はこの上なく高ぇですよ。
 ただ――あの人の神は、まだ唯一ですから」

 吾が神の使徒として、彼女はこの上なく高い適性を持っている。
 それは、彼女が多くの死を経験し、死を想うだけの下地が作られているから。
 しかし、だからと言って。
 椎苗は姉と慕う彼女に、自らの神を仰げとは言えない。
 ただ――叶うなら彼女の真摯な信仰に行き場を与えたいとは思う。
 とても傲慢な考え方ではあるが――。

「――とはいえ。
 見舞いのつもりで来て、面会できねーとなると。
 さすがに暇を持て余しちまいますね」

 困ったものだった。
 まあ、このまま祈りを捧げる姉を静かに眺めているのも悪くはないのだが。
 

神樹椎苗 >  
 
「――ほんとに。
 眩しい人です」

 どこまでも傷ついて、傷ついて――壊れつくして。
 それでも、当たり前のように痛みを無視できてしまう人。
 痛みを感じて辛いはずなのに――それを感じないで居られてしまう人。
 余りにも痛々しいのに。
 どこまでも、眩しい。

「これだから――放っておけねえんです」

 病院の待合室、その片隅で。
 黒い服の少女は、両手を組んで静かに祈るのだった。
 

ご案内:「常世病院・総合待合室」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「常世病院・総合待合室」に神樹椎苗さんが現れました。
神樹椎苗 >  
 ――さて。
 今日も今日とて見舞いに来るも。
 まだまだ、『姉』への面会は許可が出ない。

「はぁ、こういう時に権力を使えばいいんでしょうけどね」

 一応、この『神樹椎苗』という道具にも、必要に応じてある程度の権限が与えられている。
 『姉』への見舞いでなく『事情聴取』とすれば、病室に入り込む事は出来るだろうが。

「まあいいんですけどね――しいが行けば、どうせ元気に振舞うでしょうし」

 『姉』はそういう人だ。
 身体や心がどれだけ傷ついても、壊れても、平気に振舞ってしまえる。
 そんなヒトのところへ見舞いに行けば、行くだけで負担になってしまうだろう。
 それはそれで、望むところじゃないのだ。
 

神樹椎苗 >  
 
「――とはいえ、あんまり暇もしてられねーんですよね」

 『神樹椎苗』にも仕事がある。
 とはいえ、そのほとんどは強制的な『運用』なのだが。
 例えば、今は『パラドックス』という破壊者の情報を集めて、風紀や公安に提供するという。
 情報端末として、真っ当な仕事が割り振られていたりもするのだ。

「でも、あのハゲ頭の居場所を掴めるわけじゃねーですし。
 せいぜい痕跡を調査するくらい――」

 例えば先日破壊された、姉の借りていた修道院。
 周囲の監視カメラなども壊れてしまったから、目が足りないが。
 それでも衛星映像や、現在現場検証や警備をしているモノの目を盗めば何とでもなる。

 つまり、今現在の修道院の様子を覗き見る事だって別に難しくないのである。
 だから、『ソレ』を目撃してしまったのも不可抗力である。

「――エセ神父ぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 頭を抱えて普段出さないような声が思わず飛び出していった――。
 

神樹椎苗 >  
 
 ――記憶を駆け抜けていく、いつかの調査。
 監視カメラの映像に映る影。
 物証の一切がきれいさっぱり処理された修道院。

「あいつまたなにやってやがるんですか????」

 クエスチョンマークがバーゲンセールだ。
 だって、わからないもの。
 理屈じゃわからないんだもの、あの神父。

 なーにがそういう関係だよ、だ。

「ぶち殺してやりましょうかあのクソ神父――」

 あ、久しぶりに能動的に殺意が湧いたかもしれない。
 というか、あの監視対象にも『愛の巣♥』とか言ってるんじゃねえと叫びたい。

「ああ――姉の尊厳がぁぁぁ――」

 また変な声が漏れた。
 あの弩級変態は一体なんなのだ。
 『嘘だけは』口にしていないのが本当にタチが悪い。
 死神に性質が悪いなんて言われるあたり、本当にとんでもない男だった。
 

神樹椎苗 >  
 まあまあ、まてまてまて。
 なに、なにが燃え上がるって言った、この神父。

「よし、殺しましょう。
 そうしましょう。
 ここからあっちまで、そう時間もかからねーですし?
 あの男なら別に存在ごと安寧に送ってやっても許されるでしょうし?」

 神樹椎苗の身体を、黒い霧が濃く包み込む。
 知っている人ならば良くわかるだろう。
 『あ、あのガキ、ちょっとマジギレしそう』って。

「お姉ちゃんとてめーの間に愛もなにもねえんですよクソ神父――」

 ギリギリギリギリギリ――。
 待合室に不気味なほど大きい歯ぎしりが響く――!
 

神樹椎苗 >  
 
「――は?
 なにが『そっかそっか!』なんです?
 なに、この監視対象。
 バカなんですか?
 これコントなんですか????」

 増えるクエスチョンマーク。
 増していく殺気。

「え、コイツが本気にしたらこれ調書に載るじゃねーですか。
 んな事許されるわけねーでしょう?
 上に釘刺しておきましょう。
 これも映像証拠として残しましょう、そうしましょう」

 監視対象が不審人物ODAに言いくるめされてました。
 信ぴょう性が甚だ疑問です、と。

 まあとはいえ。
 あの神父もお見舞いをしようと考えているのは評価してもいいと思う。
 『姉』の方ももうじき面会可能になるだろうし――

「あ゛ぁ゛――?」

 年頃の少女――いや幼女が出していい声じゃなかった。
 

神樹椎苗 >  
 
「ちょっと待ちやがれ?」

 なんで写真撮る事になってるのだろう。
 そのままじゃ『姉』の下着が調書に載ってしまうじゃないか。
 しかも風紀委員だからって堂々と箪笥を覗いて――シャッター音!

「――ん゛ん゛ッッ!」

 やりやがったあの神父――!
 と、叫びそうなのを舌を噛んで耐えた。
 力を入れ過ぎて窒息死。

 ――復活まで数秒。

「あの野郎、あっさり裏切りやがりますね」

 さすがに風紀委員が下着を漁っている様子は調書に載せられない。
 隣の椅子で塵に代わった自分の死体を、清掃の人から借りた掃除機で片付けつつ。

「あれ、やっぱりこの風紀委員、ば――いえ、天然なのでは?
 天然系の記念物なのでは」

 なに、所感って。
 下着のれぽって何。
 

神樹椎苗 >  
 
「まあ、お姉ちゃんが下着に頓着しねえのは、実際忌々しき問題なのですが」

 まあ『姉』の育った世界では、下着で着飾る文化がなかったのかもしれない。
 くそ神父の戯言はとりあえず聞き流し――

「なんで知ってやがるんですかこいつ!?」

 それはパラドックスに襲撃される十日前に扶桑百貨店で、流行からズレたからと安売りされていたセット下着!
 それを買うのすら、安売り品の前で頭を悩ませていた『姉』の姿を盗撮していたから間違いないと、椎苗は断言できる。
 問題はどうして、その下着を『姉』が買ったという事実をあの神父が知っているのか!
 

ご案内:「常世病院・総合待合室」にエボルバーさんが現れました。
エボルバー > 幾らかの病人や医師が往来する通路、
不意に耳に入る待合室のTVの音が人々に落ち着きを与える。
汚れのない清潔感を感じさせる純白の壁や床が人々に安心を与える。

...革靴が床を叩く音、それはとても規則正しく。
通路の角から出てきたるは、病院の白さとはまるで正反対の
漆黒のスーツを纏った一人の男。
それは姿勢の乱れなく、虚ろな瞳をまっすぐ向けたまま歩みを進めていく。

...その男が歩みを止めたのは一人の少女とニアミスした時。
男は振り返る。少女を見て。

「こんばんは、お嬢さん。」

年齢相応の容姿ではあるが、どこか只ならぬ雰囲気の彼女。

「一人で、お見舞いだろうか?」

ソレは興味を持ったようだ。

神樹椎苗 >  
 
 ――変態と天然の織り成すコントを盗撮していた矢先。

 通りがかるのは不吉。
 喪服の如き様相。
 病院と言う場所には、穏やかでないその姿。

「――ん、ん、ええまあ。
 見舞いに来たんですが、まだ会えるまでかかりそうで」

 げほんげほん、と咳払い。
 それにしても――と、男の風体に怪訝な目を向ける。

「お前は見舞い――と言うふうには視えませんね」

 男を見上げながら、手に持った掃除機のスイッチを切った。
 長椅子に座る椎苗の隣には、まだ少々、塵が残っている。

 視界の三割ほどは相変わらず修道院を盗撮しつつ。

(何が彼女と私の思い出ですか、ぶち殺しますよクソ神父!)

 ひくひく、と頬の筋肉がひきつっているのが伺えるが。
 

エボルバー > 「いや、僕も見舞いに来ている。」

男はそう言うと、辺りを見渡すように首を回す。
それは、壁に阻まれている筈の病室を一つ一つ正確に捉えている。

「生きようとしている全ての人々に向けて。」

そう語る男の口ぶりは一般的な動機とは少し離れていた。
翡翠色の瞳は貴方を直線的に眺め続ける。
そこからは有機的な感情を感じることはできない。

「どうしたのだろうか。」

頬のひきつりに気づく。
少女の事情を知らないソレは貴方に問う。
生命の持つ躍動的な感情の一片を。

神樹椎苗 >  
 ――男の視線が捉えるのは、病院の病室。

「――なんとも、妙な理由ですね。
 まるでそこに自分が含まれていねえような口ぶりです」

 椎苗の目には、男は単一の生命ではなく、群体のように映る。
 それが生命でない事にはならないが――歪な在り様ではあった。

「ああいえ、これは。
 ちょっと、知人に不都合な事が今、現在進行形で繰り広げられていまして、ね」

 とんとんとん、と眉根を寄せながら、こめかみを叩いた。
 

エボルバー > 「...病院という場所はとても興味深い。
皆が生きようとし、誰かが死ぬ。」

少女の言葉に答えるようにして男は無機質に喋り続ける。

「そしてその死は次の生命へ活かされる。
ここは、変化の可能性に満ちている。」

この年齢にしては、非常に落ち着いた様子を見せる少女に
ソレは遠慮なく。

「その事は僕にとっても例外ではない。
人間の生きようとする意志は時に奇跡的な結果をもたらす。
それは学ぶべき一つの事象だ。」

人間のように見える男の言葉は、人間味に欠けていた。
往来する人が少女とスーツ姿の男という不釣り合いな組み合わせ
時々目を向ける。
しかし、ソレは気にする様子など無い様だ。

「君の見舞いというのは、その知人の事だろうか?」

断片的に得られた情報からソレは推測する。

神樹椎苗 >  
 
「――ヒトの生き死に関わりたいなら、病院よりも葬儀屋を奨めますよ。
 お前の雰囲気にぴったりです」

 生命的でない――言い換えれば、人間的じゃない。
 死生観のお話しではない。
 死と生の循環によって洗練されていく、生命の進化。
 その性質に惹かれている――。

「学んだところで、真似できるものじゃねえですよ。
 死があるから生は輝く――死を身近に感じられなければ、生の輝きにも近づく事は出来ねえでしょう」

 会話をして、感じ取れるものがあった。
 人工知能、AI――有機AI〈バイオロジック〉ではなく無機AI〈マシーン〉に感触が近い。
 人間でない事くらい、この島ではありふれているが。
 その中でもまた、頭一つ抜けて奇妙な存在のようだ。

「――ああ、そうです。
 先日大怪我をしましてね――ん、ん゛ッ!」

 神樹椎苗、ここでガッツポーズ。
 『姉』の下着を盗もうとしていた変態神父に、天然風紀委員が手錠をかけた。
 これで一先ず、『姉』の尊厳は守られるだろう――あの変態が懲りずにやって来なければだが。

 

エボルバー > 「検討しておこう。」

少女の言葉を受けてソレは一言。
冗談じみた返しとも機械的に真面目な返しとも取れるそんなもの。
ソレは次世代へ向けて自己進化する。地球に蔓延る生命と同じように。

「死の定義とは、いささか不明瞭なものであるが。」

目の前の少女は死という事象に関して
明確に考えているものがあるようだ。

「一つの個体の機能が不可逆的に停止してしまう事を
死と捉えるのであれば、僕にも死は存在している。」

それは、人間でいう一つの細胞の死と同意義と言える。
ソレは微小な存在が集合して形作られるモノ。
彼の知性は、一つ一つの機械的存在が集積して出来る集合意識<ハイヴマインド>。
本質的に人間とは相容れない。

「大怪我、事故か何かだろうか?」

遠慮を知らない機械は詮索を控えるという知識を知らない。
関心が出ればどこまでも。
彼女のガッツポーズに関してはふむといった様子で
不思議そうに見つめていた。

神樹椎苗 >  
 
「――まあ、事故というか事件ですね。
 破壊者を名乗るパラドックス、という。
 名前くらいは聞いた事あるんじゃねーですか?」

 少なからず報道には載っている。
 姉がその被害者であると、暗に示しつつ。
 しっかりと変態神父が連行されるのを見届けて、一息ついた。

「ふむ――死の定義、それをしいに訊ねるのは、大変に面白いですね。
 とはいえ、死に明確な定義はありません。
 生物的、機械的、第三者による観測による『死』は明確に存在しますが。
 それは『死』という現象であって、『死』という概念を示すものではありませんね」

 顎に手を当てて、答えを考える。
 彼――仮に、彼として。
 彼はとりあえず現象としての『死』は理解しているのだろう。
 問題は彼が知るべき『死』は概念的なものであろうという事。

「『死』とは抽象的な概念です。
 論理的《ロジカル》に考えるとお前の理解で間違いはねーですが。
 お前はその論理的な『死』に、恐怖と畏怖を覚える事が出来ますか?」

 まずは問う。
 神樹椎苗は宗教者だ。
 それも、死神に仕えるモノである。
 ならば相手が誰であれ――彼の学ぼうとしているモノには真摯に向き合うべきだろう。
 

エボルバー > 「パラドックス。最近の騒動は
その名の存在が原因なのか。」

最近、異邦人街と常世渋谷で大規模なエネルギーの観測があった事を
ソレは把握していたが、元凶の名前は初耳だったと言わんばかりに。

「恐怖と畏怖、僕にはそれを言語化することはできない。」

少女の問いを受けてソレは答える。

「死とは避けるものではない。」

同一の機械的単位から組みあがるソレは
人間が持つものとは全く異なる意識を持つ。
つまり、一つ一つの機械的要素は死を避けようとするが
全体的なシステムとしての彼は死を避けようとしない。
群体が個体として機能しているが故の矛盾的な思考。

神樹椎苗 >  
 
「ええ、そうです。
 歓楽街や異邦人街も被害に遭っていますから、次はどこへと向かうやら、ですね」

 治安維持機構の中枢のある、学生街や委員会街――そこまで踏み込みかねない存在。
 そう、神樹椎苗を動かしたい連中は考えているらしいが。

「――ふむ」

 恐怖と畏怖という言葉は知っていても、実感したことはないのだろう。
 そもそも、体感した感覚、感情を言語化したものが『恐怖』や『畏怖』なのだ。
 言語化できないというのなら、逆説的に、経験した事が無いという事なのだろう。
 恐らく感覚質《クオリア》を得られていないからこそ。

「生命とは、死を忌避するものです。
 それは論理的には理解できるものではありません。
 吾が神は、『死を想え』と告げます」

 死を想う。
 その解釈は人それぞれであり、死という形もまた、それぞれだ。

「まずお前は『死』という感覚質を獲得する必要がありそうですね。
 そうして初めて、お前の言う『生きようとする意志』を学べるでしょう。
 死を想い、思考を続けることです。
 死という概念に真摯に向き合う事こそ、感覚質を得るのに最適な道だと考えますよ」

 それを強制するつもりはない。
 ただ、彼が生と死による、想定しえない可能性――それを引き寄せる非論理的な力を学びたいというのなら。
 これもまた、一つの道となるだろう。

「――とはいえ。
 死に近づきすぎれば、死に惹かれます。
 くれぐれも、生や死と言うものに過剰に入れ込まないよう気を付ける事ですね」

 そう告げて、長椅子から立ち上がる。
 よいしょ、と清掃員から借りた掃除機を持ち上げた。