2019/12/16 のログ
■伊弦大那羅鬼神 > 「――っ……」
狼狽は続いていたが、向けられる笑みが、幾らか、何かを悟らせたのかもしれない。
起き上がった鬼は、ゆっくりと、自分と貴女の傍にある、自分の墓を見て。
それから、欠けたその槍と、貴女が持つ破片を見て、――それで漸く。
彼は、自分の目覚めるまでの経緯を得たらしい。
苦く笑いながら、片手が自分の失われている片目の場所に触れる。
「……そう、か。俺……ずっと、まだ、"あの場所"で、戦ってたのか」
振り返る。その鬼の貌は、柔かく笑う。
鬼が笑う。
「……伊都……いや」
――咄嗟に昔のように呼んでいた名。それを改める。
己が、己の意志で呼び続けた、叫び続けた。
戦いながら、忘れるなと刻み続けたその名前。
やっと、それを、呼ぶことが出来る。
「……ずっと、お前のこと、待たせちまったんだよな」
「――ただいま、凛霞」
■伊都波 凛霞 >
呼ばれた名、漸く呼ばれたその名に、こみ上げるものを感じる
けれどぐっとそこは堪える
迎える顔は、笑顔のほうが良いに決まっているから
「おかえり、伊弦くん……でも──」
一度言葉を切って、その手に残る槍の穂先へと視線を落とす
「待ってたのは私だけじゃないよ」
きっと彼の帰還を願い、待ち望んでいたのは
彼の死を信じなかったのは、自分だけじゃない
「ただ…一番待ったのは、私かな──」
そのまま、自分の名を呼ぶ、その彼にしがみつく
その広い背に両手をまわして、その存在を確かめるように…
■伊弦大那羅鬼神 > 「……そう、か」
――何人、どれだけ待たせたのか。
"目覚め"はどうやら、都合よく彼に、此処までの時間を教えてはくれなかったらしい。
けれどその言葉で、その凡そが伝えられて、思わずこれからの事が浮かぶ。
何人に頭を下げて回ったものか、苦笑に滲んだものは、"これから"を、待ち望んだかのようだった。
「……ッ、ぅ、え?!」
――そんな笑顔も、しがみつかれたその躰の温もりに、僅かに染まりながら引き攣って。
……深呼吸をゆっくりと一つ挟んでから、その背中に腕を回す。
昔より随分と硬く感じる躰、その腕の力加減をしながら、
自分を伝えるように、抱きしめる。
自分の存在を、伝える。
「……凛霞、悪い。多分、ずっとお前が待たされた時間の全部を、俺は知り切れないと思うけど、さ」
――自分は、帰ってきた。そして、
「大丈夫だ。俺はもう、此処に居る。
……だから、もう、大丈夫だ」
待たせはしない。そう伝えた。
「――……多分、次にただいまを言う奴は、滅茶苦茶怒ってる気がするんだけどさ、
その……ちょっと、助けてくれると、助かるんだけど」
自分の顔の下にある、凛霞の頭に掛ける声は、その先に見た一抹の"憤怒の誰かさん"を感じ取ったように怯えた声だ。
鬼とは思えない位、それが怖いのを感じている。
それもそうだ。一発二発は殴りかかりそうな"誰かさん"を、此処に来る前の"鬼"は何も伝えず出てきたのだから。
■伊都波 凛霞 >
目の前にあった顔は、きっと彼の記憶の中よりも大人びた、幼馴染の顔
髪も伸び、目線に艶を感じさせる、年頃の女の顔──
その顔は、今は自分を随分と待たせた幼馴染の胸に隠れ、
固く抱きしめられれば、確かにそこに在る"彼"を、感じて…
「いいよ。いくらでもお話できるんだから。
ひょっとしたら、伊弦くんが傷つくことも、あるかもしれないけど…」
ゆっくり、取り返していけばいい
知っていけばいい
ちゃんと、帰ってきたのだから
「…ふふ、そうだね。君に遠慮とか甘やかしとか、してくれないかも」
ゆっくりと、名残惜しそうにお互いの身体を離してから…
「……あ、え、えーっと……いきなりくっついちゃって、ご、ごめん…。
だいじょーぶ、ちゃんと一緒に話せば…一発ぐらいで勘弁してくれるかも」
互いの距離が離れると、自分の行動を客観的に見ることになって…ほんの少し照れくさかったのだろう
僅かに頬を染めて視線を逸しながら、冗談めかしてそんな言葉を投げかけていた
■伊弦大那羅鬼神 > ――少し見惚れていた。いなかったといえばウソになる位には。
自分の知らない時間の中で、
あの頃より、ずっと。大人に見える気がする。
いや、事実そうなんだろう。
自分の胸で、見えて間もなく隠れた代わりに、恥ずかしい顔をせずに済んだかもしれない。
「……覚悟の上だ。多分、居ない間に起こった事の中には、そういうことだって、あるとは、覚悟してる」
それを受け止めるのも、自分の償いだと。
ゆっくりと身が離れる。未だ残る体温の余韻。
自然と顔は赤くなって。けれどこちらは、相手の顔を見る。
恥ずかしさより、見ていたい気持ちがあった。
「……アイツだろうなぁ」
――何となく、この鬼になってからも殴られた心地がする。
思い出されるようなひりひりとする感覚は気のせいだと思いながら、
一歩歩み寄る。
「凛霞」
何度だって、その名を呼びたかった。
呼べなかった後悔を、今から取り返していくために。
その流れた時間を、これから辿っていくのだから。
離れた躰を、今一度。今度は自分から、優しく自分の胸元に引き寄せようと背に腕を回す。
けれど、顔を埋めることのないように。自分が見下ろせば、相手の顔があるように。
→
■伊弦大那羅鬼神 > ――――この瞬間が、きっと自分と相手以外の知らない時間であることを祈りながら。
"鬼(イヅル)"は僅かに笑って、それから。
……それから。
それから。
「……っ、っ……」
顔を近づけたまま、動かない。
見つめ合う距離、それはもう数センチほどで。
しかし、あとその数センチは、彼の震える瞳と、染まった顔と、
そして加減をしつつも抱きしめたままそれ以上の変化がない腕が止めていた。
何をしようとしたものか、くみ取ることは容易いが、
余りにも悲しい程――――"出雲寺伊弦"は、
漢として、その一歩の度胸を、目覚めて尚も持ち合わせていなかったようだ。
■伊都波 凛霞 >
「──ん? わっ…」
名を呼ばれて、引き寄せられる
少しだけ驚いた顔を見せるだけ、抵抗も何もなく、二人の距離は再び近く……
眼と眼が、視線が交差して
思わず鼓動が高なって、自分でも意識しないうちに頬に赤みが差して──
………
「どうしたの?」
くす、と小さく笑う
その小さい呟きの吐息も、近く感じる距離で動けずにいる彼の唇に、少女の人差し指が触れる
「変わってなくて、安心した」
少しだけ気の抜けたような、逆に安心を覚えているようなそんな声色で、微笑みかけていた
■伊弦大那羅鬼神 > 「………ッ」
――目覚めて僅か数分。
全く以て、あの頃から――本当に、"あの頃から何も変わっていない"。
置かれた人差し指から、す、と顔が、唇が横に逃げて、それからゆっくりと腕が解かれる。
手で顔を覆い、それから絞り出すように。
「……変われてなくて、俺自身は、ちょっと……辛ぇわ……」
笑って、照れて、そして今若干泣きそうな"鬼"は。
襤褸を羽織り直して、墓を一瞥した。
「……、けど、少し安心したよ、俺も。
――まだ、あの時から歩けるんだな、俺」
手を差し出す。
残念な度胸でも、せめてそれくらいは出来たかったのかもしれない。
「……帰ろうぜ、凛霞」
――下校時刻、帰り道に誘うように告げられる言葉は、
笑顔と共に。
晴れていく霧、時間は気が付けば、もう夕暮れだった。
何時か、共に見たかもしれない、その夕焼けの帰り道が。
今、彼と共に、此処に在った。
〆
■伊都波 凛霞 >
「ん」
短く、それでも満足そうな、答え
帰ろう、と伸ばされた手を、少女の人影から伸ばされた手が受け取る
随分待ったのだから、これから少し待つくらいなんでもないよね、と
互いに、手をとって
互いに前へと、歩みだした──
ご案内:「青垣山・墓所」から伊都波 凛霞さんが去りました。
ご案内:「青垣山・墓所」から伊弦大那羅鬼神さんが去りました。