2020/07/02 のログ
ご案内:「幻想生物学リモート講義」に暁 名無さんが現れました。
■暁 名無 > 『配信準備完了、3・2・1 配信を開始します』
それは今朝の事だった。
幻想生物学を履行している生徒全員へ一斉送信された一通のメール。
差出人は幻想生物学担当の教師、暁名無。内容はリモート講義開催のお知らせ。
履行して数年経つ生徒は『ああ、アレか……』と渋い顔でメールに添えられたURLにアクセスして配信開始時間を確認し、
今年履行し始めた生徒は、『え、あの先生リモート授業とかするの?』と怪訝オブ怪訝な表情で困惑したとかしないとか。
そして、配信予約がされた時間──
「ういーっす、幻想生物学を学んでる奇特な生徒諸君、おはよー!
俺だよ俺、見てるー?」
配信画面に映し出されるのは、校内に居るより3割ほどテンションが上がっている暁名無その人だった。
■暁 名無 > 「あとで視聴者数確認するけど、個別の出席確認出来ないのが不便だよなこの手法。
いや、出来るのかもしれないけど………ま、回数もそんな多くないしいっか。」
視聴者数が現在の履行者数超えてたら全員出席で、と限定配信でもないのに雑な事を言ってのける。
ちなみにこちらの配信、一般動画サイトの暁個人が作成したチャンネルで行われている。
ゆえに、幻想生物学未履行者でも閲覧自体は可能だ。
「さて、それじゃあ授業を始めよう。
えーと、今先生は校舎からちょっと離れて未開拓地区に来てます。その事は前以て連絡したと思う。したよね?
まあいつものフィールドワークなんだけども。それだけじゃ配信なんてしないって、聡明な生徒諸君ならおわかりだろう。」
うんうん、と頷く名無の髪は平時の伸ばしっぱなしではなくポニーテールにまとめられている。
ポニーテールと呼ぶには少しばかり乱れが激しいが、当人は気にしている素振は無い。
■暁 名無 > 「いやー、いつも通り各所回って飛竜の営巣状況とか、植物の自生状況とか確認しようと思ったんだけども。
手負いの飛竜が暴れてるって情報が入ったもんでね?
まあ安全確認と場合によっちゃ保護も必要だと思って行ったわけだが──」
飄々と話す一方でその額には汗がにじんでいる。
暑さによる汗ではない。じっとりとした、脂汗だ。
「現場に行ってみたらもうびっくりよ。
ワイバーンだけかと思ったらダイアウルフまで居てさ。
そう、縄張り争い。飛竜と大型狼の。だからワイバーン負傷してたんだなーって感心したね。」
語り口調は普段よりも興奮しているようで、時折軽く咽込みながら続けていく。
■暁 名無 > 「そんで──まあ、俺と付き合いの長い生徒はもう今回の授業の内容分かったと思うけどー
まあここは黙ってスルーしててくれよな!他の先生に言うなよ?OK?
いやOKでも分かんねえんだけどさ!あは!」
軽薄な笑みを浮かべる名無の頬を汗が伝う。
「まあ話を戻してだ。
幻想生物の生息域にて複数種の幻想生物が闘争状態にある時は脇目も振らず一心に逃げろ。
何度か授業でも言ってると思うけど、それがなぜなのか、解説して行こうと思いまーす。」
そこで一度ふぅ、と息を吐く。
ぎり、と音がしそうなほど奥歯を噛み締め、固く目を瞑ってからまた開き、へらりと笑みを浮かべて。
「まず前提として言っとくと、先生逃げ遅れて見事に巻き込まれました!
うん、またかよって呟きが聞こえる気がするぞ。そう、まただよ。
前回はええと……冬前か。巣篭り準備してる連中の餌の奪い合い、あの時だね。」
いやー、あれも大概だったね、とケラケラ笑う名無。
■暁 名無 > 「で、巻き込まれた結果どうなるかと言うとだ。
ええと、大丈夫かな?他の先生見てない?
まあサクッと本題入ってバレる前にずらかるか。
はい、じゃあこちらをご覧くださーい。」
カメラが少しだけ引きになり、これまで名無の顔しか映っていなかったところに名無の腕が映り込む。
白と思われる長袖のシャツは見事に赤く染まり、二の腕には鈍く光る黒い鉤爪が深々と突き立っていた。
「えー、ワイバーンの爪です。あと爪が刺さった腕です。
いやー、見てこの刺さり具合。ギリギリ骨届くか届かないかくらいまで来てます。めっちゃ痛いんだこれが。」
あくまで飄々とした態度は崩さないまま、自身の身に起きている被害を伝える名無。
プチ狂気である。
■暁 名無 > 「たまたまダイアウルフとの戦闘で爪が脆くなってたんだろうね、肉に食い込んだ瞬間に皹入ってたので、割と簡単に折れました。
皹入ってなかったら俺の腕がだいぶ危なかったなーって。
……そんで次はこちら。」
カメラが動き、名無の下半身を映す。
厚手のデニムズボン、その左足がこれまた見事に血で濡れていた。
太ももの辺りには弧を描くように2センチほどの穴が並んでいる
その穴のうち二か所、他よりも倍ほどの大きさの穴があった。
「で、こちらがダイアウルフの咬傷。
幸い肉を抉られることは無かったんだけど、こちらも犬歯のとこがだいぶ深くまでキてます。
一応ズボン自体に物理耐性をエンチャして貰ってるんだけど、それで、これ。」
■暁 名無 > 「今回はたまたま運が良かったからこの程度で済んでるけど、
……って普通なら言うとこだけど違うかんな?
散々こういう目に遭ってる俺がギリギリのラインでどうにかした結果がコレだからな!
なので、えー諸君はフィールドワーク中に幻想生物同士の戦闘に出くわしたら、一目散に逃げるように。」
だらだらと額から汗を流す名無の顔が画面に戻ってくる。
表情を取り繕う余裕もそろそろ無くなって来たのか、眉間に皺が寄っている
「毎年前期後期それぞれの最初の授業でも言ってるが、俺らがすべきなのは生態調査と環境調査。
幻想生物の討伐などなどは含まれてません、俺もそれを講義する気は更々無い。
……こいつらだって生きるために此処に居るわけだから、むやみに刺激する事の無いように。」
代償が高くつくからな、と土気色になりつつある顔で笑う名無。
「そして、だ。万一フィールドワーク中に怪我をする事態になった場合。
流血を伴う場合は即座に止血、そして座学で教えた香草の臭い消しを用いる事。
血の臭いに惹かれてくる奴らが居るのは幻想生物も在来生物も変わらないからな。」
■暁 名無 > 「ちゃんと血の臭いを誤魔化したらすぐさま救助要請を入れる事。
とはいえ一応君らのフィールドワークは勿論先生の監視下にあるので、異変に気付けばすぐに救助隊を向かわせてます。」
まあ教師として当然だよね、と繰り返し頷く名無。
それからふと思い出したようにカメラを見て。
「そういうわけで新規の履行者の生徒の為にこの分野がどんだけ危険かの説明をさせて貰ったよ。
ほぼ毎年恒例みたいなもんだねコレ。
座学で散々例を挙げて紹介もするけど、こうして生配信で見るのは緊張感が違うっしょ。」
わが身が可愛い生徒は今の内に履行見直してね、といい笑顔で告げる。
この為だけに配信してるのか、と問われれば勿論違うのだが。
「いやー、本当なら手負いの飛竜がどれだけ危険か遠巻きに解説しようと思ったんだけどさ。
あ、ちなみにここからは趣味なんだけど、いい感じに綺麗な鉤爪が採れたのでもっと詳しく──」
ぷつり、と突然映像が途切れる。
音声だけとなった配信では、名無のうめき声、水音、そして獣の鳴き声にも似た叫び声。
それから少しして映像が戻る──
「ほら見てこの血か付いてても黒さを失わない鉤爪!
光を吸収し反射させないことでギリギリまでその存在を悟らせない、暗殺者のダガーみたいだよな!
刺さり心地も……って変な言い方だな、この太さなのに鎌で刺されたものにだいぶ近い。
こいつで骨までザックリ抱え込まれるとちょっとやそっとじゃ外せなくなるんだ。
しかも牛くらいなら軽く掴んで持ち上げる握力もあるから、まずその箇所は無事じゃ済まないね。」
まだ血の付いた飛竜の鉤爪を持ち、早口で語る名無の姿があった。
非常に性質の悪いオタクである。
■暁 名無 > ──鉤爪の性能から始まり、話は続いて最終的に飛竜が滑空する姿の美しさまで及び。
名無が自分の異変に気付いた時は、既に顔面が蒼白になっていた。
重度の貧血である。
「あ、やばい。ヒッグス!」
手に持っていたスマホが三重にぶれて見える。
慌てて何者かの名前を呼び、続けて指笛を長く一度。
「そういうわけで、今回の配信はここまで!
みんなはちゃんとサバイバルガイドを読み込んで置くように。試験範囲に入ってるからな!」
甲高い猛禽類の鳴き声と、雄々しい羽ばたきが聞こえる。
「それではまた次回の授業で!
先生はこれから保健室で怒られて来まーす」
再び甲高い猛禽の鳴き声。
それを合図とし、授業にすらなってないような配信は終わるのだった
ご案内:「幻想生物学リモート講義」から暁 名無さんが去りました。