2020/09/07 のログ
ご案内:「逢魔時を過ごしたもの」に黒髪の少年さんが現れました。
■黒髪の少年 > 逢魔時は過ぎた。
誰と刻限を約束したわけでもない。
今度は誰との思い出を掴みに、どこを巡ろうか……
そう迷っていた足は、自然とここにやってきてしまっていた。
第二教室棟、その屋上に。
昨日、ここに来た。
自分の抱いていた確かな初恋はその場限りの夢と消えたが、
この胸に、この腕に、魂の友の記憶を宿すことはできた。
今でもしっかりと、そのことを思い出せる。
大切なものは失ったが、別の大切なものを得た。…不足は感じない。
「不思議な、気分だし。」
やはり、懐かしい気さえする、そのベンチに腰かける。
夕焼けは過ぎ、夜が広がり行く秋空を、まんじりともせず眺めながら。
それは誰を待つともなく、そこで時間を浪費する。
思い出そうか。
あの時、思い出せなかった…名前を知らない誰かの事を。
■黒髪の少年 > 「………。」
手元に持っていた、林檎を見る。
ここに来る道中、なんでもない八百屋で買った、ただの林檎。
何故だろう。いつの間に、自分はこれが好きになっていたのか。
…フードを被ったまま、それを一齧り。
味は、やはりよくある林檎のそれだ。それ自体が好きだとは思わない。
ただ、ふわりと感じられるその薫りが、何故か堪らなく愛おしい。
そんな気さえする…不思議な感覚だった。
「…んー………。
林檎の香り、かぁ…………」
目を、瞑る。
ゆっくり、ゆっくり思い返そうとして。
■黒髪の少年 > 『どーも、こんにちはッス! 隣、良いッスか?』
「――――っ…!!」
感覚をめぐった、その言葉。
空耳のようでいて、傍で本当に囁かれたような気さえして。
…吹き抜ける風の悪戯のようでさえあった。
思わず目を開いて辺りを見回すが、誰かいるわけでもない。
「……なに。
幻聴とかカンベンだし………」
もう一度、気持ちを想いに巡らせよう。
確か、そう……あの後の記憶だ。
■黒髪の少年 > ……ああ。
少しずつ、思い出せてきた。
一番重かった思い出が、もうその箱の中からなくなったからか。
底の方にしまっていた、それは割と容易にひきずり出せてきた。
『……まー、あたしが覚えておいてあげるッスよ。』
…ああ、そうだし。
『君のことは、ずっと。』
きみは、優しいから…
『だから、安心してここに居るッス。』
記憶の無くなりゆく僕でもきみは、
『あたしは、受け入れるッスから――』
受け入れてくれるわけ…
『……それって、あたしは失恋確定ッスよね?』
「……ごめんね。
一時だけでも君の恋人だった男は、こんなところで物思いにふけってるし………」
ベンチの背もたれに、身体を委ねる。
空を仰げば、星空がぼんやりと見えていた。
■黒髪の少年 > 「……………。」
会いたい、と思う自分がいる。
会いたくない、と思う自分もいる。
自分の中の、鮮烈だった彼女との意思が、彼女と会いたいと希うなら、
自分の中の、当初の目的を果たすべきとする意志が、彼女と会いたくないと希う。
……会ってしまえば、常世の世界から出たくないと、願ってしまう自分が産まれてしまうから。
「……あー…………。」
失敗したな、と思った。
この記憶を思い返すのは、早すぎた。
こういうことは、最後の最後にしておくべきだった。
「…華霧には"探す"って、言ったのになー。
やだやだ。……もしも遇ったら、僕詰んじゃうじゃん……」
あの時の関係を、まだ続けられるなら………
そう、都合のいいことを考えてしまう自分が、情けなくて仕方なくなった。
■黒髪の少年 > 「……はぁ………」
天を仰ぐ。
しばらくそうして、月を、星を眺めていようか。
逢魔時が過ぎてしまえば、そこには夜空が広がるのだから。
ご案内:「逢魔時を過ごしたもの」に五百森 伽怜さんが現れました。
■五百森 伽怜 >
「……はぁ」
今日も、なかなか新聞に載せるネタが見つからない。
だから、一日の終わりには、必ずと言っていいほど訪れるこの
屋上へ、今日も五百森はやって来ていた。
階段を上り、その先へ。
さて、見やれば。
今日は珍しく先客が居る。
そしてその人影は、何処かで見覚えのあるような。
「……あ、れ?」
気の所為でなければ、もうこの学園を去った筈の、あの人。
「君……?」
■黒髪の少年 > 声がする。
さっき周りを見回した時には、誰もいなかったはずだ。
…今しがたきた誰かのもの、だが…
「…………っ……」
まさか。
いや、空耳ではない。
でも、そんなまさか。
立ち上がって、彼女の方へと向き直る。
「……きみ、は……っ………」
ローブに、フードを目深に被っている。
だが、彼女は……自分に気づいているようだった。
■五百森 伽怜 >
「……その。どーも、こんにちはッス。
良かったら……隣、良いッスか?」
ちょっと困ったような笑みを浮かべながら、
五百森は満面の笑みを浮かべて、とととっ、と。
静かにベンチへと近づく。
そうして彼の方を見れば、小首を傾げて問いかけるのだ。
「もう、君は居なくなっちゃったかと思ってたッスよ……
一体、どういう風の吹き回しッスか?」
にこやかに頬を緩めながら、優しい声色で問いかける。
また会えて、嬉しい。
一度失った恋だけれど、それでも。
また会えたのなら。
でも、それでも。
あまりに分からないことが多すぎる。
居なくなった筈の彼がなぜ、戻ってきたのか。
伽怜はまずそこを、聞きたかったのだった。
■黒髪の少年 > 「あ、ああ……どうぞ。」
慌てて、座り直す。
ついでに彼女が座れるスペースを空けながら。
「……一度、門を通って本当にいなくなったわけ。
それでも、さ。
……ちょっと、忘れ物しちゃって……たまらず戻ってきちゃった。」
この顛末を語るには、日常を過ごしていそうな彼女に語るには荷が重いだろう。
…今はこれだけ、伝えられたら十分だと。
「ほんとは……さ。
あと少し忘れ物を拾えたら、門の向こうに戻っても…いいかなって思ってたし。」
そして、自分がこの後のことについて…どう考えているか、も。
こちらはフードを目深に被ったままだが、どこか穏やかで優しい声色なのは…互いに変わらない。
■五百森 伽怜 >
「どもどもッスよ……ま、とりあえず……飲むッス?」
そう口にして、懐から写真を取り出す。
それは、前と同じ。
缶コーヒー二本が並べられた写真を数度振れば、
そこから本物の珈琲が出てくる。
よく冷えた、缶コーヒーだ。
手に乗せれば、ちべた、と口にしてしまいつつ。
それを、彼へと差し出す。
「忘れ物をして、戻ってきた……ッスか。
忘れ物って、何なんスか?
絶対に門の向こうに戻らなきゃ、いけないッスか?」
純粋に。
まっすぐな疑問を彼に対してぶつける。
■黒髪の少年 > 「……ん、ありがと………」
あの時と、同じだ。
今はそこまで、しっかりと思い出せた。
…受け取った缶コーヒーを眺めて、じんわりと心に染み入るものさえある。
「……忘れ物は、この常世で過ごした僕の思い出。
あの時、忘れてしまいつつあるって言ってたと思うけど……その記憶たち。
確かに、辛い記憶も…忘れたくなるような思い出もあったけど、それでも…
今はもう、大切な思い出として、飲み込めるし。」
昨日、ここで会った…初恋の相手にして、魂の友。
一番深いところにあった記憶は飲み干せた。だから…きっと、残りの記憶も大丈夫だ。
恐らく、後一波乱あるとしたら……もう一人くらいしかいない。
だが、彼女と交わした約束を、まだこの場では口にはしないまま…
そして、続いた質問への答えを返す。
「………絶対に、戻らなきゃいけないことは……ないし。
どちらかというと、それは僕の……逃げ、かな。」
それさえも、昨日分かったことだから。
この場で彼女に、自分の言葉で全て話してしまえた。
■五百森 伽怜 >
「常世での思い出、ッスか。
それで、それを全部飲み込めるようになったのなら、
それはきっと、本当に良いことッスね!」
純粋な笑みを向ける。
自分が知らない重みを、目の前の人はきっと
沢山抱えているのだろう。
それは自分が受け止めきれるものであるか、分からない。
それでもせめて、珈琲と笑顔で彼を迎えてあげたいと。
伽怜は、そう思っていた。
そうして。彼の言葉を聞いた伽怜はそこで、
自分の内に籠もっていた熱を、ふと放った。
「……逃げるなんて、卑怯ッス」
恋人で居て欲しいと言いながら、それは逃げだなんて。
逃げてしまっただなんて、そんなの卑怯だ。
伽怜はそう思った。だからこそ、口にした。
「それで、君はどうしたいッスか?
思い出を取り戻したら、もう戻るッス?」
真剣な表情で、伽怜は彼を見る。
■黒髪の少年 > 「………。」
卑怯。
その通りだ。
自分の心の弱さに負けて、自分は一度逃げ出した。
その事実は変わらない。だから、心が痛む。
「……うん、そうだし。
心が弱かったから、僕は逃げた……卑怯者だし……」
彼女は、それを言っていい権利がある。
…例えわずかな時間でも、関係を繋いだ間柄なのだから。
「元々は、戻るつもりでいた。
誰にも見られず、聞かれず、悟られずに…思い出を取り戻したら、人知れず…
……でも……」
ここに来るまで、人に遇いすぎた。
「………どうしたいんだろうなぁ……
今……自分がどうしたいのか、少しわからないんだ……
居場所を探す旅を、したいと思ったんだけどね……」
居場所がないから、それを探したい。
でも、常世でだってできるはず……
だが、それは…一度逃げてしまった自分にできるのか。
少年は聞かれたことには答えている、が、その実…心をかき乱されていた。
■五百森 伽怜 >
「……居ても、良いんスよ」
穏やかに、伽怜はそう口にした。
年相応の少女の笑みというよりは、
目の前の青年の孤独を受け入れるかのような、
そんな包容を思わせる笑みだった。
もちろん、まだまだ未熟な顔立ちだけれども。
「……逃げなくたって、良いッスよ。
誰にも知られず戻るだなんて……、
そんな悲しいこと言わないで欲しいッス」
そう口にして、そうして。
彼の言葉に対し、伽怜はふぅ、と一つ息をついてから、
星空を見上げ。そうして、呟く。
「旅なんて、する必要あるッスかね?
居場所なんて、すぐ手の届く所に……
あるかもしれないッスよ?」
そして、彼の方を笑顔で見やるのだ。
満面の笑みを贈るのだ。ひたすら、まっすぐに。
伽怜という少女は、そういう少女だった。
■黒髪の少年 > 「…………。」
居ても良い。
逃げなくたって良い。
そんな悲しいこと言わないでほしい。
…なんできみは、こんなにも言ってほしい言葉を、口にしてくれるんだろう。
心に浮かんだ言葉は、その口から言葉として出ることはなかった。
でも、不思議と腑に落ちる。
まだ、彼女は……きっと………
それなら……
「―――きみは、眩しいな」
彼女の方を見ながら、仄かに笑う。
逢魔時を越えて、夜に差し掛かってもなお、その笑顔は太陽の如く照らしてくれるのだから。
…あの時に呟いた、自分の言葉が自然な形で口をついて出た。
「――――っ……」
居場所なんて、すぐ手の届く場所にあるかもしれない…
『案外、手を伸ばせば……結構、他にもいるかも知れないぞ?』
魂の友の言葉が、脳裏に過る。
……ああ、まったく、その通りかもしれないな。
口許で、小さく笑みを作った。
「………ねえ、きみは……」
だから、今度こそ離さないようにしたい。
そう思えたからこそ……
「手を、伸ばさないの?」
彼女に向かって、手を差しだした。
■五百森 伽怜 >
「あはは、よく言われるッス」
眩しいという言葉には、やはり照れくさそうにそう返す。
鹿撃ち帽を手で抱えながら、ちょっと頭を下げて。
「あたし、ッスか……?」
目の前の彼が、手を伸ばす。そこに対して、
手を返そうとして……。
少し、躊躇する。
あの日、あの逢魔が時までの時間は、特別だった。
目の前の彼が消えてしまいそうだったから、
この瞬間だけなら、恋人になってもいいと思った。
だから、受け入れることができた。
改めて伸ばされる、『男』の手。
その手を受け入れたいと、そう感じていた。
それは、本心だった。
それでも。
脳裏に浮かぶ、様々な『男』たちの記憶。
自分に対してひどいことをしてきた、『男』たちの記憶。
正直言って、怖かった。
でもきっと、孤独に震えるこの人は、ああいった『男』達とは、
違うんだ、と。そう自分に言い聞かせて、今夜も再び、
彼女は彼へ向けて手を伸ばす。
過去の重みに思わず震えてしまう自分の手を見ながら、
申し訳無さそうに伽怜は笑って彼を見やる。
「……伸ばして、みたッス」
■黒髪の少年 > 「…………。」
その手に、どれほどの覚悟があっただろうか。
どれだけの悲しみがあって、どれだけの苦しみがあっただろうか。
そういう類の、迷いが見て取れた。
だが、応えるために逡巡するにはとても、とても短かったようにさえ思える。
…その間を与えなかったのは、自分だろう。
だから……
「……もう、離さないから。」
今度は、彼女の前から消えたりしない。
悲しみを、苦しみを、背負わせたくない。
そう、自分と、彼女に宣誓する。
この手は掴んだ……彼女の手を。
■五百森 伽怜 >
「…………」
震える手。
自分らしくない、その怖がりな手。
誓いの言葉は、重くのしかかるが、
それでも。
伽怜は笑う。
笑って、受け止める。
精一杯の笑顔を贈るのだ。
「……それ、告白ッス?」
その手の震えは彼の手に包まれて、
いつしか消えていた。
泡沫の夢だったかのように。