2020/09/07 のログ
ご案内:「逢魔時を過ごしたもの」に黒髪の少年さんが現れました。
黒髪の少年 > 逢魔時は過ぎた。
誰と刻限を約束したわけでもない。
今度は誰との思い出を掴みに、どこを巡ろうか……
そう迷っていた足は、自然とここにやってきてしまっていた。
第二教室棟、その屋上に。

昨日、ここに来た。
自分の抱いていた確かな初恋はその場限りの夢と消えたが、
この胸に、この腕に、魂の友の記憶を宿すことはできた。
今でもしっかりと、そのことを思い出せる。
大切なものは失ったが、別の大切なものを得た。…不足は感じない。

「不思議な、気分だし。」

やはり、懐かしい気さえする、そのベンチに腰かける。
夕焼けは過ぎ、夜が広がり行く秋空を、まんじりともせず眺めながら。
それは誰を待つともなく、そこで時間を浪費する。

思い出そうか。
あの時、思い出せなかった…名前を知らない誰かの事を。

黒髪の少年 > 「………。」

手元に持っていた、林檎を見る。
ここに来る道中、なんでもない八百屋で買った、ただの林檎。
何故だろう。いつの間に、自分はこれが好きになっていたのか。
…フードを被ったまま、それを一齧り。

味は、やはりよくある林檎のそれだ。それ自体が好きだとは思わない。
ただ、ふわりと感じられるその薫りが、何故か堪らなく愛おしい。
そんな気さえする…不思議な感覚だった。

「…んー………。
 林檎の香り、かぁ…………」

目を、瞑る。
ゆっくり、ゆっくり思い返そうとして。

黒髪の少年 > 『どーも、こんにちはッス! 隣、良いッスか?』

「――――っ…!!」

感覚をめぐった、その言葉。
空耳のようでいて、傍で本当に囁かれたような気さえして。
…吹き抜ける風の悪戯のようでさえあった。
思わず目を開いて辺りを見回すが、誰かいるわけでもない。

「……なに。
 幻聴とかカンベンだし………」

もう一度、気持ちを想いに巡らせよう。
確か、そう……あの後の記憶だ。

黒髪の少年 > ……ああ。
少しずつ、思い出せてきた。
一番重かった思い出が、もうその箱の中からなくなったからか。
底の方にしまっていた、それは割と容易にひきずり出せてきた。


『……まー、あたしが覚えておいてあげるッスよ。』

…ああ、そうだし。

『君のことは、ずっと。』

きみは、優しいから…

『だから、安心してここに居るッス。』

記憶の無くなりゆく僕でもきみは、

『あたしは、受け入れるッスから――』

受け入れてくれるわけ…


『……それって、あたしは失恋確定ッスよね?』


「……ごめんね。
 一時だけでも君の恋人だった男は、こんなところで物思いにふけってるし………」

ベンチの背もたれに、身体を委ねる。
空を仰げば、星空がぼんやりと見えていた。

黒髪の少年 > 「……………。」

会いたい、と思う自分がいる。
会いたくない、と思う自分もいる。
自分の中の、鮮烈だった彼女との意思が、彼女と会いたいと希うなら、
自分の中の、当初の目的を果たすべきとする意志が、彼女と会いたくないと希う。
……会ってしまえば、常世の世界から出たくないと、願ってしまう自分が産まれてしまうから。

「……あー…………。」

失敗したな、と思った。
この記憶を思い返すのは、早すぎた。
こういうことは、最後の最後にしておくべきだった。

「…華霧には"探す"って、言ったのになー。
 やだやだ。……もしも遇ったら、僕詰んじゃうじゃん……」

あの時の関係を、まだ続けられるなら………
そう、都合のいいことを考えてしまう自分が、情けなくて仕方なくなった。

黒髪の少年 > 「……はぁ………」

天を仰ぐ。
しばらくそうして、月を、星を眺めていようか。
逢魔時が過ぎてしまえば、そこには夜空が広がるのだから。

ご案内:「逢魔時を過ごしたもの」に五百森 伽怜さんが現れました。
五百森 伽怜 >  
「……はぁ」

今日も、なかなか新聞に載せるネタが見つからない。
だから、一日の終わりには、必ずと言っていいほど訪れるこの
屋上へ、今日も五百森はやって来ていた。
階段を上り、その先へ。

さて、見やれば。
今日は珍しく先客が居る。
そしてその人影は、何処かで見覚えのあるような。

「……あ、れ?」

気の所為でなければ、もうこの学園を去った筈の、あの人。

「君……?」

黒髪の少年 > 声がする。
さっき周りを見回した時には、誰もいなかったはずだ。
…今しがたきた誰かのもの、だが…

「…………っ……」

まさか。
いや、空耳ではない。
でも、そんなまさか。

立ち上がって、彼女の方へと向き直る。

「……きみ、は……っ………」

ローブに、フードを目深に被っている。
だが、彼女は……自分に気づいているようだった。

五百森 伽怜 >  
「……その。どーも、こんにちはッス。 
 良かったら……隣、良いッスか?」

ちょっと困ったような笑みを浮かべながら、
五百森は満面の笑みを浮かべて、とととっ、と。
静かにベンチへと近づく。

そうして彼の方を見れば、小首を傾げて問いかけるのだ。

「もう、君は居なくなっちゃったかと思ってたッスよ……
 一体、どういう風の吹き回しッスか?」

にこやかに頬を緩めながら、優しい声色で問いかける。

また会えて、嬉しい。
一度失った恋だけれど、それでも。
また会えたのなら。

でも、それでも。
あまりに分からないことが多すぎる。
居なくなった筈の彼がなぜ、戻ってきたのか。
伽怜はまずそこを、聞きたかったのだった。

黒髪の少年 > 「あ、ああ……どうぞ。」

慌てて、座り直す。
ついでに彼女が座れるスペースを空けながら。

「……一度、門を通って本当にいなくなったわけ。
 それでも、さ。
 ……ちょっと、忘れ物しちゃって……たまらず戻ってきちゃった。」

この顛末を語るには、日常を過ごしていそうな彼女に語るには荷が重いだろう。
…今はこれだけ、伝えられたら十分だと。

「ほんとは……さ。
 あと少し忘れ物を拾えたら、門の向こうに戻っても…いいかなって思ってたし。」

そして、自分がこの後のことについて…どう考えているか、も。
こちらはフードを目深に被ったままだが、どこか穏やかで優しい声色なのは…互いに変わらない。

五百森 伽怜 >  
「どもどもッスよ……ま、とりあえず……飲むッス?」

そう口にして、懐から写真を取り出す。
それは、前と同じ。
缶コーヒー二本が並べられた写真を数度振れば、
そこから本物の珈琲が出てくる。
よく冷えた、缶コーヒーだ。
手に乗せれば、ちべた、と口にしてしまいつつ。
それを、彼へと差し出す。

「忘れ物をして、戻ってきた……ッスか。
 忘れ物って、何なんスか?
 絶対に門の向こうに戻らなきゃ、いけないッスか?」

純粋に。
まっすぐな疑問を彼に対してぶつける。

黒髪の少年 > 「……ん、ありがと………」

あの時と、同じだ。
今はそこまで、しっかりと思い出せた。
…受け取った缶コーヒーを眺めて、じんわりと心に染み入るものさえある。

「……忘れ物は、この常世で過ごした僕の思い出。
 あの時、忘れてしまいつつあるって言ってたと思うけど……その記憶たち。
 確かに、辛い記憶も…忘れたくなるような思い出もあったけど、それでも…
 今はもう、大切な思い出として、飲み込めるし。」

昨日、ここで会った…初恋の相手にして、魂の友。
一番深いところにあった記憶は飲み干せた。だから…きっと、残りの記憶も大丈夫だ。
恐らく、後一波乱あるとしたら……もう一人くらいしかいない。
だが、彼女と交わした約束を、まだこの場では口にはしないまま…
そして、続いた質問への答えを返す。

「………絶対に、戻らなきゃいけないことは……ないし。
 どちらかというと、それは僕の……逃げ、かな。」

それさえも、昨日分かったことだから。
この場で彼女に、自分の言葉で全て話してしまえた。

五百森 伽怜 >  
「常世での思い出、ッスか。
 それで、それを全部飲み込めるようになったのなら、
 それはきっと、本当に良いことッスね!」

純粋な笑みを向ける。
自分が知らない重みを、目の前の人はきっと
沢山抱えているのだろう。
それは自分が受け止めきれるものであるか、分からない。
それでもせめて、珈琲と笑顔で彼を迎えてあげたいと。
伽怜は、そう思っていた。

そうして。彼の言葉を聞いた伽怜はそこで、
自分の内に籠もっていた熱を、ふと放った。

「……逃げるなんて、卑怯ッス」

恋人で居て欲しいと言いながら、それは逃げだなんて。
逃げてしまっただなんて、そんなの卑怯だ。
伽怜はそう思った。だからこそ、口にした。

「それで、君はどうしたいッスか?
 思い出を取り戻したら、もう戻るッス?」

真剣な表情で、伽怜は彼を見る。

黒髪の少年 > 「………。」

卑怯。
その通りだ。
自分の心の弱さに負けて、自分は一度逃げ出した。
その事実は変わらない。だから、心が痛む。

「……うん、そうだし。
 心が弱かったから、僕は逃げた……卑怯者だし……」

彼女は、それを言っていい権利がある。
…例えわずかな時間でも、関係を繋いだ間柄なのだから。

「元々は、戻るつもりでいた。
 誰にも見られず、聞かれず、悟られずに…思い出を取り戻したら、人知れず…
 ……でも……」

ここに来るまで、人に遇いすぎた。

「………どうしたいんだろうなぁ……
 今……自分がどうしたいのか、少しわからないんだ……
 居場所を探す旅を、したいと思ったんだけどね……」

居場所がないから、それを探したい。
でも、常世でだってできるはず……
だが、それは…一度逃げてしまった自分にできるのか。
少年は聞かれたことには答えている、が、その実…心をかき乱されていた。

五百森 伽怜 >  
「……居ても、良いんスよ」

穏やかに、伽怜はそう口にした。
年相応の少女の笑みというよりは、
目の前の青年の孤独を受け入れるかのような、
そんな包容を思わせる笑みだった。
もちろん、まだまだ未熟な顔立ちだけれども。

「……逃げなくたって、良いッスよ。
 誰にも知られず戻るだなんて……、
 そんな悲しいこと言わないで欲しいッス」

そう口にして、そうして。
彼の言葉に対し、伽怜はふぅ、と一つ息をついてから、
星空を見上げ。そうして、呟く。

「旅なんて、する必要あるッスかね?
 居場所なんて、すぐ手の届く所に……
 あるかもしれないッスよ?」

そして、彼の方を笑顔で見やるのだ。
満面の笑みを贈るのだ。ひたすら、まっすぐに。
伽怜という少女は、そういう少女だった。

黒髪の少年 > 「…………。」

居ても良い。
逃げなくたって良い。
そんな悲しいこと言わないでほしい。

…なんできみは、こんなにも言ってほしい言葉を、口にしてくれるんだろう。

心に浮かんだ言葉は、その口から言葉として出ることはなかった。
でも、不思議と腑に落ちる。
まだ、彼女は……きっと………
それなら……

「―――きみは、眩しいな」

彼女の方を見ながら、仄かに笑う。
逢魔時を越えて、夜に差し掛かってもなお、その笑顔は太陽の如く照らしてくれるのだから。
…あの時に呟いた、自分の言葉が自然な形で口をついて出た。

「――――っ……」

居場所なんて、すぐ手の届く場所にあるかもしれない…

『案外、手を伸ばせば……結構、他にもいるかも知れないぞ?』

魂の友の言葉が、脳裏に過る。
……ああ、まったく、その通りかもしれないな。
口許で、小さく笑みを作った。

「………ねえ、きみは……」

だから、今度こそ離さないようにしたい。
そう思えたからこそ……

「手を、伸ばさないの?」

彼女に向かって、手を差しだした。

五百森 伽怜 >  
「あはは、よく言われるッス」

眩しいという言葉には、やはり照れくさそうにそう返す。
鹿撃ち帽を手で抱えながら、ちょっと頭を下げて。

「あたし、ッスか……?」

目の前の彼が、手を伸ばす。そこに対して、
手を返そうとして……。

少し、躊躇する。
あの日、あの逢魔が時までの時間は、特別だった。
目の前の彼が消えてしまいそうだったから、
この瞬間だけなら、恋人になってもいいと思った。
だから、受け入れることができた。

改めて伸ばされる、『男』の手。
その手を受け入れたいと、そう感じていた。
それは、本心だった。

それでも。
脳裏に浮かぶ、様々な『男』たちの記憶。
自分に対してひどいことをしてきた、『男』たちの記憶。
正直言って、怖かった。
でもきっと、孤独に震えるこの人は、ああいった『男』達とは、
違うんだ、と。そう自分に言い聞かせて、今夜も再び、
彼女は彼へ向けて手を伸ばす。

過去の重みに思わず震えてしまう自分の手を見ながら、
申し訳無さそうに伽怜は笑って彼を見やる。

「……伸ばして、みたッス」

黒髪の少年 > 「…………。」

その手に、どれほどの覚悟があっただろうか。
どれだけの悲しみがあって、どれだけの苦しみがあっただろうか。
そういう類の、迷いが見て取れた。
だが、応えるために逡巡するにはとても、とても短かったようにさえ思える。
…その間を与えなかったのは、自分だろう。
だから……

「……もう、離さないから。」

今度は、彼女の前から消えたりしない。
悲しみを、苦しみを、背負わせたくない。
そう、自分と、彼女に宣誓する。
この手は掴んだ……彼女の手を。

五百森 伽怜 >  
「…………」
 
震える手。
自分らしくない、その怖がりな手。
誓いの言葉は、重くのしかかるが、
それでも。

伽怜は笑う。
笑って、受け止める。
精一杯の笑顔を贈るのだ。

「……それ、告白ッス?」

その手の震えは彼の手に包まれて、
いつしか消えていた。
泡沫の夢だったかのように。