2020/09/27 のログ
貴家 星 > 「なんの此処で臆してなるものか。私とて怪狸のはしくれ。人ではないといえばそうである。
 とはいえ宇津木殿は無理の無いよう……仰るよう、もしかしたら戦闘になるやもしれず」

暗がりに笑う宇津木殿は何処か凄艶と映る。
面白いとまで言ってのけるその精神性に、些かと首を傾げんとするが、今はそうする時ではない。

「宇津木殿を置いていくのは、それこそありえぬ事なれば。
 なに、存外穏便に片付くかもしれん」

今は笑んでみせて先に立ち、通路を照らしながらに進むばかりだ。
最初は扉が閉まっている。触れると施錠されている事がわかった。
次の扉は開いている。傍の壁に、獣を思わせる爪痕があった。

「これは……ん!?」

その痕に近づいたところで廊下の曲がり角を何かが奔る。
視得なかった?否、ただ"黒いなにか"であっただけだ。
全体に霧がかかったように判然としない何か──いや、目があることはわかった。

──炯々としたいくつもの赤い眼が、こちらをじつとみつめている。

「御用改めである!」

反射で叫ぶのと"なにか"が這い迫るのは同時。

「──っ"以雷為縛鎖 止!《雷を以て縛鎖と為す 止まれ!》"

電灯を放るや否やに二指を差し向け呪言を放る。
忽ちに暗い通路を眩き雷矢が迸るが──

「宇津木殿!」

"なにか"は素早く壁、天井と身を翻してこれを回避。
まるで猫か猿(ましら)の如くに後方の彼女へ迫る!

宇津木 紫音 > 無理のないよう?
いいえ、そういったセーフティーラインから足を踏み出すためにこの島にいるのです。

「穏便は難しそうですね。」

爪の痕。
そして、黒い何か。
薄く笑いながら、その瞳を見据えて。
その害意を受け止めて、彼女もまた嗤う。

星の叫びと、その能力が廊下を走るが。
それとすれ違うように地面を這い、壁を這い、天井を這う。
黒い旋風が唸りをあげて女に襲い掛かり。


―――ああ、可愛らしいこと。


嗤う女が取り出したのは、黒い何かが入った注射器。
それは、いつぞや自分で取り出した、自分の血液。


「でも、飼いならすには烏滸で粗暴に過ぎる。」


微笑みながら、その注射器を軽く揺すって。

宇津木 紫音 > 「死ね。」

投げつける注射器がぶつかれば、ガラスの割れる音とともに、じゅう、っとまるで何かが焼けるような音が響き渡って。
床に穴が開くほどの産が、化け物を焼く。

貴家 星 > 雷よりも疾きもの──否、真に神成る力であればそうではない。
私の力が未熟な証左。示す代価は同行者の命運──とはならなかった。

「なっ……」

平坦で、冷淡な言葉。
雷光の余韻に照らされる、宇津木殿が放る何か。
そして、それの直撃を受けてこの世ならざる悲鳴をあげる"何か"。

通路には肉の焼ける音と、不快な臭気が漂い始め思わず袖で口元を覆う。

「これは………なんとも……」

けたたましい悲鳴に応じ"何か"を覆う黒もやは晴れ、巨大な蜘蛛であると知れた。
全長は優に2mは超えようか、人間など、恰好の獲物であろうことが推察できた。

「いや、それよりも宇津木殿、宇津木殿!お怪我は!?」

視線を蜘蛛の怪から宇津木殿へ。駆け寄り彼女に異常が無いかとその手を取る。
次いで視線が彼処を確かめるようにもなった。一見怪我はしていなさそうであった。

宇津木 紫音 > 「"これ"で一撃か。
 やっぱり単純な獣では面白味がありませんね。」

もちろん、普通の人間であれば死を免れ得ないそれ。
表情を変えずにそんなものを振るいながらも。

「………むしろ星ちゃんは大丈夫でしょうか。
 怪我などしておりません?」

そっと膝を折りながら、手を取られればあらあら、と嬉しそうに微笑んで。

「大事な尻尾が汚れていてはいけませんからね。」

なんて、自由な方の手で優しくさわりと撫でていこうとする。
自然に流れるようなタッチ。


「……この状況からして。
 一匹だけならいいんですが、巣になっている場合は二人だと危険です。
 一端下がると致しましょう。」

冷静に言葉を紡ぐ。

貴家 星 > 「お、おお私は無事だ。無事だとも。尻尾も勿論……ふふ、こそばゆいな」

手を取ったまま大きく、大きく息を吐く。安堵の溜息だ。
風紀委員として一般生徒の無事を喜ぶ以上に、見知った誰かが健やかであることへの喜びが勝った。
風紀委員として一般生徒を危険に遭わせたことへの恐れ以上に、見知った誰かが咎めることを恐れた。
本当は、それではいけないのかもしれないが──それらは一先ず、暗がりへ。

今は、尾を撫でられる感触に言葉が些かに揺らめいて。

「いや、徘徊性の蜘蛛は縄張りを持つ。群れたりはせぬものだ。それに……」

宇津木殿の手を離し、改めてと大蜘蛛の潜んでいたと思しき病室の扉を開く。
室内は荒れ果ててこそいるが犠牲者の姿は無い。

「食事の痕跡も無い。他の部屋も見てみないとだが……
 恐らく行方知れずはアレの所為では無いように思う。
 が、追跡調査は明るい内が良く思う。進言通りに下がった方が良さそうであるな」

ふむ、と頤に指を添えた思案所作に雑念を払うように尾を左右に揺らす。

宇津木 紫音 > 「………ふむ。
 まあ、怪異同士が噛み合うという可能性もあるにはありますが。
 それでも、少なくとも安全な場所ではありませんからね。」

相手の言葉に目を細めて。
尻尾の手触りを楽しむ。

「………難しいところですが、まあ、確かに何があったとしても骨くらいは残るでしょう。」

舌打ち一つ。
本来ならば、この病院の誰もいない病室で捕まえて、自分の薬が風紀に効くかどうかの実験をしたかったところではあるが。

あくまでも己の命を守ろうと動いた相手だ。

宇津木紫音は、クソ女ではあり、私利私欲のために動くからこそ。
自分が納得できないならば無理に動くことも無かった。


「………では、……帰り際に一つお茶でも如何ですか?
 少し危険を感じたのです。 落ち着くことも大切かと。」

貴家 星 > 「常世渋谷は不可思議な出来事の多い街なれば……理外の事も数多に及ぶ。
 私の予想が外れ他に蜘蛛が居る可能性は……勿論あるな」

かくして後日改めてと相成った。
私と宇津木殿は1Fへ下り、受付を経て病院の外へ。
懐中電灯が緩慢と道を照らす中、ふと振り返って病院を視る。

──ただの廃墟にしか見えはしなかった。

「む、お茶……それは魅力的な。それならば店の選定はどうか任されたし。
 『陽月ノ喫茶』という良い店があってな。この時間ならばまだ営業している筈である。
 本来ならば分署にて報告を上げねばならんが……うむ、先ずは落ち着こう」

視線を廃墟から宇津木殿へ向け、唇を莞爾とし提案を了承す。
秋の夜風が肌身に寒く、暖かい飲物が思い出したかのように恋しくなった。

宇津木 紫音 > 「………。」

素直で大人しく、正義感に満ちて、他人を気遣える。
本来の戦闘力はまだ分からないが、それでも。
あの獣よりもよっぽど、魅力的で。

「………わかりました。
 ぜひ私の家で、とも思いましたが。 ………では、今日はお近づきの印に、私に一杯ほどは出させてくださいな。」

微笑みながら手をつなぐ。
気高く、それでいて遠すぎない心持ちは、ひどく心地よく、触り心地がよさそうなものに思え。

「やはり良い物ですね。」

思わず一言、小さくつぶやいた。


こういう方だからこそ。


その言葉は口に出さぬまま、喫茶店へと足を向けて。

ご案内:「捜索記録2」から宇津木 紫音さんが去りました。
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