2021/02/22 のログ
ご案内:「エアースイム常世島大会会場」にリタ・ラルケさんが現れました。
■リタ・ラルケ >
開いた手の中にあるツリーのヘアピンを、じっと見ていた。
選手控室代わりのテントで、自分は試合の始まりを待っている。
周りには、自分と同じスカイファイトに出場するのであろう選手たちが、熱心にS-Wingの調整を行っているのだけれど――自分はといえば、何をするでもなく、ただ考え事をしているだけだった。
「『怖れずに、進め』――」
親友から贈られたそのメッセージを、自分の中で反芻する。
正直、今だって少し怖い。だけれどそれは、未知への不安というだけではない。
ねえ、迦具楽。
私は、怖がらなくていいんだよね。
怖がらずに、頑張っていいんだよね。
私がいるから、エアースイムを楽しめなくなったわけじゃないんだよね。
心の中で唱えたところで、返事があるわけじゃない。それはまあ、そうなんだけど。
それでも、少しだけ――このままエアースイムを続けたとして、本当にいいのか。
大切な友達が、離れて行ってしまわないか、というのが。
私は――。
■リタ・ラルケ >
「――と」
それから間もなく、選手集合のアナウンスが聞こえてきた。周りの選手たちも、それを聞いて続々と空へ飛び出していく。
自分も、行かなければならない。
「……一回だけ、だよ」
思考を切り替える。あれこれと考えるのは、また後だ。
この大会以降、選手という立場としてエアースイムをやることは、はたして何ヶ月後になるだろう。いや、それどころかこれが最初で最後の大会にならないとも限らない。
一回だけ。この大会だけ、頑張る。自分の中で、そう決めた。
「……行きます」
そう、誰ともなく呟いた後、ヘアピンをぎゅっと握りしめてから、髪に着ける。手の熱で、少しだけ温かくなっていた。
そうして、S-Wingを起動。選手たちの最後尾へついて、フィールドの近くへ。
■リタ・ラルケ >
選手は、自分を入れて八人。いずれも自分と同じように、大会への出場が初めてだとか、あっても一、二回程度である選手たちばかりだという話だった。
少ない人数ではないのは幸いである。自分が得意とするのは、どちらかというと乱戦であるから。とはいえ、周りに自分と同じくらいの年の選手はいない。多分、この中では最年少――どころか、自分は年だけでいえば多分大会の中でも相当下の方である。異邦人や人外の事情は知らないけれど。体力勝負だとか、そういうのはまず勝てないだろう。
別にいい。
もとより体格差に拠らない勝負は、何度だってやってきた。そして、空中での動き方は、まあだいたいわかる。
もちろん、それらのノウハウが100%通じるわけではない。だけれどそう言った点において、自分は周りよりもずっと有利だ。
圧倒はできないにしても、ある程度はやりあえる、はずだ。
「――よし」
試合開始の、カウントダウンが聞こえる。
結果にはこだわらない。だけど、一つでも。何か、やってやる。
3,2,1――、
「――行きます!」
0。
試合開始のブザーと共に、八人は試合のフィールドに転送される。
■リタ・ラルケ >
実のところ、ことエアースイム、特にスカイファイトというものについていえば、自分は圧倒的に不利である。
そも、空中戦の経験はあるけれど、自分がやってきた空中戦というのはそのほとんどが、言うなれば対地上の戦闘である。加えて、自分が使う武器はといえば、即ち魔術、特に射撃。空対空で、それも正面切っての殴り合いの経験など、ほとんどない。
スカイファイトの経験値。知識。体格。体力。それらすべてが負けているのだ。そんな状態で正面から切って殴り合ったところで、勝ち目はほぼ皆無といってもいい。
故に、自分の基本戦術は一つ。
極力、ドッグファイトやキャットファイトを避けること。
所謂逃げ切りというやつだ。少々ダーティな戦い方ではあるが、それが一番良い気がした。故に自分のS-Wingは、専門的にいえば【スピーダー】寄りの調整にしてある。
この戦術において重要なことといえば、必要以上に目立たないこと。即ち乱戦の中央には向かわず、かといって離れすぎず、不自然過ぎないほどにある程度攻撃はして、そして墜とされれば意味がないので防御だけはしっかりとする。
見る人によっては、やる気がないようにも見える戦術だ。しかしながら少なくとも今この時点においては、それほど自分にヘイトが向けられている様子はない。
――勿論、それだけで勝てるほど甘くないのは、そうなのだけれど。
■リタ・ラルケ >
試合が進んで――初めての、【有効打撃】。自分ではない。乱戦の最中、その中にいた一人が墜とされた。
試合が動く。五、六人程度で行われていた乱戦は解け、選手たちが離れ、フィールド全域に広がっての機動戦へと移り変わる。
そうなれば、自分もそれに従うほかない。こちらに向く視線が、幾分か増える。狙われ始めた。
加速。二人を引っ張る形でのドッグファイト。
長く続ける気はない。速度という面では決して不利ではないけれど、狙われ続けるのは少々まずい。
「早めに引き離さないと……ねっ!」
速度を上げて真っすぐ逃げる自分。それを追う二人。
このまま直線的に逃げる――途中で、自分は上方向に急転換。
不意を突かれる形になってか、二人は速度を抑えきれず、そのまま自分を潜り抜けるように通り過ぎる。
そのまま直立泳法に移行、反対に方向を変え、再び加速する。
振り切れた。
■リタ・ラルケ >
「上手くいった……」
逃げるように、反対に飛ぶ。
二人はそのまま、お互いにキャットファイトに移行しているようだった。
とはいえ、何度も引っかかってくれるものでもない。特に今のは、二人で自分を追いかけていたからこそ、ああして二人での格闘戦を始めてくれているのだ。
中空に浮くスコアボードを見る。現在、六位。そりゃあそうだ、自分は一度も相手を墜としていない。【有効打撃】によるポイントが入らない以上、点数は決して高くならない。
まあ、あまり順位が高くなりすぎても目立ってしまうのでよくはないのだが――ボーナスポイントを考えても、このままでは一位は無理だ。
「……流石に一人は墜とさないとダメかな」
幸い、ある程度高いところにいるおかげで、視界は良好。フィールドの各地で行われている衝突を見渡すことはできる。
「……あれだ」
その中の一つ。二人の選手がキャットファイトをしていたかと思えば――片方の選手が一瞬、強烈に弾かれた。
すぐさま、そちらに向かって加速。速度を乗せて――弾かれた選手に突撃する。
高高度からの、【スーサイドダイブ】。これだけ速度が乗った状態で受ければ……!
■リタ・ラルケ >
はたしてその目論見は上手くいったらしく、衝突した選手がフィールドの外に転送される。
――【有効打撃】。順位は三位まで上がった。
だけれど衝突の影響で、自分は姿勢を崩していた。
そして同時に、自分が墜とした選手とキャットファイトを繰り広げていた選手が、こちらに向かってくるのが見える。
目の前の獲物を奪われ、奪った相手は今、姿勢を崩して防御がおろそかになっている。絶好のチャンスであろう。
そしてそうなれば、狙われている側の自分は、少々まずい。まともに防御姿勢も取れない状況でも辛うじて墜とされていないのは、半ば奇跡といってもいい。現に今、自分に反撃の余裕はないのだ。
そして、そうもつれ合っている間に、周りの選手も、自分の周りに集まってきているのだ。
再び戦況は乱戦に移行する。しかしながら今度は、自分は渦中にいる。
戦術が、崩される形となった。
■リタ・ラルケ >
正直、焦ってしまった部分はある。一度も誰かと相対せずに試合を終えること――そして勝つことは、まあできないだろうとは思っていた。
だけれどスコアボードを見て、得点が足りないということに気づいて。そのまま突き動かされるように一人を墜としたのは、早計と言わざるをえまい。
チャンスではあった。だけれど同時に、二人が共に健在だった以上、そのどちらかが墜ちればもう一人がこうして来ることは、冷静に考えればわかるはずだったのに。
『――今だ!』
「っ!」
反射で動いていた。自分を狙う声。体勢を変える。背中だけは見せてはいけない。
弾かれる音。吹き飛ばされる体。フィールドに残っているということは、【有効打撃】は取られていない。
だけれど、攻撃は止まない。別の方からも、攻撃が来る。逃げなければならない。
「――まだっ、時間は……!」
これは、自分の中に焦りが生まれた原因ではあるけれど――スコアボードを見た時、残りの時間は決して多くはなかった。
この攻撃さえ凌げれば勝てる――けれど、試合終了のブザーは、まだ鳴らない。