2021/02/23 のログ
リタ・ラルケ >  
 攻撃を弾くのも、これで何度目か。
 たった一、ニ分であるはずのその攻防が――自分には、何時間にも思えた。
 もちろんその最中、反撃などできるはずもない。弾く、いなす、掠めながらも避ける。そうして、この数分をやり過ごすほかなかった。
 "墜とされていないだけ"という表現が、最も正しいだろう。到底まともな戦いではない。
 そして、まともな戦い方を選べるほど、自分に余裕があるわけではない。

「……時間は、」

 スコアボードを見る。残り、一分。
 まだ一分もあるのか、と思った。これで一度でも墜とされれば、もう一位はない。だけど、"墜とされていないだけ"の状況で、一分も持つはずがない。

「もう、こうなったら……!」

 流れを変えなければ、勝てない。
 ならば。

リタ・ラルケ >  
「――やぁっ!」

 要するに、あと60秒耐えればいいのだ。
 後のことは考える必要はない。ならば、たとえ体勢が崩れていたところで、クリーンヒットを取られさえしなければいいのだ。

 目の前の選手に、手を伸ばす。保護膜同士がぶつかる音。相手は弾かれず、自分が逆方向に弾かれる形となる。
 これが一瞬の隙をついての反撃というのならば、大失敗だ。
 反撃、ならば。
 弾かれる勢いをそのままに、自分は逆方向へと逃げる。もちろん、綺麗な逃げ方というわけではない。視界は乱れ、体勢は完全に崩れ、コントロールができる状況ではない。
 だけれど、それでも。一瞬だけ、爆発的な加速が得られればいい。
 乱戦から抜け出せさえすれば、後はもう――。

「――S-Wingで落ちるのは……慣れてるもんね」

 錐揉み、海面への落下。この数週間で何度も経験したことだ。
 半ば墜落にも思えるけれど――フィールドの外に出されていないのは、自分が耐えきった証拠。
 海に落ちていく自分を、今更、他の選手も追いきれはしない。

 終了の、ブザーが鳴る。

リタ・ラルケ >  
「……終わった、かあ……」

 最後の方は、到底まともな戦い方ではなかったけれど――それでも、何とか最後は墜とされずに済んだ。
 スコアボードに、【有効打撃】を取られなかったことによるボーナスポイントが入る。
 最終順位は、二人抜いて一位。二位との差は、わずか10点。
 本当に、本当に――ギリギリの勝利である。

「……やった……」

 それだけ、見届けると、自分は海面で仰向けになったまま、目を閉じる。
 疲れと安心が一気に来て、少し眠くなってきた。あとのことはもう、誰かに任せよう――。

ご案内:「エアースイム常世島大会会場」からリタ・ラルケさんが去りました。
ご案内:「エアースイム常世島大会会場」に迦具楽さんが現れました。
迦具楽 >  
 大会の会場、その観客席の、そのまた片隅で。
 迦具楽は深く帽子を被って、試合を見つめていた。

 フィールドを泳ぐ選手たちの動きは、まだまだぎこちない。
 それは、参加している八人の選手、それがみんなまだ、初心者であることを示している。

 だけど、その中で他よりも少し、目を引く動きを見せる選手がいる。
 白いコントレールを描いて泳ぐ姿は、まだ硬さはあるものの、十分に安定していた。
 そして、時折見せる機動は、他の選手を一歩上回っている。
 

迦具楽 >  
「そこで『ハイ・フライ・ハイ』?
 タイミング、完璧じゃない。
 まあ、まだ技としてはいまいちだけどさ」

 足りないのは恐らく筋力か。
 強引な動きを支えるだけの筋肉量が足りていない。
 それでも、動くタイミングや選ぶ戦術、それらにセンスの良さを感じさせる。

 それに、見えている範囲が広い。
 初心者とは思えない視野の広さだ。
 ――ただ、駆け引きになれていないゆえに、焦りがミスを呼んだ。
 

迦具楽 >  
「スーサイド――まあ、悪くはないけど。
 そのままだと本当に『自殺』ね。
 どうせなら、もっと時間ギリギリまで待つべきだった」

 白いコントレールは、乱戦の渦に呑み込まれていく。
 設定は『スピーダー』寄り、となれば、乱戦は非常に不利だろう。
 体勢を崩した『スピーダー』は、スコアが欲しい選手の絶好の標的だ。

(ここまでか。
 ま、初めてにしては善戦した、ってところよね)

 観客席から立ち上がる。
 そのままフィールドに背中を向けた。
 

迦具楽 >  
 わざわざ大敗するところを見る必要もないだろう。
 あとで、「惜しかったね」「よくやったね」と言えば十分だ。
 そう思い立ち去ろうとしたところで、ブザーと共に会場から歓声が上がった。

 そんな声を上げるほどの試合展開だったろうか、と振り返る。

 ――フィールドには、白いコントレールが残っていた。

 

迦具楽 >  
 乱戦の中、わざと接触しはじき出されることで、初速を得る。
 そして、重力を利用して落下するように加速し、他の選手を振り切った。
 空に投影された映像には、ダイジェストがリプレイされている。

 その意味を理解するのに、しばらくの時間が必要だった。
 しかしスコアボードに表示されている結果は、なによりも雄弁だ。

 勝ったのだ。
 初参加の初試合で、圧倒的に不利な状況に陥りながらも。
 なんて粘り強さと、機転の良さだろうか。

「――は、はは」

 口から乾いた声が漏れるのが分かった。
 そして、口の奥から、ギリ、と軋むような音がする。
 それは、一番見たくて――なによりも見たくなかった光景だ。
 

迦具楽 >  
 持っていたカバンから、一つの茶封筒を取り出す。
 中にあるのは、生活委員会から渡された、異邦人保護のための一時的な滞在許可証。
 あと幾つか書類を用意して、幾度かの手続きを終えれば、晴れて正式な身分を手に入れる事が出来る。

「――考え時、か」

 封筒をカバンに押し込んで、今度こそ会場に背を向ける。
 けれど、背けたはずの眼には、白いコントレールが焼き付いて離れなかった。
 

ご案内:「エアースイム常世島大会会場」から迦具楽さんが去りました。