2021/02/23 のログ
■リタ・ラルケ >
攻撃を弾くのも、これで何度目か。
たった一、ニ分であるはずのその攻防が――自分には、何時間にも思えた。
もちろんその最中、反撃などできるはずもない。弾く、いなす、掠めながらも避ける。そうして、この数分をやり過ごすほかなかった。
"墜とされていないだけ"という表現が、最も正しいだろう。到底まともな戦いではない。
そして、まともな戦い方を選べるほど、自分に余裕があるわけではない。
「……時間は、」
スコアボードを見る。残り、一分。
まだ一分もあるのか、と思った。これで一度でも墜とされれば、もう一位はない。だけど、"墜とされていないだけ"の状況で、一分も持つはずがない。
「もう、こうなったら……!」
流れを変えなければ、勝てない。
ならば。
■リタ・ラルケ >
「――やぁっ!」
要するに、あと60秒耐えればいいのだ。
後のことは考える必要はない。ならば、たとえ体勢が崩れていたところで、クリーンヒットを取られさえしなければいいのだ。
目の前の選手に、手を伸ばす。保護膜同士がぶつかる音。相手は弾かれず、自分が逆方向に弾かれる形となる。
これが一瞬の隙をついての反撃というのならば、大失敗だ。
反撃、ならば。
弾かれる勢いをそのままに、自分は逆方向へと逃げる。もちろん、綺麗な逃げ方というわけではない。視界は乱れ、体勢は完全に崩れ、コントロールができる状況ではない。
だけれど、それでも。一瞬だけ、爆発的な加速が得られればいい。
乱戦から抜け出せさえすれば、後はもう――。
「――S-Wingで落ちるのは……慣れてるもんね」
錐揉み、海面への落下。この数週間で何度も経験したことだ。
半ば墜落にも思えるけれど――フィールドの外に出されていないのは、自分が耐えきった証拠。
海に落ちていく自分を、今更、他の選手も追いきれはしない。
終了の、ブザーが鳴る。
■リタ・ラルケ >
「……終わった、かあ……」
最後の方は、到底まともな戦い方ではなかったけれど――それでも、何とか最後は墜とされずに済んだ。
スコアボードに、【有効打撃】を取られなかったことによるボーナスポイントが入る。
最終順位は、二人抜いて一位。二位との差は、わずか10点。
本当に、本当に――ギリギリの勝利である。
「……やった……」
それだけ、見届けると、自分は海面で仰向けになったまま、目を閉じる。
疲れと安心が一気に来て、少し眠くなってきた。あとのことはもう、誰かに任せよう――。
ご案内:「エアースイム常世島大会会場」からリタ・ラルケさんが去りました。
ご案内:「エアースイム常世島大会会場」に迦具楽さんが現れました。
■迦具楽 >
大会の会場、その観客席の、そのまた片隅で。
迦具楽は深く帽子を被って、試合を見つめていた。
フィールドを泳ぐ選手たちの動きは、まだまだぎこちない。
それは、参加している八人の選手、それがみんなまだ、初心者であることを示している。
だけど、その中で他よりも少し、目を引く動きを見せる選手がいる。
白いコントレールを描いて泳ぐ姿は、まだ硬さはあるものの、十分に安定していた。
そして、時折見せる機動は、他の選手を一歩上回っている。
■迦具楽 >
「そこで『ハイ・フライ・ハイ』?
タイミング、完璧じゃない。
まあ、まだ技としてはいまいちだけどさ」
足りないのは恐らく筋力か。
強引な動きを支えるだけの筋肉量が足りていない。
それでも、動くタイミングや選ぶ戦術、それらにセンスの良さを感じさせる。
それに、見えている範囲が広い。
初心者とは思えない視野の広さだ。
――ただ、駆け引きになれていないゆえに、焦りがミスを呼んだ。
■迦具楽 >
「スーサイド――まあ、悪くはないけど。
そのままだと本当に『自殺』ね。
どうせなら、もっと時間ギリギリまで待つべきだった」
白いコントレールは、乱戦の渦に呑み込まれていく。
設定は『スピーダー』寄り、となれば、乱戦は非常に不利だろう。
体勢を崩した『スピーダー』は、スコアが欲しい選手の絶好の標的だ。
(ここまでか。
ま、初めてにしては善戦した、ってところよね)
観客席から立ち上がる。
そのままフィールドに背中を向けた。
■迦具楽 >
わざわざ大敗するところを見る必要もないだろう。
あとで、「惜しかったね」「よくやったね」と言えば十分だ。
そう思い立ち去ろうとしたところで、ブザーと共に会場から歓声が上がった。
そんな声を上げるほどの試合展開だったろうか、と振り返る。
――フィールドには、白いコントレールが残っていた。
■迦具楽 >
乱戦の中、わざと接触しはじき出されることで、初速を得る。
そして、重力を利用して落下するように加速し、他の選手を振り切った。
空に投影された映像には、ダイジェストがリプレイされている。
その意味を理解するのに、しばらくの時間が必要だった。
しかしスコアボードに表示されている結果は、なによりも雄弁だ。
勝ったのだ。
初参加の初試合で、圧倒的に不利な状況に陥りながらも。
なんて粘り強さと、機転の良さだろうか。
「――は、はは」
口から乾いた声が漏れるのが分かった。
そして、口の奥から、ギリ、と軋むような音がする。
それは、一番見たくて――なによりも見たくなかった光景だ。
■迦具楽 >
持っていたカバンから、一つの茶封筒を取り出す。
中にあるのは、生活委員会から渡された、異邦人保護のための一時的な滞在許可証。
あと幾つか書類を用意して、幾度かの手続きを終えれば、晴れて正式な身分を手に入れる事が出来る。
「――考え時、か」
封筒をカバンに押し込んで、今度こそ会場に背を向ける。
けれど、背けたはずの眼には、白いコントレールが焼き付いて離れなかった。
ご案内:「エアースイム常世島大会会場」から迦具楽さんが去りました。