2022/03/16 のログ
イェリン >  
ウルフカットから覗く紅の瞳。
少しだけ尖った印象を与えてそうなその眼は少しだけタレ目で愛らしい物だ。
ハッとするような仕草は大型犬のようで、少しだけ微笑ましい。

「はい、温かい緑茶とフルーツサンドね」

言いつつ、伝票をバインダーに挟んで机の下にしまう。

人気商品なだけあって、フルーツサンドは注文が通れば出てくるのは早い。
バックヤードで温かい緑茶のオーダーを通すと「え!?」という顔をされたけれど、
通したオーダーは何とかしてでも出てくる物。

「お茶はも少しだけ時間を貰うけれど、先にこちらを」

コトリとテーブルに置くのはイチゴやメロン等のフルーツがふんだんに使われたサンドイッチ。
零れそうなほどの生クリームが使われたそれは、隻腕でも食べやすいかもしれない。

「……勉強疲れ?」

そう忙しい店内でも無い。
だからこそ、偶に興味の沸いたお客様に世間話程度に話かける事は少なくない。
ふぅ、と脱力するような仕草が可愛らしくて聞いて見る。

史乃上空真咬八 > 「……」

やっぱり、メニューに載っているものではなかったか。
先に出てくるフルーツサンドの生クリームのボリュームに若干呆気にとられつつも、時間を貰うという言葉から、ぼやけて読めなかったメニューをちらりと見た。

「すいやせン、お言葉に、甘えてしまって。
……時間は幾らも余っているンで、構いやせンから」

じっくり待つ。その分、大事にフルーツサンドは頂く。
左手でひとつ掴み、小さく一口を齧る。
――染み入る。生クリームとフルーツ、異なる二種の甘みが、柔らかなパンに挟まってやってきた。じんわりとした幸福感に、脱力していた。

「……ぁ。えェ、まあ。最近まで……休学、してたもンで。
休ンでいた期間の分の単位、追いこンでたら、睡眠時間、削れちまって」

食べる合間、徐々に温度が失われていく前におしぼりで眼を癒す。
垂れた眼が時々眠たげに揺れる。
……ふいと向いた眼が、柔かく。

「……けど、まァこれが、楽しいもンで……中々」

イェリン >  
「……凄いのね。
 私なんて普段の勉強ですら手一杯だもの」

文字や文化の違いもあるが、日々の授業ですらついて行くので精一杯。
それを短期間で取り戻そうとすれば、どれほど負担になるだろうか。

「勉強が楽しいのは分かるわ。
 でも、体調を崩したら心配する人もいるでしょうし、ほどほどにね」

眠たげに揺れる瞳が柔らかく形を変える男の人の瞳。

不意にエリー、とキッチンの方から声がかかる。用意ができたらしい。
キッチンに向かうと嗅ぎなれた渋みを伴う日本茶特有の香りがした。
店長の嗜好品、ギョクロというらしい物で結構いいお値段がするらしい。

「お待たせしました。熱いから火傷しないでね」

普段お客様に向けて使う事の無い『茶』とかかれた抹茶色の湯呑み。
立ち昇る湯気の元になっている温度はその器までも熱していたので、
新しく出したおしぼりで下の方を覆って持ちやすいようにしてテーブルに置く。

史乃上空真咬八 > 「……手一杯でいる位が、丁度が良い。そのくらいのほうが、実になりやしょう。
……追い込ンで身に着ける知識は、確り固めてやらねェと、付け焼き刃に落ちやスから」

首を緩く振る。己のやり方が正しいやり方ではないという言葉を述べながら、また一口。

「……肝に銘じておきやしょう、それは、他の人からも、言われてやスから、尚の事」

――苦く笑えば、伸びた犬歯が覗いた。

…………すん、と鼻が鳴って、香りの立つ茶がやってくるのに聡く気づいた。

「……かたじけねェ、ス」

なんと丁寧に出してくれることか。置かれた茶と貴女を一度ずつ見、深々頭を下げる。
フルーツサンドのお皿には当たらないが、ゴッと、軽くテーブルに額をぶつけた。いい目覚ましである。

「……」

左手が湯飲みを持つ。熱い。引き寄せ、低く持って一口。
じわりと熱と共に、良い香り。
――そのまま魂ごと抜けんばかりの吐息と、ぐっと閉じる眼。
染み入っていた。

「……嗚呼、これは……良い茶で、己なぞに勿体無い位……」

ふすぅ。と、鼻から吐息が抜けていった。眠たげにしつつも、
またフルーツサンドにも手をつけて。
至福に包まれた青年の顔は、すっかり来店した時の疲れを滲ませていたのとは切り替わっている。

「……ゆっくり、大事に、頂きやス」

イェリン >  
「……ストイックなのね。
 それなら今くらいは、ゆっくり休憩してもらおうかしら」

付け焼刃の知識が己の為にならないのは確かだ。
本来時間をかけて積み上げていく物を、速度を上げて重ねているのだから、疲労も相応の物になるだろう。
笑みと共に見えた尖った犬歯は、猶更大型犬のような印象を高めた。

「勿体ないなんて事はないわよ。
 お店の物はお客様に満足してもらうためにあるんだもの」

店長の私物である事など、黙っていれば知り用も無いのだし。

「それに、それだけ美味しそうに飲んでくれたら茶葉だって嬉しいでしょうし」

ゆっくり飲んで、と幸せそうな顔つきになった男の顔を眺めて。

史乃上空真咬八 > 「……既にだいぶ、気は緩みきってるとこ、スけど」

なんならこのままテーブルにぶっつぶれて眠りそうな気配まである。
が、それは流石に迷惑千万だ。リラックスはリラックス、眠るのはこのリラックスをテイクアウトして自宅でだ。

もぐ、むぐ、と、鋭い犬歯がこの世で上から数えたほうが早そうなくらいふわふわしたスイーツに突き立てられている。

「……茶葉に喜ばれる、ならいい、スけど……」

そう言われると、遠慮も緩めていいか。
……店内を一瞬見回す。視線だけ回って廻って、最後に貴方へ。

「……さっき、エリー、と呼ばれてやしたが……」

座っている、とはいっても。自分より背丈は――多分高い。
女性だが、華奢という印象は受けなかった。

「……海外の方……にしちゃ、言葉遣いは完璧だもンで……否、否。
……尊敬しやスよ、仕事、頑張ってくだせェ。それと」

……左手が傍らの鞄を探った、何かを掴み、こっそり見せるのは、腕章。
――――風紀委員の腕章だった。

「……なにか困り事があったら、御力添え、させてくだせェ。
微力ではありやスが、隻腕、お貸し致しやス。
……自分は史乃上 咬八(しのがみ かみや)、一応、風紀委員、スから」

イェリン >  
「良いのよ。
 居心地の良い場所が提供できれば、喫茶店冥利に尽きるものだし」

店長の受け売りを、さも自分の言葉のように言い放ち。
食べ進められていくフルーツサンドの無くなっていく様を眺める。

「半年くらいになるかしら、ずっと北のスウェーデンから転入してきたの。
 日本語は村の酒場に居た人から教わったのだけど……だからかしらね、綺麗な言葉遣いじゃないって言われたわ」

困ったものよと笑いながら。
名乗られた名前を何度か反芻するように呟いて。

「カミヤね。私はイェリン。イェリン・オーベリソン。
 呼びづらいらしいから、エリーってお店の人は呼ぶんだけどね」

風紀委員の腕章を見るのは初めてでは無いけれど、少し物珍しくてマジマジと。

「ありがと、お店に変な人でも来たら頼ろうかしら」

何も無いのが一番だけどと笑いながら言う。

史乃上空真咬八 > 「それは、既に達成出来ているかと……えェ、居心地は、本当に」

ふわふわフルーツサンドは残りひとつとなった。
大きくかぶりついて、恐らく二口で完食するもの。
その後は、ゆっくり温くなるのを待ちながら玉露を呑み、微睡の脱力状態に浸り続ける。

「……こっちの国で接客業をするンならそうでしょうが、スウェーデン……そちら側なら、そのままでも充分丁寧でありやしょう。
――あと、少し懐かしい響きがある」

……最後の声だけ、ぽつ、と、やや低く落ちた声だったが。
その声に宿るものを汲み知るのは、ちょっと難しそうだ。

「……イェリン、……エリーさン。成程、愛称でありやしたか。
――人を掃うのは……十八番、スよ。そのときは、お呼びを」

掃う。なんて言い方。ちょっと物騒だが、
……多分そこまで激しいことはないだろう。そう告げる青年の顔はとても柔らかかった。

「…………御尤も。静かな方が、それが一番、いい」

手元に湯呑を引き寄せ、鼻を寄せて、香りに浸る。
――微睡みながらも、ゆっくりゆっくり、茶を啜って、青年の暫しの憩いは続く。



……彼が店を後にしていくのは、それからだいぶ経ってからだろう。
その間、暫し貴女とは、互いの他愛無い些事を話題に、ひとときを過ごした。

ご案内:「純喫茶『和』」から史乃上空真咬八さんが去りました。
ご案内:「純喫茶『和』」からイェリンさんが去りました。