2022/02/03 のログ
ご案内:「幻想生物学準備室」に暁 名無さんが現れました。
■暁 名無 > ――――夢を見ていた。
何年も、下手すりゃ10年単位で見ていなかった夢を、見ていた。
見慣れた教室棟の廊下を、授業の準備の為に俺は歩いている。
まだ授業開始までは時間があるはずで、特に急ぎでも無かったから昼食の予定なんて思案しつつのんびりと。
食堂に行こうか、購買で何か買おうか、そんな他愛も無い事を考えていると、背後から声を掛けられた。
肩越しに振り返る間も無く、生徒が数人、口々に挨拶を投げながら俺を追い越していった。
それに応えてから、「あんまり廊下を走るもんじゃねーぞ」なんて笑いながら見送る。
元気なもんだ、流石は学生だななんて呑気に思いながら、それでも俺は足を動かす。
■暁 名無 > 数秒と経たないうちに、ふと違和感を覚えた。
今追い越していった生徒たちは、俺が赴任してすぐに知り合った生徒たちだったはずで。
本来なら、もうとっくに卒業している。そんな奴らが、学生服のまま、当時と変わらない姿で追い越していった。
――嗚呼、昔の夢か。
俺がそう気付いた直後、また別の生徒たちが同じように挨拶と、軽口を交えながら背後から廊下の先へと進んでいく。
昔の事を夢に見るなんて、俺も年を取ったかな、なんて夢の中だというのに失笑が零れた。
夢を見る事自体が珍しいというのに、こんな明瞭な夢だなんて、と。
俺が苦笑している間にも、次々に懐かしい生徒たちが俺の先へと往く。
走馬灯じゃねえだろな、なんて縁起でもない事を思った。
■暁 名無 > 次第に追い越していく生徒たちが記憶に新しいものへと移っていくことに気付いた。
まだ赴任したてで教室を持っていなかった頃に知り合った生徒たちから、初めて幻生学の教壇に立った時の生徒、野外調査ゼミの生徒たちへと。
その中には数人、一際懐いて来た生徒たちも居たりして、
そういえばあいつらも卒業したんだよな、今も元気でやってるだろうか、
目が覚めたら連絡を取ってみようかなんて思ったり。
しかし同時に何だか言い様の無い不安を覚えた。
それは些末事として気にも留めないような不安。コップの水の中に一滴インクを垂らしたような。
緩やかに、溶け合う様に、不安が拡がっていく。
夢の中の俺に、それを停める手立てはない。
■暁 名無 > 追い越していく姿が、学園の生徒たちから俺が学園に来る前、
正確には生徒として卒業してから、時間を渡る手段を探して海外を半ば放浪していた頃に知り合った顔に変わった。
様々な異国の言葉で俺に一声かけてから、先へ。これまで通りに。
小さな、違和感の様な不安が大きくなる。
その不安の正体を探って、俺は一度辺りを見回した。
学園の、教室棟の廊下。何度も歩いたからこうして夢でも鮮明に場所が分かる。
―――さっきから足を止めた覚えはないのに、どうして俺はちっとも進んじゃいないんだ?
歩いている時間からすれば、もうとっくに階段なり廊下の突き当りに至っていても可笑しくはない。
なのに、どれだけ足を動かしても俺は廊下の一点から全く進んでいなかった。
■暁 名無 > 追い越していく姿が今度は一度未来へ帰った後に知り合った人々になっていた。
その中に紛れる様に、生徒の頃の知り合い、成長した友人たちの姿もあった。
彼らも俺の名前を呼び、廊下の先へと姿を消していく。
……でも、それはおかしい。
だって、だってあいつらは、俺の事なんてすっかり忘れてしまっているのだから。だから、俺の、名前を、呼ぶことなんて、もう―――
もういい、もう十分だ。そろそろ目を覚ましたい。
そう告げようとして口を開いたが、声は出ず、言葉は紡げず、ただ魚の様に口をぱくぱくとさせるだけだった。
そうしているうちに、また、背後から声が掛かる。
■暁 名無 > よく知っている、しかし最近は顔を見る事も無かった女生徒たち。
それぞれの名前を呼ぼうとしても、やっぱり声は出ない。
間の抜けた顔の俺に怪訝そうな顔を返しながらも、彼女らも先へと進んでいく。
その背を追い掛けようとしても、離されていく一方で
歩みを速めようと、いっそ駆け出そうとしても、俺はその場から見えない壁に阻まれるかのように進まず、停まったままで。
(待ってくれ、置いて行かないで―――俺を、独りに)
最後に追い越していった月色の髪の少女へと手を伸ばした直後、背後から声が掛かった。
『―――だって、仕方ないだろ。それを選んだのは、他でもない自分自身だ。』
聞き覚えのある口調、聞き覚えの無い声。
その声を聞いた途端、俺の足は停まった。
■暁 名無 > 『本当にやりたかった事が出来なかった。やり通せなかった。
その口惜しさは俺にも分かるよ。分かっちゃう、自分の事だからね。』
振り返れば、目の醒めるような赤い髪に、紅い瞳の男子生徒が居た。
こいつの事は誰よりも、何よりもよく知っている。だから俺は、何も言い返せない。声を発せたとしても、返せる言葉は何も無い。
『自分がやれなかったから、せめて“やれなかった事”が起こらない様に過去へと立ち戻って迎える未来を一つに絞った。
その結果、自分が本来居るべき場所で自分の存在が消える事になるとしても、それを選んだのは自分でしょ。』
咎めるでもなく、ただ淡々と確認する様に赤髪の男子生徒は言葉を続ける。
『そして何の因果かまたこっちに戻って来たけれど、時を越えて未来を変えた人間に、進む先なんてあるわけない。
分かってたよね、最初から。』
………。
『別に責めるつもりもないよ、俺はあんたにはもう成らないんだから。成れないんだから。
そうある事を選択した気持ちはよく分かる。
同じ立場になったら、多分俺もそうするんだろうな、って思うから。』
真っ直ぐに紅い瞳が俺を見据える。その瞳が褪せてしまったのは、一体いつからだったか。
小柄な癖に長く伸ばした鮮血の様な色の髪が乾いていったのはいつからだったか。
『―――間違ってた、とは思わない。
でも、結果はちゃんと受け止めなきゃね、俺。』