2022/11/03 のログ
言吹 未生 > その呪いは――調査なりする時間があったとするならば、異常だった。
周囲のマイナスエネルギー。死者ないし負傷者の遺念/怨念を取り込んで膨張するのはまだいい。
呪いの本質は、まさしくそれであるから。
しかし、それらをより強固に成形するものは――“この島のいずことも合致せぬ場所”の、地獄絵である。
因縁に端を発するものが、その因縁のないもので縛られている。
それはまったく、異端の呪術であった――。

死角からの痛打。
それは――怪人には知る由もないが――これまでの狂い猛るような突撃とは違う。
収まりがつかぬ、と踏み惑う狂犬のそれではない。

「――追い詰めてやるぞ」

いつか、彼がかつて残した破壊と混沌の痕で呟き落とした呪詛を、いま一度。

「如何なる『逆説』を以てしても、生き永らえる事など出来ないように――」

眼帯から既に解き放たれて露わとなった義眼が、紫電を秘めた雷雲の如く煌めき、赤熱した視線と対峙する。

――生かしておかぬ。

救世主を呪う魔軍の頭領の如く。明確にして荘重なる殺意を孕んで。
突き出され、鋒矢の勢いで来たる光刃の切っ先を、真っ向から捉えた視界。
ブーストされた視神経と反射神経が最適解を――こちらの損害は度外視して――算出し、僅かな傾斜でそれを躱す。
闘牛士のカポーテよろしくはためくセーラー服の端が焼け千切れ、
皮を裂いて血と肉を幽かに焼く煙を尾曳かせて。
巻き上げられた瓦礫に、その身を打たれ、あるいは裂かれてもなお。
ぎゅるりと灌木から飛び掛かる毒蛇の動きで、手を、足を、小兵な体をしがみつかせるようにして、
怪人の首から腕へかけて絡みついた。
ジョイント・クラッシュの一種にも似た奇怪な体勢。

「《思い知れ》……!!」

ブーストされた全身の筋肉・骨格を以て、上半身の片側をねじり切らんとする荒技。
同時、言霊に乗せて地獄絵の正体を叩き付ける。
炎と煙に捲かれる『皇国』の首府。
暴徒の群れと、それが生み出す死骸の河。
泣き叫んで此の世を呪う生存者。“左目を喪った幼子”――。
異質の記憶/論外の情報量で、怪人の脳までをも焼き切らんと――!

パラドックス >  
肉薄するレーザーブレードが淺皮を切り裂き焦げ臭い臭いが僅かに漂う。
二撃目を入れようとした直後、蛇のように迅速に動く小柄な体が鉄の怪人の体に絡みつく。

『離せ……!』

蛇のように器用に絡みつく小柄な体躯。
ただの呪術師ではないが、この程度の力量差ならば此方の有利だ。
アーマーの力をフルスロットルにし、全身から排熱煙を吹き出しながら振り払う────はずだった。

『……!?』

視界が揺らいだ。
そう思った直後には、そこに映っていたのは阿鼻叫喚。
地獄絵図とも言うべき光景か。炎と煙、血と怨嗟が巻き上がるこの世の果て。
この映像がカメラアイの見せるものではないと直感するも、どうと出来る訳でもない。

『ぬ、う、おおおおおおお……ッ!?』

それは憎しみ。
或いは嘆き。
或いは慟哭。
或いは───────。
ありとあらゆる負の感情が、呪いが、綯い交ぜとなったそれが脳を焼く。
耐え難い苦しみと痛みが一心に脳みそをシェイクする。
アーマーのデジタル数字が苦しむように点滅し、破壊者は歯を食いしばった。
全身が死に蝕まれるように熱い。顔中から沸騰した血液が吐き出されて、嗚咽。
全身からあふれる脂汗を血と錯覚してしまう程の苦しむ。
蝿に集られる嫌悪感を振り払うため、あらぬ方向へと振り回すレーザーブレード。
苦悶の声を上げ、アーマーの守りを一蹴する"呪い"。
まさしくして、己の時代にあるはずのない呪詛をその身に受け、怪人の体は力無く項垂れ、静止───────。

パラドックス >  
 
            ───────鈍く、両目のゼロが怪しく煌めいた。
 
 

パラドックス >  
『────おおおおおおおッ!!』

咆哮。
それは怪人が未だ生きている事を示す命の雄叫び。
鉄の体を振り回し、力任せに黒蛇を放り投げればゼロの赤目がそれを見据える。

『ハァ……!ハァ……!惜しかったな……。
 お前の持つ死のイメージかもしれないが、私は"その程度"で止まりはしない』

息を切らし、ヘルメットの奥は血涙が溢れ、口周りさえ赤黒く染まっていた。
見た目には見えないがしゃがれた声はそのダメージを物語っている。
その程度などと、強がりではあるが事実、止まりはしなかった。
脳ごと焼ききれていれば楽であったろうが、"元より楽などする気もない"。
この道を選んだ時点で、死を振りまき、死と隣合わせなど重々承知。
一つの時代を破壊し、業を背負う"決意"は、"他人の死"では止まらぬほどに強固であった。

怪人は腰のホルスターから腕時計型のメモリーを抜き取れば、即座にベルトへと差し込んだ。

<バトルウォー!>

無機質な電子音声は、奇しくも死骸の河を生み出したであろう元凶を高らかに叫ぶ。
怪人が腕をクロスすれば、怪人の目の前には『9/26』の日付を示すホログラムが浮かび上がる。

『ならば望み通り、お前には"二度目の死"をくれてやる』

『──────投影』

<リフレクションタイム!>

ホログラムが砕けると同時に砂となり、怪人を包み込んだ。
強烈な鋼の擦り切れる嫌な音と共に、砂が爆ぜればあられたのは"鉄の怪物"というべきもの。
全身に巻き付いていたケーブルが無造作に地面に垂れ
白銀の分厚い装甲が全身を包んでいる。太い手足に、赤い双眸。
両肩に添えたキャノン砲はまさしくして、"兵器"と呼ぶに相応しい。

<クォンタムウィズデストロイハント……!>

四人の風紀委員から奪った、武器を生み出し力の投影。

『……消えろ!』

両腕が花のように広がれば、赤黒いミサイルが火を吹いた。
風を切り、爆音を立て、正しく"ミサイルの雨"が少女めがけて放たれた!

言吹 未生 > かつての己が発したよりも、烈しくも凄まじい号哭。文字通り血を吐く、魂消る絶叫。
間近で聴く、鼓膜も裂けそうなそれを、少女はただ真っ直ぐに視る。
そして須臾のうちに、思考する。
彼の嗚咽。慟哭。そのよすがに見出したもの。
それはあるいは、まさしくかけがえのない何かを喪った己と同質なのではあるまいか。
そんな考えごと、

「なっ――?!」

振り払われた痩躯を、地面に激突する前に辛うじてトンボを切り着地する。
仮死の淵から蘇り、鬼気迫って気炎をなぶらせる怪人の姿に。
二度目の死そのものが顕界に形影を結んだようなそれに。
視界がずくりと、途方に暮れるように揺らいだ。

「お前は…いったい――」

どれだけの死を見て来たのか。
どれだけの死をもたらして来たのか。
どれだけの死を――しくじりを――乗り越えて来たのか。
どれだけの過去/現在/未来を駆けずり回って来たのか。
それはもはや、単なる一個存在の負い得るカルマを凌駕し尽している――。

愕然とする間に、怪人は兵器そのもののかたちとなって。
火砲が花開くように、破壊の種子をばら撒いた。

「…っく――!」

反動に疼く義眼を抑えるのとは反対の右手。
袖口から手元へ滑らした特殊警棒。その射出機構を活路へと撃ち出す。
ワイヤープラグに手繰られ滑空し、その先でまた生存の経路へと。
そぼ降る噴進弾の雨――文字通りの砲煙弾雨の合間を飛び遁れ。

「ぅあっ!?」

豆腐めいて砕けるビル壁を避ける軌道へ逃れたところ、その衝撃で嘔吐するように割れ散ったガラス窓。
その破片の雨から身を庇おうとした、そのほんの数瞬。
新たなミサイルの炸裂に晒され、横合いの電柱が爆ぜた。
飛び散る欠片が散弾めいて、全身を強かに打ち据え、もんどりうって倒れる。

「ち、くしょう…!!」

口の端から、黒ずんだ呪血を垂れ流しながら、それでも光の失せぬ一つ眼で怪人をねめつけた。

パラドックス >  
辺りの廃墟も何もかもを破壊し、燃やし、砕く破壊の権化。
かつての使用者はその声質を理解した上で、自らの信念を以て武器を使っていただろう。
だが、その能力は今や悪意ある破壊者の下。セーブの効かない兵器は文字通りの殺戮マシーンだ。
レッドアイの数字が点滅すればハァァァ、と獣のような吐息を吐き出す。

『言吹 未生……私に向かってきた信念とその強さは認めよう。
 お前が如何にして、立場を追われ、"死"を見てきたか……』

鉄の両足が無骨に瓦礫を踏みにじる。
重い足音が一歩、また一歩と倒れた体躯に近づいてくる。

『だが、それで私を殺せると思っているのならば大きな間違いだ。
 私は死ねない。私のためではない。私のいた時代……』

『先細り滅びた私の時代にいた全て』

『────それを救うために、此処にいる』

この時代の常世学園を破壊し、自らの時代を救う。
川添春香に語った胸中の一つ。それは、確証なき実証を背負う殺戮の意味。
この行いが間違いであると、とうの昔に気づいている。
"それでも"なお、何でも無いはずだった何気ない日常。
異邦の者も人間も、あらゆるものが各々と暮らしていたあの世界を。
そんな世界が、時代が丸々と"死んだ"のだ。
世界を生きながらえさせるために、ありとあらゆる手段を男は用いた。
科学者としての自分の知恵と仲間の力。
全てを以て救おうとした。だが、結果は失敗に終わった。
長い時間と死だけが、今でもこの網膜に焼き付いている。
だからこそ、この実証は非常に分の悪いかけだ。

だが、"自分が死んでしまえば終わってしまう"のだ。

全てを賭す決意が、死念さえも払い除けた。
此処で死ぬわけにはいかない。この"破壊の意味"を失くしてはいけない。
兵器の強さだけではない。死念さえも払い除けた、"決意"こそが破壊者の最大の武器なのだ。
少女の目前、怪人が足を止めると同時に軽く咳き込み、フレームの隙間から赤黒い血が漏れる。

『……お前が私を斃す理由は問いはしない。
 だが、此れがお前の"正義"であるならば、呪われた旗など所詮は虚言』

『死者と馴れ合うだけのお前が、前に進む私を止めれるはずもない』

『……私の"正義"は、この拳の中にあるッ!!』

無骨な怪人の手が伸びる。
火傷するほど熱い鉄の手が、その首を鷲掴みにせんと迫る。
掴まれたのであれば、それは───────。

少女の体が宙を舞うほどの剛拳が、その腹部に叩き込まれることになるだろう。

言吹 未生 > 救うため――その言葉に、あの思考が的外れではなかったと悟る。
砲首を収め、目の前までやって来る怪人は、この男は/この男も厄災の渦中を生き延びたのだ。
行動指針も似通っている。
己が、かつて平穏を奪って行ったテロル犯の眷属を――重犯罪者を許せず、
その標を罪科そのものに託ちて裁くのと同じく。
彼は、彼の時代を滅ぼした要因を滅すため、

「…それが、この島だと、言うのかい――」

ここにいると言う事はそうなのだろう。
倒れた体を起こ――せない。暗色の空を仰いだまま、血腥い吐息に乗せて呟き返す。

「死者との、馴れ合い――?」

鸚鵡返しの後、けたけたと嗤う。とどめを刺さんとする手を嘲笑う。
首を掴まれ、喉を灼かれ、宙吊りとされてもなお、少女/狂犬は笑う。嗤う。ワラウ。

「死人に恋焦がれているのは“君”もじゃないのかい?」

「君の勇あふるる行いの末に、喪った全てが還って来る――その“ほんとうの”公算は?」

「神ならぬ身の君に、“一度ならず敗けている”君に、可能性が絆されてくれるとでも?」

血に濡れた壮絶な貌で、傍若無人な審き手は滔々と語り/騙る。

「――《死肉相手に善い人ぶるなよ、道化が》」

吐き捨てたその痩躯の真ん中を、鉄鎚がつんざいて。
冗談のような量の血を吐き散らしながら、瓦礫の向こうへ吹っ飛んだ――。

言吹 未生 > それは何もかも、似通い過ぎて腹が立つ程おぞましい/いとおしい相手への、同族嫌悪の繰り言。
識域下に爪痕を残す、言霊交じりの負け惜しみだ。

捨て台詞の結びを締めるように、遠間からおびただしい量の武装緊急車両とヘリの影――。

パラドックス >  
『……なんとでも言うと良い』

少女の言う言葉はたしかにそうだ。
確証もない。滅んだ世界を未だ捨てきれずにいる。
"それでも"止まりはしない。一度選んだ道だ。
悩んだ末に"それしかなかった"。もう、退路などあってないようなものだ。
もう握った拳で掴めるものなど、果たして───────……。

『ッ……ふぅ……道化かどうか、すぐにわかる』

アーマーの機能は正常値だと言うのに、体へどダメージが甚大だ。
ふらつく足元を踏ん張らせ、吐血と熱息を吐き出し、少女を睨むレッドアイ。
両肩のキャノン砲が少女へと向けられた。無慈悲な白銀の砲身。
肩部に青いイナズマが迸り、先端にエネルギーが収束し…────。

『……時間切れか。……ッ』

トドメを指す前に遠目から聞こえてきた車両とヘリの音。
風紀の連中か、それとも別の連中か。
どちらにせよ、学園全土が敵である以上、このまま戦うのは危険だ。
未だ脳裏にこびりつく"死"のイメージに苦悶の声を漏らし、頭を抑えて頭を振った。
一歩、二歩後退り、少女を指差す。

『その生命、今は預けておく。
 だが忘れるな。私はいつでも、お前達を破壊すると……』

破壊者は止まらない。
次会うこそ、と捨て台詞を吐けば車両が到着する前に怪人の姿は都市部の暗部に消えていた。

何れにせよ、再び捕獲とはいかず、被害も甚大であった。
まだ常世学園を脅かす影は、再び暗躍していくのだろう───────……。

ご案内:「常世渋谷 燃える黒街」から言吹 未生さんが去りました。
ご案内:「常世渋谷 燃える黒街」からパラドックスさんが去りました。