2020/08/16 のログ
ご案内:「職員寮のとある一室」にレナードさんが現れました。
レナード > 「――――…………。」

起きた。
知らない天井だ。
昨日、どうなったか…よく覚えていない。
思い出してはいけない、そんな気さえする。

あたりを見回すと、小奇麗な部屋がそこに広がっていた。
…間取りからいって、寮かなにかだろうか。

バジル > 「やあ、起きたかい?」

男は溌剌な声を、彼に投げかける。
沸かしたてのお湯を、ポットに注いでいるところのようだ。

レナード > 「…………。」

声を掛けられた。
そちらを眺めると…誰かがテーブルの傍に立っている。
流れるような……なにかが見える。
顔は、分からない。まるで、何かで潰れて、ぐちゃぐちゃで。

「だれ…………?」

殆ど抑揚のないことばで、それだけ小さく口にする。
…伝わっているかは、ほとんど分からない。

バジル > 「ボクかい?
 キミとは本来、関わるつもりのなかった者だよ。」

手早くテーブルの上を、整理している。
慣れた所作で、茶菓子、ティーカップ、各々を簡単に準備してみせた。
相当手馴れているのだろう。
彼の蚊の鳴く様な言葉でさえ、この男はしっかり聞こえているのだろう。
その準備の片手間に、彼に言葉をかけていた。

「イロイロと大変だったようだね。
 ま、詳しくは聞かないよっ。それに話すのは主にこれからのことさっ。

 さ、こちらにかけたまえ。暖かく甘い紅茶で、まずは脳をリフレッシュしようじゃなあいかっ!」

彼のいる方向の、その向かい側にある椅子に座る様にして、
その対面に座るよう、彼に促した。

レナード > 「………。」

騙された気分で、ゆっくりとそこに近づく。
ふらついたが、それでも転ぶことはなかった。
誘われるままに、彼は示された席へと遠慮がちにかける。

バジル > 「ミルクは必要かなっ? それともレモンかい?
 いや或いは両方だなんてそんな贅沢なことを言うつもりはないだろうねっ? 味落ちるからオススメしないともっ。
 おっと、お砂糖はお幾つかなっ?上白糖か黒糖か…メープルシロップでもいいねっ!それとも蜂蜜派かな?
 いやいやここはフルーツを浮かべるのも悪くないな…ジャムを入れてm―――」

レナード > 「―――紅茶……冷えると、思うんだけど……」
バジル > 「おっと失敬っ!つい、好きなものについては語りたくなるのがボクの悪い癖でねっ。」

突っ込まれてしまった。片手で軽く握った拳で、あざとく頭をこつん、と。

「…今のキミに必要なのは……そうだねっ。
 ミルクと砂糖を大目に、それから…ゆっくりと、味わうことだ。
 舌先から、喉の奥まで……少しぬるいかもしれないけれど、じっくりね。」

そう、諭すような口調のままに、彼の前にミルクティーをサーブする。

レナード > 「…………。」

目の前の…顔の潰れて、分からない誰かと、差し出された紅茶を、交互に見る。
喉は乾いた。
だから、言われるままにゆっくり飲むことにする。

「…………ほぁ……」

バジル > 「うむうむ、キミにまず必要なのは、話をするための余裕を取り戻すことだともっ。」

彼が、少しずつでも紅茶を飲んでくれる様を、頬付突きながら嬉しそうに、楽しそうに眺めていた。

レナード > 「――――…ふぅ……」

そうして、一杯まるまるをそのまま飲み終えた。
彼は、その間喋らずに、こちらをにこにこと眺めていたばかりだった。

「………話すことって…なに……?」

多少は通りがよくなった言葉で、聞くことにした。
その声色からは、諦めの様なものさえ感じられるが。

バジル > 「そうだねえ、……何から話そうか………

 まず、キミが血眼になって探していた、大蛇の化け物について。
 端的に言えば、それはボクだよ。」

それは、世間話をするような、そんな軽い口調から始まった。

レナード > 「――――………はぁ……」

それすらも、まるでおとぎ話のように。
右から入って、左から出ていく。
この男は、何の話をしているんだ?

バジル > 「いやねぇ、ボクもこれ言うつもりなかったんだけどねっ。
 ただ、もう、今ここで話すしかないって思ってねっ。」

腕を組みながら、目を瞑って口を軽く窄めて、まるで不満気に振る舞うも。

「……でもまぁ、キミの状態を知った"彼"に、それくらい話すようにと言われてねっ。」

レナード > 「………なんの、話なわけ……?」

何の話をしているんだ。
まったく、理解が付いていかない。

バジル > 「ま、まっ。戯言だと思って聞くといいさっ。
 そんなワケで、ボクは最後までキミと関わるつもりはなかったわけっ。
 …おっと、勿論今のボクは人間だよっ?ちゃんと人間に産まれなおしたからねっ。

 それはともかくっ!」

おほん。男は一つ、咳ばらいをした。

「……キミは、自分の血を憎く思っていたねっ。
 それをばらまいたのは、他でもない昔のボクさ。
 それ自体に納得できず苦悩し、辛い旅路を強いてしまったことは…謝るべきだろうね。申し訳ない。」

男は居住まいを正し、首を垂れる。
そこには、確かに感情が籠っていた。

「ただ、この話を聞いてくれてもいいかなってねっ。
 ……もう、今の君には話を理解する力が、ほとんど残っていないかもしれないけれど。
 それでも、まあ聞いてくれたまえよっ。」

レナード > 「……?
 ん、んん……ん………?」

さっぱり、話が分からない。
ついていけない。この男が、自分の追っていた、バジレウス?
どういうことだか、さっぱりだ。

バジル > 「…キミのふるーい祖先はね、短命な家系だったんだ。
 その頃のボクは、お恥ずかしい話やれ白蛇皇だのなんだのってイキり散らしていてね。
 あらゆる怪物の集うこの常世じゃ鼻で笑われるような、井の中の大蛇常世を知らずとはよく言ったものだったともっ。
 ただ、その生命力には定評があったのさ。」

男は、つらつらと話をし始める。

「あらゆる医療方法を試してもダメ、あらゆる民間療法、宗教、迷信や呪いの類まで手を出してもてんでダメ。
 そうする間に、どんどん短命化が進んでいくキミの先祖は…ボクの生命力に目を付けた。
 つまり…怪異でもいいから強い血を貰おうって、トチ狂った発想をそのまま現実にしようとしたわけさっ。」

バジル > 「…ボクだって最初は門前払いだの、無下に扱っていたけれどもねっ。
 薄幸の美少女っていうのかなっ?儚げで今にも死んじゃいそうな身体の細い子が…縋る様にボクに何度もせがんでくるわけさっ。
 ……その内、ボクは察してしまったね。
 この子、本当はこんなことしたくないのに、子々孫々の未来のために覚悟を持ってやっているんだな…って。
 そして、察したからには…もう、堕ちるのは必然だったってわけさ。

 …彼女とどうヤったかって?そりゃあ、フフッ…秘密だともっ。」

まるで、気恥ずかしい初恋の話をするように、男はちょっと大げさな身振り手振りを話して話していく。

「そして、彼女はボクとの間に生まれる子に……産んで寿命で死ぬ間際に願ったのさ。
 どうか、素晴らしい愛を知るまで、生きてくれていますように。ってね。」

ここでようやっと、余分な所作をやめて、彼のことを見つめながら、そう話した。

レナード > 「………。」

最初は、突拍子もない話だった。
だけれども、途中から、自分のことのように、思えてきた。
そこから、話がすっと頭の中に入ってくるような気さえして、聞き入っている自分がいた。

依然、目の奥は闇が広がり、心は空虚で、目は人の顔を認知できない。
だが、耳だけは、その話を聞こうと…必死に言葉を捉えようとしていた。

バジル > 「結果として…キミの家系は一気に長命を得られた。
 といっても、子供を成せば人並みだった。そういう、願いだったからねっ。
 だから、ほとんどの場合で問題なかったのさ。
 各々はそれを飲み込んで、自らの愛を探しにいったのだからねっ。」

少し、感傷に浸る様に、言葉を掛ける。

「……悲しいな。と、キミのことを聞いたときは思ったものさ。
 本当は、愛を知るまでどうか生きていてほしいと祈った、キミの遠い先祖の願い…だったわけだからね。」

レナード > 「………それじゃあ……
 呪いなんかじゃ、ない…………?」

縋るような声が、男に向けられる。
それは、自分の旅路を否定されたような、そんな悲壮感極まるものだった。

「僕は……僕は、いったい…今まで、何を……っ………」

バジル > 「……いやぁ、キミの旅は決して無駄なものじゃあなかった。」

一つ息を吐きながら、頬杖を突き、ゆっくりと諭すように、彼に話し始める。

「ここまで行き詰ってしまったことは、とても残念だ。
 でも…それまでに君は、自分の色んな感情を、この常世に住む人たちと分かち合ってきたハズだ。
 それは、ここに来るまで為せなかった。それだけでも、ここまでやってきた価値はあった。」

そして―――

「キミも既に、自分の中で答えを得てると思うさ。
 ……だからこそ、キミはもう、ここにはいられない。」

レナード > 「……………。
 元より、そのつもりだし………」

心の深奥を、まるで覗かれているような気がして、顔を逸らす。

バジル > 「ボクがフォローに回るということは、ここまでキミの追い求めてきた問題の回答を話すということは、
 ……つまり、そういうことだよっ。

 もう、キミが成すべきことは、ここにはない。」

そうはっきりと、男は口にする。

「遠いところで、キミの旅路を見守っていたからね。
 この常世の世界でも、うまくいくと思ってたんだ。
 …まぁ、間が悪かったんだね。何もかも。」

レナード > 「……………。」

言えることは、何もない。
全て、この男の掌の上だったとしても、現実味が沸かなかったからだ。
…それにもう、復讐の炎も、反抗する牙も、残ってはいなかった。

バジル > そんな様子を暫く眺めていたが、
おお、と一つ思い出したように、男は話題を変えた。

「……それと、キミが研究所と組んで作っていた"オモチャ"。
 あれの後始末も結構大変だったんだからねっ?
 まあ、それを動かす頭が居なくなればっ、すぐに瓦解するだろうけれどもねっ。
 アレはキミ専用のプロトタイプ。データ取得の下に改善改良が進まなければ、あれに託したキミの望みは叶わない。

 …もっともキミは、止まらない復讐を止めたくて、仕方なかったようだしね。」

バジル > 「……ああいうことをした理由も、当ててみようかっ。
 キミが考えたのは、"風紀委員に関する実働部隊の機械兵化"……だね?」

あくまでにこやかに、男は言葉を投げかける。

レナード > 「……………――――」

一瞬ぎょっとしたが、その後間を置いて…観念したように頷いた。

「……風紀委員のメンバーには……自分の立場を悪用して、自分の正義…自分の欲……
 そういったものを為そうとする…悪辣がいる。僕はそう思った……」

バジル > 「……キミはそれを警察組織の腐敗…そう思ったわけだっ。」
レナード > 「………」

その問いに頷き、つらつらと話し始める。

「だから……悪をなせない、機械による兵団を構築し…風紀委員の実働部隊とまるまる置き換える…
 そして、それらを統括する頭脳は…一人の正しい人間がやればいい……
 僕は、そう思った……。

 ウルトールは……僕が、そうあれと思い込み、思い込み…思い込んで、演じていた…役割だ。」

バジル > 「……なるほど、なるほど。やっぱり、そういうことだったんだねっ。」

どうやら、それを見越していたらしい。
自分の想定内で収まっていたことに安心したのか、二度三度大きく頷いた。

バジル > 「……さて。ボクからの話は、これくらいにしようかな。
 そろそろキミを送る準備を、しなくちゃいけないからね。

 その前に……………」

テーブルから、男が立つ。
つかつかと、彼の傍に近寄ってきて……

「ボクの眼を見るんだ。レナード。」

その黄色い眼が、彼の眼を捉える。
両手で彼の頬を捉えれば、もう逃げられない。

レナード > 「…………?」

言われるままに、潰れて見えない男の顔を、見やる。
本当にその目が見えているのか、さっぱりだが。

バジル > 「……………。
 記憶を消す、なんて、大それたことはボクにはできない。
 だが、記憶をがんじがらめにして、封じ込めるくらいなら…ボクにもできる。

 さあ、よく見て。」

男の蛇の眼が、怪しく見開かれる。

レナード > 「…………あ……れ…?」

少しずつ、顔にかかっていた靄が晴れていく気がする。
少しずつ、少しずつ、気が楽になってきた気さえ、するようにも。

「……僕、どうして…っ……」

バジル > 「おっと、そこから先は読ませないとも。しっかりボクの眼を見てー…?」

男は依然として、彼の眼を捉え続けている。

レナード > 「………。」

その瞳に、僅かに光が。
耳には、少しずつ言葉が。
心には、自分の在りようが。
少しずつ、戻ってくる。少しずつ、少しずつ……

バジル > 「―――…うん。これでよし。
 キミはこれから、僕が伝えた重要なことだけを覚えて…常世で起きたことの記憶を、虚構の闇に放り込んで封印する。
 それはもう、キミにとっては開けてはいけないパンドラの箱さ。」

施術完了、と言わんばかりに。
両頬を開放し、額を手の甲で拭う仕草をして見せた。

「…ただ、まあ。キミは今少しずつ忘れながらも……外へと出歩けるくらいに回復はしているはずさ。
 本当にキミの心境に関わる部分は、絶対に触れないように先に封じておいたから……

 そうだねえ、せめて……外を出歩く時間くらい、多少はあげようじゃないか。
 ボクもボクで、準備が必要だからねっ。」

バジル > 「……あぁ、キミの学生情報の末梢とか…風紀委員での取り扱いは、キミが行った後にボクがやっておくさっ。
 それと、外に出る前に……その扉の向こうにいる、"赤毛の彼"と話しておいで。」

彼にそれだけ伝えると、男は、さあ忙しくなるぞ、と色んな荷物を漁り始めた。

レナード > 「"赤毛の彼"………」

そういえば、自分を知っていそうな誰がいる。という話を、かなり冒頭にしていたような気が、ぼんやりとする。
…思い至った彼は、まさか、と小さく独り言ちると。

「……アーテル…?」

示された、その扉の向こうへと…進んでいった―――

ご案内:「職員寮のとある一室」からレナードさんが去りました。
ご案内:「その鮮烈な恋は泡沫の如く」にレナードさんが現れました。
バジル > 「30秒遅刻。
 ボクがテストの教員だったら、問答無用で零点だよっ?」

約束の刻限、その30秒過ぎ。
その男は、腕を組んで佇んでいた。
はあはあと息を切らしてやってきた、一人の少年を見下ろしながら。

レナード > 「…ごめ、んっ………バジレウス…っ……はぁ、はぁ……っ
 ギリギリまで…っ、いたくて…っ……」

対して彼は、疲労困憊と言った様子で膝に手を着き、息を荒げている。
しかし、もうここへの未練はないことは、声色から感じられる。。

バジル > 「…………。」

そんな様子を、少し呆けた表情で眺めていたが…

「ふむ。どうやら、思ったより元気そうじゃないかっ。
 そのコンディションは門出にぴったりと言えようっ!さっきのテストは百点で返したっていいよっ!?」

何かに気づいたらしい。
とても、とても誇らしげな様子で彼に拍手を送っている。

レナード > 「……はっ、…は……んん……?
 いや、……いいけど、さっ…………ふー……」

何度か大きく呼吸を繰り返してから、ようやっと顔を上げた。
少し不安そうな表情で、目の前の男を見やる。

「……間に合ってるわけ?」

バジル > 「当然っ!こういうコトを寧ろ、心のどこかで期待してすらいたからねっ。
 ……短時間で、見事に成長したものだ。ボクは嬉しいよっ!」

まるで、子孫に対するそれのように、慈愛溢れる声色で彼の頭を撫でる。

レナード > 「あ、あたま…くしゃくしゃすんなし………っ……
 もう、ほとんど…覚えてないんだからっ………」

その通り。もう、ここに来た頃には、ほとんどの記憶はなかった。
自分はどこから走ってきて、何故ここに今いるのか、それさえもリアルタイムで情報を得て、補完するしかなかった。
目の前の男の残した情報以外は、パンドラの箱にしまっている。

バジル > 「いやぁ~……キミからいい林檎のにおいがしたものでねっ。
 てっきりどこかで食べてきたのかなって思ったんだけど、そうじゃなさそうだからねえ。」

レナード > 「おめーの今の発言、よくわからんが僕はとても失礼なことを言ってるって本心で理解したし。」
バジル > 「うむっ!結構結構!!
 それじゃっ、あまり時間もないからねっ?
 …忘れ物、ないかい?」

彼のツッコミは置いておいて、話を続ける。
じろじろと、彼の背中や荷物に視線をやりながら。

レナード > 「いや聞けし!?
 ……んもー。」

華麗なスルーにも噛みつきながらも、このままではらちが明かないと話を進めることにした。

「忘れ物は、ない……はず、だし。
 そもそも、忘れてたらもう手遅れじゃん。もう覚えてないんだから。」

バジル > 「……うむっ。ならばよし!
 もうすぐ、ここに門が開く。
 ボクも久々に、蛇皇眼を存分に開放することができて肩こりが取れたともっ。」

どうやら、そうなる未来が視えた。ということらしい。

レナード > 「……蛇皇眼って、なに……?」

そんな聞き覚えのない単語に、ツッコミを入れる。
最後まで噛みついていく主義だ。心から反逆を忘れていない。

バジル > 「…………。
 ま、それは置いておいてだっ。
 これは、キミへの選別として……取っておきたまえよ。いつか、使うときが来るだろうっ。」

ズボンのポケットから、一つ封筒を取り出し、彼に差し出した。
さらりと話題を変えようとしている。

レナード > 「まーた僕の話聞いてねーしおめーは。
 ………なにこれ?お金?」

また自分の話をスルーされたことに文句を言いながら、
手渡された封筒を見て、眺めて、何であるかを聞いてみる。
それ程、厚さがあるわけではなさそうだ。

バジル > 「それはねっ。」

「然るべきときに、きっと必要になるものさ。
 今は黙って、リュックの奥底にしまっておきたまえよっ。」

そう、諭すような口調で彼に告げて。
ほんの少し、優しい笑顔を向けた。

「……キミの旅路に、幸あれ。
 ボクはいつだって、キミを見守っているとも。
 子離れしたとはいえ、キミはボクの遠い子孫なのだからね。
 …これはきっと、年の離れた親心みたいなものさ。」

レナード > 「……親なんて、あんまり実感…ないけど、さ。
 ねえ、バジレウス。また、会えるわけ?」

ほんの少し、不安そうに、男に尋ねる。
まるで、子供が主張前の親との別れを、寂しがるように。

バジル > 「勿論だとも。しかし何だね…何も課題を与えないのは……うーむぅ。
 …あっ、そうだ!今度は、キミの娘息子を連れてきたまえよっ!
 そうすればボクだって笑ってキミを迎えられるともっ!」

人差し指を立て、冗談めかしながら…"今度はきっと解決できるだろう課題"を、彼に提示した。

レナード > 「ふっ…ざけんなしっ!?
 おめーっ、おめーっ!!仮にも血縁になんてこと言ってるわけ!?」

そんな彼の意図に気づかず、これには遠いご子息もふざけるなと憤慨するしかなかった。
だが…

「………まあ、なんか、次は行ける気がする…から。」

なんて、明後日の方向を見やりながら、自信なさげにそう呟くのだった。

バジル > 「ふふっ。当てにしないで、期待しているのだよっ。」

そう、彼は笑うのだった。
…そのまま、腕時計に目を落として。

「……さ。そろそろ時間だ。
 ここで一旦の決別としよう。」

その言葉を彼に伝え終えた頃に、"門"が、開く。
彼らの丁度5m程先に、人が一人丁度入れるくらいの小規模なものが。
…その先は、どこに繋がっているか分からない。

「この門は1分と持たないはずだ。
 さあ、行きなさい………」

レナード > 「げっ、そんなに短いわけ?!」

慌ててあたりを見回して、改めて忘れ物がないことを確認する。
男からもらった封筒も、今はズボンのポケットにねじ込んで。

「…じゃあ、行って来るし……!!」

あわてんぼうの蛇は、門に向かって走り出す。

バジル > 「あっ、ちょっと待った!!」

すると、男は慌てて呼び止める。
門が出ている時間は残り、40秒は切っただろうか。

レナード > 「今更何なわけッ!?」

こんな状況でなんだ、と、その場で足踏みしながら、呼び止めた男に怒号を飛ばした。

バジル > 「……キミ、好きな食べ物は?」

こんな状況でする質問では、とてもないだろう。
だが、この男は、ここで聞いておきたかったのだ。

レナード > 「はっ!?」

残り20秒を切った。考えて答えられる時間はない。
自分の身体が覚えているものを、反射的に言うしかなかった。

「――――林檎っ!!」

そう言い切ると、慌てた彼はそのまま、門の向こうへと駆けて行った――――

バジル > 「…………。」

掌を大きく振りながら、子孫の門出を見送った。
彼が通って行って間もなく、門は閉まる。なかなかスリリングなタイミングだった。

「林檎が、好物ね。
 ……ボクの記憶が正しければ、彼の好物はマシュマロだったのにな。」

彼に起こったその認識の上書きを、にやにやしながら考察する。

「人間の記憶にいくら封をしても、その身体は忘れないものさ…
 改めて…次の君の旅路に、どうか幸多からんことを、ね。」

レナード > 見送りを終えた男は、ゆっくりと去っていく。
一陣の風がそこを通ると、煽られたワスレナグサがざわざわと鳴き…再びそこには静寂が戻ってきた。

ご案内:「その鮮烈な恋は泡沫の如く」からレナードさんが去りました。