2022/11/18 のログ
言吹 未生 > 「――――」

様々な手管による尋問に手を染めて来た者としての経験則からして。
少年の挙動には、隠し立てを企む者特有の逡巡がまるで見られない。
おおよその者であれば、罪を指弾される事を恐れ、その解決策を――逃げ道を探すものだ。
彼には、それがない。
逃げ道を探そうにも“そもそも何故己がここにいるのか”――それすらも判然とせぬ佇まい。

「――では、更に問おうか」

警棒を持たぬ方の手が、少年の首元へ添えられる。力は込めない。“物理的な力”は。
黒く燻るように浮かぶは呪いの揺らぎ。
少年を戒める首枷の如く絡みつく――。

「“お前”は何者だ――?」

人の身であれば厭わしい呪い。負の力場。
僅かに察知した凶つ気の源であれば――呼び水となるだろうか?

「立て看板にだけ語らせておいて己はだんまり。
 そいつは随分と虫の良過ぎる話じゃあないか――?」

半ばカマを掛けるようなやり口。
何より少年の身にも決して無害ではないが――それを斟酌するような狂犬ではない。

少年 > 「…っ、……」

感じる力は邪のもの。
呪力とでもいうべきか……呪い、災いに連なるそれは、自分も何度か触れた経験のあるもの。
それを込めた理由は――――――

「……やめて、ください」

顔をゆがめる。その呪気にあてられたのもあるが、何より、腹奥に宿る”それ”を引き出そうとする事を、畏れた。

「…それ以上は、やめてください……
 ”貴方”が、危険だから……っ」

震える手で、やめてくれと乞うように……自分の首を掴む手に触れようとする。
それは力もない、弱くか細い抵抗だ。

言吹 未生 > 「――っ」

たゆたう呪力に、規格外の揺れが生じた。
焼け火箸を触ったような勢いで、手を少年から離す。
吸われるだとか、呑まれるだとか。“そんな生易しいものではない”。
水が高きから低きに流れるのと同じく。
それは当たり前に“流れ着こうと”したのだ。根本――根源とも言うべき、禍つ霊の元へ。
地にいて悪意を司る、あらゆる魔と並び称される。

「――【鬼】……?」

太古、人はそれをそう呼んだ――。

「……いつまで、そんなものを飼うつもりだい?」

それとも、ああ――飼われているのはこの少年か?
心中に上りかけた不吉な予想を、奥歯で噛み殺しながら、彼へと問う。
――そうでなくば、ここもこれほど血の香も馥郁としていないだろうに。

少年 > 「―――」

奥底で何かが呼応するような感覚。
いや、それそのものは今はどうでもいい……大事なのは一瞬だが彼女が怯んだ事だ。
弱っている、頭が揺れている、としても……今この一時を逃す訳にはいかない。

こみ上げる吐き気を抑えつつ、その一瞬……ほんの一動作分の動きで隙を突かんとするだろう。

「……ッ!!」

とはいえ動作1度分。
先ほどの不可思議な力……呪力によるものであろうか?動きを止められる可能性もあるならば、やれる事は限られる。

狙うならば、視界。
素早く持っていた刀を貴方の残った目に向けて投げ、それと同時に距離を取らんとする――――

「……飼ってなんて、いませんよ……っ」

言吹 未生 > 「――ぬ、っ!」

その逡巡が明暗を分けた。
こちらへ抛られる縄打たれた刀。反射的にそれを警棒で弾き退けて。
硬質な音を立て、視界が開いた時には、思ったよりも随分と彼我の間を空けられていた。

「――――」

襲うのではなく、退いた。武器さえも囮として。
そう選択した少年に向ける眼は相変わらず冷たい銀光を帯びていた、が。

「――ならば、手綱を付ける努力をしてみたまえ」

とうに倦んでいたならば。“それ”を墓場まで持って行く心算であったならば。
最初の打撃に身構える事すらしなかったろう。
何より――たった一つの得物を、自ら縛する事などしようはずもない。

「生きる事は闘いの連続だ。生きたいのならば、挑むより他ない」

それ以上追わず、巡査/少女は踵を返す。
向けた言葉の要旨は――どこかの誰かの受け売りに、ほんの少し手を加えて。

言吹 未生 > 「それを放棄するのなら――改めて、君を“処断”する」

鬼の宿主。まかり間違えば、巷を血の池に変えようほどのもの。
なればこそ――それに相対するならば、万全を期す必要がある。慈悲でも何でもなく、ただそれだけの事。

それが嫌なら、向ける背へ爪なり牙なりと穿てばいい――。
無防備な後姿は、今一度の呼び水紛いにして、最後通牒――。

少年 > 「…、……それは…」

その通りの言葉だ。
今この身に潜んでいる鬼は自らでは御する事は出来ず、故に発作的に起きる殺人衝動で多くの命が奪われている。

本来なら情状酌量の余地もない、立派な罪人に他ならない。


…それでも死を選べずにいるのは、ひとえに自分に課された十字架故か。


「………」

向けられた背中を、警戒はすれど襲うような真似は、少年にはできなかった。
しなかった、のではない。二つの意味で”できなかった”のだ。

一つは、罪に対する責任。
少女の言葉が正しく、そもそも先ほどの抵抗すらも唾棄すべき行動であったと認識しているから。





もう一つは……”怖かった”のだ。
これ以上の争いを、血の昂りを、畏れた。
彼女に晒されそうになった奥底の”鬼”が、爭いに乗じてまた、出てくるのではないかと……

「………、………ッ痛」

頭から流れる血が床を濡らす。
無理に退いたせいで頭がふらつきながら、貴方が立ち去るのを、そのまま眺めるだろう……

「………手綱、か…」

言吹 未生 > その背に届いたのは、姑息な不意打ちでもなければ、狂気の一閃でもなく。
幽かな、けれども確かな呟き声。思慮の言葉。あるいは茨の道の選択。

「――――」

物言わぬ白皙が、ほんのりと自嘲の笑みを浮かべる。
落第街に住まう内、その先達らに影響されてしまったようだ。
罪人に更生/挑戦の機会を与えるなんて。

靴音の残響のみを置いて。
その名残よりも早く、黒装は外界の闇へ融けて行く――。

少年 > 考えはまとまらない。
貴方が去った後も、殴られた頭部を押さえながら、しばらく動く事は出来ず……
弱りに弱った少年がその場を去るのは、それからしばらく経ってからだろう。


「……っ、は、っ……はぁ…ッ」


手綱を握る。
その通りだ。そうでなくては、自分は自分の居場所には戻れはしない。

戻れる場所などなくとも…戻るために、それを成すために、生きねばならないのだから。

ご案内:「血まみれの廃屋」から言吹 未生さんが去りました。
ご案内:「血まみれの廃屋」から少年さんが去りました。