2019/06/02 のログ
ご案内:「異世界・蒸気都市」にメイジーさんが現れました。
ご案内:「異世界・蒸気都市」に竹村浩二さんが現れました。
■メイジー > この街は、とこしえに醒めぬ蒸気文明の夢に酔う鋼鉄の揺り籠。
日の沈まぬ永遠の帝国。女王陛下の治世も名高き、世界の首府たる重機関都市。
この都が、我ら灰白なりしアルビオンの民の大いなる揺り籠と呼ばれる所以。
今世紀初頭、とある発明を機に爆発的な発達を遂げた偉大なる機関文明。
その後裔たる数理の頭脳が築き上げた、現代の奇跡がここにある。
天高くそびえながら、水平方向に腕を伸ばした無数の尖塔たち。
どこまでも壮麗に網目のように絡み合い、蒸気都市の空を覆いつくす超高層複合建築群。
ここもまた、濁りきった天空と煤にまみれた地上をつなぐ、帝都にそびえる柱のたもと。
地下大深度に眠る都市級大機関の心臓部から垂直に伸びた排気塔の、遙かなる高みを仰ぎ見る地表。
『――――――――――――』
そこは実に物寂しい場所だった。
けれど、この街のいたるところに拡がっている光景でもあった。
■メイジー > 誰かがしきりに咳をしている。
空調機関どころか最低限のフィルターさえ買えぬまま、大気汚染と石綿の粉塵を吸い、ついには肺を病んだ者に違いない。
この街には、毒性に満ちた大気を吸うさだめから逃れられない人々が、ひとつの階層を成して存在している。
救いの手を差しのべる者などいない。見捨てられた人々が、いつ果てるとも知れない日々を送っていた。
日没とともに勢いを増した白亜の排気が奔流のように吐き出され、裏通りに滞留したまま晴れることがない。
煤煙に汚れた石畳に機械油の油膜が垂れて、排水のきかない路地は一雨ふればたちまちドブ川と化す。
ガス燈の明かりは汚れた硝子に阻まれて行き届かず、そこかしこに濃い闇が広がっている。
稀に蒸気自動車でも通りがかることでもあれば、その些細な震動だけで粗悪なモルタルが崩れだす。
そんな場所でも人の生活がある。ここで生き、ここで死んでいく人々の姿が。
『……きゃああああああああ!!!』
可憐な花かごが壊れて転がり、白い花が無惨に踏み荒らされて散らばっていた。
袈裟懸けに振り下ろされた爪をまともに受け、外套ごと斬り裂かれた男が仰向けに倒れこむ。
鮮血はとめどなくあふれ出し、「それ」を睨みながら叫ぶ末期の言葉はごぼごぼと緋色の泡に変わってしまう。
斃れた男と同じ、揃いの制服に黒い外套をまとった男たちがすぐさま駆けつける。
彼はそう、警官だった。仲間たちが確かめるまでもなく、その目から命の輝きが消え失せていた。
年嵩の警官が苛立ちも露わに、彼の傍らで恐怖に身を竦ませた花売りの少女に問いかける。
―――怪物はどこへ消えたのか、と。
■メイジー > 警官たちは少女がやっとのことで指差した方向へ、痕跡を求めて追跡を再開する。
怪物が第二、第三の凶行に手を染める前に止めなければならない。
この僅かな手勢だけで、確実に絶命させなければならない。どんなに上手くいっても、一人か二人は斃れるだろう。
泣きじゃくる少女をいたわるために、この場に残せる人員などいるはずもなかった。
安全装置の解除された長銃を握りしめ、警官たちは血走った目で走り去っていく。
怪物が潜んでいるかもしれない暗闇と、見通しのきかない蒸気のゆらめきに怯えながら。
惨事の現場にたった一人残された少女の耳が、静かに近づく靴音を捉える。
夜の闇に渦巻く蒸気の不吉なマーブル模様を引き裂いて、どこか現実離れした人影が現れる。
ゆったりとしたフードを目深に被った人影は、丈の長い外套に包まれて悠然と歩く。
その姿は、少女の足元まで流れ出た鮮血よりも赤く。表情は窺えず、背格好は勿論、性別さえもわからない。
『………あ、ぁ……逃げて、逃げてください! 怪物が、まだ近くに……!』
忠告に耳を貸した様子もなく、赤い人影がまだ温かい亡骸を検める。
■メイジー > 「この方は。ピアース「警部補」は」
ネームプレートの名前を読みとり、故人の肩書きに二階級を足して呼ぶ。
非業の死を悼みながら、致命の傷がもたらした苦悶と無念がない混ぜになった双眸をそっと閉ざして。
「逃げ場などない。ありはしないと、そう仰っています」
『え……?』
雷光の走るがごとく繰り出される剣閃。花売りの少女の胸に銀の刃が突き立っていた。
■メイジー > 『……ぁ、う………ど、どうし…………て……』
少女の顔が苦悶に歪み、胸部からドス黒い何かが溢れ出す。それは艶やかに光る硬質の獣毛。
不気味な音をたてて肉体が軋む。筋肉が隆起する。骨格が変形する。「それ」はわずかな一瞬で変容を遂げる。
その巨大な人型の怪物は、存在を知らされている当局者の一部から、便宜上《オオカミ》と呼ばれていた。
『………がああああ!!! 畜生!! 面倒臭え! 失せろって言ったろうがよォ!!!』
返答代わりに放たれた白刃が獣の腕に三本突き立つ。憤怒の咆哮を合図に、血みどろの死闘が始まった。
■メイジー > ――――――――。
銃声が轟く。
切り詰められた短銃身の砲口から無数の銀の弾丸が飛び出し、獣の口腔へと吸い込まれていく。
ゼロ距離からの散弾を浴び、凶悪な牙の生え揃った上顎から上がズタズタに引き裂かれて飛び散った。
頭蓋骨の破片や牙や千切れた肉片や脳漿が雨霰と降りそそぎ、「それ」の巨体が弛緩してのしかかってくる。
もはや押しのける余力すらなかった。全身を引き裂くような痛みだけが、まだ生きている実感をくれた。
「……………は……ッ……はぁ……はぁっ…!!」
血潮と汚泥に浸かりながら、自由になる左腕でフィルターを外し、新鮮な空気を求めて喘ぐ。
汚染物質に満ちた悪所の空気が肺へと入り込み、身体を折って激しく咳き込む。
痛みに呻き、外したばかりのフィルターを口に押し当てる。鈍色に閉ざされた空を仰ぐ。
不意に悲しみが胸に溢れて、涙が滲んだ。
■メイジー > ここは、違う。
目に映るものすべてが美しかった、あの世界ではない。
青い空も。汚染物質を含まない大気も。清らかで甘い水も。健やかに生い茂る植物も。
のびのびと学ぶ子供たちも。病める者、強く生きられない者へと差しのべられる救いの手も。
全ては幻想だ。儚く消えるまぼろしだった。この世界には何もない。
この身もまた、いつか壊れて朽ちるのだろう。思い出を語る相手もなく、幾許かの時を過ごした後に。
ぽつり、と雨が降りだす。黴臭い臭いが立ちこめて、人体を害する重金属の雫が降りそそぐ。
「………ごほっ…………ぅ、ごほごほっ!! がッ、は………!」
ひどく咳き込み、喉の奥底に鉄の味がこみ上げる。
逃げ場などない。この身も、怪物たちも、すべての生き物がこの世界に囚われている。
動ける様になるまで、まだもう少しかかりそうだった。
――――――――。
■竹村浩二 >
異世界転移のポッドに乗り込む時。
メイジーと出会った時のことを思い出していた。
メイジーはあの時、転移荒野に空から降ってきた。
あれから俺たちの、後ろ向きな絆は始まったんだ。
でも。
でもよぉ………
「ぎえー!!」
じたばたと異世界と思われる上空で両手足をバタつかせる。
でも、だからって俺まで同じ目に遭わせる必要がどこにあるんだ神様よぉ!?
震える手で変身アイテム、イレイスドライバーを腰に当てた。
正常に作動したそれは、腰にベルトとして巻かれる。
「へ……変身!!」
叫びながらイレイスドライバーの上部にあるボタンを押すと、全身をメタルグリーンの装甲が覆った。
赤いエネルギーラインが光る。
「ええと……?」
この後どうするんだ!? この速度で落下したら変身してても死ぬだろ!!
あの時受け止めたメイジーは軽かったなぁ!!
咄嗟に剛大剣イレイスブレイドを抜き、真下に向かって斥力フィールドを展開する。
「うおおおおおおおおぉぉ!!」
64層の斥力フィールドがあってなお、全身の衝撃に震えた。
し、しかし。何とか着地できたようだ。
赤く爛れた大地に降り立ち、変身を解除すると。
嫌な臭気がまず鼻についた。
■竹村浩二 >
「……メイジーが空気悪かったって言ってたのはこれか」
口元を覆うタイプのガスマスクをポケットディメンションから取り出して装着した。
見渡す限り赤い荒野で、草一本生えちゃいない。
ガスマスクの中和剤はたっぷりあるが。
それでもこの世界の空気を完全に無毒化できるかはわからない。
「……き、禁煙しよっかなぁ」
弱気になりながら情けない独り言で自分を孤独じゃないと錯覚させながら。
遠くに見える建造物までバイクで走った。
防塵で転移荒野も走れる走破性を持つバイクでも。
この荒野を走るのはなかなか骨だ。
そして近づいてみれば、空だと思っていたのは超スゴい構造物か何かで。
あの塔の根元にあるのは、廃墟かと思ったら街らしい。
「メイジー……」
その名を呟けば、勇気だって出るというもの。
■竹村浩二 >
一言で言えば、その蒸気都市なんたらは空気が悪いどころじゃなかった。
こんなところにいれば、肺を病むのも当たり前ってなもんだぜ。
おっと第一村人発見。とりあえず声をかけてみるか。
「グーテンターク、ハローこにちはボンジュール、ニーハオーっと」
適当に喋りながら手元の生活委員会御用達の異世界語対応翻訳機ベータ版を通して挨拶を試みる。
……話しかけておいてなんだけど、ちぃっとばかし表情が険しいようでらっしゃる?
『なんだお前……余所者か? 変な服を着ていやがるな…』
『待て、こいつ匂いがしないぞ。ひょっとして上の階層の人間かも』
はへ?
匂いがどうしたって?
言っちゃ何だが俺、ちょっと煙草の匂いするけど。
近づいてくる彼らの手には、異世界の凶器と思われる鈍器のようなものが握られていた。
「ま、待てよ……俺はホールドハースト卿って人の家を知りたいだけで…」
その名前は。メイジーが以前、メイドをやっていた人の名前で。
そしてじりじりと後退りする段階で気付いたが。
翻訳機がなくても会話が成立するようだ。
異世界の言語が強制的に脳に入ってきているような。
不思議な感覚だが、これも世界渡りの呪いの一種だ。
「さ、さよならー!!」
ボコられる前に、逃げる!!
俺は必死にその場から逃げ出した。
土地勘がないから、バッチリ迷ったが……
■竹村浩二 >
目立たないようにガスマスクの中和剤の残量を確認する。
ちょっと怖い人に話しかけてしまったね。
反省だね。
次は話しかける相手を吟味しよう。
その辺に蹲っている老人を見つけた。
こ、この人はさすがに鈍器のようなもので殴りかかっては来ないだろう。
「やぁ、爺さん。今日も良い天気だな!」
『テンキ? なんの話だ』
やべー、この世界……どうやら天気という言葉が通じないらしい。
この世界の言語を必死に脳内で探ってみるけど、それらしい単語が思い浮かばない。
「爺さん、腹ぁ減ってないか?」
ポケットディメンションからカロリーブロックを取り出す。
袋を破るとフルーツ味の甘い匂いが漂った。
……はずだ。ガスマスクつけてるから俺にはわからん。
「ホールドハースト卿って人の家を探してるんだが」
そう聞くと、老人は両手を伸ばしながら短く叫んだ。
『あっちの角を右に曲がってしばらく歩いたところの屋敷だっ』
手元のカロリーブロックを奪い取られる。
老人はムシャムシャとそれを食べ始めた。
咽る彼にペットボトルの水を開封して渡す。
「サンキュー、爺さん。これも飲めよ、汚染はされてねーから」
飲み食いを続ける老人を置いて、歩き出す。
意外と近いところまできてたらしい。
ここに来る途中で獣臭と血の臭いに満ちた場所を見つけた。
こんなことを俺が思っていいのかはわからないが。
あの被害者がメイジーじゃないことを必死に願った。
■竹村浩二 >
ホールドハースト卿の屋敷に辿り着いた。
首をコキコキと鳴らして、この大きな扉もノックすれば人が来るものなのか逡巡する。
異世界ってのは、恐ろしいものだ。
ノックした瞬間、中から恐ろしい勢いで人が出てきて鈍器のようなもので殴られるかも知れない。
意を決して、扉にあるノックする用の金具みたいなアレをどんどんと鳴らしてみた。
「毎度どうも、八百屋でーす」
声を張り上げたが、さて。
どうでもいいが、この街は恐ろしく静かだ。
あちこちで時折聞こえる蒸気の音以外は、人の出す音が感じ取れない。
みんな、何かのターゲットにならないように息を潜めて生活しているように感じられた。
■メイジー > 夜ごとに獣を追い、昼間は外務卿の邸宅で彼の側に仕える。
卿の計らいで、異世界を訪れる前の生活を取り戻していた。
ここでいう「昼間」とは、太陽が昇っている時間のことではない。
空が漆黒ではなく灰色をしていて、人々が眠っていない時間をそう呼んでいるだけだ。
都市級大機関が発信する時刻の正しさを疑うものはいない。今や時の神さえ機械仕掛けのご時世だ。
元の鞘に収まり、あの島での日々が遠のくにつれ、卿に仕える喜びを少しずつ思い出していた。
彼が国家の要人であって、「あれ」らの魔手から護らなければならないから、という業務上の理由だけではない。
卿は父の親しい友人で、極東の魔都で孤児となった私を温かく迎え、本当の娘のように扱ってくれたのだ。
一人前になってすぐにこの邸宅に配置されたのも、卿がWに求めたためだ、と考えるに足る理由があった。
来客を告げる物音がして、表から人の声が聞こえた気がした。
「お客さま………ですか?」
この時間帯に、どなたかをお迎えする予定はなかったはず。執事長が応対に出る。丁重にお引取り願う為に。
外務卿の邸宅と知って大声を上げて騒ぎ立てるのは、無政府主義を奉じるラッダイト(機関破壊者)くらいなものだ。
そろそろ巡邏中の警官が駆けつける頃だろうか。
■竹村浩二 >
警官が駆けつけた頃だった。
俺は後ろから羽交い絞めにされてジタバタと手足を動かしていた。
「待ーて待て待て!! 俺はメイジーに会いに来ただけだって!!」
「メイジー・フェアバンクスを出してくれ!!」
「メイジーに会うまではテコでも動かないからなー!!」
そう言いながら連行されかかっている俺。
くぅ、情けない。
かといって警察機構と思われる相手に変身して暴れるようなことはできない。
「メーイジー!! ウヴァテュー!! ジュテーーーーーーーム!!」
「ケスコンヴァフェールドゥマーーン!!」
ものっそい適当な言葉を並べながら騒ぎ立てた。
届け、この声。
■メイジー > 力ずくで制圧されないのをいいことに、ラッダイトはますます騒いでいるらしい。
女王陛下の治世を快く思わない人々はどこにでもいる。興隆著しい帝国に負の側面が無いとは誰も思わない。
卿は異世界の話を興味深く聞いて下さったし、より良い社会のため、老齢に迫る現在も身を粉にして働き続けている。
その住まいに押しかけて大声で騒いだだけで問題が無くなるというのなら、どんなに良かっただろう。
窓から覗いてきたという子が、客人は一人だけだと教えてくれた。
「……勝手に持ち場を離れましたね。お小言を頂いてしまいますよ」
生返事をして帰っていくメイドを見送り、次の仕事の段取りに思いをめぐらす。
誰かに名前を呼ばれた気がして脚を止めたところに、主人からの呼び出しがあった。
この男を知っているか、と問われて示されたものは光学式の遠隔監視装置。
警官に拘束され、もがき暴れている招かれざる客人は―――。
「………………!!」
竹村浩二。かつて仕えた仮初の主。この世界にいるはずのない人だった。
「……ぅ、あ……っ…どう、して…………!」
――――怖い。
と思ってしまった。現実感のない光景に血の気がひいて、眩暈さえ感じられて。
卿の前であることも忘れ、うろたえて後ずさりする。
排除しろ、と手短に指示する声が聞こえた。
下がってよいと許しを得るまで、立っているのがやっとだった。
■竹村浩二 >
あれほど求めた女がいるかも知れないのに。
ポリスに連行されそうなくらいで諦めてたまるか!!
俺ぁ元いた世界でも風紀に逆らって正義の味方やってたんだ!!
俺の反骨精神は筋金入りだ、骨なんて一本残らず反り返ってんだよ!!
ちょっと26歳ではありえないレベルで大暴れ。
スーツのボタンが吹っ飛んでガスマスクも外れるがお構いなしだ。
「メイジーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「謝りに来たぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
追い詰められた犯人でもこうはならないだろうというレベルで暴れまくる。
警棒のようなものでガシガシ殴られるがお構いなしだ。
頭から血が流れながらもちょっと引くレベルで手足を動かした。
俺これで変身してないのエラくない?
誰か褒めてくれてもよくない?
■メイジー > 邸宅の前の喧騒が増す。怒声が飛び交い、乱闘が始まる。
逃げ出したい気持ちでいっぱいで、けれどこれ以上逃げられる場所はなく。
どうしてこうなってしまったんだろう。こんなこと、望んでなんかいなかったのに。
それとも心のどこかでは、無意識に願っていたのだろうか。交わるはずのないさだめが再び交わることを。
「……………ッ……どうして!!」
ジレンマに挟まれ、潰れそうになった心が悲鳴をあげる。
自分がわからなくなる。本当は何を望んでいるのか。今、何をすべきなのか。
わからない。わからない!
―――――――。
フードを目深に被り、血よりも赤い外套をはためかせて。
屋敷の三階から緋色の死神が舞い下りる。
人の世界にまで土足で踏み込んできて、我が物顔で大暴れする闖入者の真上から。
三階分の運動エネルギーをのせ、使い慣れたハンティングナイフの柄を握りこんで強襲をかける。
■竹村浩二 >
その時、真上から何かが来た。
警官たちを突き飛ばして逃がし、自分は後方に宙返りをして回避。
襲い掛かってきたのは、見覚えのある死神だった。
「メイジー!?」
どうしたのだろうか、まさか記憶をなくしている?
それとも、本当に本当の本当に、俺を殺したいのか?
「どうしてだ、メイジー!!」
変身アイテム、イレイスドライバーを腰に当てる。
自動的にベルトが腰に巻かれる。
「うおおおお!! 変身!!」
死ねない。メイジーを俺を殺した女にさせたくない。
イレイスドライバーの上部ボタンを押すと、<<Joint on!>>という電子音声が流れた。
赤いエネルギーラインがメタリックグリーンの装甲を走る。
アーマードヒーロー、イレイス。
異世界に参上だ。
「メイジー、俺がわからないのか!?」
出発時間ギリギリまでメンテナンスしてた分、人口筋肉の精密動作性は高レベルで仕上がっている。
相手の手首を掴みに手を伸ばす。
■メイジー > 「……………!」
避けられた。奇襲は完璧だった。気配が漏れたはずがないのに。仕損じた。
ぴしり、と屋敷の前の石畳に亀裂が走る。刹那、浮き上がって五つの破片に分かれる。
この感情には覚えがあった。
どうして。この人は。
どうして、自分の見たものから決めつけるのだろう。
どうして、こんな勝手が許されると思えるのだろう。
どうして、自分の正しさをこうも信じられるのだろう。
お腹の底から苛立たしさと殺意が湧きだし、鋼の刃を逆手に握りなおして斬りかかる。
機械の鎧に包まれて迫り来る腕をナイフの柄で鋭く打ち払う。
未知の装甲に歯が立たずとも、何度も打ち合えば抜けると経験で理解している。
二合、三合と打ち合い、ガラ空きになった腹部に体重を乗せた蹴りを入れて吹き飛ばす。
卿の御前で続けるのは具合が悪い。
白い薄靄の彼方、去年の火事で焼け落ちたまま封鎖されている廃教会へと駆け去っていく。
■竹村浩二 >
鋼の腕がナイフで打ち払われた。
この精緻な動き、そして人口筋肉をものともしないタイミングの妙。
間違いなくあの時戦った………
ミスリル合金の表面が火花を散らす。
誰に殴られても。
誰に殺されかかっても。
誰に詰られても。
誰に否定されても。
俺は、俺の独善をやめる気はない。
そのために、世界だって越える。
腹部に重い蹴りを受けて吹き飛ぶ。
その直後、よくわからない方向へまで走り去っていくメイジーを追う。
「ま、待ってくれ!!」
今の状態なら100メートル走で5秒か6秒のタイムを出せるのに。
追いかける側ってのは、しんどいねぇ!!
廃教会に辿り着いて、薄靄の中を周囲を伺う。
見失った、か?
「メイジー! 俺だ……竹村浩二だ」
「引越ししたって言うからさ、ちょっと近くを通りがかったついでに会いに来ただけだろう?」
「……何故、俺を攻撃する?」
■メイジー > 背面装甲に問題があることを知っている。
このかつての主が組織的な支援を受けているなら、何らかの対策が取られているはずだ。
もしもそのままであれば、一匹狼の自警行動でしかなかったということになる。
折からの風に運ばれ、帝都名物の霧がいっそう濃さを増す。
ただでさえガチャガチャと騒がしい金属装甲に駆動音まで聞き取れば、位置を見誤ることなどあり得ない。
足元に白刃を投擲して注意を引き、白い闇に紛れて背面を強襲する。
「御身のしつこさを甘く見ていました」
刃が通ろうが阻まれようが、結果まで見届ける必要はない。
息を整える間もなく足払いをかけ、黒焦げになっても燃え残った長椅子の列への転倒を狙う。
「住む世界が違うと知っているのに」
「夢はもう、覚めてしまったのに」
金属の鎧をまとった成人男性の体格差には勝てずとも、不安定な体勢になれば勝算は増す。
当身を入れ、共々にもつれながら馬乗りになって刃を打ち下ろす。
「どうして」
「どうして……っ!!」
どうして、まだ夢を見せようとするのだろう。
■竹村浩二 >
以前、背面装甲が薄いことを見破られている。
だから、メイジーが俺を殺しにかかるなら後ろからだ。
前方だけを注意しているフリをして彼女を誘う。
そもそも、あの異能を使われたら手も足も出ない。
だから、俺からできる最大の攻撃は。
声を出すことだ。
足元に刺さった刃を見るや、振り返って刃を払う。
ここまでは想定内。
「そりゃそうだ、俺はお前の身元引受人だからな」
足払いを受けて、長椅子に転がるように倒される。
「お前が笑顔でいるかどうかを確認しねーと、寝覚めが悪いのさ」
馬乗りになられる。確実に殺れる距離。
だからこそ。
俺は打ち下ろされた刃を両手で止めた。真剣白刃取り。
「どうしてもこうしてもない」
ギリギリと力が拮抗する。
「お前が腹の底から笑えてないなら、俺の世界に連れ戻すだけだ」
■メイジー > 手の内は知れている。狙いもとうに読まれていた。
長椅子が砕け散り、焼け落ちた伽藍の高みから砂のようなものが降りそそぐ。
「御身の卑屈さを、厭わしく思っていました」
力の均衡が生まれる。
女の細腕に体重を乗せ、さらにありったけの殺意を乗せて切先が降りていく。
「………御身はご自身を甘やかし、憐れまずにはいられない」
「誰かに責められる前に、自ら道化を演じてしまう」
「口を開けば、斜に構えておどけるばかり。達観したようなお言葉は聞き飽きました」
「そうしていれば、これ以上傷付かずに済むとでも?」
ハンティングナイフに込めた力を緩め、ふざけた仮面へと手を伸ばして掴む。
「竹村様。あなたは……自己愛と、自己憐憫にまみれたエゴの怪物です」
「誰にも本心を明かせぬまま、正義を謳って我を通す。身共はそれを、悪と呼んでいます」
フードを外し、薄明の中に素顔をさらす。この瞳の色を見せたことがあっただろうか。
「………よくお似合いではございませんか。臆病者は、顔を隠さずにはおられぬのです」
■竹村浩二 >
痛いところを突いてくれる。
刃物を全力で押し留めながら内心で舌打ちした。
仮面に手を伸ばされると、抵抗せずに剥ぎ取られた。
装甲の下の素顔が露になる。
「そういうお前は従順なメイドはもうやめたのか?」
「物分りがいい風を装って、腹の中じゃ人を悪と認定していたと?」
彼女のオッドアイを覗き込みながら、全身全霊で押し返す。
「ふっ………ざけんじゃねぇー!!」
「エゴも持たない人間なんか、いるか!!」
「お前も我を通してみろ!! なんか欲しいって言ってみろ!!」
素顔の戦士はナイフの腹を両手で掴んだまま彼女をギリギリと押して五分の状態まで戻す。
「何かを心から欲しがったことあんのかテメー!!」
「身を捧げる……それは正しい時もあるが、正しいだけじゃあねぇんだぜ、メイジー!!」
剥き出しの心。抜き身の言葉。
視線をチラ、と横に向けると。
学生だった頃の青臭い俺がこちらを真剣な表情で見ていた。
ああ、わかってるよ。
お前の言いたいことは、よーくわかってる。
■メイジー > 「このメイジーは、たとえ悪と謗られようとも「あれ」を仕留めます」
「行く手を遮るものがあれば打ち払い、尚も追いすがるならば後の禍根を断ちましょう」
「………そう、心に決めていたのですけれど」
思う様にはいかなかった。
この主が奇天烈な鎧に身を包んで阻んだせいで、あれは今も常世島に永らえている。
「身共の望みは。メイジーは………」
ああ。一度も口にしたことがなかった。
「復讐を望みます。一心不乱の復讐を」
「身共の父を喰らい、この身の無力を嘲った者たちに血の報復を。種の断絶を」
「「あれ」らは人の世を毒するもの。人を喰らい、人を真似て無道を働きます。元より相容れぬ存在なのでしょう」
「すべての個体を滅ぼしつくすまで、止むに止まれぬさだめにございますれば」
それ以外の望みなどあろうはずもない。
いつか命が燃えて尽きるまで、一体でも多くを屠ることだけを夢見るのみだ。
「竹村様。わが主、とはもはやお呼びできませんが………身共をお許しになろうとなさっておいででは?」
「許してはなりません。主に刃を向けたものを。身共は……」
卑屈さも優柔不断も、優しさの裏返しだったのだとすれば。
その善意を受け取るわけにはいかない。
「私は、この世界を見捨てられない。ここで生き、ここで死にます」
はっきりと拒絶の意志を口にして、獣の返り血がこびついたショットガンの銃口を向ける。
■竹村浩二 >
銃口を向けられると、観念したように目を瞑る。
目を瞑っても見える。耳を塞いでも聞こえてくる。
ああ、わかってるよ、若い頃の俺の幻影め。
こうすればいいんだろ。
ベルトを外すと、エネルギーラインが消え、メタルグリーンの装甲が消えていく。
変身を解除して、ショットガンの前に立つ。
「ようやく望みを言ってくれたな、メイジー」
そう言うと、笑った。
いつ撃たれてもいい。
殺されるなら、俺もそれまでの男だ。
「復讐なら手を貸してやる。この世界にいる悪意か?」
「お前が欲しがったもんなら、くれてやるさ」
ポケットから煙草を取り出して火をつける。
いつもより酷い空気で、死ぬほど不味かった。
「ここで生きたいっつーなら、俺もここに残る」
「肺を病んで死ぬまでここで戦い続ける」
「正義も、煙草も、もういい。お前に謝りたいとずっと思っていた」
「俺はお前の正義に、ロクでもないことをしちまったらしい。だったら、何度だって謝るし、何度だって許すよ」
「お前がここで死ねっつーなら、トリガーに当ててる指をゆっくりと閉じろ」
銃口の向こうの彼女の素顔を見ていたが、すぐに目を閉じた。
「すまなかった、メイジー」
■メイジー > 「では、お望みのままに」
躊躇なく引き金を引く。無数の銀の弾丸が拡散して雨霰と降りそそぐ。
最初の一粒が男の肩に触れ、肉を裂き骨を砕く。
かと思われたが、弾丸はまるで実体のない幻影のようにすり抜けていく。
巨視的量子現象。あらゆる素粒子が衝突しなければ、理屈の上では物理干渉を否定できる。
すべての弾丸が全身をくまなく貫き、しかしかすり傷ひとつ残らなかった。
こちら側の世界では行使できないはずの異質な能力。
今ならできそうな気がした。直感は間違っていなかった。
「竹村様はたった今、愚かな使用人の手にかかって亡くなりました」
「許しは望みません。謝罪を口にすれば許されてしまう。それは本意ではありません」
「これで気が済んだでしょう………どなたか存じ上げませんが、どうぞお引き取り下さい」
欲しいものをくれてやると彼は言った。そうすることが本当に彼の望みだったのだろうか。
何もいらないと答えれば、それで終わってしまうというのに。
得物を片付け、汚れを払って慇懃に一礼して背を向ける。
■竹村浩二 >
メイジーは引き金を引いた。
本当に撃ったのは驚いた。
しかし、どうやら異能を使ったらしい。
ショットガンの銃弾は体をすり抜けていく。
疲労とダメージから片膝をつく。
そして彼女は背を向けて去っていこうとする。
ボクサーだったらフィニッシュ・ブローを打つ時だ。
レスラーならスマックダウンを、トランプならジョーカーを、
レースならスパートを、SFの戦争なら秘密兵器を……
とにかく、最後の行動をする時だ。
彼女の背中に抱きついた。
力強く抱きしめて、離さない。
この距離に近づくまで、随分と苦労した。
「気は済んでない」
抱きしめたまま語りかける。
「謝ってスッキリしたら……俺の言い分がまた出てきた」
「俺はメイジーに帰ってきてほしい」
「二人でのささやかな生活をまたしたいんだ」
「好きだ、メイジー」
「お前の全部を俺にくれ」
瞼の裏で見ていた、昔の俺の幻影が背を向けて消えた。
俺はそれきり、幻影を見ていない。
■メイジー > 「………竹村様。困ります」
困る。この戸惑いに名前をつけるとしたら、ただひとこと「困る」としか言えない。
すっぱりと切り捨てて、蓋をして仕舞い込んでいたはずの未練が疼きだす。
いまだかつて、誰かにこんな風に触れられたことがあっただろうか。
たしかにあった。過去に一度だけ。あの島の天高く、虚空に現れたはじまりの日に。
「話し合いの時間を……必要とされていることはわかりました」
声が上ずってしまう。無理に低く抑えようとして、感じの悪い声音になってしまった。
「わ、わが主とWに相談を。Wも身共の上司にあたる方で……その…」
たくましい腕に抱きすくめられ、胸が早鐘を打ちはじめる。肌が熱く火照っていく。
色素の薄くなった膚に朱がさして、恥ずかしさに声がしぼんで俯いてしまう。
「…………撃つはずがない、と高を括りましたね。であれば、撃ちます」
「身共はそういう生き方をして参りました。どうかお忘れなきように」
振り返り、顎を高く持ち上げて誘うように唇を薄く開く。
「ですが、ご安心を。竹村様。このメイジーも……御身をお慕いしています」
自分自身がわからない。本当に伝えたかった気持ちのことも。
二つの目を向けて口にしたそれは決して間違いではないと、どこか直感めいた確信があった。
■竹村浩二 >
「話し合いなら任せてくれ、首から上だけは一級品だからさ」
「交渉の材料もある。水とか、食料とか、医薬品とか………どっさりさ」
「帰りの装置とまとめて異能で異空間に持ってきてる」
撃ちます、と言われれば苦笑して。
「そりゃ失敗だったな………俺ら、お互いのことをもっとよく知る必要がありそうだ」
唇を奪ってから。
この世界にも、キスはあるんだな、とか。
この世界の言語で考えてみたりした。
「それじゃ案内してくれ、メイジー」
「主とWサンと話し合いをしようぜ…平和的にな」
■メイジー > 「最大の懸案は……《教授》が向こうで野放しになっていることにございましょう」
「その一事だけでも、身共を送り返す理由にはなります。ただ……」
言いづらそうに顔を背け、ちら、と表情を伺って。
「わが主は御身を快く思われないでしょう。竹村様は大恩あるお方、と常々お話してはいましたが……」
ラッダイトまがいの不躾な男。しかも、この身を怯えさせた闖入者とあっては。
「このメイジーとしたことが……せめてもの罪滅ぼしに、身共もお叱りを頂きますので」
唇が触れて、離れる。
いつからそういう目で見られていたのだろう、と思いを廻らせつつ湿った唇に触れてみる。
「参りましょうか。竹村様」
さっそくWの遮断機役を務める連絡係に話を持ち込み、主人の待つ邸宅へと続く帰途をたどる。
恐怖も怒りも後ろめたさも置き捨てて、足取りは軽く。昨日よりも明日のことを想いながら。
ご案内:「異世界・蒸気都市」からメイジーさんが去りました。
ご案内:「異世界・蒸気都市」から竹村浩二さんが去りました。