2022/11/26 のログ
ご案内:「落第街 廃ビルのオフィス」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
烈しい昂揚と、癒えない疼痛に煽られて、
夢中で録ったのは――控えめに言って最高のテイクだった。

だが、それはほんとうに一瞬の輝きで、偶発的な奇跡で、最初の一回だけだ。
それ以降のダビングは負のスパイラルに陥る。奇跡の再現にとらわれる。
魔力が底を尽きるほどまでに消費された、発熱と内痛、精神耗弱に悩まされながら。
少し休もうと横になっても、苦しいのに眠れない。
内側に燃える滾りに引きずられるようにスタジオにむかってしまう。
形にしたい、という欲望の嵐を制御しきれず、喘ぎ、もがきながら、出力が止められない。

ああ、このままだと死ぬな――あまりにもあっけなく。
狂熱に身を浸すなかでどこか冷静になった頭が択んだ対策は、

"何もない場所"に行くことだった。

ノーフェイス >  
誰にも遭わないように。
今は、色々な加減が効かないという危惧があった。
素っ気なく、埋み火のような熱が蟠るこの街の空気がすきなのに、
どこかせつない街角の日陰で、自分のからだをひきずっていく。
 
「……ミニマリストにも程があるだろ」

たどりついたのは、落第街、とある廃ビル。
かつてはオフィスとして使われていただろう場所には人の気配など殆どない。
それでも廃墟という風体でないのは、
最近までここはとある性質の悪い違反部活によって使われていて……
"持ち主が入れ替わった"、ということだった。その持ち主ももういない。

「……」

ふらふらと歩いた。ベッドの類はない。
大きめのソファが代わりに使われていたのだろう。
少しだけそれを見下ろした後、煩わしいものを脱ぎ散らかして横になった。

「ああ……」

タオルケットに包まった。目を閉じた。
そこに確かに残る気配を感じながら。
自分の内側で、まだ止んでくれない疼痛。
それをもたらす傷跡のかたちを、指先でなぞるように――

何秒。
何分。
何時間。
何日……?

時間の流れを忘れるほど、泥のように眠った。
静かな寝息が、冷たいばしょに生命を吹き込む。

ご案内:「落第街 廃ビルのオフィス」に言吹 未生さんが現れました。
言吹 未生 > 些か長めの休養――と言う名の半拘束から“何事もなく”チェックアウトして。
モルグとさえ呼べてしまいそうなほど冷え込んだ場所に、その新しい主が帰還する。
弾痕は呪力をパテのようにして詰め塞ぎ、すっかり乾いた血に彩られたコートを羽織る姿は、
それこそ死体置場の主に似つかわしい。

「――――」

一つ眼が、寝床――ソファの上でタオルケットに包まる姿を捉える。
きょとりと。わずかに虚を突かれたような広がりを見せて。
何故ここにいるのか。そんな疑問よりも先に、

「……無防備過ぎるんじゃあないか?」

思わず口をついて出た言葉。
何に魅かれてたどり着いたか知らないが、少なくともここは彼女のねぐら――ではない。
前の主はそもそも別人であるし――“帰って来れようはずもない”。
そんな場所で、こうして寝姿を晒している彼女に対して――ふと悪戯心が湧いた。
小さな足音を殊更殺し、その側へ近付いて行く。

ノーフェイス >  
ソファの近くに散乱するコートやらブーツやらボトムやら。
その状況はまるで、ちょっと飲みすぎちゃったんで近くだったからベッド借りるね。
くらいの有様だったけれども、タオルに浮かぶ女の曲線の上下幅の深さ、白い肌の紅潮。
サーモグラフィでもあれば、あるいは触診でも、重篤な発熱のほどがうかがえよう。

歩を感じたのか、どうなのか。
ずるり、と座面を腕が滑り落ち、垂れ下がる。

(あしおと……?)

聴覚は人一倍敏感だった。
元来の優れた感覚器に加え、修練によって磨き上げられた機能は、
雑踏のなかにあってなお足音や呼吸を聞き分けることも不可能ではない。
音、歩幅、調子から誰かを判別することも。

(……ああ、これは……ゆめ、か……)

だから……起きなくても良さそうだ。
ヤバい幻聴を感じてしまう程に参っているらしい。
いくつか開けられた喉元のボタン、滲む汗、少しだけ乱れる呼吸。

無防備だった。どこまでも。

「………」

唇がうごいて、あえかな音をたてる。寝言、あるいは魘された声。

言吹 未生 > 脱ぎ捨てられた何やかやに片付けの虫が騒ぐが、それはまた後だ。
かつてのあの狂宴の後の顛末とは、また真逆の有様に、
内心らしくない意地の悪さがむくりと首をもたげている。それを鎮めねば。

「…………」

耳朶をほとほとと叩く、幽かな、溺れ喘ぐような声。
――このひとも、悪夢を見るのだな。
そんな発見に、一種の感動と充足と――ほんの一刺しの罪悪感。
それを振り払うように、煩わしげに脱いだコートをソファの背もたれに投げる。
傍らへ横様に腰掛けて、仮死から解かれて冷気すら帯びる手で、軽く頬を撫でる。
じとりとした汗の感触と熱の熾りに、わずかに眉間を寄せた。
手当て――しようにも、回復技法の覚えなどなく、気の利いた薬剤もない。
消毒液や包帯で発熱はどうこう出来まい。

「…そう言えば――」

水入りのペットボトルと栄養食。
『鉄火の支配者』との戦いの後、目覚めた部屋に残されていたそれを、幾らか失敬して来ていた。
ちなみに先程のコートも残されていたのをかっぱらって来たものである。
戦利品と言うやつだ。
戦果は惨憺たるものだったし、決まり手は間抜けにも己の慢心だったが。
ともあれ、水でも飲ませてやればいいかなんて。
如何にもいい加減な思考で、来しなに床へ置いていたボトルに手を伸ばす。

ノーフェイス >  
「あ……」

つめたい。
頬に触れた感触に、驚きに眉根が寄った。
しかしその直後に寝顔が緩む。
元より体温が高いせいもあるが、他者の冷たさが心地よかった。

指先が、床にふれていた。
そのせいだろう。
音を掴んだ。
ボトルを掴んだ彼女の手首に、熱い指先が絡みついた。
力なく、頼りなく、脈拍を確かめるように人差し指の腹が動脈の輪郭をくすぐる。

「………」

横を向いた顔、うっすらと開いた瞳が屈んだ姿を見ていた。
常とはその色合いをまるで異にした、冬の湖のように濡れた碧眼が。
見ている世界すら別であるかのように、違う名で彼女をたしかめる。

「……――」

言吹 未生 > 「――――」

どこか捜す/縋るような指に絡まれた手。
そして、掛かる声に視線を向けた先。
睫毛の間から除くその瞳は、あの情念の滾るような朱金の瞳ではなく。

「……いいや」

たしなめるようにかぶりを振った。
彼女は、ノーフェイスだ。…あるいは“もうひとつの名”が真であるとして。
たとえ、そうであっても。

「――僕は、君の事を知らない」

知らな過ぎる。
…こちらの悪夢の残滓は幾らか掬われたかも知れないが。
こう言うのはフェアじゃあない。それだけだ。

「出来れば、元気な君の口から聞きたいな」

だから。活を入れてやろうじゃないか。
そっちのやり方こそ、己らしい。
ボトルを開けて、冷水を口に含む。
それから軽く彼女の首の後ろに手を挟んで浮かしてやり――

「――んっ…」

僅か開いた口に、己のそれを重ねた。
途が確保出来たなら、含んでいた水を少しずつ移して行こうと――。

ノーフェイス >  
「…………」

かぶりを振られると、薄っすらと笑った。
そうだよね、と何かに納得するかのように、自嘲気味に。
幾度か瞬きをして、まだうすぼんやりした像のまま、
掠れた声がうたいはじめた。

「……いままで、だれも出てきてくれやしなかったのに。
 キミの幽霊にかぎって、こんなにはっきり視えるんだな……」

思った以上に、参っていたらしい。
みずからの願望か、弱さが、夢になってあらわれる。
欲しかったもの……そして手に入らないもの、失われたもの。
傷がじくんと傷むなかで、目を瞑って近づく顔を受け入れた。

(冷た……)

熱く、強張った声帯を慰撫する水分が心地よい。
優しさは毒だ。ひとりで立っていられくなるのでは、なんて思う。
ノーフェイスという偶像を飾り立てるブランディング。
こくり、と嚥下する。生ぬるく、人肌に温められた――

「……、……!?」

ぱち、と両目が瞬いた。ランタンでも灯したかのように碧眼が黄金に燃える。
振り払うこともできないまま、"これ"が夢想でないことに気づく。
当惑と驚愕の色。なぜ、と問うようにまじまじと視線を注ぐ。

言吹 未生 > 「――っはぁ」

口移しを終えた唇を、戸惑いも驚きも置き去るようにあっさりと離す。
わずかに垂れた雫を、ぐいと手の甲で拭いつつ。

「幽霊呼ばわりなんて、失礼だね」

くつくつと、体温と白皙に不似合いな笑みすら浮かべてみせて。
クロスさせた白い膝を、見せつけるようにすいと組み替える。

「ほら、足だってある。そうそう、足で思い出したんだけどね――」

一旦すくりと立ち上がって、肩越しに細めた一つ眼で眇め見る。

「君、今、現行犯なんだよ。住居侵入の、ね――」

言い聞かせるように、区切り区切りに語り告げる。
登記なんぞクソ喰らえの落第街に於いて、そんなものは失笑すら買わない低質なジョークだけれど。
己にはそれが必要だ。
単なる悪戯、などで済ませては、オフィサー(巡査/技官)の名が廃る。

「だから――お仕置きが必要だろ?」

反転。
のしかかるように、彼女の身体へと跨った。
やはり、何から何まで前と真逆。たちの悪い復讐劇――。

ノーフェイス >  
「……キミの舌、暖かかった。ゾンビでもない……」

コープス・リバイバーを謳うにはブランデーもカルヴァドスも香らない。
味気ないボトルウォーターの味で幾らか体に活は入った。
が、平素と同じ色を取り戻せても――女の魔力は精神力とほぼ同義だ。
みしみしと節々が傷む。じゃれてくる狗を退ける膂力すらない。

「あし……?」

ああ。この国だと――幽霊には足がないんだっけ。
白く細い足。綺麗と思うけれど、雌の色香に欠けた、
少年と少女の相半ばのような。

「ほんものだ……ぅえ?」

夢なら幾らか脳内に嬉しい補正がかかりそうなものだ。
とまどいのさなか、現行犯、などといわれると。
自分がどこで寝ていたのかようやく思い出した。
のしかかる軽い体重。それでも確かな重み。

「……な、なんだこのいきもの……。
 みればわかるでしょ、ヨワってんの……そんな状況でこんな。
 ほんとにおんなじ人間かっての……」

視線を横にずらした。壁に放ったボレーが全部跳ね返ってきて自分にあたった。
はねのけられない。物理的にも、精神的にも。
熱っぽいとろめく表情は、実際、嫌悪なぞより煽っているようにしか見えぬのは、
平素のアジテーションの癖が抜けきっていないかのようだ。
壁……彼女の胸元から顔に視線を再びもちあげると、

「……いきて、る……んだよね」

おず、とどこかか細く、問いかけた。
きしむ腕を持ち上げた。
その指先で、彼女の胸元――穿たれたという死の疑惑にふれようと。