2022/11/27 のログ
言吹 未生 > 「屍鬼の類なら、口付けなんてせずに、喉を喰いちぎってたところだよ」

肌蹴られたシャツの合間から見えた白い喉首。
それに牙を立てるのも――ああ、それもいいな――そう浮かぶ考えに、くつくつと肩を揺らす。
彼女の熱が伝染ってしまったんだろうか?

逃げ場を求めて横這う視線と抗議の声に、おやと瞬いて。

「前にさんざん痛めつけておいてから、僕を奪ったひとのセリフとは思えないね」

ねちねちと嬲るような言葉。
…もっとも、あの事に関して売り言葉を先に吐いたのはこちらであるが。
猛る狂犬がそんなもの斟酌する訳もなく。

「……、んっ――」

おずおずと触れられた胸郭。銃撃の痕を無理繰り塞いだ其処。
とろつく呪力が、未だ乾き切らぬ瘡蓋のようにあった。
びり、と痺れるような疼きと痛痒。決して本復とは言えない状態ではあるが。

「……まあ、御覧の通りのしぶとさだよ」

至近で放たれた弾丸は、細身を貫いたが――この場合、至近であるのが幸いした。
充分な距離を置いておれば、旋条に紙縒られた弾丸は肉体を手ひどく捩じ切り、
それこそ肺腑まで食い破られていただろう――。

「……心配、してくれたんだ?」

くりとうごめかした灰銀の瞳が、端から相手の表情を窺おうと。

ノーフェイス >  
「……なに、お情けもらったんだ? フフフ……、はずかし」 

想像すると、そういうことだ――まあ、何がしかの取引なりがあったのかも。
……どこかずきりと体の奥底が傷んだ気がする。
にぃ、と唇が歪んだ。本調子……でないのはこちらもだ。
どこか力がない。けれど、彼女の望む姿を見せようとするように。
ふに、ふに、とそのびりつきを指で優しく愛撫する。

(……でも、うごいてる)

心拍がきこえた。いのちの音。
うっそりと細めた瞳は心地よい響きに聞き入るようにして。

「……んーん、してない」

心配。その言葉をきいて、首を横にふった。

「死んじゃったって聞いたから」

する暇もなかった。死者に対しての心配りなどない。
そこにあったのは安堵と、こみあげる何かを耐えるような色。

「……キミのクライマックスはボクじゃなかったんだなってめちゃくちゃ妬いた」

みつめられると、どこか居心地悪そうに目をつむった。

「たいせつなものをなくすと……ボクは、そのときはそっか、で済むんだ。
 どこにいたって、一秒先の保障なんて、ない。 ニンゲンは必ず死ぬ。
 ましてキミなんか、ところかまわず噛みつきまくってんだ。
 わかってる……いつだってそうなるでしょ、でも」

胸から這い上がる指、喉元から、顎に。くすぐる。
……ものすごい失言をしてしまった気が、する。
でも舌はとまらない。

「いなくなっちゃったんだなって、ふとしたことで実感するとね。
 ……すごくさみしくなるんだ。
 じぶんのなかで、パズルのピースがひとつ欠け落ちたのがわかる。
 誰より速く駆けてるのに、おいてかれた感じになる……
 ねぇ……ボクにちょっとでも期待してるなら、途中で席を立たないでよ、ばか」

その指が、火照ったみずからの喉元にふれた。視線を誘うように。
じとりと汗を吸ったシャツ、開かれた襟元、汗ばんだ首に肌に、血色の絹糸が張り付いている。
支えなく広がってなお形を失わない女の丘陵が、艶めかしい淡桃に息づく。

「……イイよ」

掠れた声で。噛み破ろうと、牙を突き立てようと。
いまならパズルのピースが嵌まるように、簡単だ。殺すことさえ。
めのまえの生命の確かさを、浅ましく欲しがって、しどけなく眼を細める。

「お仕置き、してくれるんでしょ?」

言吹 未生 > 「…ああ、そうだね。顔から火が出そうなくらい、恥ずかしいったらない。
 だからこそ――うかうか死んでる暇もありゃしないのさ」

こちらをなじるように愛撫する指を、上気に潤みの増した一つ眼が見守る。
庭先で遊ぶ子供を眺めるような心持の、どこかいとおしさすら抱く感覚。

「――――」

繰られる言葉を、こちらも玩味するように目を閉じて、ただ聴く。

「…こんな寄る辺のない僕の最期を飾ろうだなんて、君も随分奇特な人種だなあ」

そして/況してや、己の生を彩る断片だと。
鯨幕にも似たモノトーンの己に、果たして如何程の役柄が与えられているのやら。
知る気はない。
台本など覗く気にもならないし、役者に甘んじる心算もない。
狂犬が舞台でお利口にしていられる訳がないのだ。
けれども、あの晴れ舞台での振る舞いに思いを馳せれば、まんまと乗せられた感も今更に感じる。
そいつが、ああ――何とも不可解な事に、不愉快の文字の出る幕もなかったのだ。
まったく、こちらに来てから――本当にどうにかしてしまっているらしい。

きらぎらしい湿り気と、匂い立つような――豊かで、けれども危うげな香気に、刹那灰銀がくらと揺らめいた。
指先でいざなわれるように、犬が獲物を値踏みするように、鼻先を襟元へ近付けて。

「――――」

ち、と鎖骨の上を啄んだ。正面下から、這いうねるようにねめ上げながら。

「ふふふ、それじゃあ――刑務執行と行こうか」

にい、と。
まぼろしの牙を軋らせるような、禍々しさすら内包する笑みを浮かべて。
広げられた馳走にむしゃぶりつくように、胸乳へ顔を沈ませた――。

ご案内:「落第街 廃ビルのオフィス」からノーフェイスさんが去りました。
ご案内:「落第街 廃ビルのオフィス」から言吹 未生さんが去りました。