2021/12/07 のログ
ご案内:「◆女子寮 自室(過激描写注意)」に藤白 真夜さんが現れました。
ご案内:「◆女子寮 自室(過激描写注意)」に芥子風 菖蒲さんが現れました。
■芥子風 菖蒲 >
「……何の────」
何の事。その問いかけも張り上げた声にかき消された。
少年に彼女の気持ちは十全に理解できていない。
少なくとも彼女が自分に負い目がある、程度だ。
そこまで負い目を作る事が在っただろうか。
ぱちくり、青空を瞬かせて一拍子。
んー、とうなり声を上げ乍ら思考を巡らすも、答えはすぐに返ってきた。
「……血を吸うのを求めてるのに、血を吸うのがイヤ……って事?」
たどたどしい答えだが、少年にも恥を押し殺す程のものだと言う事がわかる。
言葉通りなら、それが食事的、つまり生命に関わるような行いでは無いらしい、多分。
「別にオレは気にしてないし、欲しいなら上げるよ?
あ、でも吸われ過ぎると動けないから、程々にしてほしいな」
とは言え、それはそれ。
それが"悪事"でなければ、恥ずべき行為とは少年には思えなかった。
自分のものが欲しいと言うなれば、遠慮なく捧げよう。
軽々しい程に、己が生命を簡単に差し出す。
どう映るかはさておき、少年は彼女に首筋を晒した。
「でも、それってそんな謝ったりいけない事?
確かに吸血鬼みたいなのもやり過ぎたらよくないけど
そう言う異能とか、衝動とかは仕方ないんじゃないかな」
「多分、ここってそう言うのを許容(ゆる)してくれる場所じゃないの?」
今は安定期に入ったとはいえ
此の島ならず世界は混迷していた。
そんな混沌の時代に生まれ、そして少年は"多様性"の中心にいた。
そこに生きる人々に色んな事情がある事を知っていた。
だからこそ、時代に順応した少年は簡単にそう言ったことを受け入れられる。
だからこそ、少年は彼女の謝罪がわからなかった。
少年が見てきたこの島の光景は、そう言ったものが許されるものだと思っていたからだ。
■藤白 真夜 >
「――なっ、……」
……やっぱり、このひとはどこか……タガが緩んでいる気がした。
あるいは、私がおかしいのか。
行き過ぎた自己犠牲。この少年を見ていると、それを感じる。
でもきっと、それだけじゃない。私には自己犠牲しか無かったけれど……。
このひとはきっと、許すことを知っている。
私は、許されることしか求めてこなかった。
「――! や、やめ、だ、大丈夫です……!」
少年の首筋を見ると、否が応でもあの時のコトを思い出しそうになって、赤くなって目をそらした。
……未だに、あの感覚は、信じられないくらいに私のナカに残っている。
――どうして、あんなに……、この人の、この許容と無我の精神性と関係が、ある……?
何か、それこそ、……贄のような――
私は、誘惑を振り払うように顔を覆った。
彼の首筋を、通り過ぎてその中身を見つめる瞳は、それで掻き消える。
「許容――、」
やっぱり。
私の中身には、無い言葉だった。
「私は。
……私が、ダメなんです。
……私は、そんなものを、許さない」
やはり何かを探し求めるように、自らの胸に手を当てる。
それは、咎めるように自らを握りしめた。
「……ひとの命を食い物にして、のさばるようなモノを……。
それは、悪いものでは、ないのですか?
……風紀委員は。
そういったモノを、誅するためにあるのでは、ないのですか……?」
あらゆるものが入り交じる世界の、この島だからこそ。
私の中に、私の意味があった。
そこに、自ら許す選択肢は、無い。
ただ、誰かのために。
だからこそ、誰かを傷付けるこの選択肢だけは、ありえないのだと。
■芥子風 菖蒲 >
「……んー……」
顔を覆いつくし、自らを苛める彼女の言葉に首を撫でて位置を戻した。
悩むような唸り声。彼女の言っている事が、今一よく分からない。
「けど……」
けど──…。
「オレ達も肉とか野菜とか食べるのって、命を食い物にしてるって事だし」
其処迄おかしい事なんだろうか。
それが人か別か、それ位の違いじゃないだろうか。
この多様性が混雑する時代に、"そう言った人もいる"としか思えない。
淀んだ紅。命とは程遠い暗い赤を青空を見つめている。
彼女の冷たいであろう手を、自身の両手で、温もりでゆるりと包もうと手を伸ばした。
「多分、皆そう言うのに折り合いつけて生きてるんだと思う。
命の上に成り立つとか、小難しいことはオレにはよくわからない」
「けど、そう言うのが許容(ゆる)されるように皆も学園も努力してるし
真夜先輩も頑張ってる、と思う。真夜先輩みたいな人も同じ」
生きるだけで難しいんだ。
少年は知っている。だから、"縋りたくなる"。
偶像と知っていても、虚言と理解しても、虚影だとわかっても
そうでもしないと生きていけない弱い心がある事を知っている。
嗚呼、良く知っている。
思い出したくもない昔の事だ。
思い返せば徐々に鮮明になる脳裏の映像。
偶像(じぶん)を崇めていた多くの信者の姿。
今でも、覚えてる。嫌な事だった。それを思い出すと、自然と視線が床に落ちる。後ろめたい事だ。
「真夜先輩の言うように、そう言うのと折り合い付けれない奴を倒すのが風紀の役目だよ」
それでも、それでもと、どうしても折り合いをつけれない人種がいる。
そう言った人々が何時しか身を寄せ合い、法を破る事もある。
風紀委員はそれを取りします構図が今でも崩れた事がない。
彼女の言う人々が、落第街の、学園の陰に身を堕としているのだろう。
あの薫と言う少女も、もしかしたらそうなのかな。ぼんやり思った。
だけど、と少年は顔を上げる。
彼女を逃がさないように、彼女から目を反らしちゃいけないと思ったから。
「けど、だからって自分ばかり責めちゃダメだよ。
自分を最初に褒めれるのも、慰めれるのも、しかれるのも、許せるのも自分だけだよ」
「オレは真夜先輩にそんな顔されるより、笑っていて欲しいな。……オレはその為に、風紀にいるんだ」
少年が守りたい全ては何も特別な事じゃない。
日常を彩る程度の、当たり前の輝き。
誰もが持つ者、笑顔や幸せだ。
そこに善悪とか裏も表も関係ない。
彼が守りたいと思ったそれが、全部だ。
自然と少年の口角は緩んで、微笑んだ。
「自分ばっかり責めてたら、真夜先輩壊れちゃうよ。だから、ダメだよ
けど、そうやって自分の事で悩めたり笑ったり泣いたり出来るの、少し羨ましく思うんだ。オレ」
「オレ、そう言うのよくわかんないからさ」
■藤白 真夜 >
「で、でも、それは……ちゃんと、生きるための、命です。
わたしは、わたしのは――、」
……私は、本当に、生きていると言っていいのだろうか。
それすら、私の中では確信が持てなかった。
私だっていたずらに命を消費しているわけでは、無い、……はずだった。
“代用品”はいくらかあった。
人間以外で代用するのは、出来るけど難しくて手に入らなかった。
事実、人間ならこの島にはいくらでも有る。
誂えられたかのような区画が、この街にはあった。
“なかったはず”の街、“居なかったはず”の人間。コレほど都合の良いモノは無い。
事実、私はその街の――落第街の、表向きは“死体の処理”としてコレまで蓄えてきたのだから。
命あるモノから掠め盗るのか。
死人を漁るのか。
私には、どちらも忌まわしいモノにしか思えなかったから。
そして、何より。
生き血を啜ったあの瞬間の、歓喜。
アレは、……どう思い返しても。
生きるために必要なモノなんかじゃ、なくて、……ただの、……欲情のような――、
「あ、……、」
彼の手が、私の手に重なる。
以前ほど冷たいつもりはなかったけど、やっぱり彼の手は温かく感じた。
だからだろうか。
彼の微笑みに、あたたかなモノが私の中で瞬いた。
(……コレが、……あなたが守りたいと思っていたもの、なのかな)
「……。
私、やっぱり、……自分のことが許せるとは、思ってはないんです。
私、貴方のいうとおり、自分のことばっかりで。
すぐ人の目とか、他人に許されるかばかり、気にして。
……本当のところ、他人を通した自分を見てるのかも、しれません」
女の表情は、やっぱりまだ悩み、苦しみ……静かに沈んでいる。
……きっと、私はこわれている。でも、それは――、
「でも。
……私が笑うことが、あなたのためになるのなら。
それが、“良いこと”なら、……私は少しだけでも。
……笑えると思うんです」
……本当に小さく。
弱々しく、口元だけ、かすかに微笑んだ。……それが、女の本来の顔であるように。
「……だから。」
意識してか、していないのか。
自分で笑うと決めると笑顔がへたくそなのに。
「私、戦うつもりです。
……自分のために。自分の中の、自分の目標のために」
あなたに声をかけるその表情のほうが、きっと上手に笑顔を作れていた。
「誰かのために戦う、あなたのように。
……あなたは、正しい。
だからきっと、あなたにもわかる時がきます。
私だって、出来たのです。
他人のごとばかり考えているようで、実は自分しか見つめていない女が。
……あなたのために、笑顔を浮かべられたんですから」
どこか、晴れやかな。月の輝く夜空のように、暗い瞳で。笑顔を浮かべられているのでしょう。
■芥子風 菖蒲 >
触れた手は、以前より冷たいものではなかった。
どうしてだろうか、なんて考える程少年は野暮じゃない。
彼女が自分の事をどう思っているかはわからない。
きっと、自分の事を嫌いなのかもしれない。
許せないって事は多分、そう言う事だ。
血を吸うという行為を何のためにしているのかわからないし、深く聞こうとは思わない。
土足で踏み込んでいい事では無いとはわかっている。
飽く迄自分の命は、人の輪の"外"だと弁えているから。
だから、護りたいんだ。何時もとは違い、握る手に少しだけ力が籠る。
「そっか」
素気なく見える返事ではあるけど、彼女が決めた以上は何か言うつもりはない。
「正直オレは、正しいとか正しくないとか。
悪い事とか良い事とか、正直"どうでもいい"。
真夜先輩や舞子、星や皆を護れるならなんでもいいんだ」
「オレ、自分の事どうでもいいって言うか、あんまり考えれないって言うか……
自分に興味がないんだ。そう言う事教えてもらえなかったし、自分の事もよくわかんない」
「オレは多分、"空っぽ"なんだと思う。けど、此処にいる人は皆
そんなオレの事を温かく満たしてくれる。だから、護りたいんだ」
風紀委員会はただ少年の目的にとって都合が良かっただけに過ぎない。
もし、不都合に成ったら平気で身を翻す事もするだろう。
余りにも大きすぎる、分不相応な絵空事。
でも、だからこそ少年は現実にしたいからこそ、矢面に立つのだ。
偶像として育てられた空虚な青春に息吹を吹き込んでくれる皆を、護りたいから。
青空と夜空。
対極的に見えるけど、何方もあるからきっと綺麗に見えるんだと思う。
「オレは手伝うよ。先輩が戦うなら、それを手伝う。
オレに出来る事はなんでもやるよ」
それが、彼女為になるなら、なんでもだ。
だから、そう────……。
「さっきも言ったけど、我慢できなくなったらオレで発散してくれればいいし
真夜先輩がイヤじゃなければ、死なない程度に吸ってくれてもいい。だから、"いいよ"。別に」
彼女が求めるなら、それに従おう。
それが笑顔に繋がるなら、何でもする。
あの時の添い寝と同じように、ぽふ、と全身を彼女に寄せようとした。
自分の温もりを分け与えようとする善意と、どうしようもない無防備さをさらけ出す信頼だ。
■藤白 真夜 >
「からっぽ……」
少年の言葉は、私によく似た何かとして――いっそ小気味好いほどに私の中に落ちてきた。
やっぱり似ていて、納得できて、――そして違った。
私の中身は、私で一杯だ。
価値のない私。薄汚れた私。ダメな私。罪深い私。
そんな私をなんとかしてほしくて、他者に許しを求める。
それが私だ。
始まりが悪で埋まっている私と。
始まりが空っぽだから良いものを求める少年。
合っているかはわからないけど、これはきっとそういう話なんだ。
きっと似ているけど、……彼の正しい言葉が私の中の意固地な部分に届かないのが、その決定的な違い。
「……菖蒲さんは、空っぽなんかじゃありませんよ?」
だから、届くかはわからない。
でも、私のために心を砕いてくれたお返しが、少しでもできれば――、
「その、誰かのためを想う、こころ。
あなたに護られた人の、感謝。
……私から、あなたへの、……えがお」
……やっぱり、意識してやる笑顔は、雲に隠れる月のようにあっという間に消えてしまったけど。
「その、“温かさ”こそが、あなたの中身になるんですから。
それは、きっととても大事で、綺麗なもの。
……私が、そのお手伝いや温かさになるかは、わかりませんけど――ひゃっ」
言葉は、最後まで続かない。
少年の体と触れ合う。……、……流石に、起きている間に行われるそれは、ハグというのではないでしょうか?というか、やっぱり身を挺する精神性だけでなくて、どこか自らを捧げるようなナニカが彼にあるというかそもそも無防備すぎるというか――頭の中に疑問符とどこからか後押しするような気持ちが湧き出ては、恥ずかしさと抑圧する自己に諌められる。
……うん。今の私は、きっと強い。
だって今は、自分ではなく彼のために、正しく在れるはずだったから。
小さく、菖蒲さんの体を抱き寄せた。
触れ合う体は熱を分け合って、……私には、どうしてもそれが、甘い微熱のようにしか思えなかったけれど――振り払うように、彼の首元にくちびるを寄せた。
……あえて。自らを誘惑に晒して、けれど。
「……いりません」
囁くように小さな声は、明らかに熱の籠もった吐息と共に。
ほんの一時。
彼のぬくもりを、わけてもらうかのように小さく、そっと――大事なものに触れるように、抱きしめたあとに。
すぐに、カラダを離した。
……顔が熱い。きっと、色んな理由で。
「代わりに、おねだりをしても、かまいませんか?」
……誤魔化すように、彼に問う。
所在なさげに、手を後ろに組んだまま、……恥ずかしそうに。
ほんとうに。私が、おねがいなんて出来ないと思っていたんだけど。
……彼を見ていると、なにかを聞いてくれそうな気が……してしまうのは、何故だろう。
■芥子風 菖蒲 >
自責で自らを埋める少女と、快晴のように広く空っぽの少年。
太陽の暖かさに夜空の優しさ。
何もかも対極的に見えてしまう不思議さだ。
少なくとも少年は其処迄深く考えていない。
ただ、少年にも意固地な部分があるのは間違いない。
「───────……」
自分の事を空っぽじゃない、と言ってくれる。
自分は暖かな人間なんだって。
青空には多くの綿雲が彩ってくれるんだろう、って。
月は青空を励ましてくれた。なんて、嬉しい事なんだろう。
何度も経験した。胸の奥からじんわりと温かくなる感触。
そう、この温もりを分けてくれる皆を助けたいから、風紀委員になったんだ。
「……ありがとう」
また、分け与えられた。
目を細める少年の顔は、年相応に喜ぶ素顔が見えた。
「また、"分けてもらった"。だから、オレは大丈夫」
そう、この温もりも暖かさも、彼女に、皆に分けてもらったもの。
自分のものなんかじゃない。青空は飽く迄そこに広がってるだけで
太陽も雲もない、本当に青々とした水平線。
少年の意固地とは、その自身の空虚さを"割り切って"しまった事。
少年の体が抱き寄せられた。
熱を分け合う感覚は二度目…いや、三度目だ。
二度目の時と違って、乱暴な強さも背中の痛みもない。
なんだか暖かくて優しくて、なんだか不思議な気持ちになる。
目を閉じる事無く、身を寄せたまま少年は微動だにしない。
全てをただ、彼女に委ね───────……。
「……あ」
彼女はそう、決断した。
あれだけ心地良い感覚が離れたから、思わず声を漏らしてしまった。
けど、彼女がそう決めたなら言う事は無い。
戦う事を選んだのであれば、その力に成るだけだ。
今日は吸われなかった首筋を撫でながら、少年は首を傾げる。
少年の方は打って変わって、何時もと変わらず平然としていた。
「うん、いいよ。何?」
何をお願いするんだろう。
内容を深堀することなく、二つ返事。
■藤白 真夜 >
やっぱり。
少年は、何躊躇うことなく平然と頷いていた。
なんか心配になってきちゃった。……悪いひとに騙されたりしないかな。……私も悪いひとかもしれない。
……私の血液タンクになってくれませんかとか言われたらどうするつもりなんだろう。
まだ頭がぐるぐるしてて、胸が高鳴って、熱く鈍い情動を、なんとか飲み下す。
もう一度あなたを見つめた時の瞳は、もう恥じらいも熱もそこにない、……真っ直ぐにあなたを見つめる瞳だった。
「あなたは、正しい」
もう一度、繰り返す言葉。
でもそう、それは“どうでもいい”。
「でも。
あなたが戦い続けるのなら……。
それが、自分のためではなく、誰かのためであるのならば」
……ああ。浅ましい。
私は一体、何様でこんなことを言えてしまうのだろう。私は、自分のためにしかソレをしないというのに。
……でも、彼を見ていると……、そう願いたくなってしまった。
「あなたは、強くなくてはならない。
あなたに護られたもの。
あなたに救われたもの。
……私。
あなたが傷付くと、私は、その誰かは、きっと悲しみます。
……傷付いたあなたの姿は、……私は、見たくありませんでした……」
思い出すのを避けるかのように、視線を落とす。
……私の理由は、少し違ったかもしれない。
確かに、菖蒲さんの傷付く姿は見たくない。
でもそれよりももっと、……この少年が血の匂いをさせているところを想像するのが、怖かった。
「お願いです。
……強く、在ってほしいのです」
もう一度。視線を上げて、貴方を真っ直ぐに見つめた。
無理な願いだろう。
戦いは、そんな容易いものじゃない。特に、傷付く人たちにとっては。
傷つかない私だからこそ、この願いは、……とても浅ましくて、傲慢だ。
それでも。
「……それはきっと。
“貴方自身”の強さにも繋がるから。
……私、カラダだけは頑丈ですから。そこから、得たものもあるんですよ」
……ああでも。この人に心配されてしまう弱さは、変わらなかったかもしれないけれど。
■芥子風 菖蒲 >
強く在ってほしいと願われた。
そんな事はわかっている。
だから常に鍛えてるし、強くなるべく鍛錬も怠っていない。
けど、きっと、"そうじゃなかった"。
「……え、っと……」
言葉に詰まった。
"傷付く姿は見たくない"と言われてしまった。
思わず目を見開き、起伏に乏しい表情が珍しくハッキリと困惑の色を示した。
戦えば傷付くし、そんな無傷で終わるような事なんて"あり得ない"。
戦いとは、矢面に立つとはそう言う事だ。
そう言う事のはずなのに、見たくないと言われた。
ならどうすればいい?少年は、言葉の真意まではくみ取れないかもしれない。
ん、と、とたどたどしく思考を巡らせた末。
「それは、どうだろう……わかんない」
何時ものよく分からないではなく、思考した上でわからなかった。
彼女に答えを求めるべきなんだろうけど、多分違う。
それは前に言われたとおりだ。自分で考える事に意味があるんだろう。
悩んだ末に出した答えがこのままなのは良くない気がした。
正直、出来るかどうかわからない事を口にするのは良くない気がする。
真っ直ぐな視線に、同じく真っ直ぐな視線で返す。
「……けど、そうなのかな。……オレが傷つくのイヤだって……」
そんな気遣いをする人がいるものだろうか。
彼女は嫌だというならそうなんだろうけど、そんな心配してくれる人が初めて──……。
「──────……!」
……では、"ないはずだ"。
病院に居た時、入院してた時、彼女の外にもいた。
お見舞いに来てくれた人は皆そうだったんじゃないだろうか、と。
自分が、自分一人で全てを請け負った時に見えた表情の陰りはもしかして……────。
それに気づいて、思わず目を見開いてしまって、動揺して、静かに首を振った。
「オレ……」
そんな事が、あるんだろうか。
「オレ、そんなに皆に……真夜先輩や皆に、心配されてたの、かな……?」
何とも言えない感情が、内側からこみ上げてきた。
■藤白 真夜 >
「……ごめんなさい。
困らせて、しまいましたね」
どういう意味だとしても、私の願いはすごく難しいものだったはず。
ともすれば、物理的に強くなれと言われるよりも、よほど。
彼の戸惑う顔を、初めて見たような気がした。
それは、私の致命的な誤りのようであって、……。
「言ったはずです。
……あなたは、正しい」
今度は私から。
彼の温かい手を、そっと握ろうとする。
その戸惑いも、迷いも、肯定するように。
「誰だって、わからないものだと思います。
私も、あなたが言ってくれた言葉が、……とても大事な言葉だと思っているのに、わからない。
私に、本当にそんな価値があるのかどうか」
……菖蒲さんの、あの歪に見えるくらいの迷いの無さ。
私は、そこにヒビを入れてしまうのかもしれない。恐れを知らない剣士に、迷いを抱かせてしまうのかもしれない。
でも、それでも構わないと思った。
傷付かない人間など、どこにもいない。……この私でさえ、彼のおかげで胸の痛みに気づいたのだから。
何より――、
「はい。
……菖蒲さんは、ちょっとだけ……怖いもの知らずなところがありますからね。
助けてもらった皆さんや、私は、……心配していると思います」
彼に傷をつけるのが私なら、それはそれで良いと思ってしまった。
……けど。
「でも。
それ以上に、……きっともっと沢山。
あなたに感謝をしていたはずでは、ありませんか?」
見知らぬ感情に迷うような、戸惑うようなあなたを、……優しく微笑みながら、見つめていた。
……彼に救われた時の感覚を、覚えている。
風紀委員とは、そういう当たり前のものを守るためのものだったんだと、思い出させてくれたあの姿を。
■芥子風 菖蒲 >
初めてそう面と向かって言われた。
外側にいるから、皆から分けてもらえるならそれでいいと思っていた。
自分の命の分量は、重さは、その"皆"を護る為に"消耗"するものだと思っていた。
使い切らないようにだけ注意すれば、後は"自分さえどうでもよかった"。
「……オレは、正しい……、……どう、かな……」
けど、それは如何やら違うみたいだ。
そんな命に価値を見出す人はいるみたいで
よりにもよって『自分が頑張る程に、護りたいものに負担がいっていた』
なんて事態になっていたんじゃないかと思い返してしまった。
それの何処が"正しい"のだろうか。
「オレ……………」
思わず俯いてしまった。
どうすればいいかわからない。こんなことは初めてだった。
胸にかかったこの靄をどうすればいいのかわからない。
ただ胸の内を締め付けるような初めての苦しさに、悩みに。
頭を悩ませて、答えを探す事も────────……。
「────────……あ」
間の抜けた声が漏れたと思う。
あの時とは違って、今度は彼女から握られた自身の手。
体温とか、そういうのじゃなくて。何だかもっと別の意味で"暖かい"って思えたんだ。
「……!」
■芥子風 菖蒲 >
『……きっともっと沢山。あなたに感謝をしていたはずでは、ありませんか?』
■芥子風 菖蒲 >
ああ、そうだ。
そうなんだ。きっと、そうだったんだ。
思い出せばきっと、彼女が言っていたのはそう言う事なんだ。
ずっと前に握った彼女の手。気づいたら、そこに居なかったかのように消えてしまった女の子。
彼女が願ったことも、笑顔も、全部、全部────────……。
「……クロエ、姉さん……」
ぼそり、と彼女の名を呟いた。
本当の姉弟ではない、傍から見ればごっこ遊びに見えたかもしれない。
でも、あの時確かに彼女はいたんだ。そして、"今もきっといるんだ"。
他ならぬ姉さん自身が言っていた事なんだ。『傍にいる』って。
『……でも、そうですね。
”おとうと”には、元気で…いてほしいです。だから…』
──……そうだよね、オレ。
『えがお、えがお。
あやめくんも、えがおになってください。
そうしたら…わたしも、えがおになります、よ?』
──……笑うよって言ったよね。
『みんな、わらっててほしいです。
……そうしたら、わたしも、うれしいから。
…あやめくん。
わたしは、いっしょにいますよ。
いっしょにいるから……
生きて、ね?』
──……わかってる。
『……やくそく、ですよ?』
──……約束した。
■芥子風 菖蒲 >
脳裏に反芻する、一時の思い出。
嗚呼、そうなんだ。そうだったんだ。
少年はゆっくりと、顔を上げる。
「……正直、わかんない。オレが正しいかどうかとか。
オレは結局、戦う位しか出来ない。そうやって皆の事を護るのが今でも一番だと思ってる」
傷付いても構わない。
傷付かないと、護れないものがある。
ただ、"それでも"────────……。
「けど、……うん。オレが傷ついて心配する人とか
オレが死にかけると泣く人は……いる、んだと思う」
自身の無い言い方だったけれど、そこには確かな確証があって。
だから、言わなきゃいけないんだ。ぶれていたはずの青空は、今は真っ直ぐ彼女を見据えて。
「ごめん……」
素直に、謝った。
母親に怒られた子供のように、申し訳なさそうに。
年相応の、それよりちょっと幼いかもしれないぎこちない子どもの謝り方。
心配かけて、ごめんなさい。
■藤白 真夜 >
なにか。
白い幻覚を、見た気がした。
でもそれは、幻だ。うたかたの夢だ。私の預かり知らない、なにか。
「い、いいえっ。むしろ私のほうこそといいますかっ。
謝らないでください、ね。元はと言えば、私のわがままのせいで――」
正直な話、私の内心、ものすごく申し訳なかったのです。
人に願う。
それだけで私の心は竦み上がって。
しかも、あろうことか普段と違って狼狽する彼に。
もしかしてとんでもないコトに気づかせてしまったような。
……当たり前のことを、当たり前に知らせてしまったような。
無垢に傷をつけてしまったような後悔と。
――足跡一つ無い雪原に踏み入れたような、満足感。
慌てて謝ろうとした言葉は、彼の視線で打ち切られる。
はじめて。彼が年下に見えた気がしたから。
「――はい。大丈夫ですよ、菖蒲さん」
片手はちゃんと彼と繋いだまま。
もう片方の手を、彼の頭へと伸ばす。
許されるなら。
……よく出来ましたね。
そう、褒めるように彼の頭を優しく撫でるでしょう。
「傷付くななんて、言いません。
強く在れとも、思いません。
だから……、
たとえ迷っても。たとえ解らなくとも。
あなたが、あなたで居てくれれば良いんです」
やっぱり、青空のようなあなたの真っ直ぐな瞳は少し、眩しくて。
目を細める。……それは、笑顔にも似たかもしれない。
「間違えても。
わからなくとも。
傷付いても……、
輝かしいもののために立ち上がれる。
それが、人間というものではありませんか?」
それはきっと、私にもわからない。私が言うような言葉ではないかもしれない。
ただ、自分をひたすら卑下していた私には……当たり前のひとが、人間が持つそれらが、輝いて見える。
今はお互いにわからないものがあっても。
温かいもの。それを求める心は確かに、お互いに持ち得ているはずだったから。
■芥子風 菖蒲 >
「……ん、大丈夫」
彼女のせいではないのは間違いない。
ただ、今まで気づいてなかったことに気付かされた。
きっと、今思う感覚こそが、本来感じるべき感覚なんだと思っている。
確かに少し迷ったときは情けなくて怖かったけど、"大丈夫"。
頭を撫でられると不思議そうに眼をぱちくり。
ツンツンとした髪の毛は程よい刺激に柔らかヘア。
そう、なんだか"クセ"になる触り心地だ……!
「…………なんだか、懐かしい。」
─────よく出来ましたね、菖蒲。
彼女とは違う女性の声で、同じように褒められた。
うん、忘れようとしたけど覚えている。
母さんと同じだ。あの時撫でてくれた記憶は、余りいい思い出じゃなかったけど
先輩の撫でる手は優しくて、温かくて、好きだった。
嬉しそうに目を細めるのも、分相応の少年だと言う事を教えてくれる反応だ。
「……そっか」
さっきの返事と言葉は同じ。
だけど、その一言の意味は大きく違った。
気づいたら胸のもやもやは消えていて、温かくて、ちょっと重くて。
けど、そんな感じも悪くなかった。心、命。
何て呼ぶかはわからないけど、きっと、誰もが当たり前に持っているものだ。
「……よくわかんないけど、それは真夜先輩も一緒だと思う」
傷付いても、間違えても、わかなくても、立ち上がれる。
うん、同じ。きっと自分も彼女も、皆も同じかもしれない。
嗚呼、皆と共有する感覚。そう、"輪の中"にいるんだ。
なんだかこそばゆくて少し肩を揺らせば、隣を見やった。
誰もいない自分の隣。
けど確かに傍にいる。"白い女の子"が、いるはずなんだ。
「……オレ」
青空を彼女へと戻した。
「オレ、ここにいていいの、かな」
皆と同じ場所で、隣で、貴女の隣にいても。
初めて自覚してしまった"当たり前"に、暖かさに、まだ戸惑いは隠せない。